絡まった糸はほどくのに時間がかかる
6作目です。
赤い糸、それは運命の相手とだけつながっている長い糸
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私、笹倉美代は高校生二年目の春、恋をした。
相手は私の所属しているテニス部の先輩。いつも朝早くにテニスコートに入って練習している先輩の姿は、きらきらしていて私の目には眩しすぎる存在だった。
私が一年生だった頃は、まじめに先輩の指導を受ける可愛い人だなと思っていたんだけど、その時の三年生が引退すると彼は率先してチームの皆を支えるようになった。テニス部キャプテンとして頑張る先輩に、私の心はみるみると惹き寄せられていた。
そんなときだった。私の心が完全に奪われたのは。
その時は私がボールの球出しをしていた時だ。一年生が入部してきてテニスラケットの振り方をある程度教えた後、試しにボールを打ってみようという流れになり一年生をコートに立たせたのだ。男子もそんな流れになったのか、となりのコートに続々と集まっていた。
私は男子コートの一番近い場所で一人の華奢な女の子にボールの打つタイミングを教え、球出しを始めようとしたとき、頭に強い衝撃が襲ってきた。
そして私は、意識を失った。
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「おい、大丈夫か?!」
俺、新崎響也はこの日、一人の女の子が目の前で倒れていくのをみてしまった。
俺が新入部員として入ってきた活発そうな少年に球出しをしているとき、その少年がボールを打つタイミングを誤り、女子コートのある方へととばしてしまったのだ。
その打たれたボールは俺のすぐそばで同じく球出しをしていたであろう女の子の後頭部に直撃した。
女の子がたおれていく姿をみていて俺の体は自分でも驚くほどの速さで動き出し、女の子の体をその腕でうけとめていたんだ。
「おい、大丈夫か?!」
そう聞いても女の子は返事を返さない。焦った俺は急いでその女の子を抱えて、保健室に運んだ。
その時は無我夢中で誰の声も届かず、ただその女の子のことが心配だったんだ。
保健室の先生に事情を話し、その女の子をベッドに寝かせた俺は心配で離れることができなかった。
俺はただ女の子が目を覚ましてくれるのを信じて待った。
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目を覚ました時最初に目に映ったのは白い天井だった。
私はいつのまにか誰かに保健室へとはこばれてしまったらしい。
その誰かはその次の一瞬ですぐにわかってしまった。
「起きたか。大丈夫か?今痛いところはあるか?」
「いえ、それより先生。私をここまで運んでくれたのは……」
「響也だ。おい、響也。お前が運んできた女生徒が目を覚ましたぞ。」
「う、あ、は?!大丈夫だったか?今痛むところはあるか?」
「もう大丈夫…だよ。」
全然大丈夫じゃあなかった。だって目の前で先輩が私のことを心配してくれているのだから。
心臓の鼓動が早まって、この鼓動の音が先輩に聞こえてしまうんじゃないかと心配になったりしていた。
「そうか、よかった。」
「響也。今回はお手柄だったな。よくここまで運んだよ。」
「いや、その時は必死で……。」
必死になって私のことをたすけてくれた。
その言葉に私は完全に心を奪われた。
先輩に私はこの時、恋をした。
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それから数日後の休日だった。
私は友達に恋愛相談にのってもらい、どう先輩に告白すればいいかをかんがえていた帰りの電車のなかで、一つの、しかし今の私にとって心に深くつき刺さる光景を見た。
それは、響也先輩が女の人と一緒に楽し気に話している姿だった。
彼の話す姿はとても活き活きとしていてテニスをしている時の彼の姿が霞むほどだった。
ああ、なんてものをみてしまったのだろうか。
そう思い、私は電車の手すりにつかまったままその場にしゃがみ込む。
私は結局そのことに深く傷つけられ、その晩、ねむりにつくことなどできなかった。
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それからも何かが変わることはなく、素敵な人にはもう彼女がいる。という事実だけが強く美代の心をえぐっていた。その傷は高校生活をただおくるだけでは回復できず、ずっと美代を苦しませ続けた。
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それから十年がたち、私は看護師として毎日働いていた。いつも病院に遅くまで勤務し、患者さんの容態をチェックし管理する毎日。
そんなある日、私は病院の看護師友達に合コンにいかないかと誘われた。
あまり気乗りはしなかったけど、とりあえずきてほしいと力強く念押しされ断れなかった。
しかし、私はここにきて思わぬ再会をはたしてしまう。
その場に響也先輩がいたのだ。
前の彼女はどうしたのだろうか。とも考えたがそんなことを思っている暇などなかった。合コンにきているのだから相手を探しているのだろうと、そう思った。
「あの、私のこと、覚えていますか?」
「えーっと誰だっけ?」
「高校生のときに倒れた私を助けてくれて。」
「ああ、あの時の子か。」
「そうです。その美代です。少し話しませんか?」
そういって私たちは互いの人生や高校生活について語った。
「それじゃまた。」
「ああ、また会いましょう。」
二人はそういって、それぞれ帰路につく。二人の表情はとてもふんわりとした笑みを浮かべていた。
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「あの時付き合ってたって人は…?」
「ああ、あいつなら俺とは趣味が合わないって言ってふられたよ。」
「その趣味ってなんですか?」
「アイドルの〇〇〇を応援し続けてるんだけど…どうかな?」
「え?私も今その〇〇〇にはまってて。」
「え?そうなの?誰推し?」
「私は〇〇ちゃんかな。」
「はは、俺も〇〇ちゃんかな。よかった。趣味の同じ人に出会えて。」
「ふふ、そうですね。」
「それじゃあここに、〇〇〇のライブチケットが二枚あるんだけど。一緒にいきませんか。」
「はい、お願いします。」
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赤い糸は絡み合う。それが結ばれているのだと思っても、実はただ絡み合っているだけで繋がっているわけではないのかもしれない。運命の人は一人だけだが、その間には多くの出会いが待ち受ける。その一人一人に運命の相手がいる。その人とふれあえばその時間分だけ糸は複雑に絡まりより関係が深くなっていけば、その絡まりがあることに気づいてしまう。長い時間をかけて本当の運命の相手を見つけるにはその絡まりを自分で見つけほどいていかなくてはならない。運命の相手を探すのにはかなりの根気がいるが、それをたどった先に、本物を見つけることができる。