84.善人、アムと音楽を聴きながら、いちゃつく【後編】
深夜。俺の部屋のベッドの上にて。
アムの猫耳を見ていたら、ふと、やらないといけないことを思い出した。
「アム。眠いか?」
「んー。そんなに。あたし早い段階でダウンしちゃったから……って、なに言わせるのよ! もう!」
ぺちぺち……とアムが叩いてくる。
「そ、それで、なに?」
「眠くなるまで、ちょっと実験に付き合ってくれないか?」
「実験?」
俺はうなずいて、一度その場から離れる。
アムが名残惜しそうに、しっぽを解いてくれた。
部屋の隅に置いてあった机の上。
そこにあった【それ】を、手にとって戻る。
すぐにアムが、俺の腕にしっぽを絡めて、ほっ……と安堵の吐息をつく。
「それなに?」
「これはイヤホンだ」
地球で一般的に使われているイヤホンだ。
ただし、コードの部分がない。耳に入れるところしかなかった。
「いや、ほん?」
「音楽をひとりで聞くためのツールだ」
「ふーん……。またスマホ関係の話?」
「ああ。この間スマホでアニメを見れるようにしたときに、思ったんだ。周りに気にせずアニメを見れるようにってさ」
俺はイヤホンをアムに差し出す。
「これどうするの?」
しげしげとイヤホンを見やるアム。
「その突起を穴に入れる感じだ」
「…………」
かぁ……っとアムが顔を真っ赤にする。
「アム?」
「…………ばか。せくはらよ。ばか」
アムはそう言うと、恥ずかしそうにつぶやいた。
「……あんただから、こんな恥ずかしいこと、するんだからね。あんたの頼みだから、聞いてあげるんだから」
「え? 何のことだ?」
その後、アムは立ち上がって、なぜだがパジャマのズボンを脱ぎ出す。
そしてパンツまで脱ごうとしたので、俺は慌てて手を止めた。
「待った待った! なにしようとしてるんだよ」
「だから……入れて欲しいんでしょ?」
「いやだから何の……」
と、そこで俺は思い当たる。
俺の勘違いと、とんでもない誤解をこの子に与えてることに。
「アム、すまん! 言葉が足りてなかった!」
「な、なによ……。そんな謝ることじゃないでしょ?」」
「それな、耳の穴に入れるんだよ」
「…………………………へっ?」
きょとん、とアムが首をかしげる。
そして、彼女の顔が、みるみるうちに、真っ赤になった。
「ば、ば、ばかーーーー!」
アムが俺に飛びかかってくる。
あまりに軽い体を、俺は正面から受け止める。
「ばかっ、ばかっ、えっち! デリカシーなし!」
「す、すまんって……。言葉が足りなかった。そうだよな、異世界人だもんな。わからないよな、イヤホンっていわれても」
「ほんとよ! もう! ジロのせくはらおやじっ」
「ごめんってほんと」
俺はアムの頭を、よしよしと撫でる。
ぴーん! と立っていた尻尾が、ふにゃりと垂れる。
「…………つぎやったら、噛むからね」
「はい。以後気をつけます」
「……ジロだから許すんだからね。ジロじゃ無きゃ。絶対の絶対に、許さないんだから」
「許してくれてありがとう。ほんと、ごめんな。いやな思いさせて」
俺はアムの頭を撫でながら謝る。
「…………べ、別にいやじゃなかったわよ」
「え?」
「なんでもないわよ!」
ぐい、っとアムが、俺の体を押す。
そして気を静めてくれたアムが、自分の猫耳の中に、イヤホンを入れる。
「というか、獣人の耳ってそこなんだな?」
頭部から生えるケモノ耳を見ながら、俺が思う。
「? ここ以外に何があるの?」
「いや人間と同じ位置にあるのかなって思っててさ」
「ある子もいるけど、無い子の方が多いわよ。あたしと、コンとラビは人間の耳はないわ。あ、キャニスはあるわね」
「みんなそれぞれ違うんだな」
子供たちの耳にあったイヤホンを、それぞれ作らないとな。と思った。
ややあって、アムの猫耳に、イヤホンがセットされる。
「じゃ、音楽流すぞ」
俺はスマホを取り出す。
ちなみにイヤホンを入れる穴には、コードを指してない。
必要ないからだ。
俺はスマホを操作し、音楽を再生する。
「!」
アムの耳が、ぴーん! と立つ。
「す、すごいわ。耳の中で音が鳴ってる! しかも……キレイな音……」
とろん、と俺の胸の中で、アムが蕩けた表情になる。
流しているのは、普通の日本の音楽だ。
「すごいわ……耳の中で音楽会が開かれてるよう。とっても……きれいね」
「気に入ってくれて何よりだ」
スマホからは音が鳴ってない。
音は、アムのイヤホンから流れるようになっているのだ。
原理は簡単だ。
まず【複製】スキルを使って、聞いたことのある音楽のCDを作る。
次に物体や文書などを、別の媒体に移す【転写】の魔法を使用。
これでまずスマホに音楽を移す。
その後【転写】、そして【動作入力】の魔法を駆使して、スマホの音楽をイヤホンへと流せるように調整。
【転写】はスマホの中に入っている音楽情報すらも、別媒体へと移すことができるみたいだった。
あとの出力や条件設定は、無機物の動きを自在に操れる【動作入力】を使って行った。
それによって、イヤホンからスマホの音楽を、聴けるようにしたのである。
「キレイな曲ね……」
「気に入ってくれてありがとうな」
イヤホンの大きさを、個人個人にあったものを作れば、子供たちも音楽を楽しめるようになるだろう。
「…………」
アムがちらっ、と俺を見やる。
「どうした?」
「……あんたには、これ、聞こえてないのよね」
「ん。ああ。そうだな。そのふたつのイヤホンからしか、音が流れてないからな」
「…………」
アムがイヤホンを片方取り出して、それを俺に手渡す。
「つけて」
「え、ああ……。良いけど」
俺は左耳にイヤホンを入れる。
緩やかなペースの、女性ボーカルの曲だ。
「…………」
アムが目を閉じて、俺に体を預けてくる。
「良い歌ね、これ」
「ああ。俺のお気に入りなんだ」
「そ。……ジロのお気に入り、あたしも気に入ったわ」
アムが目を閉じたまま、リズムに合わせて、体を動かす。
「こうして同じ感覚を共有するのって、良い物ね」
「ああ、そうだな」
なるほど、この子は自分の聞いてる曲を、俺にも聞いて欲しかったのか。
自分が良いと思っている物を、相手にもそう思って欲しいと。
感覚を共有とは、そういうことだろう。
「他にもお気に入りってないの?」
「いっぱいあるよ」
「そ。じゃあそれ、全部聞かせて。ジロの好きな曲、あたし全部知りたいの」
目を薄く開けて、アムがにっこりと笑う。
「それはまた……どうして?」
「…………」
アムは顔を赤らめて、もにょもにょと口ごもる。
ややあって。
「……夫と同じ物を、好きになりたいんだもん」
「…………そっか」
俺は嫁の肩を抱いて寄せる。
彼女は「ん……」と唇を突き出す。
細い肩を抱いて、彼女とキスを交わす。
懐かしい、日本の歌を背景に、俺たちはしばしふたりの時間を過ごしたのだった。
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「回復術神の気ままな旅~勇者をかばって倒れたおっさん、回復魔法の衰退した未来の世界で、治癒の神になってた件」
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ではまた!




