07.善人、獣人たちと温泉へ行き、チートっぷりを披露する
今回はスキルの説明が入るので、若干分量が長めになってます。ご了承ください。
コレットと孤児院の裏にあった温泉、【竜の湯】に入った。
間接的にだが、俺は無限の魔力を手にいれたこととなった。
その数時間後、夕方頃の出来事だ。
俺は孤児院の獣人幼女たちを連れて、竜の湯に向かっていた。
「お風呂なのですっ♡ お風呂大好きなのですっ♡」「びば、のんのん」「…………」
俺の隣をウサギ娘のラビ、きつねっこのコン、そして犬獣人のキャニスが歩く。
ラビはウキウキとした表情。コンはいつもの平坦な顔のままだが、しっぽがファサっファサっと機嫌良さそうに動いている。
問題はキャニスだ。
「うへー……、です……」
明らかに沈んだ表情で、とぼとぼと歩いている。足取りは重く、何度も立ち止まりそうになる。
「どうした、キャニス?」
「うう……おにいちゃん、ぼくはおフロに入りたくねー、です……」
なんと、キャニスは風呂嫌いなのか。
確かに犬ってあんまりお風呂好きなイメージないよな。
「ダメだぞキャニス。きちんと風呂は毎日入らないと」
「1日くれー入らなくても死なねーです」
またそんな子供みたいなことを言うキャニス。あ、子供だった、この子。
「風呂って言うか水が嫌いなのか?」
「そうじゃねーです。あの緑色の水たまりに入るのがこえーのです。そこなし沼みたいでこえーです」
言われて確かにと思う。
昨日見た竜の湯の様子を思い返す。
温泉の名前がついているものの、あきらかにでっかい水たまりだった。
お湯の色が濁った緑色であることも加わり、なるほど沼とはぴったりな表現だな。
と得心していたそのときだ。
「確かにキャニスの言うとおりね。風呂なんて入らなくても死なないわ」
俺の左隣から、同意する声がした。
そこにいるのは短髪赤毛の猫娘、アムだ。
「アム、おまえも風呂嫌いなのか?」
「ええ、そうよ。風呂自体も嫌いだし、あとキャニスの言うとおり温泉の見た目がちょっとね。効能はスゴいとは思うわ。けどビジュアルって大事だと思うの」
うんうん、とうなずくアム。
まあ言いたいことはわかる。
だがその前に、
「あのさ……アム」
「な、なによ……」
「いやおまえ、どうして俺たちについてきてんだよ」
本来、俺は幼女たちだけを風呂に入れにいこうとした。だのに、アムもついてきたのである。
アムは幼女たちと同じ子供ではあるものの、彼女たちよりは年を重ねている、少女だ。
少女(聞いたところ15歳だという)とおっさんが同じ風呂に入るのは、どうなんだろうか?
「し、しかたないでしょっ! コレットは出かけちゃってるし、あんたひとりで、あの子ら全員の面倒見切れるわけ?」
「うっ……。自信ないっす」
コレットは昼頃から、所用で近隣の村に出かけている。
出かける際、コレットから子供たちをお風呂に入れといて、と言うミッションを俺は受けたという次第。
「あの子たち元気すぎるから、体洗うのも一苦労よ。キャニスは逃げようとするし。特に獣人は毛の量が多いし、しっぽまで洗わないといけないから、ほんと大変なのわかる?」
そう言われるとひとりでこのミッションをこなすのが難しいように感じた。
「だからあたしが一緒についてきてるってわけ」
「なるほどな。アム、ありがとよ」
アムはちょっと態度きついが、しかし優しい子なのである。
「ふんだ。別にアンタのためじゃあないわよ。あの子たちのためだし」
ぷいっと俺から顔をそらすアム。素直じゃないなーって思ったね。
温泉までもうちょいかかりそうだったので、俺はアムに向かって話す。
「でもアム。さっきのおまえとキャニスの話し、そのとおりだと俺も思うよ」
「さっきの……?」
「竜の湯が沼とか池にしかみえないってやつ。初めてあれ見たとき、俺も水たまりにしか見えなかった」
あの温泉、温泉のくせに、ぜんぜん温泉っぽくないのだ。
露天風呂なのに、岩で縁取りされてない。
さらに湯船の中の地面も、土が丸だしなのだ。
「そうよ。地面が土だから、座るとお尻にぬちゃって泥の感触がして気持ち悪いわ。ほんと水たまりに入った気分になるの」
さらにさらに、温泉は森の中にどんとあるだけで、脱衣所もないし、体を洗う場所もないのだ。
つまり、湯船自体もそうだし、湯船の周りも、いっさい舗装されてない、文字通り天然のお風呂なのである。
猿などの動物が入るならそれでいいけど、ひとが入るにしては、竜の湯は文明の息吹をまったく感じさせない。
それらをアムに言うと、彼女も俺と同じ感想を抱いていた。同意してくれた。
「だとおもってさ、俺、ちょっと手を加えておいたんだよ」
「手を、加える? どういうこと? あんたが朝からどっかにいってたことと関係あったりする?」
俺は朝、コレットと風呂に入ったあと、あそこで色々と作業していたのだ。
「まあ、いけばわかるよ」
ここで色々口で言うより、実際に見てもらう方が早いからな。
もうあとちょっとで温泉に到着しようとしている、そのときだった。
「!! こ、これなんだーっ!」
とキャニスの大声が、前方、つまり温泉の方からするではないか。
「げきてき、びふぉあふたー」「あ、あれあれ、いつものお風呂じゃなくなっているのですっ」
コンとラビも異変に気づいたようだ。
「な、何かしたのアンタ?」
「まあな。さっき言ったろ、ちょっと手を加えたって」
首をかしげるアムとともに、俺たちは温泉へと向かう。
そして━━アムは驚愕に目を見開いた。
眼前の、俺の手が加わった、温泉を見て。
☆
竜の湯に到着してから、数分後。
俺は腰にタオルを巻いた状態で、幼女たちの髪を洗っていた。
そこに、アムがやってくる。
「なにこれ……ちゃんと温泉になってるじゃない」
アムはそのほっそりとした体に、俺の用意したバスタオルをまいて、俺の近くにやってきた。
「ああ、ちゃんとバスタオルの使い方知ってるんだな」
「ば、ばかにしないでよ、知ってるもんそれくらい」
ぷくっとアムが頬を膨らませる。
「それで……どう?」
アムがそっぽむきながら、ちらちらと俺に、何かを期待するような目を向けてくる。
「? どうってなにが?」
「だからあたしの……」「アムの?」「か、からだとか、む、むね……なんでもないわよ! ばかっ!」
よくわからないが、怒ったアムが俺のケツを蹴ってきた。痛え。
顔を紅くしながら怒っていたアムが、
「で、それでこの温泉の変わりっぷりは、あんたのしわざなのね」
「まあな」
アムが背後を見ながら、
「あそこって脱衣所?」と言う。
視線の先には、木の板で四方を囲われたスペースがある。
ドアがひとつだけついており、窓はない。
まあ天井もないので、上空から見下ろせば、中の様子は見える。
が、空を飛ぶ人間なんて(いないわけじゃないけど)ほとんどいないし、脱衣所としてはちゃんとあれで機能している。
中には棚も作って、脱衣カゴも置いておいた。
「ついたても棚も結構良質な木でできてたじゃない。よく木材があったわね。買ってきたの? それとも自分で木を切って加工した感じ?」
幼女たちと違って、ある程度ものを知ってるアムは、さすがに木を切ったら自動で木材になるとか思ってないようだった。
幼女たちはそう思ってたみたいだが。
「いや、違うよ。スキルでコピったものを出した」
俺にはものをコピーして再現する、【複製】スキルという、特殊技能を持っている。
「街にいたとき、友達に大工の頭領がいてな。そのときに木材やら工具やらをコピーさせてもらったんだよ」
木材とハンマーやのこぎりなどを複製し、あの脱衣所を作ったのだ。
脱衣カゴはそのまま、前世で銭湯へ行ったとき使ったものを複製したのである。
俺には前世の、地球人としての記憶がある。
どうやらそのときに見たものも、複製ができるようだった。
「複製……。じゃああの脱衣所のカゴも、このタオルもスキルでつくったってわけ? 信じられない……そもそもその複製ってスキルなんなの?」
興味を引かれたのか、アムが俺に尋ねてくる。
俺が説明する前に、ラビがアムに言う。
「ね、ねーさんっ、にーさんってすごいのですっ! この水みたいな石けんとか、からだごしごしするタオルとか、このイスとかも、ぜーんぶにーさんが出したらしーのですっ!」
ラビがキラキラとした目を俺に向けてくる。ちょっと気恥ずかしい。
「にぃ、手まってーる」
俺の前に座るコンが、ぺしぺし、とシッポで俺のうでを叩く。
「手まってるってなんだ?」
「手が、とまっとーる」
その略語らしい。
「すまんな。髪洗ってる途中で話し込んじゃって」
「むーもんだい、はよつづけて」
おそらくモーマンタイといいたいのだろう。俺は苦笑しながら、洗髪を再開する。
洗いながらも話せるしな。
俺はそばに置いてあったシャンプーのボトルを手にとって、中身を少量手のひらに出す。
手で泡立てたあと、しゃこしゃこと、コンの頭を洗う。
「ふぉぉおお……♡ ごくらくへぶん……♡」
コンの耳が、ぺちょんと垂れる。
その頭にはシャンプーハットがかぶせられていた。
「これ、やべーい。すげーい、つえーい」
コンがシャンプーハットを手で触りながら言う。
ラビも同意見なのか、こくこくうなずきながら、
「すごいのですっ! これ被ってれば目に石けんの泡が入らないのですっ!」
「かくめー、てき」
裸体の幼女たちが、しっぽをぷるぷるぴくぴくと振るわせて、喜びを表現する。
「ラビ、それは石けんじゃない、シャンプーって言うんだ。そして頭のこれはシャンプーハット」
俺が幼女たちに説明するのを、アムも後ろで聞いていた。
「なにこれ……みたことない。この液体……石けんなのね。でもすごい、泡立てやすい。それに、においもすごく良いわ」
アムがシャンプーを指先にのせて、すんすんと鼻を鳴らしながら言う。
彼女の紅いシッポが、くねりくねりとゆれる。
「これもあんたが複製したものなのね」
「ああ」
まあどれもこの世界にないものだが。
「なんとなくわかったわ。複製って物をなんでも作り出す能力なのね」
「まあそうとも言えるんだが、そうじゃないとも言えるな」
「はぁ? どういうこと?」
ちょっとまってろ、と言って、俺はコンの髪を洗うのを止める。
そばに落ちている、ホースを手に取る。
「それは? チューブ? 先になんかついてるわね」
長いゴムのホースの途中に栓と、そして安物の陶器のコップがついている。
コップの底はハンマーで穴を開けており、そこにホースの先がくっついている。
そしてコップの口は布で覆われており、よく見れば穴が空いてるのがわかる。
「それなに?」
「見てろ」
俺はホースを持って、栓をひねる。
すると━━
「ヒッ……! ヒャアアアアアッ!!!」
といつも平坦な声のコンが、珍しく大きな声を上げていた。それくらいびっくりしたのだろう。
「なんか、雨ふっとる」
「すごいのですっ! チューブの先からしゃぁああって雨がでてるのですっ! 雨を降らしてるのです-!」
「そいつぁ、ぱねぇい」
驚く幼女たち。アムも目を剥きながら、「それなに」と聞いてくる。
「これはシャワーだ。簡易的なやつだけどな」
ホースの端を、お湯のふき出ている場所に設置し固定する。
水圧によってホースの反対側からは、いきおいよくお湯が吹き出る。
あとは吹き出し口をつくってやれば、穴のあいた布から、霧雨のごとく細かい水が出てくるというわけだ。
シャワーにかかった諸々の物品はスキルで出した物。で、それらを組み合わせて、シャワーを再現して見せたのだ。
まあ初めて作ったにしては上出来か。
「すごいのですー! あっとういうまにアワアワがなくなったのです!」
「さっぱり、ぱりぱり」
ぶるぶる、と動物のようにコンが頭を振るう。
「飛ぶからやめろって」
「だが、ことわる」
そう言ってコンは、ラビと一緒に湯船へと走って行った。
先に湯に浸かっているキャニスと合流し、「ふへー♡」「ほへー♡」「はわぁー♡」と心地よさそうな声を上げる。
アムは子供たちを見ながら、
「このシャワーとやらも、あんたが出したの?」
「いや、俺が作った。材料はスキルで出したけどな」
「? シャワーってやつをスキルで出せば良いじゃない?」
「まあそうなんだが、けどそれはできなんだよ」
「? 何でも出せるんじゃないの?」
俺はアムを見あげる。
アムの猫のようなくせっけも、皮脂でべたついているみたいだった。
風呂嫌いみたいだし、髪を洗うのも苦手なんだな。
よし。
「アム。説明してやる。が、その前にここへ座れ。体にまいてるタオルとって裸になれ」
俺はさっきまでコンが座っていたイスを、ぽんぽんと手で叩いて言う。
「は、はぁっ!? な、なによなにするつもりよっ!? へんたいっっ!!」
なんか知らんが、アムが顔真っ赤にして歯を剥いてきた。
「いや何するつもりも何も……髪洗うだけだぞ。髪を洗い流すとき、体にタオルまいてあったら、タオル汚れちゃうだろ?」
俺がそう言うと、アムは顔をゆでだこみたいに真っ赤にした。
そして「まぎらわしいのよボケエ!!」と言って回し蹴りを食らったのだった。なにゆえ?
☆
俺はアムの髪を洗いながら、複製スキルについて解説する。
「出せる物、複製できるものには条件があるんだよ」
アムは俺の前で、小さく肩をすぼめている。
なんかしらないが、体が熱でも出てるみたいに真っ赤で熱を帯びていた。
「……なんであんた、平然としてるのよ?」
「? 何の話しだ?」
「なんであたしの……女の、その、はだかみて、平気なのって」
「え?」
いや別に子供の体(背中だけだが)を見ても、なんとも思わないのだが。
それにアムは俺たちの家族。いうなれば娘的な存在だ。
父親が娘の裸を見ても、なんとも思わないみたいな、そんな境地に俺はいる。
「……胸なの? 胸がないからいけないの?」
「え、なんだって?」
なんでもないわ……とめっちゃ沈んだ声音でアムがつぶやく。
「それでなんだっけ……条件? 複製できる物に条件なんてあるの?」
アムが俺に頭頂部を洗われながら聞いてくる。
彼女の猫耳に、ときおり俺の手が触れる。するとピャッっ♡と氷を背中に入れられたみたいに、過剰反応するのだ。
「ああ、複製には3つの条件がある。その条件を満たす物体、および魔法しか複製できないんだ」
ちょっとまよって、アムの耳も洗うことにする。猫耳にも毛が生えているしな。
耳全体を揉むようにして洗う。
「やだもうっ♡ ばかっ♡ もっとやさしくしなさいよぉ……♡」
どうやら猫耳には、人間と違って神経が結構通っているみたいだ。
まあ獣人って耳動かせるからな、人間と違って。
「で、3つの条件って?」
さっきより丁寧に猫耳を揉んでやりながら、俺が答える。
「複製したい物の【姿】、【名前】そして【経験】。その3つを俺が把握していることが条件になっている」
より正確に言うと、こうなる。
・【姿】→コピーするものを、実際に目で見たことがあること。
・【名前】→コピーするものの名前を知っている。
・【経験】→コピーするものの実体験の記憶
「そのふたつはなんとなくわかるけど、最後の経験ってなに?」
確かに3つめの条件が1番わかりにくい。
というか、1番複雑で、言葉にしにくいのだ。
「そうだな。それを教えるのはいいんだが、いったん区切るか」
「? なんでよおしえなさ…………くしゅっ」
アムが小さくくしゃみをする。
「体。冷えるだろ?」
ここは温泉、露天風呂だ。入るときは当然服を脱ぐ。外気に肌をさらすことになる。
長い時間裸で外にいたら、風邪を引いてしまう。
「風呂に浸かりながら説明するよ」
アムの髪をシャワーで流してやる。
その後スキルで複製したボディソープを、これまた複製したスポンジに含ませて、彼女の身体を背中を。
「じ、じぶんでやるわよ!」
と反発していたアムだが、
俺が背中をこするたびアムがくすぐったそうな声を出す。
最後にシャワーで体を洗い流してやる。
「さきに湯船に浸かってな。後から行くから」
「はぁ……はぁ……わかったわ……」
アムはふらついた足取りで湯船へと向かっていった。
俺も手早く髪と体を洗って流す。
「よし、ちゃんとできてるし、ちゃんとキンキンに冷えてるな」
風呂場の端っこに置いてある、【風呂上がりの楽しみの準備】がちゃんとできてるかを確認して、湯船へと向かう。
湯船は大きめの石で縁取られている。
石に脚をかけて、湯の中に足を入れる。
辺縁には石の階段があって、それらを脚がかりにして、徐々に腰を湯船に沈めていく。
アムは右前方にいた。縁に背をもたれさせて、湯船の中に座っている。
「またせたな」
俺はアムの隣に移動し、腰を下ろす。
「…………」
「お、ちゃんとタオル取ってるな。えらいぞ。湯船にタオルをまいて入るのは、マナー違反だからな」
さっきまでアムが体にみにつけていたタオルが、湯船の外に、折りたたまれておいてある。
彼女は今、何も身につけてない。
だがここの温泉は濁り湯であるため、彼女の局部は、湯の下に沈んで見えない。
俺が隣に来ると、アムは「はぁああああ…………」とクソでかいため息をついた。
「……完全に娘ポジションなんですけど。……ちょー不本意なんですけど」
「え、なんだって?」
なんでもない、とアムがふくれ面で言う。
「まあなんでもないならいいけど」
「……よくないわよ、ばかっ」
ぺしっ、とアムが自分のシッポで、俺の肩を叩く。耳と一緒でしっぽも自在に動かせるらしい。
「で、この湯船もアンタいじったの?」
アムが俺にたずねながら、湯船を縁取っている大きめの石を叩く。
「ああ。前のは風呂って言うか水たまりだったろ? だからそれっぽい見た目にしようって思ってな」
スキルで適当な岩を複製し、水魔法【水圧刃】で岩をカッティング。
湯船を縁取り、そして湯船の中と湯船の周りに石畳を敷く。
「これで風呂に入る前に、脚が泥でべとべとになることはないだろ?」
縁を作ったことで、お湯が湯船からこぼれるのを防ぐ。
お湯が仮に出て行ったとしても、石畳を引いているため、むき出しになっている地面が、泥にならず、滑って転ぶ心配もなくなった。
石で色々設置しただけで、温泉っぽさがグッと出た。
「あと湯船入るときの階段も、これいいわね。キャニスたちが入るときは、いつもアタシかコレットが先に入って、抱っこして入れてたけど」
「これならあの子たちが自分で湯船には入れるだろ?」
「そうね。それに階段にこうして腰掛けて湯に浸かることもできるし、便利ね」
1度入ったとき問題点をいくつも発見したので、それらをスキルを使いつぶしていったのだ。
前の温泉は、なんというか、地面に掘った穴にお湯が入っていただけだったので、色々不具合ありまくりだった。
「うぉおおお!!! お風呂がなかがデラックスでありやがる、ですー!」
先に湯船に入っていた犬ッ子が、湯の中で元気よく泳いでいた。
来るときまでの暗い表情はどこへやら。
「もう怖くないか?」
「おー! もー沼じゃねーから怖くもなんともねー、ですっ!」
どうやらキャニスの風呂への苦手意識が、薄まってるようだった。良かった良かった。
「で、さっきの話しの続き、3つめの条件【経験】についてな」
俺は複製スキルを使って、湯船に浮かぶアヒルのおもちゃを作る。
キャニスたちの方へ、とんと手で押すと、アヒルのおもちゃが進んでいく。
「むむむ、てきせっきん」
「はわわっ! あひるさんなのですー!」
「ばかおめー、こんなとこいたら湯上がっちまいやがるです! 早く出てけやですー!」
わあわあわあ、と幼女たちがおもちゃにびっくりしている。
まあゴムのおもちゃなんて、こっちの世界にはないからな。
幼女たちはアヒルがおもちゃであることに気づくと、「よこせ」「よこせや」「かしてなのですー!」と取り合いが勃発した。
それをながめながら、アムへの説明を再開する。
「【経験】とは、まあ言葉通りだ。その物体を触ったことがあるとか、複製する物体を食べたことがあるとか、そういった五感情報・体験が必要になってくるんだよ」
俺は鶏の卵を複製する。
「これさ、卵だろ?」
「見りゃわかるわよ」
「そう、見りゃわかるものだ。で、これを複製できたのは、俺がこの卵を見たことがあって、触ったこともあり、なおかつ食べたことがあるから、完全に複製ができた」
湯船の縁に卵をコンコンとたたき、割れかけのそれをアムに手渡す。
アムはそれを受け取ると、頭上で手で割り、中身を「はむっ」と一口に食べる。
「なにこれ、めっちゃ美味しい……。全然雑味がない。本当に鶏の卵?」
アムが驚愕に目を見開いている。
そりゃそうだ。アムの食べた卵は、俺のいた世界のものだ。
どうすれば美味しい卵になるのか、研究と品種改良を重ねてできた鶏が産んだ卵である。
美味いに決まってる。
が、重要なのはそこじゃない。
「ところでアムは、ドラゴンの卵って見たことあるか?」
唐突な俺の質問に、アムが「本でなら」と答える。
「俺は実物を見たことがあるよ。と言ってもクエストの品物だったから、ギルドに運ばれてきた物なんだけどさ」
「? それがなにか?」
まあ見てろ、と言って俺は複製スキルを立ち上げる。
「【複製】開始→物体→ドラゴンの卵」
するとスキルが発動し、湯船の少し上に卵が出現する。
ダチョウの卵くらいの、大きい卵が、どぼんと湯船に落ちて、ぷかぷかと浮かんだ。
「へーこれがドラゴンの卵なんだ」
アムが浮いてる卵を見て言う。
「触ってもいい?」
「いいぞ」
アムは目を輝かしながら、ドラゴンの卵を拾い上げて、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げる。
「なにこれ……変……」
「そうだな。変だな。何が変なんだ?」
「なんか妙に…………小さい? し、それに…………軽い?」
そう、ドラゴン巨体から生み出される卵が、こんなダチョウの卵サイズなわけがないのだ。
それに中身もずっしりと詰まっているはずであり、本来ならば卵は湯船に沈むはずだった。
「割ってみな」
「う、うん……。えいやっ」
アムが気合い一発、卵を温泉の縁の岩にぶつける。
勢いがありすぎて、「あ、あ、やばいっ、割れちゃった……!」
とアムの悲壮な声が響く。
まあ卵を割ったら、でろりと中身が出てしまうはずだからな。
しかし……。
「って、あれ……? 中身、ない。から、だけ?」
そうーードラゴンの卵は、中身が空洞だったのだ。
「どういうこと?」
がらんどうの卵を持ちながら、アムが首をかしげる。
「俺さ、ドラゴンの卵は見たことしかなかったんだよ。で、ちょっと触らしてもらった。それだけなんだ。割ったこともなければ中身を見たこともない。無論中身を食べたこともない」
そこまで言って、アムから卵をかえしてもらう。
「つまり俺のドラゴンの卵に対する経験ってのは、見たことがある。触ったことがある。ってことしかないんだ」
俺は今度はキャビアを複製させる。
世界三大珍味のひとつキャビア。
手のひらにのせたそれを、ひとくち自分で食べる。うん。
「アム、食ってみな。これめっちゃ美味いらしいぜ」
「なにこの黒いの……? でもめっちゃ美味いなら……はむっ」
アムがキャビアを入れた瞬間、微妙な顔になる。
「どうだ?」
「味がないわ」
俺はうなずいて解説を続ける。
「このキャビアってやつ、めっちゃ高級品でさ。俺も見たことしかなかったんだよ。食べたって経験が不足したからさ、【食べたらどうなるか】って情報が、複製したものに反映されてなかったんだ」
アムは「なんとなくわかったかも」と言って神妙な顔で言う。
「ようするに、食べたことがあるとか、触ったことがあるとかっていう経験がない状態のものを複製すると、食べたらどうなるとか、触ったらどうなるっていう情報が、反映されないってこと?」
正解にたどり着いたアムの頭を、俺は撫でてやる。
「そう。経験を加えないと、見た目だけがそっくりっていう、不完全なものが複製されてしまうんだよ」
ドラゴンの卵の中身を見たことがなかったので、中身のない卵が複製された。
キャビアを食べたことがなかったので、味のしないキャビアが複製された。
「なにかを複製するためには、コピーする【姿】を知っていて、それの名前を知っていればとりあえず見た目だけそっくりのものができる」
だがあくまでも見た目だけの不完全な模造品だ。
「そこに経験、味わったり触ったときの感触なんかを加えることで、完璧な複製品を作ることができるんだ」
☆
長い説明を聞き終えて、アムが「なるほどね」とつぶやく。
「なんでもコピーできるってワケじゃないのね」
「ああ。できないことも多いんだよ」
「ふーん、たとえば?」
「そうだな。これとか」
そう言って俺は【金貨】を複製し、手のひらにのせてアムに見せる。
「わっ、わっ、金貨じゃない!」
1枚1万円の価値のあるそれを見て、アムの目が大きく見開かれる。
「ま、まって……。ジロのスキルを使えば、金貨作り放題じゃない! すごい! アタシたち大金持ちよ!」
無邪気に喜ぶアム。
だが俺は「いや、無理だ」と言ってクビを振るう。
「無理って、どういうこと?」
「まあ、実際見せた方が早いか」
そう言って俺は、金貨を5枚出現させ、アムの手に乗せる。
「その金貨さ、よく見てみろよ」
「…………。全部、同じね。形も、表面の傷も、手垢も……まったく同じ」
そう、複製スキルの弱点その1。
金が複製できるが、コピーできるだけで、使えない。
金貨はつねに新品ってわけじゃない。長い年月使われれば、手垢もつくし、傷がついていたりもする。
コピーすれば、それらの情報も全部同じになってしまうのだ。まったく同じ金貨が5枚あれば、さすがに変だと気づくだろう
「それにこの世界では金貨の偽造ってのは昔から行われてるからさ、偽造対策に、ほら、表面のところに番号が振られてるだろ?」
地球と一緒で、こっちの世界でも、偽造対策がしっかりと施されているのだ。
「傷や手垢はきのせいで言い通せるかもしれない。が、この掘られた偽装対策のナンバーは、どうにもならない」
複製はコピー元の情報が反映されてしまうので、番号までもがコピーされてしまうのだ。
「そっか。番号が同じ金貨が何枚もあったら、偽造してますって言ってるような物よね」
それが弱点その1。
「弱点2。知識だけしかないものは作れない」
たとえば超高級のアクセサリーやマジックアイテムなど、うわさや本の中でしか存在しないような希少なものは、完璧な複製品が作れない。
「ようするに金をじゃんじゃんコピーしたり、希少なアイテムや武器を売ったりして大金持ちになる、みたいなあくどい手段はできないってことだ」
「なんだー……」
アムが心底がっかりした声を漏らす。
まあ、ものを増やす能力が手には入ったら、金を増やしたり、レアアイテムを増やして売ってもうける、みたいな使い方をまずは思いつくよな。
「ただな、アム。この能力も、使い方次第では金を産めるんだよ」
アムの耳がぴーんとたつ。
「どんなっ?」
「たとえば宝石だ。宝石は金貨のように偽造防止処理がされてない。金貨を増やすんじゃなくて宝石を増やして、それを売って金をってやりかたはある」
まあそれをやるには、まずコピー元である宝石を、手に入れるなり買うなりしないといけないので、最初に結構な金が必要になってくるけど。
「ふたつめ。小麦とかを作物を複製して売る」
これも金貨と違って複製したことがばれない品物だ。
小麦はパンを作るために必要だし買い手は多いだろう。
「3つめ。塩を売る」
この世界、塩がとても貴重品なのだ。
なぜならここら辺一体からは、海がすさまじく遠いのだ。
運搬してくるだけでも手間暇と金がかかる。ゆえに塩は高いし、高く売れる。
「え、でも複製するためには、コピー元となる塩とかを買わないとだめなんでしょう?」
「うーーー…………ん。うん、まあ、そうなんだけどさ」
俺はそう言って、前世の、地球での記憶を元に、塩を複製する。
どさどさどさどさ!!!
と、湯船の外に、袋入りされた塩が、大量に出現する。
「………………………………はぁっ?」
アムの目が驚愕に見開かれ、ざばぁ! と湯船から飛び出る。
「うそ……うそうそうそ、うそでしょ?」
山積された袋詰めの塩を、アムが手にとって驚く。
「なにこのきれいな塩!? ぜんぜん砂とか混じってないじゃないっ!!」
この世界での塩の製法は、海水を乾して作る原始的なものだ。
当然不純物が混じる。
だが地球の技術力をなめないでほしい。
あそこ、高純度の塩を、大量生産して、スーパーとかで大量の塩をクソ安く手に入るのだ。
向こうの世界では、塩はスーパーで売ってる安い調味料。
だがこっちの世界では、塩は重さと同じ分量の砂金と交換できるほど、貴重なものなのだ。
「塩なら複製しても偽造だとバレない。まあ……あんまり大量の塩を売ってたら、搬入元を疑われそうだから、売るときに工夫しないとだけど」
俺その手の販売とか苦手だから、誰かに委託してもいいかもしれない。
孤児院には懇意にしている商人がいるという。
その人が信用できるやつだったら、販売を任せて良いかもな。
「すごい……ジロ、あんた何ものなのよ……」
真っ裸だということも忘れて、アムがおれを見て呆然とつぶやく。
「温泉は沼じゃなくなっちゃうし、しらない便利グッズいっぱい作れるし、砂金はこんなに大量に作れるし……」
俺は改善された風呂の様子や、目の前の大量の金(を産む塩)を前に、思う。
複製スキルは昔からあった。
だが魔力切れというかせがあったので、たくさんのものを作れなかった。
それに複製にかかる魔力の問題もあった。
実は地球の物は、作るのにすごい魔力を消費するのだ。
前に同じように塩を作ろうとしたことがある。
だが作ろうとした段階で、魔力切れを起こした。
どうやら別の世界の物体を複製すると、普通に銅の剣とかを作り出すときにかかるより、はるかに魔力を消費するらしかった。
だから、地球の品物を異世界で売ってもうける、というマネが、今までできなかった。
でも……それももう終わりだ。
俺はこの温泉に浸かっている限り、魔力が尽きることはない。
いくら消費魔力が多かろうと、無限の魔力を持つ俺は、いくらでも異世界のものを複製できる。
制限は多い。
だが工夫次第だ。
創意工夫で、金を生むことができるし、よりよい生活を送らせることができる。
「…………」
「おーい、キャニスー。コンー。ラビー。そろそろあがるぞー」
のぼせる前に風呂を出ることにする。
裸の彼女たちが出て行こうとしたので、
「みんなに美味い物を用意してるんだ」
「うまいものー!?」「なにそれ、わくわく」
食い気の多いキャニスとコンが、俺にしがみついてくる。
俺はあらかじめ用意しておいた、風呂上がりの楽しみを、彼女たちに手渡す。
「じゃーん、温泉卵とコーヒー牛乳だ!」
「おんせん……たまご?」「ひーこー、ぎゅーにゅー?」
なにそれ? と小首をかしげるキャニスとコン。
「まあ、食って飲んでみな」
キャニスの卵を割ってやり、コンにコーヒー牛乳のふたをあけてやる。
どちらも元となるものを複製しておいて、卵は温泉の中であたためて、コーヒー牛乳はクーラーボックスのなかに入れて冷やして置いた物だ。
それらを食べた幼女たちは。
「なんなぁあああああ!!!!」
「!!!!!!!、!!??!?」
はぐはぐじゅるじゅる! とキャニスが温泉卵にしゃぶりつく。
「うめー、です! ぷるっぷるで、めっちゃくそうめー!!」
ごきゅごきゅごきゅごきゅ、とコンがコーヒー牛乳を飲む。
「つめたくて、おいしー。あまくて、うまい。こんなん、はじめてやん」
ラビにも同じ物を手渡してやる。
ラビも「うますぎるのです!」と感動していた。
「おにーちゃんおかわりありやがるですかー!?」
「ああ、あるぞ。それに温泉卵は塩を振って食うと美味いんだ」
「塩!?」「ばかな、そんな」「塩なんて高級な物あるわけ……って、ものすごくたくさんあるですー!!」
この世界では貴重品の塩が、山積みになっているのを見て、驚く幼女たち。
さすがに幼くても、塩が滅多にお目にかかれないものってくらいはわかってるみたいだった。
「塩たくさんあるから、すきなだけ卵に振りかけて食っていいぞ。取り過ぎには注意な」
俺の言葉に、幼女たちの歓声があがる。
夢中で塩味の温泉卵を食べて、あまい牛乳をごくごくと飲む子供たち。
「ほら、アム。おまえのぶんだ」
アムにも卵と牛乳、そして塩を手渡す。
「………………。あんた、ほんと何ものなの? 貧乏なアタシたちをあわれんだ神様が寄こした、神の使いとか?」
目に涙をたたえながら、アムが言う。
「んなわけないって。普通のおっさんだよ。ほら、塩かけて卵くいな」
殻を割って、温泉卵をアムに渡す。
アムはじゅる……と卵を啜ると、
「おいしい……塩だ。塩の味がするっ。コレットのビーフシチューも大好きだけど、ほとんど香辛料使われてないから、味がしなかった……。けど、これは違うわ。味がするの。しょっぱくって……おいしいの……!!」
無我夢中で塩をかけた温泉卵を食べるアムたち。
喜んでくれて何よりだ。
笑顔を浮かべる孤児院の子供たちを見ながら、俺は満足げにうなずいたのだった。
いつもお世話になってます!
そんな感じで複製スキルの説明回でした。説明長くなりすぎてすみません。
次回以降から、実際に塩を売って資金を作ったておんぼろ孤児院を改修したり、
電気を引いて現代的な便利な生活を提供したりしてく感じになります。
あともいろんいちゃいちゃやモフモフも描いてきます。
特に今回あんまりいちゃいちゃもモフモフもできなかったので、次回はそのどちらかを織り交ぜつつ、生活向上にむけて主人公が頑張る感じになります。
そんな感じで次回もよろしくお願いします!明日も更新の予定です!
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ではまた!




