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【完結】善人のおっさん、冒険者を引退して孤児院の先生になる 〜 エルフの嫁と獣人幼女たちと楽しく暮らしてます  作者: 茨木野


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05.善人、あこがれの人に告白し、先生になる

お世話になってます!



 獣人幼女たちとコレットの作ったビーフシチューを食った、その日の夜のことだ。


 飯を食ったあと、子供たちは年長者のアムに預け、コレットは俺を自室へ連れてきた。


「どうぞ、中に入ってジロ君」

「失礼します」


 自室、と言っても昔物置に使っていた場所を、コレットが使用しているだけらしい。

 だからか。女性の部屋にしては、家具がまったくなかった。


 化粧をするための鏡もなければ、衣装を締まっておくためのタンスもない。


 ランプと小さなテーブル(壊れかけ)。写真立て。


 ベッドはなく、かわりにわらにシーツを乗せていた。


「先生……」


 先生の自室からは、この孤児院の経済状況がよく見て取れた。


 よほど金がなかったのだろうな。


 そんな中、少ない金で、子供4人をひとりで育てたコレットの苦労が忍ばれる。


 さて当の本人はと言うと、


「先生、どうしてそんな部屋の端っこにいるんですか?」

 

 6畳ほどの物置。


 エルフ少女のコレットは、部屋の端っこに佇立していた。


「きにしないでジロ君。私、隅っこが好きなの、定位置なの」


「そんな猫みたいな……」


「きにしないでジロ君。私、猫が好きなの、猫なの」


「せ、先生っ……?」


 どうしたのだろうか、この人。


 コレットは隅っこに立ったまま、にこやかな表情を浮かべている。


 俺が子供の頃からあこがれて、だいすきだった、先生の笑顔。


 だがなんだろう……笑顔が凍り付いていた。にこにこーっという表情のまま、顔のパーツが微動だにしてない。


「なにかしらジロ君?」


「いや……なんか先生が変だなと」


 言って、ちょっと失礼だったかなと反省する。


「まあジロ君。女の人に変だなんて、言ってはいけませんよ」


 笑顔のままコレットが指摘してくる。その様はいつも通りだった。


「すみません、変だとかおかしなこといって」

「ううん、いいよ。気にしないで」


 そこにはおとなの女性特有の、余裕が感じられた。やっぱりさっき感じた異変は気のせいだったか。


「でもジロ君、どうして私のこと変っていったの?」

「いや、なんか先生、部屋に入ってから挙動が変だなーって。なんか俺のこと避けてます?」


 今も部屋の端っこから、こちらに近づいてこようとしないし。


 俺の問いかけに、コレットは普段と変わらない調子で、 


「そんなまさかそんなことまさかそんなそんなまさかまさか」


「せ、先生!?」


 前言撤回、全然普段と変わらなくねえ!


 どうしたんだ? ほんと。


 コレットは「ハッ……!」と我に返ると、「こほん」と咳払いをし、


「立ち話もあれだから、座ってお話ししましょう」


 コレットは部屋のすみっこにころがっていた、脚のぶっ壊れたイスをひとつ、比較的損壊のないそれをひとつ用意する。


 壊れてない方を、コレットが俺に勧める。


「大丈夫です。こっちの壊れてないのは先生が使ってください」


「でもジロ君は……?」


「自分のは、自分で出しますんで」


 そう言って、俺は特殊技能スキル【複製】スキルを発動させる。


 ……今日、6回目の複製。


 本当なら、できないはず。


 でも今の俺は、【できる】という確信に満ちている。理由はわからないけど。


「【複製】開始→物体→木製長いす」


 右手から光りが瞬き、俺のイメージ通りのイスが出現する。


 何の変哲もない、木のイスだ。


「いつ見てもジロ君の特殊技能はスゴいわねえ」


 コレットが感心したようにうなずいている。


「先生のおかげです、ここまで自在に使えるようになったのは」


「ううん、ジロ君が頑張り屋さんだったからよ♡ ダイヤモンドの原石を持っていたとしても、研磨しないと輝きは手に入らないわ」


 俺が頑張ったから……か。


 まあそれは事実なんだが、動機は不純だ。

 俺は単に、口実が欲しかったのだ。先生とふたりきりであう、口実。


 それが欲しいから、俺は特訓を頑張っていた節がある。あと先生に褒めて欲しかったってのもある。


「ジロ君?」


 コレットが小首をかしげる。十数年前と寸分変わらない、美しいエルフの少女がそこにいた。


 流れるような金髪、異国の海のように澄んだ色をした瞳。


 真っ白な肌。男を魅了してやまない大きな乳房と尻。折れそうなほどくびれた腰。


 子供の時から俺は、このひとがエルフじゃなくて、本当は妖精なんじゃないかと、何度も思った。


 そしてこの妖精のことが、俺は好きだった。


「すんません、ぼうっとしてました」


「ふふっ♡ あこがれの女性を前に緊張しちゃったのかなー」「はい、その通りです」「なーんて冗談よ♡ からかってごめん…………んんっ!?!?」


 コレットの目が驚愕に見開かれる。


 唇をわななかせながら、「い、いまなんて?」とコレットが聞き返してくる。


「え、だからあこがれの女性を前に緊張しているって言ったんですよ」

「へ、へえ……。そっかー…………そ、ソウデスカ」


 コレットは肩を縮めて、もにょもにょと口を動かし何かをつぶやく。


 小さくて聞き取れなかった。


「……………………」


 コレットはぴしっと硬直したままだ。


 時間ばかりが過ぎていく。


「先生? どうしたんですか?」

「ドウモシテナイヨ。キニシナイデ」


「いや気にしますよ。それになんでゴーレムみたいなしゃべりかたを?」

「キニシナイデ。イツモドオリヨ」


 全然いつも通りじゃないんですがそれは……。


 しばらくゴーレムになっていたコレットは、おもむろに立ち上がると、


「オチャヲイレテクル。シバシマタレヨ」


 そう言って部屋を小走りで、


 ずでんっ!「きゃー!!」……訂正、急ぎ足で、慌てて出て行った。


「なんなんだ、いったい……?」


 あきらかに挙動がおかしいぞ、今のコレット。


 普段はもっと余裕があるような気がするんだが。


 おかしくなったのは、夕食の席で、ここで働きたいことを告げてからだ。


「なんか失礼なこと言ったか、俺……?」


 いや、思い返してもおかしなことは言ってない……と思うんだが。


 なんだろうね、ホント。



    ☆



 しばらくしてコレットが戻ってきた。手ぶらで。「おい」


「あ、あらジロ君。なにかしら?」


 さっきのゴーレムコレットではなくなったものの、視線がきょろきょろとせわしない。


「お茶いれてくるんじゃなかったのかよ……」


 それが手ぶらっておまえ、いったい何しに出て行ったんだ? と思ってしまう。


「えと、えーっと……。ごめんなさい、茶葉切らしてたの」

「ああー…………そうなんだな」


 なるほど、ならしかたないか。


「ええ、そうなのよ……。ふふっ」


 くすり、とコレットが笑う。


 さすが美少女。微笑むすがたもまた絵になった。


「なつかしいなー。そう、ジロ君ってそういうしゃべり方だったわよね、昔は」

「え、そ、そうだっけ……や、そうでしたっけ?」


 ずっと敬語使ってた気がするんだが。


「いいのよ、無理に敬語使わなくて」

「いや無理じゃないんですけど……まあ、先生が良いっていうなら」


 そう言えばいつからだろうな、先生に敬語を使い出したのって。


 たぶん異性として意識しだした頃からだろう。


「そうそう、昔のジロ君はちょっと粗野なしゃべりかたがかわいかったわ♡」

「やめてくれ。はずいから」


 くすくす、と俺たちは昔を思い出して笑う。


 ややあって、


「さて、じゃあジロ君。そろそろ真面目なお話ししましょうか」


 コレットがすっ、と背筋をのばすと、


「ジロ君、まずは借金を肩代わりしてくれて、本当にありがとう。ほんとうに、助かったわ」


 改めてコレットが礼を言ってくる。


「気にすんなって。恩を返しただけだから」


 半分は本当で、半分はウソだ。


 好きな女性が借金の形に連れていかれそうになったのを、黙ってみてられなかっただけだ。


 俺の言葉に、コレットは「嬉しいわ……」と返事を寄こす。


 けどその顔は、とても喜んでいるようには見えなかった。


 真摯さがあった。真面目さがあった。


 もっと簡単な言葉で言うのなら、俺に対する【壁】があった。


「このお金は、ジロ君にちゃんと返します。時間は多分、すごくかかるだろうけど……。でも、絶対に返すから。安心して」


 それを聞いて俺は。


 俺は……凹んだ。


 俺は金を貸したのではなく、あげたのだ。

 俺は聖人君子ではない。金貨1万枚という大金を、知らない人間にぽんと貸したりあげたりは、決してしない。


 相手が、コレットだったから。


 俺があこがれ、そして惚れた女が相手だったから、俺は大金をまよわずに払えたのだ。


 ……俺は、コレットに悟って欲しかったのだ。


 俺が彼女の借金を肩代わりしたのは、コレットのことが好きだから、特別だから、大切だからだと。


 ようするに、俺の行動の中から、コレットへの好意を悟って欲しかったのだ。


 ひょっとして、わたしのことが好きだから、あんなことしてくれたのかもしれない……。


 そう思って欲しかったのだ。


 だがコレットは金を返すと言ってきた。


 困っているひとがたまたまいたから、俺が金を貸したと……思われてるわけだ。


 違うんだよ。そうじゃない。あなただからなんだよ。


「ジロ君? どうしたの、顔色悪いわよ?」


 コレットが気遣わしげに、俺の顔を見てくる。


 俺が黙っていたのを、体調不良と勘違いしているのだろう。


 ……違うんだよ。凹んでたんだよ。あなたに好意が伝わってなくて。


 もどかしくてしょうがなかった。


 どうして思いはコレットに伝わってくれないのかと。


「ジロくーーー」「先生」


 なおも無邪気に俺の体の心配をしようとしている、コレットに。


 俺は我慢できず。


 立ち上がって、彼女そばまでいく。


 コレットは俺のただならぬ雰囲気に気圧されて、立ち上がり、1歩引く。


 俺は距離を詰めて、彼女の手を掴むと、


 ーーコレットをぎゅっと、抱きしめたのだった。 



    ☆



 エルフの少女、コレット。


 スレンダー美人の多いエルフにしては、コレットの体つきは豊かだ。


 胸板やや下のあたりに当たる、大きくてふくよかな乳房。


 水でもつまっているみたいに柔らかく、そして張りがあった。


 俺の体に押しつぶされて、乳房がぐにゃりとひしゃげる。


 俺に抱きしめられたコレットの体温が、急激に上昇する。


 生暖かく、大きく柔らかな乳房は、触れているだけで気持ちが良く、いつまでもこうしていたかった。


「じ、ジロくんっ!?」


 コレットが素っ頓狂な声を上げる。


 おそらく俺の奇行(と向こうは思っている)に、びっくりしているのだろう。


「先生、ごめん、でも、俺……もう我慢できなくて」


「が、がまん? なにを?」


 視界端に写る、コレットの長い耳が、先端まで真っ赤になっている。


 俺は彼女を抱きしめたままいう。


「俺、コレットが好きなんだ」


 聞き間違いや、聞き漏らしがないよう、俺はコレットの耳元で、しっかりと意思を伝える。


「…………っ!!」


 コレットの体が、ぴくんっ、と硬直する。真っ赤だった耳が、ぴーんっと上を向く。


「俺、子供の頃から先生のことが好きだったんだ。いつか先生に好きだって言いたかった。でも、先生は大人で、俺は子供だった。だからずっと我慢していた。俺が大人になるまで、告るのは」


 1度好きだと伝えたら、胸にしまっていた言葉がすらすらと出た。


「先生が村からいなくなって、俺すごく後悔したよ。なんでもっとはやく思いを伝えておかなかったんだって」


 俺の言葉を、コレットはじいっと聞き入っていた。


 いやなら、ぐいっと押しのけることができただろう。


 だのに、コレットは俺に抱かれたまま、微動だにしてなかった。


 真っ赤になった耳だけが、せわしなくぴくっ、ぴくっと痙攣していた。


「だから俺、決めてたんだ。もう我慢しないって。先生に再会できたら、我慢せずに思いを伝えようって」


「じろくん……」


 コレットのくびれた腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。


 彼女の張りのあるヒップに手が当たる。


「先生、俺は先生が好きなんだ。先生が好きだから借金を肩代わりした。他のどうでも良い人間が相手なら、あんな大金わたしたりしない。先生だからだ。大好きなあなたが困っていたから、助けたかったんだ」


 俺は長いセリフをいっきに言い終えて、一息つく。


 相手のリアクションを無視して、ここまで矢継ぎ早に言葉を発したのは、怖かったからだ。


 先生に俺の好意を拒まれたどうしよう……と。


 相手の反応を見ながらだったら、きっと俺はへたって最後まで、先生への思いを言えなかっただろう。


 ゆえに相手を無視して一方的に話す、というともすれば失礼に当たる行為におよんだわけだ。


「ジロ君」


 しばらくして、コレットが俺の名を呼ぶ。

 そこには動揺はなかった。混乱もなく、理性がきちんとある。


 つまり……俺への返事が、頭の中にあるということだ。


 俺は1度抱擁を解く。


 俺より背の低いコレットが、俺を見上げてくる。


「……ありがとう。あなたの気持ち、とっても嬉しかった」


 ……どきんっ、と心臓が嫌な感じで脈打つ。


 明らかにこのあと、肯定的なワードが来るようには思えなかった。


「でもね」


 ああ、やっぱりと思いながら、俺は彼女の言葉を待った。


「ごめんなさい」



    ☆



 ……ショックはさほどでもなかった。


 当然だ。

 

 だって相手は美しいエルフなのだ。


 俺のような平凡なおっさんとでは、釣り合わないと、告った俺自身がよくわかっていたからだ。


「理由、聞いて良いか?」


 コレットは目を伏せながら言う。


「だって私……まじりものだから」


 俺を振った理由を、コレットが口にする。けどそれは、俺の予想に反したものだった。

 てっきり、【ジロ君は私にとって生徒だから、異性としてみられないから】とか。


 単純に好みじゃないから、とか、そういう理由で振られたのだと思った。


 だが出てきたのは、【まじりものだから】という、いささか得心しがたいものだった。


「まじりものって……どういうことだ?」


 俺がたずねると、コレットは言う。


「ジロ君。再会したとき、ふしぎにおもわなかった?」


「ふしぎに思う……?」


「私の見た目。どこか違うなってところなかった?」


 そう言われて、思い当たる部分があった。

 再会したコレットは、俺の子供の頃と、寸分違わない容姿をしていた。


 だがある一点だけ、彼女は昔とどこか違った。


 俺はコレットの顔を、否、側頭部から生える長い耳を見やる。


 コレットはエルフだ。長い耳はエルフの象徴だ。


 だが……子供の頃みた耳の長さより、今のコレットのそれは、いささか短いのだ。


「そう……正解」


 コレットは自嘲的に笑いながら、懐から小瓶を取り出す。


 中には水薬が入っており、コレットはそれを一口飲む。するとーー


「耳が……長くなってる」


 コレットの耳が、しゅっ、と伸びて行くではないか。


「これは【外見詐称薬】。飲んだひとの見た目をかえる、魔法の薬なの」


 眼前のコレットが、記憶の中の先生の姿のまま言う。記憶の中にいる、長い耳をしたエルフの少女のまま。


「これを飲んで、耳の長さを偽装してたの」

「それは……」


 どうして、と言う前に、なんとなく理由を察してしまった。


 長い耳はエルフの象徴。先生は外見を偽っていた。元々は短い耳。


 そしてーー【まじりもの】という単語。


「先生は……ハーフエルフなんですね」


 正解、とコレットが小さく笑う。弱々しい笑みだった。


 自分をさげすむ、卑屈な笑い方だった。


 ……見ていて、辛くなる笑顔だった。


「そう、私はハーフエルフ。純血のエルフじゃないの。人間との間にできたまじりもの。だから私は、故郷を追われて、そして……」


「俺の村も、追放された……と?」


 コレットはそれ何も言わなかった。


 無言は肯定であると、文脈から容易く想像できた。


「エルフは純血を重んじる種族なの。ハーフエルフは混じり物だと、まがいものだと、そういう共通認識があったの」


「でも……実家を追われたのって先生が結構成長して大きくなってからでしょう?」


 俺の村に初めて来たコレットは、きれいな大人の女性だった。


 ということは、実家である程度過ごしていたということになる。


「母方がエルフなの。父親は人間。お母さんが周りにバレないようにって、魔法薬を作ってくれてたの」


「ああ、エルフとして偽装しながら生きてたんだな」


「そう。でも私が成人してしばらくした、ある日、お母さんが死んじゃったの」


 エルフの成人は、人間換算で18歳くらいのことを言うらしい。


「母が死んだ当時、私はまだ魔法薬の作り方を完全にマスターしてなかったの。つまり、」


「薬の在庫が切れて、偽装がバレたのか」


 偽装薬を作っていた母が死んだ。つまり偽装できなくなった。


 ハーフエルフであることがバレて、故郷を追われたと。


「その後里を追われた私は、しばらく放浪しながら、薬の研究に打ち込んだの。でも移動しながらだとどうしても集中できなかった。1カ所にとどまって研究がしたかった」


「だから……俺の村に来たのか?」


 コレットがうなずいて、俺に背を向ける。

 物置であるこの部屋にも窓があった。


 窓の外を見ながらコレットが続ける。



「魔法薬は不完全だけど作れるようになってたの。不完全な偽装薬を使って、ジロ君の村に入った。エルフと身分を偽って、おいてくれないかって」


 コレットの声には涙が、悲しみが混じっていた。


「あとはジロ君の知っているとおり。村で医者や教師をやりながら、魔法薬の研究を続けたの。不完全な薬を飲みながら、エルフだとみんなを、ジロ君を騙し続けたの」


 きゅっ、とコレットが自分の体を抱いて言う。細い肩は震えていた。


「そうやってだまし続けながら研究を続けて、完全な魔法薬が完成したの。やっと完璧なエルフなれるって思って、嬉々としてそれを飲んだ。でも……ダメだった。完全だと思った魔法薬は、不完全だったの」


「不完全……?」


「そう……。よりにもよって村の大人たちの集会のときにね、みんなの前で魔法が解けちゃったのよ」


 ……なるほど。


 エルフと思って村にいれた女が、実は身分を偽ったハーフエルフだった。


 村人や村長は、そのことに怒りを覚えて、コレットを追放したというわけか。


 そして偽装を見抜けなかった己の無知さ加減を、子供たちに知られたくないから、コレットが出て行った理由を、子供おれに教えてくれなかった……と。


「…………」


 10数年ごしに、あのときの疑問に対する答えが、期せずして転がり込んできた。


 それを聞いて、俺は……。


 いや……。


 それを聞いても、俺は……。


 俺の、先生への思いは、変わらなかった。

「ごめんね、ジロ君。私、嘘つきなの。身分を偽って、周りから受け入れてもらえるように、必死になってウソをつき続けた、大嘘つきなの」


 コレットは窓の外を見つめたままだ。俺の方を見てくれない。


 俺は立ち上がって、彼女に近づく。


 コレットは俺の気配に気づかず、言葉を紡ぐ。


「こんな嘘つきが……ジロ君みたいな良い子に、好かれていいはずがないの。あなたに好きって言われる資格が、私にはーー」


 ないの、と傷ましく言葉をひねり出そうとする彼女の身体を、


 俺は背後から抱きしめる。


「ジロ君……?」


 コレットの甘い肌と髪のにおいにくらくらしながら、俺は言う。


「関係ないよ。先生がどうであろうと、俺の思いは変わらない。ハーフエルフだからなんだよ。エルフじゃないからなんだよ? そもそも俺が先生を好きになったのは、先生がエルフだからじゃない」


 俺が先生を好きになったのは、


 先生が優しかったからだ。


 医者として働く先生がかっこよかったからだ。


 夜遅くに病人おれが運ばれてきても、いやなかおひとつせずに治療してくれたからだ。


 まだまだ先生を好きになって理由はたくさんある。


 もちろん先生の見た目的な美しさも、好きになった理由の一つだ。だがそれ以外の理由は山ほど、それこそ数え切れないほどたくさんある。


「先生がハーフエルフだろうと、俺には関係ない。エルフのコレット先生が好きなんじゃない。俺はありのままの貴女コレットが好きなんだ」


 コレットが好きだから、俺は大金を失ってもいたくもかゆくもなかった。


 むしろ大好きなコレットのために何かができて、誇らしいくらいだったのだ。


 それらを伝えると……コレットが「……嬉しい」とつぶやく。


「うれしい……ほんとうにうれしい……。ハーフエルフってわかった上で好きって言ってくれたの、ジロ君が初めて……」


 先ほどと違い、その嬉しいには、言葉と気持ちに乖離が見られなかった。


 本当に、うれしそうだった。


「ねえ、ジロ君ほんとう?」


 くるり、とコレットが身を反転させ、潤んだ目で俺を見上げてくる。


「ほんとうに、私のこと、好き?」


 コレットが尋ねてくる。うかがうように、確かめるように。


「ああ。大好きだ。今も昔も、あなたが好きで好きでたまらない」


 言って……ちょっとくさいセリフだったかなと恥ずかしくなった。


「………………あのね、ジロ君」


 ぽそり、とコレットがうつむきながら、小さな声で言う。


「ジロ君にね、さっき私、ウソついてたの」

「ウソ?」


「うん……。さっきジロ君に告白されたとき、すっごくすっごく、とっても、とぉっても、嬉しかったの……」


 コレットは耳を真っ赤にして、ぴくぴくと動かしながら言う。


「でも私はハーフエルフだし、身分を偽ってたし、だからごめんなさいって断ったの。でも……ほんとうは、こう言いたかったの。私もよって」


「それって……」


 コレットが顔を上げる。


 晴れやかな笑顔だった。


「ジロ君、私も、あなたが好きよ」


 ……コレットの返事を聞いたとたん、俺の心の中に、じわじわと温かなものが広がっていく。


 それは言葉にしにくいが、あえて言うなら幸せという感情だろう。


「村に来た当初、みんな私がエルフだからってどこか避けていた。でもそんななか、あなただけが、普通に私に接してくれた。私に近づいてきてくれた。私が孤立しないようにって、いつも私に会いに来てくれた。そんな優しいあなたが、私好きだったの」


 コレットが俺を好きな理由を聞いて、俺は……ちょっと気まずくなった。


「あの、先生。そのぉ……」


 と、そのときだった。


「コレット」「え?」「……コレットって呼んでくれないと、いや」


 ぷいっ、とコレットが頬を膨らませて言う。


「そっか。そうだよな。俺たちもう恋人同士だもんな」

「そうですよ。恋人に先生なんてつけないでほしいわ」


 拗ねたように唇を尖らせるコレットが大変愛らしく、俺は「ごめんな、コレット」と言って彼女の頭を撫でる。


「うむっ、許しましょう♡」


 にこーっとコレットが明るい笑みを浮かべる。


「それでさっきジロ君、なにを言いかけてたの?」


 小首をかしげるコレットに、じゃっかんの気まずさを覚えながら続ける。


「いやあの、コレットに毎日会いに行ったのって、単にあなたに会いたかっただけなんだけど。別に孤立しないようにとか、そういう意味は……うん、まったくなかった、です」


 言ってからちょっとムードぶちこわしじゃね、と反省する俺。


「もうっ。そういうことは言わなくてもいいのに。せっかくのムードが台無しよ」

「めんぼくねえ」


 でも……とコレットが笑いながら言う。


「正直で大変よろしい♡」


 コレットは笑って許してくれた。


 良かった……。


「でもねジロ君。やっぱりムードをぶちこわした責任? はとってほしいなー」

「どうすりゃいいんだ?」


 んっ……♡ とコレットが小さな唇を突き出してくる。


 俺は彼女の肩を抱くと、コレットの瑞々しい唇に自分のものを重ねる。


 彼女の唾液は、びっくりするくらい甘く、そして彼女の唇は、おどろくほど柔らかかった。


 ややあって顔を離す。


「これで許してくれるか?」

「ううん、まだまだ。責任とってっていったでしょう?」


 茶化すようにコレットが笑いながらこう言った。


「責任とって、しあわせにしてよね♡ 私のこと、一生♡」


 それは是非も無いことだった。


「もちろん。元からそのつもりだよ」

「私とつきあうのって大変だよ。私貧乏で、孤児院にいるたくさんのお腹を空かせた子供たちを養っていかないといけないから、大変だよ?」


「関係ないよ。俺が幸せにしてやる。コレットのことも、アムたちのことも、みんなな」


 俺の宣言を、コレットは嬉しそうに耳をぴくぴくさせながら聞く。


 やがて嬉しそうに笑うと、俺に二度目のキスを求めてくる。


 俺は彼女の要求に応え、愛しい恋人と、誓いのキスを交わすのだった。



    ☆


 

 こうして俺は、子供の時からのあこがれの恩師と恋人同士になった。


 そしてそれは同時に、ここで働くことが決定した瞬間でもあった。


 恋人コレットも、子供アムたち

も、俺は幸せにすると決めたのだから。


 そんなわけで、冒険者だったおっさんは、引退して孤児院で先生をすることになった。

 エルフの嫁(予定)さんと、かわいい獣人の子供たちと過ごす、第二の人生が、こうしてスタートを切ったのだった。



これにて第1章終了です。ここまでがプロローグとなっており、主人公の第2の人生がスタートするかんじです。


2章からは孤児院の立て直しに着手してく感じになります。


主人公のスキルを使って、おんぼろ孤児院を立て直しつつ、エルフ嫁といちゃつきながら、獣人幼女たちと楽しく日々を過ごす感じになります。


あと2章からは主人公のスキルのかせ(魔力切れ)がなくなります。いちおう伏線は張ってありましたので、それを回収し、がんがん孤児院を立て直していきます。


そんな感じで2章もよろしくおねがいします!


あと、やる気に繋がりますので、よろしければ下の評価ボタンを押してくださると、大変嬉しいです!


ではまた!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここから、どうやって孤児院を立て直すか? 見せてもらいます!
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