61.アムの休日
いつもお世話になってます!
ジロが休日をとった、翌日。
ジロたち大人部屋のベッドルームにて、猫獣人のアムは目を覚ます。
「…………」
アムは四つん這いになり、ぐいっと背筋を反らす。凝り固まった筋肉をほぐしたあと、くぁっ……とあくびをした。
「…………っ」
猫っぽいところを、誰かに見られたのでは? と思って周りを見渡す。
しかしベッドの上いる全員が、まだ目を覚ましていなかった。
当然だ、今は5時半。職員たちが起きるまで、あと30分くらいある。
ほっと安堵の吐息をついて、アムが胸をなで下ろす。
「…………」
まだ誰も起きてない。ジロも、仰向けになって眠っている。
きょろきょろと周囲を見渡して、アムは彼のお腹の上に乗っかる。
こうして彼の体に密着していると、とても穏やかな気持ちになる。
アムはそうやって、ジロが起きるまで彼のお腹に乗っていた。
ややあってジロが目を覚ます。まだ他の人たちが起きない。
アムは「ジロ、その……んっ」と言って彼のほおを手で包むと、ちゅっ、と唇に、おはようのキスをする。
こうして恋人っぽいことをするのが、アムは好きなのだ。無論他人の目があると絶対にやらないのだが。
「ふぁぁ~…………おはよう、アム」
ジロの隣で寝ていたコレットが目を覚ます。アムはパッ……! とすぐさま彼のお腹の上から降りて正座する。
「お、おはよコレット」
「ふふ、アムは恥ずかしがり屋さんね」
コレットが微笑む。アムは気まずいのと恥ずかしいのとで、そっぽを向いて、シッポでペシペシとコレットの太ももを叩く。
「わたしに気にせずジロくんといちゃついて良いのよ?」
「べ、別にあたしは、べ、別に……。も、もうっ、コレットのいじわるっ」
そうこうしていると職員たちが動き出す時間になる。
今日の非番はアムとそしてマチルダだ。
ジロとコレットは手早く着替えて、それぞれ仕事へと向かう。あとにはアムとマチルダだけが残された。
「ふぁぁー……。早く起き過ぎちゃったなぁ……」
マチルダが大きくあくびをする。
「アムちゃんは今日どうやって過ごす?」
「ん。そうね。どうしよう」
別にこれと言ってアムに予定があるわけではない。
「マチルダはどうするの?」
「わたしはカミィーナの街に行こうかな。お母さんのとこにいってくる」
マチルダの実家はカミィーナという、以前ジロが活動の拠点にしていた街にある。
ここからそう遠くない場所にあるので、マチルダは休日の暇なときに、母親の元へと帰っているのだ。
「あーあ、ジロさんと休みがかぶれば、いっしょに街でデートできるんだけどなぁ」
ちぇー、っとマチルダが実に残念そうに言う。アムも同意見だった。ジロと休日が被れば、デートしたいなと思っている。
だがそれを口に出して誰かに言うのは、はばかられた。恥ずかしくて、ソンナコトは口にできないのである。
「ほんと、スゴいわよね、あんたって」
「? アムちゃんなんのこと-?」
マチルダのそういう、気持ちに素直なところは、アムは感心しているし、尊敬もしている。
「もうっ、黙ってちゃわからないよっ」
「ご、ごめんマチルダ……。何でも無いわ、気にしないで」
その後マチルダは二度寝。起きたら実家へ帰るそうだ。
ヒマであるアムは、とりあえず竜の湯へと向かい、体を清める。
汗を流して孤児院へ戻ってくると、食堂で子供たちと一緒にご飯を食べる。
食事を終えてアムは食器を調理場へ置いて、少しだけ洗い物の手伝いをする。
「……アムさん、ごめんなさい。……お休みの日なのに」
隣でお皿をお洗うのは、鬼族の桜華だ。
コレットとジロは外で子供たちの相手をしている。
「ううん、気にしないで桜華さん。あたし暇だし」
アムと桜華とで、あいた食器を片していく。
桜華と皿を洗いながら、ふと、思ったことを聞いてみる。
「桜華さん、どうやったらご飯って美味しく作れる?」
「……どうやったら、ですか?」
んー、と桜華が考え込む。
「……そうですね。……食べてくれる人のことを、思って作るのがこつです。……美味しく食べてほしいな、という気持ちが、何よりのスパイスです」
「なるほど……」
良いことを聞いた、勉強になるなとアムは感心する。
「……ジロさんに、ご飯を作ってあげようとしてるのですか?」
すると桜華が、心の中を見抜いたように、そう言ってくる。
「ち、ちがっ……」
知らず顔が赤くなるアム。ジロに食べて欲しいなと思ったのは確かなことだが、それを他人に指摘されると、恥ずかしい。
「……ふふ、じろーさんには言いませんよ」
ふわり、と桜華が春の日差しのように、温かな笑みを浮かべる。
慈愛に満ちた表情だった。同じ女性であるはずなのだが、同じとは思えないほど美しく、そして艶があった。
「桜華さん。その……ちょっと手が空いてるときで良いから、お料理教えて」
ジロに食べてもらいたいから、とは言わなかった。口にするのが恥ずかしかったからだ。
それでも桜華には、それだけで十分に伝わったらしい。
「……わかりました、わたしで、よろければ」
微笑む桜華に、アムは本当にキレイな人だなと思う。この人が人食いの化け物とか呼ばれていたなんて、信じられなかった。
もとよりアムは、桜華には悪感情を抱いてなかった。同じ人ならざるものということで、ある意味で仲間意識のようなものを抱いていたのだ。
それは桜華も同じようであった。
「……でも、いいですね。……青春です」
「せ、青春ってなに?」
「……男のひとのために、ご飯を作ってあげようと頑張るなんて。……若いウチにしかできないことですよ。……青春だなぁ」
羨ましそうに、桜華がアムを見てくる。
「や、やめてよ。そんなんじゃないって」
ぷいっとそっぽを向くアム。
「……ふふ、アムさんはかわいいです」
そうやって桜華と一緒にお皿洗いをした。
調理場を出たあと、一階のホールへと向かう。壁際の棚から、漫画本を取り出して、アムはソファに座って読書する。
アムは文字が読めない。だからといって絵だけでストーリーを追うのは不可能だ。
そこで……アムは棚の上においてあるメガネを手に取る。
普通の黒縁のメガネにみえるが、これには魔法が付与されている。
【音読】という無属性魔法が、メガネに付与されているのだ。
これは対象となる文字を、音声言語にする魔法である。ようするに文字を目で追うと、脳内にセリフが流れるのだ。
この世界の識字率は非常に低い。獣人はとくに、学校教育を受けてこなかったものが大多数だ。
アムをはじめとした鬼娘たちは、漫画を読みたくても読めない。
そこでジロが考案したのは、【音読】をメガネに付与することだ。
これによって漫画のセリフを、たとえ読めなくても、耳で聞くことができる。
「…………」
メガネをかけたアムが、ぺら……ぺら……と漫画を読む。
彼女が読むのは、主に少年漫画だ。彼は読んだことのある漫画しか複製できない。だからどうしても、漫画は少年向けのものが多くなってしまう。
今読んでいるのはスポーツものの漫画だ。中で主人公がマネージャーの女の子とラブコメをする描写があった。
アムはスポーツの試合よりも、主人公とヒロインとの恋愛模様の方がきになってしょうがなかった。
スポーツの部分は余計だった。
恋愛にフォーカスした漫画があればいいのに……と常々思っている。今度どうにかできないか、彼に相談してみよう。
「…………」
アムは漫画を戻すと、一階ホールを離れて、大人部屋へと向かう。
大人部屋の奥、女たちの個室。アムは自分の個室に入る。
そこには子供たちが使っているのと同じ、学習机がある。
一番下、鍵のかかっている引き出しを、アムは開ける。
そこにあったのは、1冊のノートだ。
「…………」
アムはノートを広げる。
そこには……絵が描いてあった。
と言っても絵画のような、格式張ったものではない。ほどよくデフォルメされた絵……ようするに、漫画の絵だった。
アムはシャープペンシルを引き出しから取り出して、しゃしゃっと絵を描く。
そう、アムは漫画を書いているのだ。と言っても文字は書けないので、セリフはない。
絵と吹き出しが書いてある。セリフはアムの脳内で覚えている。
アムは常々、恋愛を題材にした漫画が読みたいなと思っていた。だが彼の作る漫画には恋愛ものはない。
読みたくても読めない……そこで考えたのは、アムが自分で作ることだ。
文字は書けないが、絵は昔からちょっと自身があった。
漫画本というお手本があったので、それをトレースして絵を描いていた。
最近はオリジナルの絵が描けるようになったが、それまではノートに、絵を何枚も描いて練習した。
最近は自分で納得できる絵が描けるようになった。ノートに漫画を、ストーリーのある絵を描くのが、アムの密かな趣味である。
ノートにしゃしゃっと漫画書く。ストーリーは……恥ずかしいけど、主人公がアムで、ジロが相方役として出ている。
2人の甘い日常を描くラブストーリーだ。
……ぜったいに人に見せるわけにはいかないので、書き終わったあとは、机の中に厳重にしまってある。
しばらく作業に没頭した。
漫画を書き終えて、ふぅ……と吐息を吐く。
時計を見ると昼ご飯の時間だった。
アムは机にノートをしまってカギをかける。見られたら死ぬ自信があった。絶対に見られてなるものか。
アムは部屋を出て食堂へと向かう。
子供たちが昼ご飯を旨そうに食べていた。今日はうどんだった。
ジロの故郷の料理らしい。
「ちゅるるーんっ!」「つるるーん」「つるつるなのですー!」
わあわあと子供たちがうどんを美味しそうに食べている。アムも桜華からうどんを受け取って、子供たちと一緒に食べる。
「はうっ。どんぶりがっ」
ラビがどんぶりを倒してしまう。
ばちゃ……っと汁と麺が机の上に広がる。アムは立ちあがると、雑巾を持ってきて、ジロが来る前に処理をする。
「アムおねーちゃん、ありがとうなのですっ!」
ラビの笑顔を見て、アムは嬉しくなる。以前は、何事に対しても、ラビはごめんなさいなのですと謝ってきた。
それが今では、何かをしてもらったあと、謝るのではなく、ありがとうと言えるようになっていた。
「どういたしまして」
ラビたち獣人の子供たちとアムとは、付き合いが長い。3人ともがこの孤児院に来たときを、アムは知っているのだ。
「あむねーちゃん、ごごひまならぼくらとドッジボールしよーです」
「ないすてーあん。きゃにす、ぷらす10ぽいんつ」
ぴっ、とコンが親指を立てる。
「だ、だめなのです。アムお姉ちゃんはおやすみなのです~」
「ん、良いわよ。暇だし」
「「やったー!」」
ということで、午後は子供たちと一緒にボール遊びをする。
俊敏性のあるアムは、子供たちのボールをいともも容易く避ける。
「コンッ、挟み撃ち出やがるです!」
「あたらない。ぼーるがあたらぬ……!」
「おねーちゃんかっこいーのです! にんじゃみたいなのですー!」
ときおり子供たちの会話に、アムの知らない単語が混じる。おそらく漫画から子供たちが知識を吸収しているのだろう。
自分も字が読めるようになりたいな……と少し思った。そして字が書けるようになりたいと。そうすれば漫画が完全なものとして作れるではないか。
まあ、作ったところで、誰に見せるわけでもないのだが。
午後は子供たちと遊んだあと、おやつを食べて、その後はまたお風呂に入る。
身を清めたあと、夕方、あいている時間を見計らって、桜華に料理を教えてもらう
桜華に料理を教えてもらっていると、夕食の仕込みの時間になる。
アムは暇だったので料理の手伝いをする。そして夜になり、ジロとともにベッドに入る。
彼の隣で目を閉じる。とても安心した気分になりながら……眠る。
こうしてアムの休日は、終わったのだった。
お疲れ様です!
すみません、幕間もう1話更新します。子供たちのお話になると思います。
ではまた!




