87.善人、エルフ嫁と宿で一泊する【後編】
それから数時間後。
深夜。
ふと目を覚ますと、コレットがベッドの上で、うつぶせになっていた。
「…………」
足をぱたぱたさせながら、スマホを見ている。
「コレット? 起きてたのか?」
俺は半身を起こして、彼女に尋ねる。
「ジロくん。うん、ついさっきね」
にこっと笑うコレット。
俺は落ちている毛布を拾い上げて、裸身の彼女にかける。
「さすがに風邪引くぞ」
「ありがとう。さすが私の優しい旦那様。これは他の子が惚れるのもうなずけるね」
うんうん、とうなずくコレット。
「もしかして怒ってる?」
「怒ってないよ。ただちょっと感慨にふけていたの。ふえたなぁって」
ちょいちょい、とコレットが手招きする。
おれはコレットの隣に座る。
彼女は起き上がると、毛布で胸をかくし、片方の空いている手で、スマホを差し出してくる。
そこには……写真が写っていた。
アムの写真だ。
コレットは次々と、写真をスライドさせていく。
先輩。マチルダ。桜華。
「タクサンフエタネ」
きゅっ、と目が三角形になる。
あかん、またヤキモチ焼いているぞ。
「どうしたんだよ、急に」
「ベツニ。タダ。ジロクンガ寝てるトキ。ズットスマホ、ナッテタヨ」
すっ……とコレットが俺のスマホを手渡してくる。
開いたが、未開封のメール等はなかった。
「モテモテ、ジロクン。メールタクサン」
「おまえ……。メール開いたのか」
そういうことらしい。
俺が寝ている間に、メールの着信があった。
コレットはそれを開いたのだ。
で、中身を読んだのだと。
「ヒューヒュー。オ熱イネ」
「コレット……。あのな、だから言ってるだろ。みんなのことが好きだって」
「じゃあ……ジロくんは私のこと好き?」
「好きだって」
「じゃあじゃあ、5人の中で誰が一番好き?」
「コレットだよ。本当だよ」
するとコレットがむすぅ……っと唇をとがらす。
「ほんとかなぁ?」
「コレット……。信じてくれって」
「ジロくんが嘘ついてるとは思わないよ。けどジロくんが優しいことも知っている。だから気を遣っているという可能性も、なきにしもあらずなんだぜ」
「深読みしすぎだって……」
「では証明してください。私のこと一番に好きだってことを」
そうだなぁ……。
考えた末、俺はスマホを手にとって言う。
「コレット。俺がなんでスマホ作ったのか、その理由って知ってるか?」
コレットが首を振るう。
だよな。
電話を作った理由は、コンにしか話してない。コレットには、伝えてない。
「俺が電話を作ったのはな、コレット、おまえのためなんだ」
「私の……ため?」
俺はうなずいて言う。
「前に、秋のピクニックに行ったときにさ。山で遭難したときあっただろ」
「うん。桜華と子供たちと、天竜山脈に行ったときの話ね」
「そのときさ、コレットたちにすっごい心配かけただろ。だから連絡を取る手段を作ったんだ。もう、心配させるようなことさせないようにって」
けど、と俺は続ける。
「実はもう一つ、理由があるんだ」
「もうひとつの、理由……?」
俺はコレットの耳を触る。
「コレット、おまえ孤児院の外に出るの、すごく怖がってただろ」
「そうね……」
コレットは俺の手に、自分の耳触れる。
彼女はハーフエルフ。
そのことに、すごくコンプレックスを抱えている。
人々から、ハーフエルフだと思われることを、すごく怖がっている。
だから、あまり外に出ようとしない。
「俺はさ、前にも言ったけど、もっとおまえに、外の世界を見せたいんだよ」
コレットは今でも、外に自発的に出ようとしない。
ハーフエルフであることを、誰かにバレたらどうしよう。
その意識が、彼女から外出しようという意思を奪う。
「それとスマホと、どう関係が?」
「理想を言えばさ、自発的に外に出て欲しいんだよ」
「けど……孤児院の子たちが気になるし」
「コレット。それだよ」
「それ?」
ああ、と俺がうなずく。
「電話を持っていればさ、外出先でも子供たちの様子を知ることができるだろ。それに、もしも外でトラブルがあったとき、すぐに連絡できる」
「…………」
「コレット。子供たちが心配だって気持ち、よくわかる。とても良いことだと思う。けど……それを理由にして、外に出ようとしないのは、よくないよ」
アムやマチルダたちは、余暇を、孤児院の外で結構過ごす。
桜華も、休みの日は山に登ったり、娘たちと出かけたりする(外見詐称薬で、鬼であることを伏せるけど)。
コレットだけが、休みになっても、家の中にずっといるのだ。
「電話を作ったのは、おまえに、それを持って外出してもらいたいからだ」
「…………」
「ひとりでが怖いなら、他の子たちと一緒にでも言い。今日みたいに俺もデートに付き合う。なんでもいい。なんでもいいから、もう少し、外の世界へ出てみようって思ってくれ」
俺はコレットを正面から抱きしめる。
彼女の手から、スマホがこぼれ落ちる。
俺はスマホを見やって、言う。
「これは、もし外の世界で何かあったとき、おまえのもとにすぐに助けに行けるよう作ったんだ。おまえが家のことを心配しないよう、連絡できるよう開発したんだ」
長いセリフを言い終えて。
俺は一息つく。
しばらくの沈黙の後、コレットがつぶやく。
「……そう、なんだね」
コレットがささやく。
「私のために、作ってくれたんだ」
「ああ」
俺のみに外で、何かあったとき、みんなに……そして、コレットに心配かけないように。
そしてコレットが、後顧の憂い無く、外の世界を出歩けるように。
「ジロくんは、私のために、こんな凄いの作ってくれたんだね」
「ああ。これでわかってくれたか? どれだけおまえのことが、大事かって」
するとコレットが、無言で抱き返してくる。
「嬉しい……」
ささやくその声には、湿り気が帯びていた。
「嬉しい。私、すごく大事にされてるんだね」
「ああ。そうだよ。コレット。俺にとっておまえは、もういなくちゃ駄目な存在なんだ」
もう自分の一部と言っていいほどまでに、彼女の存在は大きくなっている。
「ないがしろになんてしてない。大好きだ、コレット。信じてくれ」
「うん……。うんっ。わかったよ、ジロくん」
コレットが抱擁を解く。
潤んだ目で、俺を見やる。
冬の日の青い空のように、澄んでいて、とてもキレイな瞳だ。
「んっ……」
コレットが目を閉じて、唇をつきだしてくる。
俺はその柔らかな唇に、自分のそれを重ねる。
抱きしめる。舌が動くたび、コレットが小さく体をけいれんさせた。
ややあって、顔を離す。
「大好き」
「ああ、俺も」
そしてまたキスをする。
愛しい嫁を抱きしめながら。
長い長い、キスをするのだった。
お疲れ様です。これにて11章終了となります。
次回からは冬のお話となります。
寒さ対策や雪かきなど、冬の日の孤児院の様子を描いていけたらと思ってます。
また書籍版についてですが、10月中旬(あと1、2週間後)に情報解禁となります。
発売日はもちろん、キャララフを見せていけたらなと思ってます。
イラストレーターのヨシモトさまの、美麗かつキュートなイラストを早く皆さまの目にお届けしたいです!
では、12章もよろしくお願いいたします。




