58.善人、それでも子猫を飼う
いつもお世話になってます!
クロが炎のトラになって、空に炎のビームを打った、30分後。
俺はクロを連れて、大賢者である先輩の部屋へと向かった。
孤児院一階西側、奥に、先輩こと大賢者ピクシーがいる。
遙か昔、魔王と呼ばれる存在がいて、それを倒した勇者パーティ、そこで参謀役だったのがこの人だ。
この人は見た目は幼い子供だが、500年以上を生きる長寿人だ。
彼女は【妖狐人】と呼ばれる種族で、長命で、かつみんな先輩のように幼い見た目をしているのである。
ふわふわとした紫色の髪に赤い縁のメガネが特徴的なその少女。
先輩は部屋のソファに座り、俺から話を聞いてる。俺はさっきあったことを、先輩に全部告げる。
クロが突然大きくなった。炎のトラになった。空にビームを打った。
状況を説明し終えると、先輩は頷いて、口を開く。
「この子は魔獣だ」
開口一番、先輩はクロを見て言う。
俺は先輩の正面にイスを出して座る。その隣の地面に、クロが座っている。
「魔獣……」
「黒輝煉獄虎と呼ばれる高ランクモンスターだ」
クロが魔獣であることは薄々感づいていたが、そんなたいそうな名前の魔獣だったとは……。
「黒輝煉獄虎は、レイア白輝聖銀竜と同じで絶滅指定されている超レアモンスターだ。この大陸ではもうほとんど見かけてない。私も長く生きてるが、実物を見るのは初めてだ」
先輩がクロを見つめて感じ入ったようにつぶやく。本人は我関せずみたいな感じでふぁーっとあくびをしていた。
「黒輝煉獄虎はSSSランクモンスター……。その毛皮で作った服は炎への完全な耐性を持つと言われてる。また牙は強力な炎の剣を作る素材となる」
「だから乱獲されて絶滅危惧種に指定されてるってことか」
そうだ、と先輩がうなずく。
「しかしこんな超レアモンスターが、どうしてウチの孤児院に?」
俺の疑問に先輩が仮説をてる。
「おそらくだが、逃げてきたのだろう。希少種を狙う人間に追われて。ここは私有地だ。この森には関係者以外立ち入りを禁止している。人の立ち入ってこない場所へ逃げてきたら、ここだったということだろう」
人間に追われてきたクロを、レイアが拾ったわけだ。
「クロのあの人を寄せ付けないみたいな態度は、人間に追われてきたからか?」
「その可能性が高いだろうな」
ふぅ……と吐息を吐いて先輩が言う。
そうか……だから人間にも、獣人にも懐かなかったのだ。人間に酷い目にあい、逃げてきたから。
「じゃあなんでレイアだけに懐いたんだ?」
「クロもレイアどちらも魔獣だ。人間じゃない。だからだろうな」
クロの露骨なレイアびいきは、そういう理由があったのかと先輩の話を聞いて納得した。
しかし……拾った子猫が魔獣だったなんてな……。
「みー……」
クロが俺をじいっと見つめる。何がいいたのかわからない。
「さてジロ。これからどうするんだ?」
先輩が俺に問うてくる。
「どうって?」
「だから、この魔獣をどうするのかと」
先輩がクロを見下ろしながら、足を組んで言う。
「さっきの炎のブレスを見ればわかるだろう。この子の高熱のレーザーは脅威だ。万一暴発させたらそれこそ、孤児院は消し飛ぶだろう」
「……置いておくのは危険だっていいたいのか?」
俺の質問に、先輩がこくりと頷く。
クロが不安そうに「みぃー……」と泣いた。俺を見上げて、潤んだ目を向けてくる。
「いや……この子は危険な子じゃないだろ。だって……」
と続けようとした、そのときだった。
「だめー!!!」
バンッ! と誰かが、先輩の部屋に入った。見やると、そこには褐色銀髪の少女、レイアがいた。
レイアはビュンッ! と飛んできてクロを回収すると、ぎゅーっと抱きしめる。
「だめよっ! クロはれいあのともだちだもん! あぶなくないもん!」
「みー……」
レイアの胸に抱かれたクロが、じわりと
目に涙を浮かべる。
どうやらレイアは、俺と先輩との会話を聞いていたらしい。
「すまない。君の友達に出て行けというようなマネを言って。……しかしではなぜ、その子はさっき、空に向かってブレスをはいたのだ?」
詰問するように先輩。
「今後もまた同じように、気まぐれでブレスをほいほい打たれても困る。その子が危険でないというのなら、なぜ、さっきはブレスを打ったのだ?」
「そ、それは……」
レイアがたじろぐ。この子もわかってないようだった。
だが、俺はわかっていた。クロがどうして、あんなマネをしたのかを。
俺はレイアのそばでしゃがみ込む。クロの目を見て言う。
「クロ、おまえ、レイアに喜んでもらいたいからやったんだよな」
俺の言葉に、クロが目を大きく見開いた。
「れいあに、よろこんでもらいたい……?」
竜人が首をかしげる。
「レイア。おまえさっきホールで言っていただろ。雨が嫌いだって。雨のせいで外で遊べないって」
クロはそれを聞いて、最初は自分が嫌いだと思われたと思って、凹んでいた。
その誤解を解いたとたん、クロは外に出てブレスを打った。状況から考えれば、クロはレイアのためにやったのだ。
「クロのブレスのおかげで雨雲は消えた。クロはレイア……おまえのためにやったんだよ。外で遊べなくてなげいてたおまえのために」
「……そうなの?」
レイアの言葉に、クロは答えない。ただだまって、こくり……と頷いた。
「先輩。この子猫は悪い子じゃないと思う。あのブレスは友達のために使ったんだ」
決して気まぐれに打ったわけじゃない。この猫には意思がある。人格がある。そして……優しさがある。
友達のためになにかをやってあげられる、優しさが。
「そうか。……そうか。なら……そうだな」
良いんじゃないか、と先輩がうなづいた。
「……ねえ、じろ」
レイアが俺を見上げて、弱々しく尋ねてくる。
「ねえ、くろはかっちゃだめなの? まじゅーは、いちゃだめなの?」
不安そうにゆれる瞳。クロと、そしてレイアの瞳。
俺は2人のあたまを撫でて、抱きしめる。
「そんなことない。飼って良い。ウチにいていい。魔獣だろうが何だろうが関係ない。レイアもクロも、俺たち孤児院の仲間で、家族だ」
正体が炎のトラだからなんだ。クロという子猫は、ちょっと排他的なところはあるけど、友達のために行動のできる、優しい子猫だ。
そして子供から友達を取り上げるようなマネは、俺にはできない。
「クロ。おまえはどうだ?」
俺はクロに尋ねる。もう俺は、この子猫が思考も意思も持たぬ動物でないと、わかっている。
考える頭と、感じる心のある、一個人だ
「おまえが出て行きたいっていうのなら出て行けば良い。けどおまえがここにいたいっていうのなら、ここにいろ。どうなんだ?」
たとえ人間の言葉がしゃべれないとしても、クロには意思があるのだ。それは伝わる。
「みー」
クロはレイアを見上げる。そして頬をおぺろり、と舐めた。そしてスリスリ……と胸板に頬ずりしてる。
答えは聞かなくてもわかる。友達のそばに、いたいのだろう。
「レイア。この子はもう愛玩動物じゃない。ちゃんとしたおまえの友達だ。それにふさわしい接し方をするんだぞ」
「ぺっとってなに? くろはさいしょかられいあのともだちだもんっ!」
レイアは喜色満面になると、クロを持ち上げる。そしてぎゅーっと抱きしめる。
「くろっ、れいあからはなれるのきんしっ! あんたはずっとれいあのそばにいるのっ! わかった!?」
するとクロは嬉しそうに目を細めると、
「みー!」
と、了承するように、大きく鳴いた。
かくして、魔獣のクロは、ウチの家族になったのだった。
☆
ブレス騒動があった翌日。
長く続いていた雨は、すっかりと上がっていた。もともと長雨も終わりに入っていたのだが、クロのブレスによって、雨雲が完全に消し飛んだ。
今朝は朝から、雲ひとつ無い青空が広がっている。
「サッカーしやがるです-!!!」
朝食を食ったあと、サッカーボールを持ったキャニスが、裏庭へと走って行く。
「おーれー。おれおれおれー。まつけんさんっばっ」
「おそとで遊べるのです-!」
コンとラビが嬉しそうに、キャニスの後に続く。
「あめやんだー……ぁね」
「姉貴。アタシあんま外行きたくない。どろんこになっちゃうもん」
「んー……ぅ。でもほらみんなあそびにいってるよー……ぉ。ほら、いこうよー……ぉ。ね?」
「……そうだな」
鬼姉妹もとことこと、先行していった子供たちに続いた。
すっかり晴れた青空の下、子供たちがサッカーをしている。
「くらえぼくのうるとらしゅーと!」
「くらえみーのごっどはんどくらっしゃー」
キャニスのシュートを、コンが両手で止める。
「へいらびぱーす」
コンがボールをラビになげる。
「はわわっ、はわっ、あぅんっ」
ラビが受け止めようとして、顔面にもろにボールがぶつかる。
「だいじょうぶらびちゃー……ぁん?」
「! しまった! おにーちゃんへるぷー!」
「にぃ、えーせーへーを」
俺はラビの隣へ行き、回復魔法をかけようとして、「だいじょうぶなのです!」
とラビが復活する。
「これくらへいちゃらなのです!」
むんっ、とラビが気合いを入れる。子供たちが「「「おおー」」」と感心していた。
「らび……おめーいつのまに」
「らびがつよきりゅーのものになっておる。ぼまーれ」
「らびは……いたくないのですっ。だからっ、みんなでさっかーのつづきしたいのですー!」
ぴょんっ、とラビが飛び跳ねる。
すると……。
「れいあちゃんもはやくー!」
建物の中に向かって、ラビがレイアを呼ぶ。二階の窓が開いて、バサッ……! とレイアが降りてきた。
「クロ。あんたちょっとそこでまってて。じろ」
んっ、とレイアがクロを、俺に手渡してくる。
「ちょっとあそんでくる。くろをよろしく」
「おう。行ってこい」
俺はクロを受け取る。レイアはバサッと羽を広げて、子供たちとサッカーし出す。
俺はレイアを見送ったあと、クロを下ろす。
「ほら、俺に触られてるのいやだろ。持ち上げててごめんな」
するとクロが「みー」とひょいひょい、と俺の体を登ると、俺の頭の上に、乗ってくるではないか。
「おまえ……人間が嫌いなんじゃないのか?」
俺の問いかけに答えるように、クロが「みー」と鳴く。それは肯定なのか、はたまた否定だったのか?
それはわからないが、今まで誰も、レイア以外には触らせようとした無かった、クロが、俺の頭に乗っている。
ちょっとは心を開いてくれたのだろうか。
すると……。
「あーーーー!!!!!」
キャニスが大声を張り上げる。俺を指さして。ぶるぶると震えていた。
「おにーちゃんずりいいいい!!!!」
だーっ! とキャニスがこっちへと駆け寄ってくる。そのあとにコンたちが続く。
「おにーちゃんクロのせてやがるですー!」
「にぃ、ぱねー。くろはつんでれだった。でれたのか?」
コンの問いに、クロは「みー」と答える。
「レイア。クロはなんだって?」
俺が言うと、レイアは「しらなーい、だって」
クロらしい答えだった。
「おにーちゃん……ずりーぞおめー。ぼくらがどれだけ……どれだけクロをさわろうとどりょくしてたかっ!」
そう言えばキャニスは何度も、クロを抱き上げようとしていたな。
「きゃにす、おちこむな。ひとにはむきふむきがあるんだ。あきらめるがよい」
コンがきつねしっぽで、キャニスのあたまを撫でて慰める。他の面々も肩をぽんと叩いていた。
「いやっ! ぼくはあきらめねーぞっ!」
ぐいっ、とキャニスが顔を上げると、俺の肩に乗ってくる。
「くろっ、ぼくのあたまにのれやです!」
「みっ!」
クロはひょいっ、と俺の頭から降りると、とことこ……とどこかへ行こうとする。
「あ、にげた! おめーらつかまえにいくぞ! です!」
キャニスが他の子供たちをつれて、クロの後に続く。だだだーっ! と走り去っていく。
「まてやー!」「まてーるぱーん」「くろちゃんだっこさせてほしーのですー!」
わあわあと楽しそうに走り去る姿を俺は見る。
レイアも楽しそうに、キャニスたちのあとに続いていた。
……レイアの、そしてクロの、そして何より子供たちの笑ってる姿を見ると、ほんと、どうでもよくなる。
クロが魔獣だからとか、炎の虎になれるとか、どうでもいいじゃんと。
大切なのは友達と一緒に楽しい時間を過ごせるかどうかだと思う。問題が起きたなら、そのときは全力で守れば良い。
「くろー、おてっ!」「おかわりー」「キャニスちゃん、コンちゃん、クロちゃんはわんちゃんじゃないのです~」
秋の晴れた青空に、子供たちの楽しそうな声が響く。
俺は子供たちに囲まれたクロを見る。
子猫は子供たちにもみくちゃになっている間、しかし、嫌そうな顔はまるでしてなかった。
微笑を浮かべていた……ように、俺には見えたのだった。
お疲れ様です。これにて9章終了です。
次回掌編をはさんだあと、10章を開始します。
掌編は子供達の衣替えの話、と職員たちのシフト(休みの日がいつなのかとか)の話で、2話くらいかけたらなと思ってます。
次回もよろしくお願いいたします!




