76.母鬼、彼と恋人になる
いつもお世話になってます!
ジロの部屋へ、桜華が来る直前のこと。
桜華は娘たちから、作戦の概要を聞かされていた。
と言っても、
【アタシらが兄ちゃん連れてくるから、おかーちゃんはスキルの入った指輪を回収】
【そしたらママは、えっちぃかっこうで迫ってあげて~】
……以上。
作戦のへったくれもなかった。
扇情的な格好で男に迫るなど……桜華は生まれてこの方、一度もしたことがなかった。
桜華の知ってるオスは、元旦那のみ。
それも向こうから無理矢理されただけで、こちらから誘う……といったことは、したことがなかった。
ジロの部屋にやってきて、彼を待ちながら……桜華は不安になった。
果たして、娘たちの作戦通り、えっちく迫れるだろうか……と。
桜華は自分のかっこうを見やる。
これはかつて、家族ですんでいたとき、父の知り合いからもらった物だ。
【桜華ちゃんこれあげるっす。将来大好きな人が見つけられたら、これを着て抱きつけば、それでもう男ゲットっす!】
……とのこと。
本当だろうか……と思いつつ、彼女の言うことを信じて、桜華は紫色のネグリジェを身にまとった。
ジロの部屋のベッドルームにて、待機する桜華。
ややあって、彼が入ってきた。
彼は桜華の格好に驚き、そして……顔を赤らめて、目をそらしてくれた。
「あ……」
ずくん、と身体がうずいた。
桜華の視線は、彼の身体をとらえた。そして……。
「あ……」
桜華は、歓喜した。嬉しかった。
……彼は、桜華を見て、同僚ではなく、ひとりの女として、見てくれていた。
好きな殿方が、自分のことをすいてくれている。
それはどうしようもなく嬉しくて、気づけば自分は、大胆になっていた。
理性が消失し。本能がむき出しになる。
身体が欲していた。彼を、そして、彼の子供を。
そのあとは、鬼の持つ本能のままに、行動をした。
自分でも大胆きわまりないことだと、頭で思っていても、止めることができなかった。
ジロに抱きついて、耳元でささやいたあと……彼は一度、ぐいっと自分を突き放した。
……嫌われたのかと思って、ショックを受けたが、違った。
「桜華。まずは話し合おう。お互いの気持ちを伝え合ってから……な?」
落ち着いた彼の対応に、桜華は一度冷静になった。
そうだ。まずはきちんと関係を結んでからだ。
焦って先走ってしまったことをジロに謝ると、彼は気にするなと笑ってくれた。
……それが、もうだめだった。
ずるい。
反則だ。
そんな笑顔を見せられたら、もうだめに決まってるじゃないか。
桜華の理性の糸は、完全にぷつんと切れてしまった。
気づけば自分は、彼を地面に押し倒して、好きだと連呼していた。
彼は困惑していたが、そんな困っている顔も素敵だった。
桜華は好きだと叫んだ。連呼した。叫びまくった。
もはや体も心も抑えきれず、ただもう、この人の女になりたくって仕方なかった。
現に気づけば、女にしてくれと……。要約すればそのようなセリフを吐いていた。
ジロは「わかった! 気持ちはわかったから! 俺も」と、許可が出た瞬間、
桜華は……鬼となった。
オスの鬼は、文字通り人間を、食料として食べる。
メスの鬼も、人食いである。だがメスはオスとは違って食人は一切しない。……別の意味で人を食うのだ。
普段の桜華は、鬼にふさわしくないほど、気性がおとなしい。
鬼はもっと、オスもメスも、がつがつとしているのだ。
そういう意味で娘たちは、人間から見たら痴女の振る舞いでも、鬼から見れば、あれで正常なのだ。
鬼としては異端者の桜華だったが……この日ばかりは、彼女はまさに鬼の中の鬼なふるまいをしていた。
……それはさておき。
「んっ…………」
翌朝、桜華はパチ……っと目を覚ます。
「あれ……ここは……?」
ぼんやりとする頭で、辺りを見回す。
そこはジロたちの部屋。ベッドルームだった。
「どうしてここに……?」
自分の部屋は二階にあるはず……とそこで気づいた。
「ああ、そうです……」
自分は、彼の女になったのを、桜華は思い出した。
「…………」
思い出すだけで、幸せな気分になる。
男の人と結ばれたことが、こんなにも嬉しいことだったなんて……。
と嬉し涙を流す桜華。
と、そのときである。
「お、桜華……」
彼の声が聞こえる。どこからだろうかと思って探してみるが……見つからない。
「じろーさん? どこに……?」
「こ、ここだ。おまえの……下だ」
へっ、と思って、桜華は自分がどういう状況にいるか気づいた。
自分は……うつぶせに寝ていた。そして……ジロは桜華の下で、仰向けにつぶされている。
さぁ……っと顔が青くなる。
「ご、ごめんなさい……!」
愛しい彼を押しつぶしていたのだ。慌ててどいた。
「すみませんっ!」
自分でもびっくりするような、大きな声を出していた。
「いや……大丈夫。いや、大丈夫じゃないけど、大丈夫……」
ジロはふらふらしていた。目がうつろだった。やつれてるようだ。心なしか彼が少ししぼんでしまっているように……みえた。
「どうしましょう……どうしましょうっ」
桜華が動揺して、大きな声を出した、そのときだった。
「桜華さんっ!」
ばーん! と、ベッドルームのドアが開いたのだ。
「術を解いたさね……ってもういないか」
背後に一花がいて、彼女を押しのけるように……金髪のエルフが入ってきたのだ。
名前をコレットという。美しい少女である。
「だいじょうぶジロくんっ、桜華さんっ。何かあった…………………………」
現場を見てコレットが、びしぃ……! と固まる。
「あ、うん。ナルホドネ」
コレットがハイライトの消えた目でつぶやく。
その後から、どかどかと、彼の恋人たちが入ってきた。
「もうっ、ジロさんったらおさかんなんですからっ」
とマチルダ。
「……あんたねぇ、……はぁ~」
あきれてつぶやくの猫獣人のアム。
「これはこれは。まったくジロー、君ってやつは」
苦笑しているのは、子供のように小さな少女、妖小人のピクシー。
コレットがその場でかちーんと固まっている中、桜華は立ち上がる。
その身に何もつけてない。あきらかに……事後であるとわかってしまう。
「コレットさん……ごめんなさい。その……」
「ア、ウン。ダイジョウブダヨ。ナレテルカラナ」
そういう割に、コレットの目が泳ぎまくっていた。
ピクシーは少女たちの間を縫って、ジロの隣へ移動する。
「腹上死しなくて良かったよ、ジロー」
「……ほんと、危うく死にかけたよ、先輩……」
そう言うと、ジロはがくっ、と気を失ったのだった。
「ア、ジロクンガタオレタネ。コウハンヘツヅクヨ」
「コレット……大丈夫? 休んだ方が良いわ?」
と心配するアムに、コレットは「ダイジョウブダイジョブー」と陽気に笑っていて、端から見ている人たちは怖がっていた。
☆
気絶したジロを、みんなで手分けして竜の湯へと運ぶ。
するとたちまちジロの肌に精気が戻った。
「すみませんじろーさん、本当にすみませんっ!」
場所は1階、ジロたちの使っている私室。リビングスペースにて。
桜華が勢いよく頭を下げた。
「いや……うん。気にすんな」
「でも……じろーさんをあやうく……」
「いや、まあ……」
ジロが頬をかいていると「それは大丈夫だろう」とピクシーが言う。
「鬼のメスの体液にも……回復機能があるんだよ」
「そうなの? レイアみたいじゃない?」
アムが首をかしげる。
さもありなん、とピクシーが続ける。
「鬼とはその昔、竜と人間の間にできたハーフだからね」
……初めて聞く事実に、みな驚いている。桜華さえも目を丸くしていた。
「君たちは不思議じゃなかったかい? なぜ鬼に角があるのかと」
ピクシーが続ける。
「たとえばラビ。あの子はウサギの獣人……兎獣人。はるか昔、兎の神獣と人間の間に生まれた子供が兎獣人だという」
「つまり兎と人間をかけあわせたから、うさ耳の女の子ができたってことですか?」
マチルダが聞いて、ピクシーがうなずく。
「そうだ。かように亜人には元となるベースがある。兎獣人なら兎と人間。犬獣人なら犬と人間。かけあわせることでその元の種族の特徴があらわれるわけだ」
そこで……とピクシー。
「鬼の角だ。角のある動物や幻獣神獣はいくつもいる。では鬼は何と人間とをかけあわせたけっか、角のある半分人間が生まれたのか?」
「竜……」
そうだ、とジロの言葉に、ピクシーがうなずく。
「ドラゴンと人間のハーフ、それが鬼なんだよ」
「はー、そうだったんですね。さすがピクシーさんっ。物知りです!」
やんややんや、とマチルダが拍手する。
「さてそれを踏まえると……桜華の体液には、竜の同じで回復機能がある。むろん本物のドラゴンの体液と比べると数段質は落ちるが……。しかし汗をあびていれば、体力は回復されていた。死ぬことはまあ、なかったと断言できるね」
ピクシーはめがねを外し、服を端っこでレンズを清めて、すちゃっとかけなおす。
「ふたりとも運動して汗かいていただろ? その汗を浴びていたのだ、死にはしなかった。だから桜華、気にしなくっていいとおもうよ」
「ピクシーさん……」
にこっ、とピクシーが桜華に笑いかける。
「これからは君も私たちの仲間だ。さんづけなんてしなくていいよ」
「えと、えと……あの……」
桜華がピクシー以外の、ジロの恋人に目を合わせる。
「わたしは大歓迎ですっ! ジロさんに恋人ができるってことは、それだけわたしの彼氏が魅力的ってことですからっ! 当然ですっ!」
笑顔でマチルダが言う。
「……ま、なんかもう慣れたわよね」
アムがやれやれ……と首を振るいながら、しかしそこに嫌悪感はない。
「さてではコレット。君の意見を聞こうか」
ピクシーが話を振る。
さっきから棒立ちしていたコレットは……。
「…………」
「こ、コレットさん……」
すすす、とコレットは桜華に近づく。そして、背後に回り、もにゅもにゅ、と胸を揉んだ。
「あの、コレットさん?」
「……でかい。なんてでかさだ。うう、ジロくんはやっぱりおっぱい大好き人間だったかっ」
コレットは桜華を離して、その場にしゃがみ込む。
やがてガバリと立ち上がり、
「わかってたことだけどねっ!」
うんうん、とみんなうなづく。ジロは「すまん……」とがくっと凹んでいた。
「まあジロくんにはあとで先生からお説教たーいむが待っていますが、それはそれ」
コレットは桜華を見やると、にこりと微笑んだ。
「これからよろしくね、桜華さんっ」
……その笑みは、すなわち、肯定の意味合いを持っていた。
桜華は「ありがとう……ごめんなさい……」とさめざめなく。
コレットは桜華を正面から抱きしめると、
「泣かないで桜華さん……。うーん、さんづけはもうあれよね……」
うんうん、とコレットはうなずいて、言った。
「桜華。泣かないで」
……桜華。
そう、コレットはさんづけをやめたのだ。それは、親愛の印である。
「コレット……さん……」
「もー、さんづけ禁止です。ね?」
ウインクするコレットに、桜華は「はい……」と答える。
泣くのをやめて、晴れやかな表情で、呼ぶ。
「これから……よろしくお願いします。コレット」
……かくして、鬼の母、桜華は、ジロの恋人になったのだった。
お疲れ様です!
次回より11章スタートになります。前回10章で携帯がなくて苦労したので、その辺を作っていくと思います。
次回もよろしくお願いします。
あといま新連載やってます。下にリンクが貼ってますので、よければ是非!
ではまた!




