46.善人、海辺の別荘をもらう
いつもお世話になってます!
子どもたちと花火をした、その翌週。
夏も終盤にさしかかりつつあった、ある日のこと。
子どもたちは午前中にプールに入って、昼食を食った後、午後は各自好きに過ごしていた。
と言ってもほとんどの子どもたちは、2階の子ども部屋で昼寝をしていた。
俺は子どもたちにタオルケットを掛けた後、1階ホールへとやってきた。
「コンちゃんはどの漫画がおすすめなのです?」
「ばとるものぜんぱんすきよ。にちじょーけーもすきだけどね」
ホールにはうさぎ娘のラビと、きつねっこのコンが、ソファに座って漫画を読んでいた。
「日常系? どういう漫画なのです?」
「こーゆーの」
コンはソファから降りると、ててて、と漫画の入っている棚へ向かう。数冊とって、ラビに手渡す。
「かわいいおんなのこたちが、わいわいするまんが。とてもいやされる」
「?」
「こどもにはまだそのよさがわからぬか。いいよ、いいよ、こどもにはまだむり」
大人ぶったコンが、ふっ……と哀愁漂うオーラを出してそう言った。
「だからおまえは何歳なんだよ……」
おもわず俺がツッコミを入れると、コンが俺に気づく。
「おう、にぃ。かもーん」
コンが自分の隣を、しっぽでふぁさふぁさと叩く。どうやら座れということらしい。
今日は急ぎの仕事があるわけではないので、俺はコンの隣に腰を下ろす。
「にぃのおひざ。とくとーせき」
コンがひょいっと俺の右の太ももに座る。
「あの、あのあの……にーさん……あの……」
ラビがコンを羨ましそうにみて、そして俺を見てくる。
「らびも、くるか? にぃのふともも、とてもぐあいよし」
ぺしぺし、とコンが俺の左の太ももをしっぽでたたく。
「いいのです?」
とラビが俺に聞いてきたので、うなずいて返す。
「♡」
ラビはちょこちょこと俺に近づくと、よいしょっと、と太ももに座ってきた。
俺の胸に体を預けて、ほぅっとラビが吐息をつく。
「にーさんのおと、ほんとうにおだやかですきなのです……♡」
胸板に背中を預けるラビが、そのうさ耳を、ぴょこよこと動かして言う。
「それをゆーなら、にぃのにおいもなかなかよね。すてーきにひってきする」
「それは褒めてるのか?」
「これいじょーないほどほめほめしてる」
「そりゃ光栄」
ラビとコンは、俺のヒザの上で漫画を読み始める。
コンが日常系漫画の素晴らしさを説き、ラビがふんふんと感心したようにうなずく。
ややあって、漫画の主人公たちが、海へ遊びに行く回にさしかかる。
「海……」
ぴょこ、ぴょこ、っとラビの耳が微細に動く。
「大きいのです……プールのなんばい……なんばいあるんだろー……?」
ラビがはぁー……と目をきらきらさせながら、絵の中の海に見入る。
ラビは主人公たちの海で遊ぶ様を、「わぁ♡」「わー♡」と楽しそうに、そしてじゃっかん、
「いいなぁー……」
と、羨ましそうに見入っていた。
「ふふ、ラビくん。しっとるかね?」
コンがまたしっぽでおひげを作って言う。
「うみのみずはしょっぱいのだよ」
「しょっぱい!」
ぴーんっ、とラビのうさ耳がたつ。
「しょっぱいってどーゆーことなのです、コンちゃん……!」
「のんのん。ちがうでしょう」
コンがちちち、と指を振るう。ハッ! とラビが気づくと、「はかせ!」と言い直す。
「うみのみずはぷーるのみずとちがってしょっぱい。えんぶんがふくまれてるの」
「塩分……」
むむむ、とラビが腕を組み考える。ちょっと難しい単語だったか。
「しょっぱい……えんぶん……塩……。おしおがふくまれてるのです?」
ラビの言葉に、コンと、そして俺も、感嘆の声を漏らす。
この子は知らない概念であっても、字面とニュアンスから、言葉の意味を読み取ったみたいだ。
「スゴいぞ、ラビ。やっぱりラビは頭が良いな」
「かしこかしこまりましたかしこ」
俺は手で、コンはしっぽで、ラビの頭を撫でる。ラビは嬉しそうに「えへへ♡」と笑った。
「しおがふくまれてる水……。ぺろってなめてみたいのです……」
「やめたほーがよい。とってもしょっぱし」
コンが目を><にして、ぺっぺっ、っと舌を出す。
「コンちゃんは海へ行ったことあるのです?」
「しょーなんうまれですから」
「?」とラビが首をかしげる。まあ現地人じゃわからないよな。
「うみはともだち。なつになるとまいにちいったよ。こんがりやけるまでおよぎまくってた」
「そうなのですっ? いいなー……」
たぶんコンは、前世、つまり地球にいたときの話をしているのだろう。
だがラビは、コンがここへ来る前の話をしている……と思い込んでいるみたいだ。ラビはコンが転生者だと知らないからな。
ラビはしきりに、いいなーと繰り返していた。
「ラビは海にいったことないのか?」
「はいなのですっ!」
「おう、ごめんなそーりー」
ぺちょん、とコンがしっぽと耳を垂らしてあやまる。
「じまんみたいなこといって、ごめんね」
「ううんっ、別に気にしてないのですっ。うみのこと、もっともっとおしえてほしーのですっ!」
「なるへそ。したらばたくさんおしえよう。このしょーなんぼーいに何でもきいて」
「ボーイじゃないだろおまえ……」
しかし……そうか。
ラビは海に行ったことがないのか。
だがこれは、ラビに限った話しではない。
前にも(9話くらいで)説明したが、この大陸は四方を森と山に囲まれている。
人のすむ地域は大陸の中央。海から結構距離があるのだ。
それゆえに、この国で、海を見たことの無い人間はむしろ多数派だ。
俺やコンのように、海に慣れ親しんでいる人間は、この異世界においては少数派なのである。
「うみはさーふぃんできるんだよ」
「サーフィンっ? なにそれー!」
とラビがコンの話を聞いて、楽しそうにしている。けど……そうだよな。話を聞くより、実際見た方がいいよな。
「海、海かぁ……」
☆
翌日。
この日俺は、仕事へ行く日だった。
俺はテンと一緒に、自動車で王都へと向かう。
行き先は銀鳳商会本部。
俺はクゥをリーダーとした商業ギルド・銀鳳商会の、名目上は社長ということになっている。
おかざりの社長だったのだが、竜人の保護と、ソルティップの森の所有権をひきかえに、俺はギルド本部で働くことになっているのだ。
と言っても月に2度の労働なのだが。
週に5日、へたすら土日も出勤していた前世と比べれば、月2回の労働なんて、あってないようなものだ。
テンの運転で王都へと向かい、ギルド本部へと向かう。
テンは俺が王都で働くようになってから、自動車の運転を覚えて、こうして俺を送り迎えしてくれるのである。
やってきたのはギルド本部。
銀鳳商会のかかえる巨大な倉庫の片隅で、俺は子供用の小さなプールに足をつっこみ、そこで【複製】を行う。プールにはウチのプールの水が入ってるため、回復能力があるのだ。
俺の仕事は大きく2つ。
1つ、家電な魔法アイテムなどの作成。
1つ、地球の物品のアイディア提供。そしてそれを作る。
比重は前者に偏っている。特に家電は、今のところ俺にしか作れないからな。
リストに書かれている物品を作るのが、俺の仕事である。
朝から作業をして、今は昼。
お昼休憩の時間に、クゥがやってきた。
鴉天狗のクゥ。
元々はコレットの経営する孤児院の出身のOGだ。
15年前に孤児院を卒業し、この商会へと入社。その辣腕を発揮し、つい最近まではこのギルドの社長をやっていた。
今は代表取締役をやっている。まあ簡単に言えば実質的な社長がこの鳥女なのだ。
子どもと見まがうほどの体躯。それに会わない大きな乳房。
きつねのように細い目と、腰から生える黒い羽と、日本人のような黒髪が特徴的な少女だ。ちなみに27才のアラサーである。
クゥは作業している俺の元へ来ると、
「社長。お疲れさん。メシ用意しとるで。社長室に来てや」
とお昼に誘ってくる。
俺はクゥとテンとともに、社長室へと移動。やたらでかい部屋にテーブルには、やたらと豪華な昼飯が用意されていた。
今日はステーキだった。
「ステーキっておまえ……」
「なんや? きらいなん?」
「いや嫌いじゃないが、別に動いてるわけじゃないんだから、こんなたいそうなもん用意しなくて良いぞ」
「なにゆーてんのや。しっかり食ってもらわなこまるからな。あんたに倒れられたらウチが困る。ウチだけじゃない、あんたは銀鳳にはなくてはならない存在や。いなくなったら困るどころの話しやないんや」
うんうん、と背後に立っているテンがうなづく。
「わかったよ。あんがと」
俺は彼女の用意してくれたとんでもなく美味いステーキに舌鼓を打つ。
筋がなくて、やわらかい。噛めばほろほろと肉がとけて、甘い脂肪がじゅわりとにじむ。
熱々の肉は、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立て、香ばしい醤油ベースのソースのにおいが鼻腔を突く。
「あんたの世界のこの、【ショーユ】ってやつはすごいな。何にでもあうわ」
がつがつ、とクゥがステーキを食いながら言う。技術提供だけじゃなくて、地球の食い物や調味料も、俺は商会に提供しているのだ。
「化学班に醤油の作り方を分析させて、試作品をいまつくっとるところや。もーすこししたらこの世界にもショーユが出回るかもしれへんで」
クゥが目を$にして言う。
「したらウチら銀鳳が市場を独占できるワケや……。ジロさん、ほんまあんたの手は金を生む手ぇやな。金の神様や。ありがとーな」
クゥが俺に拝んでくる。
「あんたのおかげで銀の鳳はより大きくこの国に羽を伸ばしてる。あんたには感謝してもしきれんわ」
クゥは昼飯を食い終わると、上品に口元をナプキンで拭く。
ナプキンはいつの間にか隣にいたテンが手渡していた。
「ちゅーわけや。そんなあんたに、夏のボーナスあげるわ」
「ボーナス」
俺も食事を終える。クゥがテンに「あれわたしてや」と命じる。
テンは音も無く俺の隣へ移動すると、「どうぞ」と言って、俺に書類を手渡してきた。
そこ書かれていたのは施設の写真と、規模、そして施設の住所の書かれた紙だった。
「これは?」
「銀鳳商会の所有する別荘や」
「別荘……」
別荘というと、向こうの世界で言う軽井沢とか、そういう、避暑地にもうけた別宅というイメージがある。
「この別荘がどうした?」
俺の問いかけに、クゥはあっさりと言う。
「あんたにやるわ」
……。
…………。
………………はぁ?
「やる……って、え? くれるのか?」
「そやで」
あっけらかんとクゥが了承する。
「いや、いやいやいや、いらねえよ!」
貸してくれるんじゃなくて、家をひとつポンってくれるってどんだけだよ。
「遠慮しなくてええで。それウチがたくさんもってる別荘の1つや。ほかにもぎょーさんあるなかのひとつやさかい、気にせんでええわ。そんなたいそうな別荘やないし」
間取りとか敷地面積が書かれている書類を見て……どこがだよとつぶやく。
「あんたはそれをもらうに値する働きをしとるっちゅーことや。あんたはシランだろうけど、あんたが協力してくれたおかげで、ウチは前年度と比べて売り上げが倍、いや倍どころやない。大黒字や」
ほっこり顔でクゥが言う。
「これはあんたの働きに対する正当な報酬や。受け取ってもらわな、こっちが困るわ」
な? とクゥが機嫌良さそうに羽をばさばさ動かしている。
利益云々の話は、どうやらウソじゃないみたいだ。
クゥのところをもうけさせてる……という実感は俺にはない。言われたものを作ってるだけだからな。作るのは俺の仕事。流通に乗せるのはくぅの仕事だ。
「しかしな……」
それでもこんな立派な建物を、ぽんともらうのは、引け目を感じる。
「ん?」
俺は建物の詳細が書かれた紙に目を通して、ふと気づく。
「なあクゥ。この別荘、ディーダにあるのか?」
ディーダ。
この国の最南端にある街だ。
つまり……海辺の街である。
「ああ。その辺リゾート地になっとるやろ? 別荘はその一画にある。しかも聞いて驚き、プライベートビーチのおまけ付きや」
「プライベートビーチ……」
別荘は海岸のすぐそばに立てられているらしい。そこら辺いったいはプライベートビーチとして、銀鳳商会のものなのだそうだ。
「ここならあの子らも海で遊べるやろ?」
あの子ら。つまり、孤児院の子どもたちのことを、クゥは言ってるのだろう。
「ラビはあんたとちがって、海いったことないゆーてたやんか。そこへ連れてけばラビは喜ぶんちゃう?」
「おまえ……また聞いてたのか」
そばにいるテンをチラ見して、クゥに言う。
テンの職業は忍者だ。
なので分身の術が使える。
分身同士は連絡網のように、たがいが意思疎通できるのである。
クゥの手元にもテンの分身がおいてあり、俺たちの動向を、テンを通してある程度みているのである。
「情報は金やって最初にゆーたろ♡」
「おまえにはかなわないよ……」
つまりこの女、俺が遠慮して別荘を受け取らないよう、あらかじめ情報を仕入れいていたわけだ。
偶然海の家が手に入ったのではない。俺が海に子どもたちを連れてきたいという情報をこの鴉天狗が知ったから、提供されたというわけだ。
「社長、受け取ってくれるか? ウチからの夏のボーナス♡」
「……是非もないよ」
俺がうなずいたのを確認すると、クゥはテンに目をやる。
テンは懐から鍵を取り出して、俺に手渡してきた。
「別荘の鍵や」
「サンキュー」
……こうして、俺は浜辺の別荘を手に入れた。
しかもプライベートビーチのおまけ付きだ。
ここなら、獣人や、ハーフエルフの俺の嫁、そして桜華たち鬼族も、太陽の下で海を楽しめるだろう。
「さっ、ボーナスもらったし、午後もしっかり働いてな♡」
「……りょーかい」
俺は17時まできっちり働いて、テンとともに、孤児院へと戻ったのだった。
お疲れさまです!そんなわけで今回から海編となります。別荘でバーベキューしたり、花火したり、肝試ししたり……みたいな感じになるかなと。
以上です。
ではまた!




