54.子どもたち、こっそり隠れて何かする
いつもお世話になってます。
レイアの台風の件があった、翌週。
その日の夜。
孤児院1階のホールにて、職員たちが顔をつきあわせていた。
その日あった出来事を話し合い、翌日の仕事分担を決めたりする話し合いだ。
ホールには職員が5人、集まっている。
まず俺、コレット。
その正面に座るのは、赤毛の猫獣人の少女、アムだ。
小柄な体型。クセのある赤い髪の毛の少女である。
「ジロ。明日も雨だったら子どもたちどこで遊ばせる?」
「そうだな……」
ここ最近はずっと雨が続いている。室内でできる遊びと言っても限られている。
さらにキャニスやコンといった、外で遊びたい派の子どもたちは、この状況をあまり快く思ってないだろうしな。
「あんまり激しい運動とか室内じゃできないし、かくれんぼとか?」
「そうだな、アム。できてもそれくらいだろう。晴れたら外で思いきりボール遊びしよう」
「ん。おっけ。どっちにしても天気次第ね」
ほんと最近雨が長くてため息が出る。
俺たちは別にいいのだが、子どもたちにはストレスがたまってしまう。ラビや鬼姉妹は平気そうだが、それでも彼女たちも、外で体を動かすのが嫌いというわけではない。
「ほかに気になったことあるやついるか?」
「…………あの」
すっ、と手を上げたのは、鬼族の母・桜華だ。
長い黒髪に黄色の肌。ともすれば日本人に見えなくない外見の女性だ。
スライムのようなでかい乳房と、そして額から伸びる【角】が特徴的の、鬼の女である。
彼女はあやね、アカネたちとともに、夏前に獣人孤児院へとやってきた。
桜華には5人の実の娘、あかねたち孤児が6人(うち幼児が4人)という大所帯だった。
なぜうちへ来たかというと、桜華たち鬼族の孤児院が、洪水で流れてしまったからだ。そしてウチへきて共同生活を始めたという次第である。
「どうした桜華?」
「……最近少し、気になってることがあるんです」
ソファに座って、控えめに手を上げる桜華。どぷん、と桜華のすさまじく大きな胸がゆれて目がいきそうになる。
「気になる? なんかあったのか?」
「……その、最近キャニスちゃんが、冷蔵庫をよく漁ってるんです」
「あ、それアタシも見た」
桜華の言葉にアムが続く。
「アタシの場合はコンとラビね」
子どもたちは食欲旺盛だ。腹減ったーと言って食堂へ来て何か食い物をねだることは珍しくない。
珍しいのは、俺たちにひと言もなく食料を漁っていると言うことだ。あいつらにしては変だ。
「いくらあいつらにしたって俺たちに断りもなく冷蔵庫を漁るか……?」
「……わたしは、考えにくいと思いました。……だから、別の理由があるのかなと」
「別の理由ってどういうことですか、桜華さん?」
そうやって桜華に質問するのは、人間の少女マチルダだ。
もともとは冒険者ギルドで受付嬢をしていたのだが、俺が孤児院で働いているのを知って、街を出て俺の元までやってきたパワフルな少女だ。
マチルダは人間であり、鬼という生きものを最初【人食いの化け物】だと思い込んでいた。まあマチルダに限らず、この世界の住人はみんなそう誤解しているのだが。
しかしマチルダはここで鬼たちと生活してくうち、鬼が伝承と違って普通の女の子たちであることを知る。
今ではあやねたちや桜華に対して、普通に接せられているというわけだ。
「……わかりません。ですが妙な感じはしました」
「妙な感じ?」
「あー……言われてみればそうね。ちょっとお腹空いたにしては変かも。もってってるのよね、食料を」
「その場で食わずにか?」
こくり、とアムと桜華がうなずく。
「それは変ですね……。キャニスちゃんたちなら、その場でがつがつ食べそうなのに」
うーん、とマチルダが首をかしげる。
「だな。食べ物を持ち帰る理由がわからない」
「持って帰ってみんなで食べてる……とかかな?」
とコレットが言う。
「ラビやあやねがつまみ食いするとは思えないな」
「そうねー……ううん」
考えて結論が出る話には思えない。
「とにかく俺が子どもたちに探りを入れてみるよ」
その後は翌日の仕事の分担を決めて、解散となったのだった。
☆
翌朝も雨だった。
さすがにアウトドア派たちの不満が爆発するぞ……と思いながら、俺は子どもたちを起こしに、2階の子ども部屋へと向かう。
俺が廊下を歩いて部屋へ向かおうとすると、
【! にーさんのあしおとなのですっ!】
【たいへんだー……ぁね】
【おめーらかくせです! コンッ! おめーはおにーちゃんの足止めしやがれです!】
【まかされい】
……部屋の中から、子どもたちの声が聞こえてくる。隠せ……? 何かあるのかと思って部屋のドアを開く。
「とーう」
と言って、びょんっ! と銀の毛玉が飛び込んでくる。コンは俺の顔にしがみつく。
「おまえ何やってんだよ……?」
「にぃにくっつきたいきぶんゆえ」
コンにしがみつかれてるため、視界がふさがれている。
「離れろって」「やーん。にぃからはなれたらみーしんじゃう。ばくはつするー」「因果関係がわからん……」
その間に部屋の奥からは、「かくせかくせ」とキャニスの声。
「何を隠してるんだ?」
「なにもかくしてない。あえていうならしんじつをかくしてる」
「隠してるだろそれ……」
ややあって「コンちゃんっ。もういいのですっ」とラビの声が背後から聞こえてきた。
ひょいっとコンが俺から降りて足下に着地。
「にぃ、めいわくけたね。おわびにしっぽさわる?」
コンがお尻を突き上げて、きつねシッポを俺にふぁさふぁさと振るってくる。
「いやいい。……それよりおまえら、何を隠してるんだ?」
子ども部屋にいるキャニスたちを見回して、俺が尋ねる。
「べつになにもかくしてねーです」とキャニスが明後日の方向を見て言う。
「おいらはなにもしらないよー……ぉ」と足下を見てあやね。
アカネとラビは自分の口を手で塞いで、何もしゃべろうとしない。
「おまえらな……正直に言えば何も言わないって」
「しょうじきもなにも、なにもかくしてねーです! おめーらめしにいくぞ、めしー!」
と言ってキャニスたちがすてててて、と俺の横を通り過ぎていく。最後にばささ……っとレイアが俺の横を通り過ぎていった。
「……何かあるな、こりゃ」
しかもどうやら子どもたち全員がグルのようだ。
俺は子ども部屋をぐるりと見やる。何かを隠していた。怪しい場所は……クローゼットの中だろうか。
俺は移動してドアを開く。
中には……
「何もいねえか」
しかし何かがいた痕跡はあった。クッションに毛布。食い物があたりに散乱していた。なにかがここで飯を食っていたようだ。
「クローゼットの中でか? こんな狭い場所で?」
キャニスたちは身長が小さい。とは言えさすがにこんな狭い場所に入っているのだろうか……?
結局結論を出せず、俺は子供たちの部屋を後にし、1階の食堂へと戻ってくる。
テーブルの前に子供たちが飯を食っている。
「うめー!」「めだまやきにはせーゆだね」「せーゆってなんなのです?」
キャニスとコンは勢いよくご飯をかっこんでいる。
「らびちゃん、かおにおこめついてるよー……ぉ。とったげるー……ぅ」
「あやねちゃんありがとなのですっ! アカネちゃんの顔にもついてるお米とってあげるのです!」
「あんがと、ラビちゃん」
子供たちがめいめい、食事を取っている。食っている間の様子に違和感はない。
「あれ、レイアは?」
ふと竜人の少女がいないことに気がつく。
「レイアちゃんならもうご飯食べてどっかへ行っちゃったわよ」
調理場からコレットが顔を出して、俺にそう言う。
「もう? 早すぎないか?」
ついさっき部屋を出て行ったと思ったのだが。
「ごちそうさまするまではイスに座ってろっていったのに」
あとでちゃんと言って聞かせておこう。
子供たちがご飯に夢中の間、俺はこっそりコレットと会話する。
「……どうだった?」
「……わからない。ただ何かを隠してるのは確かだ。部屋にその痕跡があった」
「そう……」
くす、とコレットがおかしそうに笑う。
「どうした?」
「ん、なんかこういうの、新鮮だなって思って」
「新鮮?」
「うん。あの子たち、みんな素直で良い子たちじゃない? めったに駄々こねたりわがまましない良い子なのよ。迷惑もかけようとしない。ましてや隠し事なんてしなかった子たちが……」
嬉しそうにコレットが笑う。
「大人に隠れて子供たちでこっそり秘密を共有するなんて初めてなのよ。だから新鮮だなーって」
なんだかんだいってキャニスもコンもコレットが困るようなことは今までしてこなかった。ご飯が欲しいとは言うけど、びーびーないて気を引こうとかはしてこなかったしな。
「何を隠してるのか知らないけど、わたしは良いことだと思うし、そっとしておいてもいいかなーって思ってるわ」
「……だな。子供の遊びの輪に大人が入ってくのは無粋だもんな」
うん、と俺たちはうなずきあう。こうして、何か大きなトラブルがない限り、子供たちの隠し事については、何も追求しないことにしたのだった。
お疲れ様です。次回コソコソしてた理由が判明します。
次回もよろしくお願いします。




