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【完結】善人のおっさん、冒険者を引退して孤児院の先生になる 〜 エルフの嫁と獣人幼女たちと楽しく暮らしてます  作者: 茨木野


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52.善人、エルフ嫁の抱える問題を認識する

いつもお世話になってます!




 孤児院みんなで海へとやってきた、その日の夜。


 寝苦しくて夜風に当たっていると、コレットと鉢合わせる。


 俺と彼女は、夜の海岸へと向かうのだった。


 別荘の裏にはウッドデッキがあり、そこから海を一望できる。少し高い場所にたってることもあって、眺めは最高だ。


 それでもあえて、コレットは海沿いを歩きたいという。俺は彼女と手をつないで、海を横目に、砂浜を歩く。


「夜風がきもちいいね、ちょっと肌寒いくらい」


 コレットはミニスカートにパーカーという装いだ。


「ちなみにこの下は何も着てない……っていったら、ジロくんどうする? 野獣になる?」


「わくわくした目で見るなよ」


 俺は自分が着ていた上着をコレットの肩にかけてやる。


「ジロくん本当に大人になったねー」

 

 コレットが上着に袖を通して、にこーっと笑う。


「寒がってる女性を見て服を掛けてやれるようになるなんて。成長したな、先生は嬉しいぞ!」


 きゅっ、とコレットが俺の腕にしがみついてくる。彼女の方が背が小さいので、俺は見下ろす形になる。


 コレットの顔が、すぐ近くにある。彼女の耳は……エルフサイズになっていた。


「コレット、さ……」


 なるべく深刻にならないよう気をつけて、尋ねる。


「夜中なのに、魔法薬、飲むんだな」


 コレットは飲むと外見を変えることのできる水薬を作ることができる。

  

 前に王都へ子どもたちを連れて行ったとき、獣人として差別されないよう、この薬を飲まして外見を変えた。


 これを飲めば異なる姿を手に入れられる。コレットはこれを飲んで、自分の耳を、ハーフエルフのそれから、エルフの長耳に変えていた。


「…………」


 俺の指摘に、コレットは答えない。だまって俺の腕にしがみついて、ふたりで歩いている。


「ここへ来るときも、あと外で遊んでるときもそうだった。コレット、ちょっと薬飲みすぎじゃないか?」


 飲み過ぎて逆に気になってしまう。副作用とかの話しじゃない。なぜそんなにも薬を飲むのか。どうして、そんなにもエルフ耳を保とうとするのかと。


「……ジロくんは、名探偵かなにかかな?」


 ぴたり、とコレットが立ち止まる。


 コレットが俺を見上げてくる。それは哀れんでいるようでも、さげすんでいるようでもなかった。ましてや楽しそうでもなかった。


 疲れているというか、自嘲的というとか、とにかくいつもの明るい笑顔でないことは確かだった。


「何か悩みでもあるのか? 聞くぞ」


「…………」


 きゅっ、とコレットが下唇を噛む。「でも……」と小さくつぶやく。


「遠慮すんなよ。俺たち夫婦だろ」


「ジロくん……」


 するとコレットは俺の手を引いた。


「ちょっとすわろ」


「ああ……」


 俺たちは砂浜にしゃがみ込む。さざ波が足に少しかかるくらいの位置に座る。


 目の前には夜の海が広がっている。雲はなく、たくさんの星が空をまたたき、それを海が映して、星を水の中に孕んでいるようだ。


 晴れた夜空に、まん丸い月が浮かんでいる。地球で見るときよりも、それは大きく見えた。銀色の光りがコレットの白い肌に反射して、本当に彼女は妖精なんじゃ無いかと思った。


「ジロくんや」


 俺の隣に座るコレットが口を開く。


「どうした。悩みを言ってみろ」「足の間に挟んでくれない?」「んんっ?」


 てっきり悩みが飛び出すものと身構えていたのだが……。


「こう、後ろからね、ぎゅっとされながら座りたいの。足の間にわたしが座って。だめ?」


「いや……まあいいけど」


「では失礼して♡ んしょ、んしょ」


 コレットが中腰になり、俺のヒザとヒザの間に体をすとんと落とす。俺の胸板に体重をかけるように、もたれかかってくる。


 眼前にコレットの美しい金髪がある。ポニーテールになっているから、白いうなじが見えてエロかった。


「後ろからギュッとしてくれると嬉しいな」


「はいよ」


 とりあえずコレットの言うとおりにする。体を包み込むようにして、俺は抱きしめる。二の腕のぷにっとした触感が、実に気持ちが良い。


「そのまま押したおしても良いんだぜ」


「ふざけてるのは、本当は言いたくないからなのか? それとも本当に押したおして良いのか?」


 俺がそう言うと、コレットは「どっちも……」と小さくつぶやく。


「コレット。遠慮すんなって。なにを気にしてるんだよ」


 コレットは俺にもたれかかってくる。俺の腕に自分の手を乗せて、きゅっ……と力を入れる。


 まよっているようだ。あのね、とか、その、とか、言おうとしてはやめてを繰り返す。


 俺は彼女の言葉を待った。時間はある。眠くはあるが、それよりこのエルフ嫁の悩みを聞く方が最重要事項だ。


 辛抱強く待った。途中、何度かコレットがもう帰らないと言ってきたが、無視して後からギュッとした状態を解かなかった。


 やがて彼女は、長い沈黙を経て言葉を口にする。


「……前に、ジロくんにいったよね。わたし、ハーフエルフだって話し」


 俺がコレットに告白した時の話しを指して言っているのだろう。


 コレットはあのとき言った。自分は混じり物……ハーフエルフである。


 なのにエルフであるように偽装していた。みんなを騙していた。だから……俺に愛される資格はないと、そう言っていた。


「あのとき、ジロくん不思議に思わなかった? どうして、ハーフエルフであることを隠していたのかって」


「いや、ぜんぜん」


「……そっか。そうだよね。ハーフエルフにしか、わからないよね」


 しゅん……とコレットのエルフ耳が、垂れる。俺はコレットの耳を両手で摘まんで、ぴーんと伸ばす。


「わわっ、もー、ジロくんいきなりどうしたのっ? びっくりするよっ」


 ぷー、とコレットが頬を膨らませる。


「いや、その垂れた耳はかわいいけど、コレットには似合わないって思ってさ」


 俺はエルフ耳から手を離す。薬の効果が切れたのか、サイズが元に戻っていた。


 コレットが慌てて、服の中から、水薬を取り出す。飲もうとしたので、俺はそれを取り上げる。


「どうして薬を飲もうとするんだ?」


「……だって、ハーフエルフだって、みんなにバレちゃうじゃない」


「別にハーフエルフだからなんだよ。混じり物だからなんだよ。コレットはコレット。前にもそう言っただろ?」


 見た目なんて関係ない。耳の長さなんてどうでもいいじゃないか、と俺は思った。


 コレットは嬉しそうに笑ったあと、さみしそうな顔になって、首を振った。


「ジロくんは……特別だよ。そう言ってくれるのは……ジロくんだけ。ほかのひとは、違うから」


「他の人……?」


「うん。たとえばジロくんの出身の、村の人たち。わたしがハーフエルフだってわかったら、どうしたか……覚えてる?」


 よく覚えてる。忘れたくても忘れられない。


 コレットは外見を変える魔法の薬がきれてしまい、ハーフエルフであることがばれてしまった。


 村の大人たちはコレットがハーフエルフだと激怒。村を追放処分くらっていた。


「ハーフエルフはね……やっぱりみんな嫌ってるの。人間だけじゃなくて、エルフは特にそう」


「エルフ……」


 エルフ。アルヴとも呼ばれている。主にこの国の北側、北森ほくしんという地域に生息する種族だ。


 男も女も皆美しいという。でもコレットには絶対にかなわないって確信はあるが。


「エルフは特に純血を重んじているの。人間の血が混じっているわたしは、異端だったの」


 コレットは母親がエルフ、父親が人間だという。母はコレットがハーフエルフだとばれないよう、魔法薬をつくって娘をエルフだと偽装していた。


 だが母親が死に、魔法薬の供給が絶たれた結果……薬が切れて、コレットはハーフエルフであることがバレた。


 その結果故郷を追われて、俺の村へ流れ着き、そこでも追放処分を食らって……森の中の孤児院へとたどり着いた。


「追い出された日の出来事がね、今でも夢に出てくるの。昨日まで仲良くしてくれた友達が、わたしに石を投げてくるの。優しかったおばあちゃんが、汚い言葉でののしってくるの。まじりものだって。ハーフエルフだって」


「コレット……」


 彼女はうつむいて、自分の腕をきゅっと抱く。


「獣人孤児院に流れ着くまでは、毎晩のようにみてたの。孤児院に着いてからは少し緩和されたし、ジロくんがウチに来てからは、夢見る回数は減ったんだ。けど……それでも……」


「まだ……夢には見るんだな。ハーフエルフだってバレたときのことが」


 コレットはうなずいて、それ以上何も言ってこなかった。


 ……そうか、とようやく得心がいった。


 コレットがなぜ、ここまで神経質に、外見をエルフ耳にかえる理由。


 それは、過去の、追放されたときの、周りの反応が、彼女にとってトラウマになっているのだ。


「孤児院の中にいるときは薬飲まないよな」


「うん。みんな優しいから。ジロくんみたいにみんな優しくて……。でも……外は、怖い。ふとした拍子でハーフエルフってばれて、また酷いことされるんじゃないかって……」


 だから外出の時だけは、外見を変える薬を飲んでいたのか。


「車で別荘向かうときに、震えていたのって……。もしかして海水浴客たちが怖かったからか?」


「……うん。やっぱり孤児院の人たち以外は、怖いんだ」


 ちょっとした対人恐怖症に、コレットはなっているみたいだった。


 薬が手放せないのは、外の人が怖いから。薬を服用し忘れて、ハーフエルフとバレてしまい、昔みたいに、周りから酷いこと言われたりされたら……。


 そう、彼女は思っているみたいだった。


「…………そうか」


 ここで辛かったな、と同情の言葉をかけてやるべきだろうか。俺にはわからない。結局俺は種族が違う。追放された経験もない。


 だからコレットの辛い気持ちを、100%理解してやれることは、不可能だ。


 ……それでも、俺は。


「辛いよな。それ」


 と、同情の言葉を投げかけた。


「…………ジロくん」


「わかってる。おまえの辛い気持ち、完全にわかることはできない。おまえに何がわかるって思われても当然だろうけど、それでも……」


 それでも、俺は。


「おまえの辛い気持ち、一緒に分かち合ってやりたい。少しでもおまえの辛さを共有したい。それで、おまえが少しでも、気持ちが晴れるのなら」


 重い荷物は、ひとりでなく、ふたりで抱えたい。だってそれが夫婦ってものだろう。


 たとえ完璧に相手の悩みをわかってやれないとしても、だからといって他人事のように突き放すのは間違っている。


 夫婦ならなおさらだ。相手のことは相手にしかわからないと、思考を停止するのではなく、わかる努力をするべきだ。……と、俺は思う。


 俺の気持ちを伝えると、コレットは「うれしい……」とつぶやいた。


 コレットがくるっ、とからだを反転させる。


 蒼海を彷彿とさせる青い瞳は、涙がたまって、こぼれ落ちていた。


「……うれしいよ、ジロくん。本当にうれしい……。あなたに辛かったねっていってもらえて、本当に本当に、嬉しいよぉ……」


 同情してもらえることが、コレットには嬉しいようだ。そうだよな。故郷からも、村からも、ハーフエルフだってカミングアウトしたときには、問答無用で追放処分食らったもんな。それも攻撃的な言葉を浴びせられながら。


「……よかった。あなたがわたしの夫で、本当に、良かった。やさしいあなたが、わたし……だいすき」


 俺にコレットがキスを求めてくる。俺はコレットの、意外に小さな体を抱きしめて、コレットのぬくもりを感じながら、キスをする。


 コレットの耳が、ぴくぴくと気持ち良さそうに震える。俺はその耳を見ながら……思う。いつか……と。


 いつかこの子が、自分の耳の長さを、偽らない日が来れば良いのにと。


 そう、思う。



    ☆



 翌日の夕方に、俺たちはディーダを離れた。


 銀鳳の鎚には、2泊して帰ると伝えてあったのだ。


 俺たちは来るときと同様に、車を飛ばして、孤児院のあるソルティップの森を目指す。


「すぅ……すぅ……」


「うーん……むにゃむにゃ。もうたべれない。なんてべたなねごとを」


 後部座席には、行きと一緒で、ラビとコンが座っていた。ラビは安らかな寝息を立てている。


 コンは自分のボケに自分でツッコミを入れる……という器用なマネをしていた。起きているのか?


 いやでもきつねシッポがぐんにゃりとしているから、多分眠っているのだろう。


「ジロくん、楽しかったね」


 助手席にはコレットが乗っている。帰りに運転する! とか言い出したので、全力で全員で止めた。


「ああ、そうだな。すごい楽しかったし……それに……」


 俺はコレットを見やる。

 

 助手席に座る彼女は、やはり、エルフの長い耳になっていた。また、魔法薬を飲んでいるのだろう。


 帰り道、ほとんど誰ともすれ違わなくても、それでも彼女は、外に出るときは外見を偽るみたいだ。


「車の中でも無理か?」


「…………ごめんね」


「いや……あやまることじゃない」


 俺はハンドルを操作して、孤児院を目指す。太陽が沈みかかっている。早く帰ろう。

 俺は運転しながら、まっすぐの道を、ゆっくり走る。少しばかり物思いにふける。


 コレットは、思った以上に、追放されたときのことをトラウマに思っているようだった。


 自分がハーフエルフだと、周りから酷いことをされる。そう思っているからこそ、外に出るときは、魔法薬でエルフに姿を偽るのだ。


 今回、俺はこの旅行で、嫁の抱える問題を知った。


 それを知って俺は……。


 俺は……。


「なあ、コレット」


「ん? なに?」


 ハーフエルフの夫として、できること。それは……彼女の抱える問題を、一緒に考えてやること。どうにかしてやること。


「今度さ……すぐじゃなくて良いから、ふたりで旅行でも行かないか。ほら、新婚旅行、まだだったろ」


 このまま孤児院へ帰る。孤児院の中にいれば、確かにコレットはずっと幸せかも知れない。


 けどじゃあ一生あの森の中で過ごすのか? それは……かわいそうに思えた。


 少しずつで良い。俺は、コレットに魔法薬を使わないでいられるようになってもらいたい。


 ハーフエルフである自分自身に、自信をもってもらいたい。少しずつで良いから、ちょっとずつでいいから、もう少し、外に普通に出れるようになってもらいたい。


 薬なんて飲まないで。


 エルフだと偽らないで。


 コレットはコレットのまま、自由に、この世界を生きてもらいたい。自分らしく、自分らしいままに、生きてもらいたいのだ。


 新婚旅行も、そのいっかんだ。外に普通に出れるようになる、練習。


「辛かったら俺が支える。コレットを差別するやつがいたら俺がそいつをぶんなぐる……まではいかないが、それでも俺はおまえを守る」


 たとえ全世界の人間が、コレットを敵に回したとしても、俺は彼女の、味方でいる。


「…………ありがと」


 ひく……ぐす……とコレットが自分の顔を手でおおって、涙を流す。


 俺は彼女の頭を、ぽんぽん、となでて、ハンドルを握りなおす。


 夕暮れの中、俺は思う。もっと彼女が、自分自身のことを好きになってもらえるように、できるように……支えてあげるのだと。


 海からの帰り道、俺は改めて、そう思ったのだった。





お疲れ様です!これにて8章終了です。コレットの抱える問題は、時間をかけて解消していく感じになります。少しずつハーフエルフである自分自身を好きになっていけたらいいなと思ってます。


さて次回は9章。9章は夏が終わって秋に入ります。まだ最初は残暑がきびしいですが、徐々に秋らしくなってきて、秋らしいことをやってこうと思います。


そんな感じで次回9章もよろしくお願いします!


ではまた!

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