80.善人、子供や嫁からひっきりなしに電話がくる
いつもお世話になってます。
コレットに電話の使い方を教えてから、2日後。
午後。
俺が2階のランドリー室で、子供たちのシーツやら洗濯物を洗っているときのこと。
Prrrrr♪ Prrrrr♪
「ん? なんだ?」
ポケットの中から、スマホの着信音がした。
電源をつける。
すると画面には、【コレット】と表示されていた。
「もしもし?」
【わっ! 本当に繋がった。もしもーし、ジロくん。聞こえる?】
コレットの声が耳朶を打つ。
柔らかくもあり、真のしっかりしてそうな女性の声だ。
「ああ、聞こえるよ。どうした、何か用事か?」
電話でかかってくると言うことは、何か俺に伝えたいことがあるということだろう。
【今日の子供たちのおやつ、どうしましょうか、というご相談。何が良いかしら?】
「そうだなぁ」
俺はランドリー室の壁に、背中をつける。
ごうんごうん、と洗濯機が動き、スマホがこうして使える。
異世界に来てるというのに、だいぶ地球にいる感じがした。
「最近寒くなってきたし、パンケーキとかどうだ?」
季節は秋も深まってきて、そろそろ冬の足音が聞こえてきそうな時期だ。
アイスクリームは子供たちのおやつの王様だが、さすがにこの寒い時期にアイスはないだろう。
【とってもいいわねっ。そうしましょう】
「ああ。おやつの準備は任せて良いか? 手が足りないなら、洗濯終わった後に手伝うが」
【大丈夫。桜華もいるし。こっちは平気だよ】
「了解だ。じゃあ切るぞ」
と通話を切ろうとしたそのときだ。
【あっ、まってまって。一番大切なことを、言い忘れてたの】
「一番大切なこと?」
なんだろうか。今日は特に重要な用事はなかったと思うのだが。
【ジロくん】「うん」【愛してるっ♪】
コレットの楽しそうな声音。
耳元でささやかれたみたいで、くすぐったかった。
気恥ずかしい。……って、何恥ずかしがってるんだ、いい歳したおっさんがな。
苦笑しながら「俺も愛してるよ」とコレットに返事した。
【ふふっ♪ よーし、おやつ作りとっても頑張るぞっ。じゃあね、ジロくん♪】
「ああ、また後でな」
俺はスマホの通話を切った。
「業務用にスマホを渡したつもりだったんだけどなぁ」
子供たちにも、職員たちにも、改良版のスマホを手渡している。
職員同士は、さっきのように仕事の連絡用に。
子供たちには、まあおもちゃ感覚で触ってもらい、データも取れたらなと思っている。
コレットとの通話を終えたそのときだ。
Prrrrr♪ Prrrrr♪
「今度は……あやねからか」
鬼姉妹の姉から、電話がかかってきた。
「もしもし、どうした?」
【もしもぉー……し。あんちゃー……ん。忙しいところごみんねー……ぇ。実は】
とあやねから用件を電話越しに聞く。
「了解。すぐ行く」
俺は電話を切る。
俺は乾燥機に入っていたタオルと子供用のパンツを取り出す。
タオルを水でぬらし、部屋を出る。
2階のランドリーを出て、廊下を渡り、子供部屋へと向かう。
2階東側、子供たちの部屋に到着。
もともと2部屋あったものを、壁をぶち抜いて1部屋にしたので、だいぶ広い。
6つあるベッドのうち、1つに、赤鬼姉妹がいた。
「あんちゃ……ーん」
長髪の赤鬼が、ひらひらと手を振るう。
その隣で妹鬼が、しゅん……と肩をすぼめて、ベッドの縁に座っていた。
「ごみんねー……ぇ。アカネちゃんがー……ぁ。おもしらししちゃってー……ぇ」
「ああ、電話で聞いてる」
俺はアカネの隣に座り込む。
「ぐす……あにき、ごめんなさい……」
ぐすぐす……と妹が鼻を鳴らす。
電話によると、お昼寝の時間、アカネがおねしょしてしまったらしい。
ちなみに他の子供たちは、ベッドでまだ眠っている。
起きているのは鬼姉妹だけだ。
「何も謝る必要はないぞ。子供なんだから、おねしょするはしょうがない」
「ぐす……けどぉ……」
俺はアカネの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「泣くなって。謝る必要もなく必要もないことなんだからさ。な?」
「…………うん」
「よし、良い子だ」
俺はあかねの濡れたパンツとズボンを回収する。
ぬれタオルで下半身をぬぐい、清潔なパンツをはかせる。
「あんちゃー……ん。アカネちゃんのズボンだよー……ぉ」
いつの間にか、あやねがズボンを、タンスの中から出してくれていた。
「ありがとう、あやね。おまえは本当に良いお姉ちゃんだな」
俺が何も頼んでなくても、妹のために、動く。
そこには妹に対する確かな愛情があった。
「にひー……ぃ。あんちゃんにほめられちったー……ぁ。そうやてほめてくれる、あんちゃんだいすきー……ぃ」
ふへ、っと笑ってあやねが言う。
「ありがとな。俺もあやねが大好きだぞ。他の子たちと同じくらいな」
アカネの処理が終わった後、俺は濡れた洗濯物を持って、鬼姉妹と子供部屋を離れる。
俺はスマホを取り出して、電話をかける。
数回の呼び出し音の後、【もしもーし!】と元気の良い女の子の声がした。
「マチルダ。非番中に電話かけてスマン」
【そんな! 気にしないでください! ジロさんからかけてくれるなんて! わたし、とってもとっても嬉しいです!】
ハキハキとしゃべる、エネルギッシュな女性の声。
聞いているとこっちまで、元気になるな。
「それでちょっと頼みたいことがあるんだ。今大丈夫か?」
【はいっ! もうぜっんぜん平気ですちょー暇です! ジロさんのためなら、わたし、なんでもしますからっ!】
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それでちょっとアカネを風呂に入れて欲しいんだ」
【なるほど……。了解です!】
マチルダがウチの孤児院で働き出してから、数ヶ月が経過している。
それくらいになると、軽く話しただけで、事情を察してくれるようになってくれた。
電話を切り、俺はアカネとあやねとともに、1階へと向かった。
「アカネちゃん。一緒にお風呂入りましょう!」
マチルダがニコニコしながら、妹鬼をよいしょと持ち上げる。
「……まちるだ、ごめんね」
「アカネちゃんが謝ることじゃないよ。さっ! いざお風呂へごー!」
「おいらもおふろいくー……ぅ」
「よーし、みんなでお風呂だ!」
マチルダがあやねも持ち上げる。
マチルダは女性だが、骨格もよく、結構力持ちなのである。
「すまん。マチルダ。洗濯物やらなくちゃいけなくて。他のみんなはそれぞれやることあって手が離せなくてな」
「大丈夫です、わかってます!」
「非番なのにスマン」
「お気になさらず! 言ったじゃないですか、大好きなジロさんのためならわたし、喜んで何でもしますって」
にかっと笑うマチルダ。
「ありがとう。助かるよ」
「はいっ。あ、ジロさん」
「ん? どうした」
マチルダが子供たちを抱えたまま、すすす、と近づいてくる。
そして俺の唇に、軽く、キスをする。
「わー……ぉ。だいたー……ぁん」「す、すげ……だいたんだぁ」
マチルダがパッ……っと離れる。
「えへへっ♪ お手伝い代です。これでジロさんが気にする必要はなくなりましたっ」
それじゃ! とマチルダは元気いっぱいに声を張ると、鬼姉妹を連れて、お風呂へ行ったのだった。
「全く、あの子は大胆というかなんというか……」
しかし本当に良い子である。休み中にまで仕事を手伝ってくれたわけだからな。
と、そのときである。
Prrrrr♪ Prrrrr♪
と電話がかかってくる。
コレットからだった。
「どうした? おやつ作りの手が足りないのか?」
すると彼女はこう言った。
【ジロクン、ミテタヨ】
「え?」
と思って横を見ると、食堂から、コレットが。
スマホを片手に、じーっと俺を見ていた。
【ジロクン、オシゴトチュウ】
「あ、ああ……」
【オシゴトチュウ。チュウスルトハ、カンシンシナイネ】
ジト目で俺を見てくるコレット。
頬を膨らませて、ヤキモチを焼いていた。
「あのなぁ……。さっきのはマチルダにその、お礼的なキスであってな」
【…………。ジロクン。アトデ、シメル】
ぴっ、と電話を切るコレット。
そのまま食堂の方へと引っ込んでいった。
俺は引き留めようとしたのだが、洗濯物もあるので、スマホでコレットを呼び出す。
2階へと上がり、ランドリー室へ到着すると、コレットが電話に出てくれた。
【ナンダイ、ジロクン。イマボクハ、オイソガシインダヨ】
かちゃかちゃかちゃ……とパンケーキミックスをかき混ぜる音がする。
どうやら電話しながら、仕事をしているらしい。
「コレット……。あのな、本当にさっきのは不可抗力というか、別に仕事中に隠れてこっそりキスしてたわけじゃなくてな……」
俺も洗濯機から洗濯物を取り出し、かごに入れていく。
【ふんだ。どうだろうね。さっきマチルダにキスされてたジロくん、とってもデレデレしてるように、先生みえましたよっ!】
すねてるなぁ……。
洗濯物を持って、裏庭へ行く。
その後俺は洗濯物を干しながら、いかにコレットが好きか、大切かを、熱心に語った。
洗濯物を干し終えた頃には、【ジロクン大好きっ♪ 世界で一番愛してるっ】と、機嫌を直してくれた。
「ほんと、子供っぽいところあるんだよな、あの子」
「それで? そんなところもまたかわいいと思ってるんだろ、ジロー」
電話を切った直後、背後から先輩の声がした。
振り返るとそこには、幼女と見まがう紫髪の美少女が立っていた。
「や、ジロー」
「先輩。脅かさないでくれよ……」
「ごめんごめん」
苦笑する先輩。
「それで、どうしたんだ?」
「ん。さっきからジローに電話をかけてるのに、いっこうに出る気配がないからね。君を探していたわけだ」
俺は先輩とともに、建物の中へ向かう。
「ずいぶんと携帯電話を、活用しているじゃないか」
ニヤニヤと笑いながら、先輩が言う。
「仕事中に、嫁さんの機嫌を取るために携帯を使うなんてね。まるで所帯持ちのサラリーマンみたいじゃないか?」
「からかうのはよしてくれよ……。それで、俺に何の用事だ?」
先輩が俺を見上げて、んー、と考えた後、
「考えてみれば用事はなかったよ。今日は君にあってなかったからね。君の声が聞きたかったんだ」
子供のような見た目の少女が、そんな大人みたいなことを言う。
「あんまりからかわないでくれ」
「なんだ、ジロー。からかわれてるって気付いてたのかい? つまらないなぁ」
にやにや笑いながら先輩が言う。
「大学の時はもっとウブだったのにね。5人とつきあって男として成長したのかな?」
「わからん」
と雑談しながら孤児院の中へと戻ってくる。
もう少しで子供たちを起こし、午後のおやつを食べさせる時間だ。
くいっ、と先輩が服を引っ張ってくる。
「子供たちを起こすまで少し暇だろ? 私とトークとしゃれこもうじゃないか」
先輩が1階ホールのソファを指さす。
「いや、他にもやることあるし……」
「いいじゃないか。少しくらい。それとも、恋人とお話しするのは、嫌なのかな?」
「わかったって。嫌じゃないです。お話ししようか」
「うんうん、それでいい。嫁だけじゃなくて恋人も大事にする姿勢は実に良いよ。愛してるよ、ジロー」
どうにも先輩には、前世での上下関係もあり、逆らうことができないんだよな。
俺はソファに座る。
先輩は俺のすぐ横に座って、俺の膝の上に、頭を乗っけてきた。
紫色のキレイな長髪からは、南国の鼻を想起する、甘酸っぱい香りがした。
また化粧をしているのか、粉ミルクのような甘い香りもする。
「それでジロー。これの調子はどうだい」
先輩が俺に膝枕されたまま、俺の太ももを触ってくる。
じっくりねっとりとした手つきで、太ももと股の付け根を撫でてきた。
「先輩。仕事中」
「おやジロー。私は君のポケットに入ってるスマホのことを聞いたんだよ?」
しまった。自分から墓穴を掘ってしまった……。
「ま、からかうのは控えておくよ」
にぃっと笑う先輩には、やはり勝てないなと思う俺である。
先輩は俺のポケットからスマホを取り出して、電源を入れる。
「動作入力の魔法で調整して、ひとつの携帯電話で、複数人、任意で電話がかけられるようにしたわけだが……」
無属性魔法【動作入力】。
無機物に動作命令を入力して、自由に動かすことができる魔法だ。
命令にはある程度条件付けを行うことが可能だ。
たとえば【手を叩けば】、【ボールが転がる】みたいに、【A】をすれば、【B】するというふうに、物体に条件をつけることができる
最初、未完成版のスマホでは、1つのスマホで、1つの連絡先としか電話できなかった。
俺はスマホごとにナンバーを振り分け(コレットのスマホなら1、マチルダなら2と)。
電話番号入力画面で、かけたい相手の番号を打ち、電話をかけることで、任意のスマホに、【念話】の魔法がかかるように、条件付けを行ったのである。
【1】をおせば、【コレットにのみ念話の魔法が発動する】
みたいな感じだ。
これによって、こちらから駆けたい相手に、【念話】を飛ばせるようになった……というわけである。
「現実のスマホに一歩近づいたね」
「ああ。けど、まだまだ足りない。もっと機能を拡充させたい」
「ジローは野心家だね」
「というか地球のスマホを知ってると、今の機能では物足りなくてな」
俺はスマホを見ながらつぶやく。
「いろいろ使えるようになれば、職員たちの仕事も楽に進めることができるしな。子供たちにも楽しんでもらいたいし」
「なるほどね。ということはだ。私の助言やアイディアが、これからも必要になると言うことだろう?」
にこーっと笑って先輩が言う。
「ああ、うん。これからもよろしく頼む、先輩」
「良いよ。ただし、私から条件をつけよう」
条件?
先輩が体を起こし、俺の両のほほを包む。
そして唇を重ねてくる。
顔を離し、にっこり笑う。
「ふたりきりの時は、【加奈子】と呼ぶこと」
先輩は転生者であり、前世の名前は【阿澄加奈子】という。
かつて俺は、この加奈子先輩と恋人関係にあったのだ。
「前にも言った気がするのだが、ジローってばまったく呼んでくれないんだもの」
「す、すまん……先輩」
「先輩?」
笑ったまま、先輩が首をかしげてくる。
譲る気はないようだ。
「……わかったよ、カナコ」
すると先輩は、ふふっ、と微笑んだ後、
「いいだろう。君に力を貸してあげよう。君だから力を貸すんだよ? そこら辺はきちんとわかっていてくれよな」
俺は苦笑して、わかったよとうなずいたのだった。
お疲れ様です。
次回もよろしくお願いいたします。
ではまた!




