41.善人、子どもたちと引っ越し作業する
いつもお世話になってます!
引っ越し作業中の俺とマチルダ。
彼女が一花たち鬼族と邂逅を果たし、ショックで気を失ってから、10分後。
俺は彼女をおんぶして、新校舎の1階、大人部屋へとやってきていた。
新校舎1階の西側は、まるまる俺やコレット、アム、そして先輩の部屋となっている。
入ってすぐにリビングスペース、奥の部屋には大きなベッドルーム。そしてさらに奥には、彼女たちの個室と、トイレが1つ。
このトイレが男子トイレだ。
女性用トイレは1階と2階にあるんだが、男子トイレはここ。
なにせこの孤児院、俺以外の全員が女の子だからな。男のトイレなんて、ここにひとつで十分だ。
ベッドルームにマチルダを寝かしつけて、新校舎1階のホールへと戻ってくる。
そこには鬼娘の一花と弐鳥が、心配そうに眉を八にしてたっていた。
「兄ちゃん、あの嬢ちゃんは?」
一花が俺に尋ねる。嬢ちゃんとは、マチルダのことを言うのだろう。
(人間の)年齢で言えば、18であるマチルダの方が年上なのだが……。
「ちょっとショックが強すぎて気を失ってるだけだ。命に別状はないよ」
「そうかい……」「よかったぁ……」
ほっと安堵の吐息を漏らす一花と弐鳥。
「嬢ちゃんには悪いことをしたよ。起きたら謝る」
一花が申し訳なさそうに言うが、俺は「止めておけ」ととめる。
「なんでさね?」
「……まあ、うん。とにかくやめとけ。俺が説明しておくから」
マチルダが気を失った原因は、鬼族という、人食いの化け物に出会ったからに他ならない。
ここで鬼がまたマチルダの前に現れたら、また混乱を招くだろう。
人食いの化け物が現れた! と。
マチルダに会わせない理由を一花に伝えたら、納得はするだろうが、同時に深く心を傷つけてしまう。
だから俺は言葉を濁したのだ。
すると一花は、くつくつと笑うと、「やさしいね、兄ちゃんは。大好き♡」
ちゅっ、と俺の頬にキスをすると、2階幼児部屋へと、戻っていったのだった。
「さて……引っ越しどうするかな」
いちおう旧校舎から荷物は全部運び終えた。
新校舎の各部屋に、段ボールは運ばれている。
あとは段ボールから荷物を出して、整理するだけだ。
「これをひとりでやるのは骨が折れそうだ……」
マチルダは現在ばたんきゅーしているわけだしな。
と、そのときだった。
「あちー!」「あちゃちゃちゃ、ほわっちゃー」「はう……おうちのなかはすずしいのですぅ……」
1階ホールの南側、大きなガラス戸から、子どもたちが部屋の中へと入ってきた。
さっきまで彼女たちは、裏庭で鬼ごっこしていたのである。
「おー、おにーちゃん。そんなとこつったっててさぼりでやがるです?」
とててて、っとキャニスが俺に近づいて、ぴょんっと抱きついてくる。
よじよじと胴体を登ってきて、首筋を甘噛みして頬ずりしてくる。
「違うよ。引っ越し作業が一段落したから、休んでたんだよ」
キャニスの頭を撫でてやっていると、
「ではみーたちとお部屋であそぶべき。かばでーしようぞ」
にゅっ、とコンがまたいつの間にか肩に乗って、俺のうなじに鼻をつけてすんすんする。
「カバディは外でやるスポーツだろうが」
「あれをすぽーつといっていいのやら。きょーぎするひつようがあるね」
怒られるぞ、カバディやってるひとに。
「あの、あのにーさん……」
ちょこちょこと歩いてきて、ラビが俺のズボンを控えめに引っ張ってくる。
「マチルダお姉ちゃんは、どこにるのです?」
「おー、そーいやまちるだがいねーです」
「みっしんぐまちるだ。うぇあうぇあー」
ラビに言われて、キャニスとコンが気づいたようだ。きょろきょろと辺りを見回す。
「キャニスたいちょー、まちるだがおりませぬ」
「なぁに~。さがすぞ、コンっ!」「しょーち」
と言って俺からふたりが降りようとしたので、よいしょっと抱っこする。
「マチルダは部屋で休んでる。ちょっと疲れたみたいでな。お昼寝してるよ」
「なんだーおひるねかー」とキャニス。
「ひんけつでばたんきゅしたのかとおもった。よかった」とコンが安堵する。
ふたりとも出会ったばかりなのに、マチルダを気に入っているみたいだ。
前にキャニスは、マチルダが人間なのにひどいことしてこないから好き、と言っていた。
当然だがキャニスは、孤児院に来る前の生活があった。そのときに酷い扱いを受けたのだろう。
この国には依然として、獣人差別の風潮がある。ケモノが混じっていると差別するやつは、未だにいる。
マチルダはそう言う意味で、現地人であっても、獣人を差別しなかった希有なケースだ。
彼女の心根が優しいこともあるだろうが、何か別の理由でもあるんだろうか。獣人を見ても差別しなかった理由が。
……まあそれはさておきだ。
「みんな手を洗ってきな。午後のおやつの時間だぞ」
すると獣人たちの耳やしっぽが、ぴーんとたつ。鬼族姉妹は目をきらきらさせて、
「「「アイスじゃー!」」」
と叫ぶと、食堂へとぱたぱたぱたと走って行く。
アイスのさすがの人気っぷり。
まあ最近暑いし、何より美味いからな、アイス。
「さて……俺はもう一仕事だ」
おやつの配布はコレットたちに任せて、俺は残りの、引っ越し作業へと移るのだった。
☆
旧校舎から荷物を移してきた。
古くなった衣類や冬物衣類は、すべて地下1階の倉庫へ山積されている。
その他の小物だったり、捨てに捨てられないものは、全部地下の倉庫へと入っている。
まあなので旧校舎から運んできたものの大半は、ここへと運ばれた次第だ。
残り半分は、1階、そして2階への部屋へと向かっている。
食堂へ行くと、子どもたちがテーブルについて「うめー!」「うみゃぁ♡」「うまいのですー!」とアイスをガツガツと食べている。
彼女たちが手に持っているスプーンは、旧校舎で使っていた愛用のスプーンだ。
調理場へ行くと、段ボールが端っこに積まれている。中には食器やスプーンと言った雑貨が入っていた。
コレットが箱から出したのだろう。
彼女がここの整理はやっておくから、他をお願いと言ってきたので、俺はその場を後にする。
「じー…………」
俺が出て行こうとすると、アイスのスプーンをくわえたコンが、俺を凝視していた。
「どうした?」
「にぃたいへんそー。おたすけまんのでばんかね?」
はっ……! と子どもたちがアイスから俺へ意識を移す。
「気にすんな。こっちのことはこっちでやるから。おまえらはアイス食ったらゲームしてな」
「「「ぬぅー……」」」
ゲームができるというのに、全員が珍しく、微妙な顔になっていた。
「……でばんかな?」「……でばんやね」「……でばんなのですっ」
よしよし、とうなずく子どもたち。なんなんだ?
よくわからないが、俺はその場を後にして、1階へと向かう。
ホールのおく、ソファの置いてあるスペースに、段ボールがいくつか積まれている。
中身は漫画本だ。
いちおう旧校舎にいたとき、俺が作った物だ。
どこまで本を複製できるかのテストとして出した物だ。
結果、1度読んだことのある漫画なら、複製できることがわかった。
ただ問題なのは、全部俺たちの文字、つまり地球の文字で書かれていること。
当然ここ異世界では、異世界の言語というものが存在する。なので作っても無駄なのか……と思ったがそうじゃなかった。
最近、ラビが文字を覚えてきた。それで日本の文字も読めるようになったのである。
夜に絵本を読んでやるのだが、それが功を奏したらしい。ラビはルビが振ってある漫画ならば、読めるようになっていた。
なので他の子どもたちは、ラビと一緒に座って、漫画を読んでいるのである。
段ボールから漫画を取り出して、ホールの壁に設置してある本棚の中に入れる。
背が低い。俺の腰のあたりまでくらいの高さの本棚である。
「しかし出し過ぎたな……」
漫画本の入ってる段ボールの山を見て、俺がつぶやく。
どの程度昔の漫画まで出せるかためしたらこうなった。まさかこち亀が全巻出せるとは思ってなかった。ゴルゴ13も。
「こりゃ大変だ……」
全部の漫画を棚に入れるのは、難しそうだ。
そう思っていた、そのときだ。
「おたすけまーん!」
本棚の前にしゃがみ込む、俺の頭に、キャニスが乗っかる。
「おたすけうーまーん」
コンが俺の肩に。
「にーさんをおたすけするですっ!」
ラビが逆側の肩に。
「おいらたちもー……ぉおすけたまー……ん」
「姉貴、お助けまんだって」
俺の背後に立つ鬼姉妹。
「なにこれ? たべれるのかしら? あぐあぐ」
レイアはマイペースに、漫画本をしゃぶろうとしていたので、とりあげた。
「どうしたおまえら? アイスは?」
「そのじだいはおわった」とコン。
どうやらおやつを食い終わったみたいだ。
「ゲーム機はそっちの棚に入ってるぞ?」
俺は最初、この子たちはテレビゲームをしに来たのかと思った。
本棚の上に、大きめの液晶テレビ(雷魔法で複製合成してるため動く)がおいてあり、その下の棚に、テレビゲーム機とカセットが入っている。
それを取りに来たのだと思っていたのだが……。
「ちっげーです!」「われら、おたすけまん」
キャニスとコンが俺から降りると、かっこいいポーズを取る。
「に、にーさんっ。まんがをしまうの、らびたちも、手伝うのです!」
おーー! と子どもたちが両手を挙げる。
「いや、良いって。気持ちはありがたいけど」
「うっせー! ありがてーならてつだわせろやですー!」
「にぃ、とてもたいへんそー。みーたちおてつだいしたい。だめ?」
「「「だめー?」」」
……子どもたちが俺を気遣って、手伝いを申し出てくれている。
ありがたい。それに、俺は嬉しかった。
子どもたちが、誰かのために行動するという、優しさを持っていることに。
コレットの教えが、この子たちの中に、流れていることに。
情けは人ためならず。誰かが困っていたら助けてあげよう。そうすれば誰かが優しくしてくれるよと。
「…………。よし。じゃあみんな、頼むな」
俺の言葉に、子どもたちが「「「よっしゃあまかせろー!」」」と元気よく応じる。
こうして、俺は子どもたちと協力して、引っ越し作業を進めることにしたのだった。
☆
1階ホール、本棚の前にて。
キャニスたちは漫画を段ボールから取り出す。
「ラビ、これはどこにいれればいいです?」
「それはこっちの棚です。かんすうじゅんにならべたいので、そのままいれてなのです」
「おー! まかせろー!」
「へいらび。わんぴはどこの棚?」
「一番端っこの棚なのです」「てんきゅー」
ラビが指揮を執って、他の子どもたちに指示を出している。
彼女は頭が良く、記憶力も良いので、どこの棚に何の漫画が入っているかを把握しているのだ。
子どもたちは段ボールから本を出し、ラビに入れる場所を聞いて、しまっていく。
6人と俺とが強力して、本棚を埋めていく。
ラビがしっかりしているので、非常に楽だ。俺の仕事はというと。
「ぐす、えーすなんでしんでしまうん?」
「こら、コン。サボるな」
後からひょいっと、コンの持っている漫画本を取り上げる。
「しょうじきえーすはしぬべきじゃあないといういけんがある。けどるひーがつよくなるためにひつようだった。ひつよーなぎせいだったとおもう」
「俺もまったく同意見だが、今は作業中だ。読むのは後でな」
「りょーかい」
ぴょんっと段ボールに飛びついて、中から漫画本を取り出す作業へ戻る。
「ぐ……」
「レイア……」
疲れ果てたレイアをもちあげて、俺は近くのソファに寝かせる。
「ぐー……」「アカネちゃん、おねむかなー……ぁ? おーい、にーちゃー……ぁん」
「はいよっと」
なにせ外で十分遊んだ後なのだ。
みんな眠いのだろう。現にレイアと妹鬼アカネは眠っていた。
ソファに寝かせ、作業に戻る。
「ふぁぁああ…………ねみーですぅ……」
キャニスが目を、しっぽでぐしぐししながら、とてとてと漫画本を運ぶ。
「みーのねむけがりんかいてんにとーたつ。ふりすくを、ふりすくをくれい」
コンも眠いのか、きつねシッポがふにゃりとしなびていた。
「みんな。ありがとう。それくらいでいいぞ。2階いって夕飯まで昼寝してこい」
後の作業はまた後日だ。
でも手伝ってもらったおかげで、だいぶ段ボールの量が減った。残りの段ボールを部屋の隅に置いて、俺はレイアとアカネを持ちあげる。
そして全員で子ども部屋12(【じゅうに】、じゃなくて【いちに】と読む。)へ向かう。
キャニスたちはそれぞれのベッドに横になると、ぐーすか寝だした。
「ありがとな、みんな……」
俺はキャニスたちに薄手のタオルケットをかけてやると、子どもたちの部屋に積んである段ボールへと着手する。
「あ、あのあの、にーさんっ」
そのときだった。ラビが俺のそばにたっていたのだ。
「ラビ? どうした。昼寝は?」
「らびは、あんまりおそとで走ってないのです。つかれてないのです。だから、にーさんをてつだうのですっ!」
ふすっ、とラビが鼻息荒くいう。
「おいらもー……ぉ、やるぜやるぜー……ぇ」
あやねがとことこと近づいてきていう。
「うさぎおにこんびだー……ぁね」
「ちからをあわせて、にーさんのやくにたつのですっ!」
ラビとあやねが、仲良く手を握り合って、おーっと振り上げる。
「いいのか? 助かるよ」
俺はラビと姉鬼とともに、子供服を段ボールから出して、クローゼットにしまう。
「ごめんな、昼寝の時間削って手伝ってもらって」
ラビに服を出してもらい、俺はあやねと一緒に棚へしまう。
「だいじょうぶなのですっ! それに、らびはうれしいのです」
にこにこーっと笑ってラビがいう。
「いつもにーさんにおせわしてもらってばっかりだったのです。だから、にーさんのおてつだいができて、うれしーのですっ!」
「おー……ぉ、おいらもラビちゃんとおなじいけんだー……ぁ」
んへっ♡ とあやねが笑う。
「ラビちゃんとはー……ぁ、きがあうねー……ぇい」
ニコニコ笑いながら、ふたりが衣服を運んでいく。
3人で協力したので、だいぶ早く作業は終わった。
子ども部屋に運んだ衣服は、全部片付けた。
「ありがとな、ふたりとも。まさかこんなに早く終わるとは思ってなかったわ。あんがとな」
俺はしゃがみ込んで、ラビとあやねの頭をよしよし撫でる。
ラビはぺちょんと耳を垂らして気持ち良さそうに、あやねは「んへぇ……♡」と目を細めて、俺にされるがままになっている。
「飯までもうちょっとあるな。キャニスたち起こすまで、俺は他の部屋の作業やってるから。ふたりはコレットに呼ばれたらみんなを起こしてやってくれ」
そう言って、俺は部屋を出て行いく。
「おたすけまん、せーこーだー……ぁね」
「はいなのですっ。せーこーなのですー!」
嬉しそうに、ラビとあやねがハイタッチをかわしていた。
仲のいいふたりを見てると、こっちまで癒やされてくるから不思議だ。
「あ、あの……ジロさんっ」
廊下に出ると、1階からマチルダが上がってくるところだった。
「おお、マチルダ。もう平気か?」
西側階段から上ってくるマチルダに、俺は近づいて問う。
「はい。おかげさまで」
「そっか。無理すんな。もうちょっと寝てろ」
「い、いえ大丈夫ですっ。引っ越し作業、続きやりましょう」
「あ、ああ……。そうだな」
俺はその後、マチルダと協力して、2階の段ボールの中身を全て収納。
その頃にはすっかり日が落ちていた。
「みんなー♡ ごはんよー♡」
コレットが1階ホールから、2階へ向かって声を張り上げる。
「「「めしー!」」」
ばーん! と2階東ブロック・子ども部屋から、幼児たちが出てくる。
だだだーっ! と1階へ降りて、食堂へと吸い込まれていった。
「んじゃ、俺たちも飯に行くか」
「そうですね」
俺とマチルダは階段を降りていく。
「あの……ジロさん」
とん、とん……と後を歩くマチルダが、俺に声をかけた来た。
「どうした?」
「…………」
なかなか返事が来なかった。1階までたどり着いて、不思議に思って振り返る。
「…………」
マチルダの顔は、真っ赤だった。
目が充血している。潤んでいる。
「どうした? 熱でもあるのか?」
「いえっ。その……そうじゃ、なくってですね……」
きゅっ、とマチルダが下唇を噛む。
「あの……ジロさん。あとで、ちょっとふたりきりで話したいことが、あるんです。けど……いい、ですか?」
「え、ああ。別にいいぞ。飯の後、さら洗ってからでいいか?」
はい、とマチルダが了承する。
すると……。
「おー、嬢ちゃんじゃあないか」
とんとんとん、っと2階から一花たち鬼娘が降りてくる。
「一花……」
そっちを見て、安堵する。
良かった。ちゃんとコレットの作った水薬を飲んでいるみたいだった。
額に生えたツノが、消えていた。
「嬢ちゃん、さっきは大丈夫だったかい?」
「おねーさん、きゅーに倒れちゃうんだもん。びっくりしちゃったよ~」
一花と弐鳥が、気遣わしげに、マチルダにいう。
さっきのあれは、見間違えだった……ということですまそうとしているみたいだった。
それが最善だろう。
と思っていたのだが……。
「あの、一花、さんに弐鳥さん」
マチルダはまっすぐに一花たちを見て、こう言う。
「お二人は……その、鬼、なんですよね?」
お疲れさまです!次回で7章終了となります。
次回はマチルダさんの告白回です。果たしてうまく思いを遂げられるでしょうか。頑張れマチルダさん!
ではまた!




