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【完結】善人のおっさん、冒険者を引退して孤児院の先生になる 〜 エルフの嫁と獣人幼女たちと楽しく暮らしてます  作者: 茨木野


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57.子猫、変身して正体をあらわす

いつもお世話になってます!



 子猫を飼いだして1週間ほどが経過した、ある日の午後。


 この日も朝から雨が降っていた。


「あめー……」


「てんしょんがんなえー……」


「はぅ……またなのですぅ……」


 昼食を食った子供たちは、とぼとぼした足取りで、食堂を出て行った。


 食堂の後片付けをする、俺とコレット。


 調理場にて、俺はエルフ嫁と一緒に台所に立って、あいてる皿を洗う。


 蛇口を捻って水を出し、スポンジで皿の表面をなぞる。するとお皿は自動的に洗剤を洗い流し、水を切って、食器棚へともどっていく。


 この自動的な動きを皿がするのは、食器に【動作入力プログラム】の魔法がかかっているからだ。


 無属性魔法【動作入力プログラム】。これは無機物を動かす魔法だ。


 動かすに当たっては条件付けができる。手を鳴らせばボールが転がるみたいな感じで、【動作命令プログラム】を書き込むことができるのだ。


 お皿には【スポンジで表面をなぞられる】という条件をトリガーに、【洗剤を洗い落とし、水を切って、食器棚へ戻る】というプログラムが書かれているのだ。


「あの子たち……みんな暗い顔してたね」


「だな……」


 大量の食器を俺とコレットで、手分けして洗っていく。


 キャニスたちの表情は、明らかに暗かった。


「まさか雨がこんなに続くとはな」


 季節は夏が完全に終わり、そろそろ本格的な秋になる。


 月の初めから雨が続いて、今は終盤。


 季節の変わり目には雨が続くと言うが、まさかここまで雨が長くなるとは思わなかった。


「クロが来てくれたおかげで、子供たちの不満はある程度解消されてたが……」


「それでももう限界よね……」


 クロが来る前にすでに、結構子供たちのフラストレーションはたまっていた。


 特にアウトドア派の連中は結構この外に出れない状況に辟易していた。


 正直クロが来てくれなかったら、たまりきったガスが爆発してたと思う。ただ、それでも……だ。


 何事にも限界はある。


「今日、みんな大好きなソーメンにしたのに……全然楽しそうじゃなかったわ」


 いつもはちゅるちゅると美味そうに食べる子供たちだったが、今日ばかりは、みんな暗かった。


 そしていつも腹一杯ご飯を食べる子供たちだが、食欲もなかった。


 たくさん作ったそうめん。いつもは器がカラになるのに、今日は結構余っていた。


「どうしましょう……」


「室内で運動する施設が必要だな、これは……」


 いちおう、作る案はある。方法もあるし、実際に、大工衆(銀鳳の鎚)に依頼してある。


 ただそれでも工事が完成するためには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「とにかく今はこの雨はどうにもできない。できること、ストレスのケアには十分に気をつけよう」


「そうね。雨、止まないかなぁ……」


 憂い顔のコレット。


 と、そのときだった。


「みー」


 どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。


「あら?」


 コレットの足下に、黒猫のクロがいた。


「くーろちゃん。どうしたのー?」


 コレットがしゃがみ込んで、猫に尋ねる。


「みー。みー。みー」


 かりかり……とコレットの足をひっかく。

「んー? ごはんかしら?」


 コレットの言葉に肯定するように、クロがこく……っとうなづく。


「ちょっと待っててね。お昼の残りのツナがあったはずだから」


 そう言ってコレットが小さなお皿にツナとこんもりと乗せて、足下に置いてやる。


「みー」


 はぐはぐはぐ! とクロが勢いよくツナを食べる。


「…………」


 俺はそこに、違和感を感じていた。


「どうかなー? おいしいかなー?」


「みー」


 クロは小さな体の、どこにそんな入るのか、というくらい、大量のツナをかっ込む。

「かわいいなー♡ 子猫、ほんとかわいいな~♡」


「……そうか、それだ」


 俺は違和感の正体に気がついた。


「なにが?」


 ちょうどクロは飯を食い終わる。ぷい……っとそっぽ向いて、そのまま礼のひと言もいわずに、調理場を出て行った。


「なあ、コレット」


「ん? なにジロくん」


 コレットはからになったお皿を持って、立ち上がり、水で洗い流す。


「クロってさ……子猫、赤ちゃん猫だよな」


 猫の年齢がうんぬんはよくわからないが、クロの体は、あきらかに成猫ではない。生まれたばかりの子猫のごとく小さい。


「そうだね。可愛い子猫~♡」


「……だけど、だとしたら変じゃないか?」


「変? 何が?」


「いや……生まれたばかりの赤ん坊ってさ、ご飯って食えなく無いか?」


 カラになった皿を見て俺が言う。


「? 赤ちゃんでもお腹が空けばご飯食べるでしょ」


「だとしても最初はミルクだろ。歯が生えてないんだし」


 だというのに、クロはさっき、ツナをばくばくと食べていた。それにここへ来たばかりのときもそうだ。

 

 キャニスたちは、ミルクではなく、普通にご飯を与えていた。先週、桜華はにぼしをあの子猫に与えていた。おかしいだろう。

 猫はほ乳類だ。生まれたばかりのときは、母親の母乳を吸いやすいよう、歯は生えてないはず……。


「そういえば……変ね。歯、あったものね」


「そうだ。マチルダやキャニスは、あの猫に噛まれてた」


 あの子猫が生後数か月だと仮定したら、どれもあり得ない現象だった。


「……ジロくん」


 不安そうに、コレットのエルフ耳が垂れる。俺は嫁を抱き寄せて、安心させるように頭を撫でる。


「ちょっと様子見てくる」


 俺はコレットを残して、調理場をあとにしたのだった。



    ☆



 1階ホールへとやってきた俺。


 ソファにはぐったりと、子供たちが横たわっていた。


「あー……。にーさん……」


 ぱた……っとラビがロップイヤーをちょっとだけで持ち上げる。

 

 実にけだるそうだった。鬼姉妹も同じような感じだ。


 インドア派たちも、そうは言っても外に出れないのが、ストレスであるみたいだ。


「ぼくもーげんかいです……」


「みーもこれはこたえるね……」


 アウトドア派は言わずもがな。毛並みの艶が悪く、耳もしっぽも垂れ下がっている。


「おにーちゃん、おそとであそびてーです……」


 ぽて、とキャニスがソファから転がり落ちて、起き上がると、俺のそばまでやってくる。


「よるははかばでうんどうかいしたい」


「夜も雨降ってるだろうから無理だな」


「なんとー」


 がくっ……とコンが肩を落とす。


「…………」


 ソファでぐったりする子供たちの中に、レイアがいた。


 俺はコンとキャニスの頭をなでてやり、その場を離れようとする。


 が、するん、とふたりが俺の肩上に乗ってきたので、そのままレイアの元へと行く。

「レイア」


「…………」


 竜人のレイアは、ソファにうつぶせになっていた。


 その竜のしっぽは、ぴたんぴたんぴたん、と苛立ちげに、ソファを打ち付けている。


「みー♡ みー♡」


 レイアの顔のそばに、クロがいた。すりすり……と彼女に頬ずりしている。


「あっちいって」


 煩わしそうに、レイアがクロを手で払う。だがクロはそんなのおかまいなしに、ご主人様の体にまとわりつく。


「はなれて」「みー♡」「どいて」「みーみー♡」


 レイアの声に、どんどんと苛立ちが混ざる。猫には人間の心の機微なんてわからないのだろう。


 やがて……。


「もーーーーーーーー!!!!!」


 レイアがガバリ! と起き上がる。


「うっさいのよ!」


 バサッ! とレイアが大きく翼を広げる。そのままびゅう! と跳び上がる。


「あーーーー!!! もうっ! あめやだあめやだあめやだーーーーー!!!!」


 びゅんびゅんびゅん! とレイアが吹き抜けとなっている二階上空を、縦横無尽に飛び回る。


「み、みー……」


 クロは不安げに、飛び回る竜人を見上げている。どうやら自分がレイアの気に障ってしまった……とでも思っているのだろう。


「もうっ! もうっ! だいっきらい!!」


「…………!」


 レイアはそう言うと、びゅんっ! と二階の子供部屋へと引っ込んでいった。


「れいあのきもちも、わからんでもねーです」


 キャニスが頬を膨らませて言う。


「もうあめばっかでつまんねーです。がまんできねーです」


「みーもがまんのげんかい」


「らびも……」


 はぁ……と重くため息をついた後、みんな一階ホールから、二階の自分たちの部屋へと戻っていく。


「…………」


 あとにはその場に、クロだけが残された。

「みー……」


 クロはしゅん……と気を落ちしたように、肩を落とす。


「どうした、クロ?」


 俺はクロのそばにしゃがみ込んで尋ねる。


 まあ聞いたところで猫は猫(違うかもだけど)。人間の言葉なんてわからないだろうし、伝わってないだろう。


 それにこの子は、結構孤高の存在だ。触ろうとしたら、またカリ……っとひかかれて、どこかへ行ってしまうだろう。

 

「…………」


 クロはよろよろと俺に近づいてきて、ぴたり、とくっつく。


「お、おいおいどうした……?」


「みー……」


 どうやら完全に弱っているみたいだ。俺はちょっと考えて、クロの脇に手を入れてもちあげる。


 クロは抵抗しなかった。ぐったり……として、俺のされるがままになっている。


 俺はクロを持ち上げて、ソファに座る。


 ヒザの上にクロをのっけて、この猫のあたまを撫でる、


「どうしたんだよ? 何凹んでんだ?」


「みー……」


 様子がおかしくなったのは、レイアが不満を爆発させて、空を飛び回ってからだ。


「みー……」


 はふぅ、とクロが吐息を吐く。


「何かあったか? まさか……」


 俺はさっきのレイアの発言が気になった。

 ーーもうっ! もうっ! だいっきらい!!


 この子はレイアのそのセリフを聞いてから、様子がおかしくなった。


「あのな、クロ。レイアはな、さっきおまえに嫌いって言っただろ?」


「!」


 すると猫のしっぽが、ぴーんと立つ。


「あれはたぶん雨がって意味だと思うぞ」


 クロのしっぽが、ふにゃん、と垂れる。


「みー?」


 ほんとに……とばかりに、黒猫が俺を、不安げな表情で見上げてくる。


「ああ、そうだ。レイアは雨が嫌いって言ったんだよ。この長い雨で外に出れなくて、不満が爆発したんだろうな……」


「みー……」


 クロがほぉ……っと吐息をつく。まるで俺の言葉が聞こえてる、伝わってるようだった。


「だからおまえが嫌いって言ったわけじゃ」ないんだ、と言う前に。


 ひょいっ、とクロが俺のヒザから降りる。

 とことこ……とホールの窓に近づいて、かりかり……とクロが窓ガラスをひっかく。

「みー」


「どうした?」


「みー!」


 かりかり、かりかりかり、とクロが窓ガラスをひっかきまくる。


「もしかして窓を開けて欲しいのか?」


「みー!」


 そうだとばかりに、クロが頷く。


「いいけどどうするんだ……?」


 俺は窓ガラスをがらり、と開ける。びょおびょお、と雨風が窓から入ってくる。


「みー!」


 ぴょんっ、とクロが窓から飛び降りると、スゴ勢いで、裏庭の中央へと行く。


「クロ! どこ行くんだ!」


 俊敏性を発揮して、クロがあっという間に見えなくなる。


 俺はクロのあとに続く。


 クロは裏庭の中央にたち、ぴたり……と立ち止まると、空を見上げる。


「みー……」


「おいクロ。濡れるって。中にはいろう」


 すると……。


「ぐぅー……」


 クロの声が、変化する。さっきまでは、子猫のような、甲高い声。しかし今は、


「ぐぅぅうー…………。ぐぅうううー…………」


 重く、腹に響くような、低くて重い音。


【ぐぅうう……! がぁあああ……!!】


 そのときだった。


 クロのオッドアイ。オレンジ色していた方の目が、ぼうっ! といきなり燃えだしたのだ。


「な、なんだよ!?」


 クロの目から、どんどんと炎があふれてくる。


 俺は炎に当たらないよう、クロから距離を取る。


【がぁああああ!! あああああ!!!】


 クロの目からふれる炎は、雨に濡れても沈下することはなかった。それどころか雨をすべて蒸気に変えてもなお、勢いは収まらない。


 やがて炎はクロを完全に包み込み、業火となる。


 ごぉおおおおおお!!! と炎がクロを中心に、渦を巻いている。


 その炎は途中で色を変えた。


 燃えるような赤から、夜の闇のような、黒色に。


「なんだ……? 黒い炎……?」


 闇色の炎は激しく燃えると、徐々にだが勢いが落ちていく。炎が徐々に弱まっていくにつれて、ひとつの形を取る。


 それは……俺が見上げるほど大きな体。


 強靱な四肢。体をおおう漆黒の炎の毛皮。


 口からは4本の大きな、鋭い牙が伸びている。上あごから二本と、そして下あごから二本。


 漆黒の毛皮にまとうのは、夜の闇よりも暗い色をした炎だ。それがまるで縞模様のように、クロの体にまとわりついてる。


 そこにいたのは……真っ黒なトラだった。


 炎の、トラだった。


【グゥウウウウウウウ…………!!】


 トラはぐぐ……っと身を縮めると、ぐいっ、と空を仰ぐ。


 がばっ……! と大きくあごを開けて、空を見て固まる。


「な、なにすんだっ?」


 体に纏っていた闇の炎が、口の前に収束し出す。


 ごぉおおおおおお…………とまるで地響きを立てながら、炎が球体状に収束する。


 やがて炎の宝玉と化したそれを、クロがバクンッ! と飲み込む。


「…………」


 一瞬の静寂。このまま何もしないのでは……と思ったそのときだった。


【がぉ゛ぁああああああああああああああああ!!!!】


 鼓膜が破れるかと思うくらい、漆黒のトラが大きく吠えると、その口から、高熱の炎が、勢いよく吐き出された。


「うわぁあああ!!!」


 余波で俺はその場から吹っ飛ばされる。

 

 何回か転がって、勢いが死んだあと、俺は顔を上げてクロを見やる。


 クロから吐き出されたのは、高出力の炎のレーザーだ。


 それが天を貫くように、びがー!!! と伸びていく。


 炎のレーザーは雨雲を突き抜けると、じゅぉ……! と雨雲が……蒸発した。


「蒸発……した、だと?」


 雨雲の一部が、ぽっかりと穴があき、そこからは青空が覗く。


 だがクロの炎のレーザーはとまらなかった。


 炎が雨雲を焼いていく。どんどんと雨雲が消えて、空が見えてくる。


 炎のレーザーは放出され続けた。そのれにつれて、クロの漆黒の体が、どんどんと小さくなっていく。


 どんどん、どんどんとクロが小さくなっていく。


 やがて炎のレーザーが威力を失い、完全にストップすると。


「みー」


 あとにはいつもの、見慣れた黒い子猫がいた。


 ぽて……っとその場に倒れる。


「…………」


 俺はしばし放心した。見上げると、そこには、雲ひとつ無い、青空が広がっている。

「晴れてる……まさか、こいつ……」


 クロの正体とか、なぜクロがこんなことをしたのか。色んなことが気になったが、それよりも。


「おい! だいじょぶか!」


 俺は正気に戻り、クロの元へと行く。


 倒れたクロを持ち上げて呼吸を確認すると。


「くー」


 と安らかな、寝息を立てていた。


 やりきったような、満足そうな顔をしていやがる。


「とりあえず命に別状はないか……」


 ほっ……と吐息をもらす。だが安心はできない。


 あきらかにクロは普通の子猫じゃない。


 巨大化した。


 炎の黒いトラになった。


 どうみても……普通じゃない。


 あげくあの炎のビームだ。


「この子は……いったいなんなんだ?」


お疲れ様です!


そんな感じでクロちゃんビーム回でした。次回クロちゃんの正体を明かして、なぜレイアにだけ懐いてたかの伏線を回収し、9章終了となります。


次回もよろしくお願いします!

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