06.善人、秘湯に入り、無限の魔力を手に入れる
お世話になってます!
俺には前世の記憶がある。
産まれたときからその記憶を持っているわけではなかった。
ある日突然、まるで降ってわいたように、思い出したのだ。
あれは確か6歳くらいのこと。
その日、村に大雪が降った。
とてつもなく寒かったことを、鮮明に覚えている。
外は寒いはずなのに、俺の体は、まるで炎の中にいるかのように熱かった。
体が熱く、頭はぼうっとして、夢と現実との境目が曖昧になっていた。
だから俺は最初、浮かんできた光景は、夢だと思っていた。
ーーそこは地球の、東京という場所だった。
俺はそこでサラリーマンというやつだった。
毎日電車に乗って会社へ赴き、仕事をして、家に帰る。
仕事と言っても、この世界と地球とでは、内容がまったく異なっていた。
この世界と違って向こうでは肉体労働よりも、頭脳労働が主であるようだった。
前世の俺は、パソコンというなんかよくわからない機械の前に座って、1日中ぽちぽちと何かを打ち込んでいた。
毎日その作業をしていた。代わり映えのない日々。辛い、毎日辛いばかりの日常は、ある日突然に終わる。
その日、俺は道を歩いていると、酔っ払い運転のトラックに引かれて死亡した。
で、気づけば俺は、何もない白い空間にいた。
俺はそこで女神と出会い、【特別なチカラ】を授かり、異世界で生まれ変わることになった。
……みたいな内容だった。
今ではその光景が、前世の記憶であるとわかるが、当時子供だった俺は、それを夢だと思っていた。
熱にうなされながら、俺は「転生者……」「特殊技能……」と、謎ワードを連発していたらしい。
こりゃ大変だと両親は大慌て。
普通じゃないと顔を真っ青にし、両親は俺を医者に連れて行こうとした。
だがこの村唯一のおじいちゃん医者は、俺を看てさじを投げた。
謎の高熱。謎の単語をつぶやく俺。そして何より、いきなり手から【物体】を作り出した。
これにはおじいちゃん医者は大慌て。おれには手に負えないと診察拒否を食らう。
困り果てた両親は、ふと、つい最近村にやってきた、エルフがいることを思い出す。
魔法の知識を持ち、神秘に精通するエルフの民ならば……と一縷の望みをかけ、両親は俺をつれてエルフの元へと向かった。
そこで……俺は出会ったのだ。
『どうかしましたか?』
すっ……と耳に入ってくる、澄んだ声。
もうろうとする意識のなか、声のする方を見やる。
そこに……妖精がいた。
その人……ひと? いや、妖精は、今まで見たどんなひとよりも、風景よりも、美しかった。
今思い返すと、このときすでに、俺はこの妖精、コレットに惚れていたんだろうなと思う。
ぼうっとコレットにみとれるのんきな息子とは対照的に、父親が必死の形相で、エルフ医者に懇願する。
『息子が高熱を出して大変なんだ! 助けてくれ!』
コレットはチラっと俺を見やると、
『わかりました、すぐに看ましょう。ベッドへ運んでください』
父親が俺をベッドに寝かせる。
コレットは右手を俺の頭に乗せて、呪文を唱える。
相手の病気を調べる【光魔法】を発動後、コレットは俺を見下ろしつぶやく。
『あなたもしかして……【転生者】?』
『てんせい、しゃ……?』
初めて聞く言葉だった。
コレットは俺にその単語を説明しようとして、『あとでね』と小声でつぶやき、それ以降は治療に専念した。
代謝を促進する魔法と、鎮静作用のある魔法薬を俺に投与すると、俺の症状は落ち着いた。
その日、俺はコレットの診察所で1泊することになった。
翌日にはすっかり具合が良くなっていた。
『ありがと、その、せんせー』
ベッドで横になりながら、美しい妖精、コレットに礼を言う。
『いえいえ、どういたしまして』
にこやかにそう答えるコレットは、それはそれは、美しかった。
『あの……てんせーしゃって、なに?』
美しい彼女を見てるのが、恥ずかしくなって、話題をそらす俺。
『ああ、昨日の。えっとね、ごくたまになんだけど、あなたの……えっと、ジロ君のように、前世が別の世界の人間のことを言うのよ』
前世とかいきなり言われても、と俺は困惑した。
『べつのせかいって……?』
『異世界。私たちの住む世界とは、異なる次元に存在する世界のことよ』
『よくわかんない……』
『そっか、いきなりそう言われても困るものね。わからないのなら今はわからないままでいいと思うよ』
ゆっくり眠りなさい、そう言ってコレットは俺の頭を撫でてくれた。
……まあ、このときにはすっかり、コレットにぞっこんになっていた俺である。
翌日、元気になった俺は、転生者のことを聞きに来た、という理由でコレットの元を尋ねた。
まあ単にこの美しいひとに会いたかっただけなんだがな。
そこで俺は、転生者についてレクチャーを受けた。
・この世界には一定数、別の世界の住人だった前世を持つ人間(転生者)、別の世界から転移してきた人間(転移者)がいる。
・彼らは共通して、【特殊技能】と呼ばれる、魔法とは異なる特殊な能力を持つ。
・転生者は記憶を人格レベルで思い出すタイプと、断片的な記憶しか持たない(人格は引き継がない)タイプがある。俺は後者である。
などのことを教えてもらった。
『【特殊技能】ですか……』
『そう。ジロ君は【複製】スキルみたいね』
『どういうスキルなんですか?』
『ものや魔法を複製……コピーできるスキルね』
そう聞くと結構レアなスキルな気がした。
『でもジロ君、気をつけないとだめよ。スキルの使用には魔力を消費するの』
『まりょく……』
『そう。ようするに使用回数に上限があるの。ジロ君の場合は、魔法か物体を、1日に4回まではコピーできる。本当は5回できるけど、5回使ったら魔力が0になるわ』
『そうなるとどうなるの?』
『魔力の源である精神力を回復させようと、気を失ってしまうのよ。家の中ならいいけど、危険な森の中で気を失ったら、たいへんでしょう?』
俺はコレットからスキルのことを色々と教えてもらい、そして上手に使えるように、訓練を手伝ってもらった。
とまあ、これが俺とコレットのファーストコンタクトであり、俺がコレットを好きになった瞬間の出来事だ。
スキル云々はおまけにすぎないのである。
☆
孤児院の先生になると決意した、翌朝のことだ。
「…………」
目覚めは最高だった。
なにせ恋人と最初に出会った瞬間という、人生で2番目に幸福な出来事を、夢の中で思い出したからだ。
では人生で1番幸福な出来事とは何か?
「んっ…………。すぅ…………。んんっ…………」
言うまでもなく、コレットが俺の恋人になったこと。それ以外にあるはずもない。
「すぅ…………すぅ…………」
仰向けのまま、俺は右隣を見やる。
金髪のエルフの少女が、薄い寝巻き一枚のまま、俺の隣で寝ているではないか。
黄金のごとく美しい金髪。男の理性をうばい野獣にしてしまうほど、魅力のある大きな胸と尻。若く張りのある白い肌。
この少女こそ、俺の恩師であり思い人、名前をコレットという。
ちなみに年齢は人間で換算すると18らしい。
人間基準で言えば、コレットは俺より年下である。が、実年齢は俺の何倍も上という。
年上の彼女なのか、年下の恋人なのか、判然としない。が、いずれにしろ俺の女であることには相違なかった。
そう……彼女は、俺の大事な恋人に、昨日なったのだ。
「恋人、かぁ……」
美しい妖精が、俺の女になった。……うん、実感わかないな。
ただ隣で安心しきった表情で眠る彼女を見ていると……。
ああ、このひとは俺たち恋人なんだな、という実感がじわじわとわいてくる。
美しいエルフの寝顔を、じっくりと見ていたそのときだった。
「ジロくんの……えっち」
ぱちり、とコレットが目を開けると、じとっと俺のことを見上げてきた。
「ごめん。あんまりにも寝顔がかわいくてさつい」
そう言って、俺はコレットの巨乳を、服越しでもめちゃでかいそれを凝視する。
「ジロ君っておっぱい好きなのね~♡ 昔も今も」
「昔もってなんだよ」
「だって子供の頃のジロ君、私のおっぱいばっかり見てたわよー。なつかしーわー♡」
なんということだ。
俺がコレットの爆乳をガン見していたことを、気づかれていたとは。
「なんだろう、めっちゃ恥ずかしい……」
「まあまあ♡ 男の子ですもの、ちょっとえっちな面があってもしょうがないと思うわ♡ むしろ健康的?」
くすっ♡ っと笑うコレット。見た目は少女でも、さすがは100年以上生きているエルフ。
大人の余裕があった。なんか負けた気分。
よし。
「さすがコレット、大人の余裕だな。100年以上生きてるだけはある」
「ふふっ、そうでしょうとも。ジロ君より遙かに長く生きてるんですからねっ」
「でも100年以上生きててもまだだったんだな、コレットって」
と昨日発覚した事実を告げる俺。
するとコレットは顔を真っ赤にした。
耳の先の先まで朱に染まっている。耳は恥ずかしいのか、ぴくんぴくんと小さく痙攣していた。
「もうっ。ばかっ。ばかっ。ジロくんのデリカシーなしっ!」
ぺんぺん、と俺の肩を叩いてくる。
「からかってごめんって」
俺は笑いながら、コレットの頭を右手でなでる。
コレットは目を細める。長い耳がぺちょんと垂れ、蝶が羽ばたくようにぴくぴくと動いている。
俺は右手をコレットの頭から離す。
するとコレットは、俺の右手を見ながら、不思議そうに首をかしげる。
「そう言えばジロ君。昨日の夕ご飯のときも思ったんだけど」
どうして、とコレットが続ける。
「どうして利き手の左手を使わないの?」
コレットは子供の頃の俺を知っている。当然、俺が左利きであることも。
だがコレットは、俺が5年前にケガを負ったことを知らないのだ。
俺はコレットにケガのことを伝える。
するとコレットは、「ちょうど良いわ」とすくっと立ち上がる。
「ジロ君、お風呂いかない?」
「風呂?」
「うん、お風呂。昨日あのまま眠っちゃったじゃない?」
あのままとは、まあ、昨日の晩のことだろう。
俺たちは昨日の今日で風呂に入ってなかったので、汗びっしょりなのだ。
「そうだな、風呂いいな。でも今からお湯を沸かすのって大変じゃないか?」
薪に火をつけて、お湯を沸かせるのは、この世界では重労働だからな。
そんな労働を、朝から彼女に強いたくない。
という俺の懸念に反して、コレットはクビを横に振るう。
「大丈夫。うちの孤児院自慢の、天然のお風呂があるのよ♡」
☆
孤児院自慢のお風呂とは……温泉のことだった。
「すげえ……露天風呂だ」
孤児院の裏から、森の中へと歩くこと数分。
森の中にその温泉が湧いていた。
日本式の露天風呂とは、趣が違う。まず湯船の周りを石で囲っていない。
いっけんすると水たまりのように見える。
湯船の色は緑色だった。
緑、というか、なんだろう、白と緑の絵の具を混ぜて、それを絵の具バケツに入れたあとの水、みたいな色をしていた。
外見が緑色の水たまり、というちょっと引くレベルの見た目だが、ちゃんとした温泉だった。
俺たちは並んで温泉に浸かる。
「なんだこれ……すげえきもちい……」
お湯の温度は40度くらいだろうか。
熱すぎずぬるすぎずのちょうど良い温度だ。
湯に入った瞬間、昨晩のまぐわいの疲れが一気に吹き飛んだ。
昨日は藁の上でいたしたので、ヒザをついた状態がながかったためか、ヒザを痛めていた。また腰もいたかった。
だのに、それらの痛みが、一瞬にして消し飛んだではないか。
「どうジロ君? 我が家のお風呂は」
「ああ、最高。疲れが消し飛ぶって、こういう感覚のことを言うんだな」
蓄積された体の痛みや疲労が、いっきに解消された。
これが温泉の効能だろう。なるほど、自慢の風呂だけある。
するとコレットは、
「まさか。うちの自慢のお風呂くんは、もっとスゴいんだよ? あ、ほら見て」
そう言って、隣で湯船に浸かるコレットが、俺の左手を持ちあげる。
「見てってなにを……こ、これは!?」
俺の左手は、モンスターによって傷をつけられたせいで、正常な機能を失った。
だのに……。
左手の傷が、すっかり消えているではないか。
「どういうことだ……?」
「傷が消えるだけじゃないの。我が家のお風呂くんのすごいところはね……」
コレットは「気づいてない?」というと、
「ジロ君、腕、なおってるのよ」
言われて、左手を動かしてみる。たしかに動いた。
「…………………………そうか。わかったぞ。この温泉、ケガを完全回復させるのか」
「正解♡ よくできました♡」
そう言ってコレットが俺の頭を撫でてくる。
先生・生徒時代を思い出して、気恥ずかしさと懐かしさを覚えた。
「そう、ここは【竜の湯】。文字通り竜が頻繁に入りに来る温泉なの」
唐突な竜というワードに、俺は首をかしげる。
「竜が、入る?この温泉に? 確かなことなのか?」
「ええ。その証拠に、この温泉には【完全回復】の効能があるの。で、竜の体液……血液や汗には、浴びたものの体力やケガ病気、魔力さえも、文字通りあらゆるものを完全に回復させる力があるんですって」
なるほど……。
竜の体液が持つ成分が、温泉に含まれている。
ゆえに温泉の効能と、竜の体液をあびたときの効果が一緒。
ということは、竜が汗をこの温泉で流した……その汗が温泉に含まれて、完全回復の効能を示すってわけか。
「ここら辺一体は天竜山脈って活火山が近くにあるから、温泉がいくつもあるの。で、天竜山脈には文字通り天竜さまがすんでいるの。で、たまに天竜さまが山から下りてきて、ここに来るのよ」
コレットの語り口に、気になるワードが入っていた。
「……え? それって今もか?」
「そうよ。毎日じゃないけど、ときどき山を下りてきて温泉に入っていっているわ。すごくたまにだけど、わたし一緒にお風呂入るときもあるの」
マジか。
すげえなコレット。竜と一緒に風呂に入るなんて……。
「てことは俺も会えるかもしれないってこと、その天竜さまとやらに」
「ううん、どうだろう。彼女結構はずかしがりやだからなぁ。女の私とだって、最初は恥ずかしがって入ろうとしなかったし」
どうやら天竜さまとやら女らしい。
女、というかメスか。
「俺も1回くらい見てみたいな-、ドラゴンに」
この世界にドラゴンがいることは知識として知っている。
だが長く冒険者をやっていても、ドラゴンの顔を拝んだことは、一度もなかった。
だから1度くらいはね。
まあコレットが竜と一緒に風呂に入るのも、ごくたまにと言っていた。
そんな毎日山を下りてこないのなら、まそうそう出会えるわけがないか。まあ無理か。
「……それって天竜さまが女の子だから?」
むぅ、とコレットが唇を尖らせる。
「まさか。単純にドラゴンを見たいっていう興味だよ」
「そっか。そっかそっか、ならうん、よし。許しましょう」
うんうん、とコレットがうなずく。
何を許すんだ? と聞いたら女の子の秘密といって教えてくれなかった。わからん。
「てか……ん? なあコレット。さっき完全回復って言ったよな」
コレットが首肯する。
「竜の体液は、ケガや体力だけじゃなくて、魔力も完全回復させるとも、言ったよな」
「ええ。それがなにか?」
……この温泉には、竜の体液が含まれている。
竜の血には、魔力を完全回復させる力がある。
なら……。
まさか……。
俺は立ち上がる。
「ジロ君? どうしたの?」
「いや……ちょっと試したいことがあって」
俺はそう言って、俺の特殊技能、【複製スキル】を発動させる。
1回目。物体生成。木の桶。
2回目。物体生成。お風呂おもちゃのアヒル。
3回目。物体生成。綿のバスタオル。
4回目。物体生成。スポンジ。
「これで4回。そして次で上限の5回目」
俺は意を決し、手を中に向ける。
ここで魔力切れを起こしても、コレットが介抱してくれるだろう。
ただ、その可能性は万にひとつも無いという、自信が俺には有った。
俺は複製を開始する。
「【複製】開始→魔法→火属性魔法【火槍】」
スキルが発動すると、魔方陣が手のひらに出現。
炎の槍が、空に向かって勢いよく射出される。
……問題なく、複製は行えた。
5回目の、上限を超えて。
「まさか……」
俺は炎の槍を何本も出現させる。
10,20,30……。
30本もの炎の槍が、よく晴れた青空に向かって飛んでいく。
複製を、30回連続で行っても、温泉に入った状態なら、魔力が切れることはなかった。
つまりこの、竜の体液が混じった温泉につかると、魔力が完全に回復するらしい。
「これは……すごいぞ……」
俺のスキルは、便利だが魔力切れというかせがあった。
だがこの風呂に入れば、魔力は完全に回復する。それどころか、風呂の中に入っていれば、無尽蔵に複製を行える。
この孤児院で働くことになり、この竜の湯に入る権利を手に入れた俺は、無限の魔力を手に入れたに等しい。
不自由だったはずの左手を、ぎゅっと握りしめる。手には汗をかいていた。
高揚感が半端ない。
だって、この竜の湯と、俺のスキルがあれば、コレットやアムたちに、もっと良い暮らしを提供してやれるのだから。
今日から2章スタートです。
無限の魔力を手に入れた主人公。魔力ぎれのかせがなくなった彼は、複製スキルを活用しまくります。
スキルを使って、孤児院のみんなに楽しく快適な暮らしを提供する、みたいな感じでスキルを使ってく予定です。
あと主人公は前世が地球人なので、地球の道具や技術品を再現可能です。
スキルを使った活躍を描きつつ、もちろん嫁とのイチャイチャや獣人幼女たちとの生活もきちんと描いていきます。
で、次回の内容は、前回今回と獣人たちの出番なかったんで、次は出そうかなと。
現代技術に幼女が驚く、みたいな感じにしたいです。
そんな感じで次回もよろしくおねがいします!
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ではまた!