81.善人、商人から接待される【後編】
クゥに連れられて、王都にある高級ホテルへとやってきた。
孤児院全員をクゥは招待してくれた。
レストランは、なんと貸し切りだった。
王都で最も値段も建物も高いこの場所を、貸し切るとは……。
とクゥの財力に改めて脱帽させられた。
その後俺たちは出されてきた料理に舌鼓を打つ。
スモークサーモンとポテトサラダがトッピングされたカナッペ。
風味豊かなソースのかかったローストビーフ。
リブロースのステーキや、蕩けるまで煮込まれたビーフシチュー。
どれも美味かった。
エスカルゴとか珍味もあり、子供たちがびっくり仰天しながらも、美味い美味いと喜んで食べていた。
最後に食後のジェラートを食べると、子供たちは幸せそうな表情で、その場にくったりと脱力した。
美味しいご飯を食えて、お腹いっぱいになり、眠くなったのだろう。
俺は子供たちの幸せそうな寝顔を見れて、嬉しかった。
クゥがホテルに部屋を取っていてくれたので、今日はそこで一泊することになった。
子供たちを大人たちで協力して運び、職員や桜華の娘たちと別れ、俺は最上階のレストランへと戻る。
「なんやジロさん。ウチになんか用?」
窓際の席で、クゥが優雅にワインを飲んでいた。
「ああ。おまえにお礼を言ってなかったからな」
「そんなんええのに」
俺はクゥの正面に座る。
シャラン……っと鈴の音とともに、俺の目の前にワイングラスが出現した。
クゥがワインボトルを手にとって、俺のグラスに注いでくる。
赤ワインがなみなみ注がれたグラスを、クゥが差し出してくる。
チンッ……。
とグラスを合わせて、俺はワインをあおる。
「……うめえ。なんだこれ。苦みがまるでない」
「ふふっ。気に入ってもらえたよーでなによりや」
クゥが2杯目をすぐに注いでくる。
「これ、高いんじゃないか?」
グラスには宝石を砕いて溶かしたような、美しい透明の液体が注がれている。
明らかに高級ワインだった。
「ま、それなりや。あ、別に値段は気にせんでええよ。支払いはウチがやるからな」
クゥがくいっとグラスをかたむけて、秒で酒をからにする。
「こんな高そうな店に招待してくれて、ありがとうな。子供たちも喜んでたよ。おまえのおかげだ」
クゥが苦笑する。
「なにゆーてんのや。お礼を言うのはウチのほうやで。これはそのお礼……いや、お礼になってるかどうかあやしいな」
クゥが真剣な表情で語る。
「ともあれ、ここの飯代を全額負担しても、まったく痛くないほどの大きな恩を、あんたはウチにしてくれたっちゅーことや」
クゥは自分のスカートのポケットの中から、【それ】を取り出す。
それは、俺が先日作った、スマートフォンだった。
クゥは手早く操作すると、電源を切る。
「クゥ様。こちらを」
いつの間にかクゥの背後に、黒スーツの女性が出現した。
前髪で顔を隠した長身の女性、名前をテンという。
社長秘書をしており、クゥの部下もある。
「社長に渡したって」
「はい。……社長、こちらをお納めください」
そう言って、テンが俺に一枚の書類を渡してくる。
「これは?」
「契約書や。あんたの給料が書かれてるやつ」
俺はクゥから、日本円にして1000万円を、月給としてもらっている。
年給にすると1億2000万円。
プロスポーツ選手並みの給料だ。
「あんたの給料な、2倍にさせてもらったわ」
「へぇ………………。へっ!?」
俺は目をむいてクゥを、そして書類委を見やる。
金貨、2000枚。
金貨は1枚で1万円の価値がある。
それが2000枚で……2000万円。
「正直それでもたりんと思ってるわ。ええで、10倍までは出してもええで」
「い、1億円なんて月もらえないよ!」
ただでさえもらいすぎだと思ってるのに、金貨1万枚なんてもらえなかった。
「もらってもええって。それくらいの価値はあるわ。このスマホにはな」
クゥがうっとりとした表情で、俺の作ったスマホに、すりすりとほおずりする。
「そんなに価値があるものかな?」
俺は昨日のことを思い出す。
スマホの電話機能だけを完成させた翌日。
クゥが俺の元へすっ飛んできて、土下座してきたのだ。
【ジロ様! そのスマートフォン! うちに譲って欲しい! 譲ってくださいお願いします! なんでも、何でもしますからぁあああ!】
それが昨日の出来事だ。
「ジロさん、あんたの作ったこのツールのすごさ、わかってなさすぎやろ」
ため息をつくクゥ。
「あ、すんません。またあんたに……」
「ああ、いや気にすんな。むしろホッとするよ」
昨日、クゥは終始丁寧語で、へりくだった態度だった。
だからかなり違和感を感じた。
今のような、ちょっと小馬鹿にしてくるくらいが、クゥにはちょうど良い。
「あんたはほんと、人間のできたええ人やな」
「違うよ。年齢を重ねれば、これくらいは普通だろ」
「ンなことあらへんわ。あんたは凄いお方やし、その上人間までできとる。謙遜は時に嫌みに聞こえるで、ジロさん」
「嫌みなんて言ってるつもりないって」
「わかってるわ」
くいっとグラスを空けた後、おもむろに、クゥが立ち上がる。
そして腰を直角に曲げて、頭を深々と下げる。
「ほんま、ありがとうございました。ジロさん」
改めて頭を下げられて、俺は反応に困った。
「やめてくれ。頭を上げてくれよ」
「それがジロさんの望みなら」
クゥは頭を上げて、イスにすとんと座る。
「ほんと、調子狂うって。やめてくれよ、いつもの感じで頼む」
「ほーか。……じゃ、ジロさんがわかってないようだから、あんたの作った通信ツールのすごさを、少し解説するわ」
クゥがスマホをテーブルにおき、手を組んで説明する。
「この世界において、遠隔地に連絡を取る手段の主流って、何か知っとりますか?」
「そうだな。フクロウによる郵便かな?」
「せや。フクロウに手紙を運ばせて、遠くまで飛ばす郵便がこの世界で最も多く利用されとる」
逆に言うと、とクゥ。
「ジロさんの住んでいたチキュウと比べて、この世界は情報通信手段が、何世代も劣ってるっちゅーこっちゃな」
「そうか? でもこっちって【念話】の魔法があるじゃないか」
クゥは「せやけどな」と前置きして続ける。
「ジロさん忘れてると思うけど、この世界での無属性魔法は、本来なら1人につき1つしか使えないんや」
そう言えば忘れがちだが、原則はクゥの言ったとおりだ。
俺は【複製】スキルがあるため、ばんばんと無属性魔法をコピーして使えるのである。
ちなみに先輩も無属性魔法をたくさん知っているが、あの人はあの人で、別の特殊技能を持っているらしい。
あの人と俺は、この世界において例外的に、無属性魔法を単体でたくさんもっている、希有な存在なのだ。
「しかも【念話】を持ってる人間は少ないんや。希少な魔法なんやで」
「そうなのか」
「せや。だって遠くに自分の言葉を伝えることができるようになるんやで? しかもノータイムで」
「ううん……それってそんなに重要なことか?」
「……まあ、普通の人間にとっちゃあんましやろうが。しかし商人にとっては、とてつもない優れものやで、これ」
スマホを手に取り、ほおずりしながらクゥが言う。
「これがあれば周囲の動向を瞬時に収集できる。遠隔地でのやりとりに、わざわざ足を運ぶ必要がなくなる。イスに座ったままで、全国各地で商いができる。……使い方はまだまだ他にもある。そのすべては、商人にとっては凄まじく有用なんやで」
言われてみるとすごいかもしれない。
どうにも現代日本の感覚が抜けなくて、遠くの人間とノータイムでやりとりできることに対して、有用性を感じないんだよな。
ただ現代に置き換えて考えてみると。
電話がある日突然、全く使えなくなったとなると、とんでもなく不便になるだろう。
そう考えるとクゥの説明も理解できた。
「やから、念話を誰でも簡単便利に使えるようになるこのツールは、とんでもない発明品なんや。これは莫大な利益を生む。すくなくともこの世に存在する商人たちは、全員がこれを、喉から手が出るほどほしがること間違い無しや」
「そうなのか……」
すげえな電話を開発した人。
「ほんま……ほんっま、あんたいい人すぎるわ。いい人過ぎて逆に不安になるレベルやで」
「不安って。なんでだ?」
「当たり前やろ」
真顔でクゥが言う。
「こんなとんでもツールの権利を、ウチにポンと渡すんやからな。しかも無償でってなんやねん。人が良いにもほどがあるわ。神様か? なああんた神様なんやなそうやろ?」
「違うって……。大げさだよ」
先日、クゥが孤児院を訪れたのはそれだ。
スマホの権利を譲ってくれと頼み込んできたのだ。
俺は別に良いよと普通に渡した。
というか、スマホが完成したら、クゥの元へ元々持って行くつもりだったからな。
俺はクゥ、というか銀鳳商会に技術提供する契約を結んでいる。
その一環として、スマホを他のと同様に譲ろうと思ったのだが……。
「ジロさん。今回は他の便利グッズや食い物と重要度の桁が違うで」
「そういうもんか?」
「ああ。やけん。給料倍額も、高級レストランでの食事も、して当然なレベルや。てかこれくらいじゃまだまだ、ジロさんから受けた恩をかえしきれんわ」
とは言うものの、俺は全然たいしたことをした自覚はない。
俺がしたのって、結局は向こうの世界での電話を流用したに過ぎない。
俺自体はすごくない。すごいのは、ゼロから電話を作った人たちだろう。
「ンなことあらへんわ。流用やろうがなんやろうが、ここへ持ち込んできたのはジロさん、あんたや。あんたはほんまに、存在自体が金を生む、まさに金の神様や」
「また大げさすぎるぞ、クゥ」
「……ほんま、ええ人すぎるで、ジロさん」
クゥがスマホをポケットにしまう。
「そろそろ失礼するわ。この後も仕事がある……というか、仕事の途中で抜けてきたかんじなんや」
「そうなのか? 酒飲んでたけど」
「酒くらいじゃウチの目は雲らんわ。仕事に支障あらへん。というか、さっきから帰ってこいって電話がなりまくってやばいんや。これで失礼させてもらうで」
クゥが立ち上がる。
「ジロさん。さっきも言うたけど、これで恩を全部返したと思っておらへんから。また恩返しさせてや」
「いや……十分だろ」
「こんなんで十分やなんて思って欲しくないわ」
クゥが真剣な表情でそういった。
その目は、月のような金の目だった。
まっすぐに、俺を射貫くように、見てくる。
「……わかったよ。またな」
「ん。それでええ」
満足そうにうなずくと、その場を後にする。
「ジロさん」
立ち止まって、クゥが言う。
「どうした?」
くるっ、と振り返り、クゥが微笑む。
「ウチに来てくれて、ほんまにありがとうな。心からあんたに感謝しとるよ」
ほなな、と言って、クゥはその場を後にしたのだった。
次回もよろしくお願いいたします!




