83.善人、桜華に髪を切ってもらう【前編】
いつもお世話になってます。
マチルダにメールの使い方を教えた翌日。
午前中、裏庭。
俺は洗濯物を干し終えて、帰ろうとしたところ、桜華が姉鬼のあやねの、髪を切っている場面を目撃した。
「おかー……ぁちゃん。まだー……ぁ?」
裏庭の木の前に、いすを置いて、そこにあやねが座っている。
桜華はその後ろに立って、ちょきちょき……とはさみであやねの、赤い髪を切っていた。
「……もう少しよ。……はい、おしまいです」
桜華がそう言うと、あやねがイスから立ち上がる。
体を覆っていた布を取り、ブラシであやねの髪の毛を払う。
「……どう?」
「いいかんじだー……ぁよ。ありがとねー……ぇ」
ふへっ、と笑うと、あやねがお礼を言う。
そのとなりで、うとうとと眠っている妹鬼を起こすと、建物の中へと戻っていった。
「……ふぅ」
「桜華。お疲れさん」
俺は桜華に近づく。
ぱっと見で黒髪の日本人美女に見える桜華。
だがその実、彼女は亜人である。
額からは角が生えているのだ。
それ以外はほんと、日本人にしか見えないんだよな。顔かたちとか、肌の色とか。
「……じろーさんっ」
桜華が俺に気付くと、嬉しそうにほほえみかけてくる。
少し動くだけで、その爆乳が、たゆん、と揺れ動く。
桜華の乳房は、この孤児院の誰よりも大きい。
少し垂れ下がっているのだが、それがまた柔らかそうに見えて……いかんな、どうも。
「…………」
桜華が俺に気付くと、自分の体を抱くようにして、頬を染める。
「あ、すまん。じろじろみて」
「……いいえ。嫌な気はしません。……ただ、だめ、です」
桜華が潤んだ目で俺を見やる。
「……気持ちが、押さえられなくて。じろーさんが、欲しくて」
熱っぽい視線と吐息を漏らしながら、俺に情熱的な視線を向けてくる。
この子、清楚な見た目に反して、結構肉食系なんだよな……。
「そ、そうか……。夜まで我慢してくれ」
「……はいっ」
嬉しそうにうなずく桜華。今日も大変そうだな……。
それはさておき。
「さっきはあやねの髪の毛を切ってたのか?」
「……はい。あやねと、アカネの髪の毛が伸びていたので」
桜華が手にはさみを持っている。
「かみ切るの上手なんだな、桜華は」
さっきあやねの髪型を見たのだが、プロなみに上手に仕上がっていた。
「……母が、手先の器用な人で、切り方を教わってたんです」
母から伝授された技能を使って、孤児院の子とか、一花たち娘の髪の毛を切っていたのだそうだ。
「なるほど……。なあ桜華。よければ他の子の髪の毛も切ってもらえないか?」
ちょうど髪の毛がもっさりしてきた子がいるのを、思い出したのである。
「……はい、良いですよ」
「さんきゅー。今呼び出す」
俺はスマホを取り出して、メールを打つ
俺はメールを打って、送信してしばらくすると、その子たちがやってきた。
「おにーちゃーーーーーん!!!」
だだだー! と駆けてくるのは、犬娘のキャニス。
寒くなってきたというのに、まだ半ズボンをはく猛者だ。
茶色い髪の毛をたなびかせながら、俺の元までバビュン! とかけてくる。
「おにーちゃん! よんだです?」
ぴょんっ、とキャニスがジャンプしてくる。俺はキャッチして、彼女の髪の毛を撫でる。
「わふ~。それそれ。もっとなでろやです~」
「よしよし。ああ、ほらおまえ髪の毛結構のびてきただろ?」
キャニスはいつも髪の毛を短くしている。
だが今は、肩甲骨あたりまで伸びていた。
しかも獣人だからか、髪の毛の量が人より多く、もっさりとしていた。
「そー! もううっとーしくってしょーがねーかったです。ちょーどいいたいみんぐです」
「ああ。桜華に切ってもらうと思ってな」
俺はキャニスを下ろす。
犬娘は桜華の側までやってくると、元気に「おーかちゃん、こんちゃー!」とあいさつする。
「……はい、キャニスちゃん。こんちゃー、です」
桜華は微笑みながら、キャニスにのからだに布をまく。
そしてキャニスをいすに座らせる。
桜華がちょきちょき……と髪の毛を切り出す。
1分後。
「あきたー!」
「あきるの早すぎだろ……」
座って一分も経たないうちに、キャニスがぐずりだした。
そう言えばあまり、じっとしてられない性格だったなと思い出す。
「あきたー! あきたー! おにーちゃん! あそびにいっていい?」
「まだ全然終わってないだろ。もうちょっとじっとしてられないか?」
「じーっとしてらんねーです!」
良い笑顔で首を振るう。
切ってる途中の桜華が、ちょっぴり困っていた。
仕方ない。
「そうか。じゃあキャニス。面白いもの見せてあげよう」
「おもれーもの! なになにみせろやです!」
俺はキャニスの側にしゃがみ込む。
自分のスマホを取り出して、動画アプリを作動させる。
動画を選んで、再生ボタンを押す。
「? ! が、がめんのなかで、なんかうごいてやがるですー!」
キャニスのしっぽが、ぴーんと立つ。
「なんですこれ? うごいて……うごいて……」
キャニスの動きが、ぴたり、と止まる。
画面の中の映像に集中し出す。
映像は、子供向けのアニメだ。
いたずら好きのネズミを、大きな猫が追いかけ回している。
「はぇー……。おぉー……」
画面の中を駆け回るネズミを、キャニスが一心不乱に見つめる。
「よし、桜華。今のうちに頼む」
「……は、はい」
桜華もキャニスの手元をのぞいていたのだ。
まあ、この世界の人間には、珍しい代物だもんな。
しばらくキャニスがアニメを見て、じっとしてる間、桜華が作業をする。
はさみを動かすことしばし、キャニスの髪型が、元通り短髪になる。
「キャニス。ほら、終わったぞー」
俺はキャニスの体から、髪の毛を手で払う。
「え? もーおわったです?」
アニメを視聴し終えたキャニスが、きょとんと目を丸くしている。
「ああ。良い子でお座りできてたな。偉いぞ」
俺はキャニスの頭を撫でる。
犬しっぽと犬耳が、ぱたぱたとせわしなく動いた。
「なんかおもれー絵をみてたら、あっというまにじかんがたってやがってです! すげえなこれ!」
「ああ。アニメって言うんだ。また今度見せてあげるからな」
「うん!」
キャニスは元気よくうなずく。
と、そこにちょうど、他の獣人たちがやってきた。
「おー! おめーらサッカーしよーぜーです!」
キャニスが子供たちのもとへと、駆けだしていったのだった。
「ふう……。ありがとな桜華。キャニスの髪の毛きってくれて」
俺がそうお礼を言うと、キャニスが立ち止まって、「おうかちゃん、ありがとーです!」とあいさつした。
「ちゃんとあいさつできて、偉いぞ-、キャニスー」
「だろー! えへへっ!」
キャニスが笑うと、獣人たちとサッカーしだした。




