70.善人、川に落ちた母鬼を助ける
いつもお世話になってます!
秋の山へ、子供たちと遠足に来ている俺達。
河原で昼ご飯を食べた後、しばし昼休憩を取る。
「コン! 待ちやがれーです!」
「おにさんこちらー」
河原をキャニスとコンが走っている。
キャニスの方が足が速いため、すぐにコンに追いつきそうになる。
「あかーん。これはひっさつのあれをはつどうさせるときー」
「もうちょい! たーっち!」
キャニスがコンをタッチしかける。
そのときだった。
「バリアっ」
コンが両腕をクロスさせて、声を張り上げる。
「くっ! ちくしょー! バリア使われた-!」
これは【バリア鬼】という遊びだ。
基本の遊び方は増やし鬼と一緒。鬼にタッチされたらその人も鬼になるというルール。
ただバリア鬼では、逃げる側はバリアを使って良いのだ。ただバリアを使うと、その場から動けなくなる。
「へるぷ。だれかみーのバリアをかいじょしてくれい」
「コンちゃんっ、任せるのですっ。らびが解除を……!」
「おっとラビはっけん! まてやー!」
「はわわっ、えっと、ば、バリアー!」
これでラビとコンがバリアをしたことになる。
残りはレイアと鬼姉妹だ。
「おめーらわかってるです? 全員がバリア使ったらそのばでぼくの勝ちです!」
というルールだ。
俺達職員は、ちょっと離れたところで、俺の入れたコーヒーを飲んで休んでいる。
「へいあやねる。たすけてぷりーず」
「アカネちゃん! たすけてー!」
バリアして動けないふたりが、鬼姉妹に助けを求める。
「おっとそうはさせねーです!」
キャニスがコンとラビの前に立ちふさがる。
「ううー……ぅん。これじゃー……ぁ。ふたりのそばまでいけないよー……ぉ」
「どうすんだよ姉貴ぃ……」
じりじり、とキャニスが鬼姉妹と距離を詰める。
「さあおとなしくぼくにつかまれやです!」
「こまったー……ぁね」
じりじり、と鬼姉妹が後ろに下がる。
「くくく、ふたりともバリアさせてやるです! とりゃー!」
キャニスがびょんっ! と飛びかかる。
その跳躍力はすさまじく、いっきに鬼姉妹との距離をゼロにした。
「バリアー……ぁ」「バリア!」
と鬼姉妹が、キャニスに捕まる前にバリアを使う。
「よーし! ぼくのかちー!」
ぴょんぴょん、とキャニスが飛び跳ねる。
「果たしてー……ぇ。それはどうかなー……ぁ」
にやり、と姉鬼のあやねが不敵に笑う。
そのときだった。
「たーっち! バリア解除よ!」
ばっ! とキャニスが後ろを振り返る。
そこにはバリアを解除したコンとラビがいた。
「ど、どーゆーこったです!?」
「れいあのことを忘れてるわね!」
そう、鬼姉妹がキャニスの注意を引いてる間に、竜人のレイアがこっそりと背後に回って、ラビたちを救出したのだ。
「くっ! おめーらはおとりか、です!」
「そだー……ぁよ」
にやり、とあやね。
「姉貴の作戦ははんぱねーぜ!」
と妹が姉を褒め称える。照れて姉が「ありがとねー……ぇ」と妹の頭をなでて、アカネが「えへへ」とハニカム。
「みーがかいほーされたー」
「らびもにげるのですっ」
だーっ、とラビとコンが逃げる。
「ちくしょー! まてやー!」
その間にレイアが鬼姉妹をバリア解除。
「くっ……! もうすぐ時間がっ! おにーちゃんあと何分!?」
バリア鬼は時間制限をもうけている。時間内を逃げ切れば、バリア側の勝利だ。
「もうあと30秒だ。がんばれキャニス!」
「くっそー! 負けねーぞ!」
バッ! とキャニスが靴を脱いで四つん這いになる。
「むむっ、あれはもしや」
「こ、コンちゃんなにかしってるのです?」
キャニスから距離を取るラビたち。
「ああ。しってる。あれはキャニスの戦闘モード。くつをぬぐことで……すばやさが、ばいになるっ」
「ば、ばいになるー!?」
驚くラビ。
「ふ、ふんっ! いくらキャニスがはやかろうが、こっちは全員が無事なんだぜ? アタシたちの勝利だ!」
「アカネちゃー……ぁん。それフラグだよー……ぉ」
するとキャニスがバビュンッ! と風のごとく飛び出す。
四肢を用いたキャニスは、猟犬のごとくスピードでひとり、またひとりとタッチしていく。
「あうん」「はぅっ」「あー……ぁん」「くそっ!」
あっという間に、ラビとコン、鬼姉妹が、キャニスにタッチされてしまう。
「残りはレイア! おめーだけだ! です!」
「負けないわよ! れいあも戦闘モード!」
バサリ! とレイアが大きく翼を広げる。そして上空に飛び上がる。
「どうっ? 空ににげればれいあの勝ちよ! とどくわけないわ!」
得意げにレイアが胸を張る。
「あかん、れいあ。それふらぐやん」
コンがつぶやくと、キャニスがぐぐっとみをかがめて。
「とりゃー!」
なんとレイアのいる上空まで、びゅんっ、と飛び上がったのだ。
「うっそー!?」
驚くレイアの体に、後ろから組み付くキャニス。
「へへんっ、ぼくのかちー! です!」
するとレイアはキャニスを背負った状態で、地上へと戻ってきた。
わっ! と子供たちがキャニスの元へかけよる。
「すごいのです! キャニスちゃん!」
「まるでりゅうせいのごとく。おうごんのさいきょうげーまーだ」
きらきらと尊敬のまなざしを、キャニスに向ける子供たち。
「すごい早さとちょーりゃくよくだったー……ぁね」
「すげえなキャニス。さすが犬」
鬼姉妹もぱちぱちと手をたたいて、キャニスを賞賛する。
「へへん。ぼくの戦闘モードすげーだろ!」
「「「すげー!」」」
子供たちのやんややんやという声を受けて、キャニスが嬉しそうに笑う。
「キャニス……負けたわ! さすがれいあのライバルね!」
すっ……とレイアが腕を前に差し出す。
「今日はあんたの勝ちよ! でも、れいあもまけないから!」
「おう、いつでもかかってこいやです!」
がしっ、と手を握り合うキャニスとレイア。
「キャニスちゃんもレイアちゃんも、かっこいいのです!」
「永遠のライバルだー……ぁね」
「なるととさすけか」「「「それな」」」
子供たちは漫画を読むようになったので、コンのネタについて行けるようになっているのだ。
「みーのせんばいとっきょが失われつつある。にぃ、へるぷみー」
てこてこ、とコンが俺に近づいてくる。
だっこだっことせがんできたので、よいしょと持ち上げる。
「まあいいことじゃんか。話題を共有できるようになったんだからな」
今までコンしかしらないで周りぽかんみたいなパターンが多かったからな。
「そのはっそうはなかった。にぃ、そのはっそうはなかった」
「なぜ二回言う……」
「じゅうようなことですゆえ」
ゆらゆら、とコンがキツネの尻尾を揺らす。
「にぃはいつもみーのななめうえをいく。いがいせいなんばーわん忍者だ」
「俺は忍者じゃないっての」
つん、とコンの額をつつく。
「ゆるせさすけ。またこんどな」「好きだなおまえもそれ……」「なるとはみんなだいすき」
コンが降りたがっていたので、しゃがんで下ろす。
コンはみんなのもとへ行くと、「へいみんな。なるとごっこしようぜ」と提案。
「「「いいね!」」」
子供たちが両手を後ろに伸ばし、手のひらを上に向けて、たたた、と走り去っていく。
「あんま遠くに行くなよ」
「「「わかってるー!」」」
とは言いつつも心配なので、俺は子供たちの後をつける。
「ジロくん。わたしも」「コレットたちはそこで休んでてくれ。昼飯の用意とかで疲れてるだろ?」
するとコレットはほほえんで「ありがとう、大好き♡」。
「…………」
桜華はもじもじとしていた。どうしたのかと疑問に思って聞いてみたが、「あの、なんでもないです」とのこと。
その場を後にして俺は子供たちの元へ行くと、
「たじゅーかげぶんしんのじゅつ」
コンが手で印をきる。
するとコンの後ろから同じポーズのラビが出現する。そしてその隣に鬼姉妹。
「くそっ! ならこっちもたじゅーかげぶんしんのじゅつ、です!」
キャニスは印をきった後、高速でその場を行ったり来たりする。
あまりに早いので、本当に分身ができていた。
「「「キャニスちゃんすげー!」」」
と子供たちがキャニスを褒めるのだった。
☆
子供たちとごっこ遊びをした後、俺は子供たちを連れて、職員たちのいる場所へと戻ってきた。
「みんなお疲れさま。水分補給しましょうねー」
「「「了解だってばよー!」」」
まだごっこ遊びが抜けてないらしい。
俺はコレットと協力して、紙コップにジュースを注いで渡す。
「あめー!」「きんきんにひえてやがる~。はんざいてきだ~」「ぷはっ、おいしーのですー!」
オレンジジュースを飲む獣人たち。
するとくいくい、と誰かが俺のズボンを引っ張ってきた。
見やるとそこにいたのは、あやねだった。
「ねーにー……ぃちゃん」
「どうしたあやね?」
俺はあやねの隣にしゃがみ込んで尋ねる。
あやねが俺の顔を正面から見て言う。
「おかーちゃんがいないんだー……ぁ」
おかーちゃん、とは桜華のことだ。
「そういえばマ……おふくろがいねえな」
隣にいたアカネが姉に同意する。
「言われてみると……。コレット」
俺は立ち上がってコレットの元へ行く。
「どうしたの?」
「桜華がいないんだが、知らないか?」
「なんかちょっとお花摘みに行くっていってたわ」
どうやらトイレに行ったらしい。
「そうか。なら大丈夫か」
俺は鬼姉妹の元へ行く。
そして桜華がトイレへ行ったことをつげる。
「んんー……ぅ。そうかー……ぁ」
しかし依然として暗い表情のあやね。
俺は鬼姉妹をよいしょとだっこして尋ねる。
「何か気になるのか?」
「うん。ちょっとー……ぉね。ここ、あそこだし」
あやねの言葉に、アカネが「そっか」と言う。
「あそこって?」
あやねがそばを流れる天竜川を見ていう。
「この近くさー……ぁ。むかしおいらたちの孤児院があったばしょなんだよー……ぉ」
「え? ああ。あー……そうだったか」
俺は一度この天竜川の近くへ来ている。
あれは夏に入る前のこと。
大雨で桜華の孤児院が流れてしまったのだ。コレットと様子を見に、ここへ一度きたことがある。
あれから4ヶ月くらいあいたから、すっかり忘れてた。
「ここが孤児院があった場所だから、何が心配なんだ?」
「んー……ぅ。んんー……ぅ。んー……」
あやねが考え込むが、「上手く言えないよー……ぉ。ごめんねー……ぇ」
ぺこっ、と頭を下げる。妹鬼も姉と一緒に頭を下げた。
「いや別にあやねたちが謝ることじゃないだろ」
よいしょよいしょとだっこする。
しかし……そうか。
ここは昔孤児院があった場所か。
桜華にとっては、なじみの深い場所であるわけだ。
だからちょっと、桜華の様子がおかしかったのか。
「おかーちゃん、だいじょうぶかなー……ぁ」
不安げな鬼姉妹を、俺は「大丈夫だよ」と頭をなでる。
そうやって桜華の帰りを待った。
の、だが……。
「ジロくん。桜華さん帰ってこないね」
「…………」
あれから30分くらい待った。
だが、桜華は帰ってこなかった。
子供たち、特に鬼姉妹の不安げな表情は見ていてつらくなるほどだった
アカネはぐすぐすと泣いている。
あやねはよしよしとあやしているが、本人もかなりキツいらしい。いつもポワポワ笑っている姉鬼が、険しい表情をしていた。
それを見て俺は意を決する。
「コレット。子供たちを頼む」
「ジロくん……。わかった」
俺はコレットと、万一のことを考えて打ち合わせする。
「俺が帰ってこなかったら子供たちとともに下山してくれ」
「そんな縁起でもないこと言わないで……」
コレットのエルフ耳が不安げに垂れ下がる。
「心配するな。無事に帰ってくるから。な?」
「うん……」
いちおう念のため、俺も子供たちに持たせてるのと同じミサンガを身につける。
これには位置情報を発信する、発信器のような役割をできるよう、魔法で調整してある。
「じゃ、行ってくる」
俺は無属性魔法【探査】を発動させる。
この辺り一帯の生体反応を調べる魔法だ。
それによると、ここから数キロ川を下った場所に、桜華がいた。
「大丈夫だ。桜華はこの先にいる。みんな安心しろ」
子供たちがホッ……と安堵の吐息をはく。
だがコレットの表情は硬いままだ。
確かに反応はあった。だがその場から動いてない。帰ってきてない理由も不明瞭。
万一……ということも、ありえる。
「みんなすぐ戻ってくるから、コレットの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
そう言って俺は、コレットたちのもとを離れて、川を下る。
急流を横目に、俺は川を下る。
ややあって、桜華が見えてきた。
「桜華!」
桜華は河のそばにたっていた。
ぼうっ……と水面を見ている。
良かった生きてた……と思ったのもつかのま。
ふらり……。
と桜華がその場で、前に倒れ込んだのだ。
「桜華!」
ざぱーんっ! と大きな音を立てて、桜華が川に落ちる。
そのまま……浮かんでこない!
「桜華! 桜華! くそっ!」
俺は全力ダッシュで河原へ近づく。
そして、桜華を救出するため、川へと飛び込んだ。
荒れ狂う水流の中を、俺は桜華の元へと泳いでいく。
だが水の流れが速すぎて、なかなか追いつけない。加えて秋の川の寒さが、俺から体力と手足の感覚を奪う。
俺は苦心惨憺しながら、必死になって桜華を追いかける。
ややあって桜華に追いつく。
「桜華! 大丈夫か!」
持ち上げるが意識はないようだ。ぐったりと気を失っている。
気絶している彼女をつれて河原へ戻ろうとするが……上手くいかない。
「くそ……! って、桜華! しっかりしろ!」
俺たちはどんどんと流されていく。
ややあって、
「まずい!」
天竜川を下っていった先が、なかった。
どうやら滝になってるようだ。
「くそっ!」
俺はマジック袋から魔力回復用の竜の湯の残り湯を飲んで、無属性魔法【結界】を発動させる。
衝撃吸収の魔法だ。
これで死にはしないだろう。
問題は滝からどう脱出するかだが、【空中浮揚】や【飛行】を使おうにも、あれらは上級無属性魔法だ。
俺は竜の湯に使ってないと、魔力不足で上級魔法は使えない。
「くそったれ!」
俺は桜華の体を抱いて、衝撃に備える。
滝に飲まれて、俺達はそのまま落下。
気づけば俺の意識も、落ちていったのだった。
お疲れ様です!
次回は川に流されふたりきりになった桜華さん。その理由や過去についてふれます。
ではまた!




