40.善人、魔法道具でサクサク引っ越しする
いつもお世話になってます!
マチルダがやってきた、その30分後。
彼女から話を聞いたところ、どうやらマチルダは、俺の孤児院へ就職しに来たみたいだ。
日雇いでではなくて、雇用してくれと。
商業ギルド・銀鳳商会の社長であり、1ヶ月の給料が1000万円の俺にとっては、職員をひとり増やしたところで何も問題ない。
孤児院も大きくなってきたわけだし、獣人たちへも抵抗がない。さらにはキャニスやコンたちから気に入られてるということもあって、俺はマチルダを雇うことにした。
ちなみに受付嬢の仕事はどうするんだと尋ねると、「辞めましたっ」と元気に返事をしてきた。
どうやら前々から、孤児院の仕事にあこがれていたらしい。
知り合いが孤児院をやっているから、渡りに船と、俺たちの元へやってきたというわけだそうだ。
俺がマチルダに雇うというと、「……おっしゃあだいいち関門クリアじゃーいっ」と何事かをつぶやいて、小躍りしていた。
なんだろうか? まあ何にしろ人手が増えたのは良いことだ。
それはさておき。
俺とマチルダは、旧・鬼族孤児院へとやってきていた。
ちなみにコレットと桜華は日々の仕事(掃除洗濯)、アムは鬼娘を手伝って、幼児たちの面倒を見ている。
鬼娘は、3-2で孤児院と、その外で働いているらしい。
外でと言うのは、文字通り孤児院の外でだそうだ。これについては後日また詳しく語る。
「予定が狂ってふたりしかいないが……まあ、頑張ろうか」
「はいっ! よーしっ、頑張るぞー!」
動きやすい格好のマチルダが、フンッ!と鼻息荒くいう。
「まちるだはなにをがんばりやがるです?」
キャニスがマチルダの背中にしがみついている。すっかり彼女への警戒を解いてるみたいだ。
「もちろんっ、引っ越し作業をだよ、キャニスちゃん♡」
マチルダはすぐに、子どもたちの名前を覚えた。曰く、【わたし、受付嬢ですから。仕事上、たくさん人と会う機会があるので、名前を覚えるのは必須スキルなんですよ】とのこと。
「はたしてほんとーだろうか」
にゅっ、とコンがマチルダの頭の上にいつの間にか乗っていた。
「本当ってどういうこと、コンちゃん?」
「にぃのはーとを、きゃっちぷりきゅあ?」
コンがまた、いつもの調子で、よくわからないことをいう。
「ななな、何を言ってるのかなっ! もうっ、コンちゃんってばっ、何を言ってるのかなっ! もー!」
マチルダはコンを持ちあげて抱っこすると、きゅーっと抱きしめる。
「ぱいおつかいでー」とコンがもごもごとくぐもった声で言う。
「仲がよろしいことで良かったよ」
「まちるだはみみがとがってないしみみがどーぶつじゃねーのに、やさしいから好きです」
うんうん、とキャニスが肩に乗っかりながらうなずく。コンもマチルダの胸に押しつぶされながら、コクコクとうなずいていた。
「そっかい。まあよろしくなマチルダ。あとコンを離してやれ」
「しんぱいごむよー。みーはすでにだっしゅつずみよ」
気づけばコンは、マチルダの胸の間から抜け出して、俺の頭の上にいた。
「あいかわらずすばしっこいやつでやがるです」
「やーまをとーび、たにをこえー、ぼくらのまちへやってくる系女子ですゆえ」
きらん、と目を輝かせるコン。
「さておふざけもそこそこに、引っ越しやってくか」
「はいっ!」
仕事に移るからといって、俺はコンとキャニスに離れるよう指示する。ふたりはひょいっと降りると、新孤児院へと向かって走って行った。
さて。
俺たちは旧・獣人孤児院のリビングにて、作業内容を話す。
「基本的にここにある物を全部、新しい孤児院へ運ぶ。大変だろうけど頑張ろうな」
「大丈夫です! 大変なんて思いません! 私、体力だけはありますからっ!」
よく見るとマチルダは、女性にしては骨格がしっかりとしている。
コレットやアム、先輩はどちらかというと華奢だ。
健康的な、田舎の娘みたいな印象をマチルダから受ける。
「まあそこまでチカラは要らないよ。ほら、これ使ってくれ」
そう言って俺は、彼女に軍手を手渡す。
「これは……手袋ですか?」
マチルダは異世界人だ。軍手なんてみたことないだろう。
「まあそんなもんだ。それには特別なチカラが付与されてるから、おもい物もラクラク持てるし、作業スピードも上がる。さらにつけてればまったく疲れないぞ」
軍手には、【筋力増強】【高速化】と言った無属性魔法がたくさんかけられている。
「とりあえず荷物をこの箱の中に入れてくれ」
マチルダが軍手をはめている間に、マジック袋(【無限収納】が付与された袋)から、ドサドサとあるものを大量に出す。
「これは……紙の、箱ですか?」
俺はひとつを組み手て、マチルダに見せる。
「そんなもんだ。段ボールっていうんだけど、軽くて丈夫な魔法の箱だ」
大量の押しつぶされた段ボール箱を出してやる。
「とりあえずマチルダは、この建物にあるものを全部この段ボールに詰めてくれ」
「わかりました。それで新校舎へ持って行けば良いんですね」
新校舎か。なるほど、その言い方いいな。今度から使おう。
「いや、その必要はない。段ボールに入れてくれれば、あとは勝手にやってくれる」
「?」
……まあいちいち説明するよりは、実際に見てもらった方が早いだろう。
俺は潰した段ボールをひとつ持って、旧校舎の子ども部屋へと向かう。
クローゼットの中に入っている子どもたちの洋服を、マチルダと協力して、たたんで入れる。
「わっ、わわっ、すごいっ。体がいつもより早く動く!」
無属性魔法・【高速化】。かけると本人の動きが高速化される。ちょうどビデオテープを早回ししているみたいになるのだ。
あっという間に、段ボールいっぱいに、子どもたちの収納される。
ふたを閉じて、
「よーし、持ってきますね!」
とマチルダが段ボール箱を持って行こうとした、そのときだった。
すぅ……。
と段ボール箱が、少し浮いた。
「う、うう浮いてるー!?」
ナイスなリアクション。最近じゃあみんな俺の無属性魔法になれてしまって、全然驚いてくれないからな。
こういう反応が新鮮だった。
「これ……魔法……【空中浮揚】ですか?」
「お、さすがマチルダ。冒険者ギルドで働いていただけあるな」
へへっ♡ とマチルダが嬉しそうに目をとろかせる。「……これから毎日ジロさんにほめられるなんて♡ さいこーかよぅ♡」
「え、なんだって?」
「なんでもないですっ!」
まあいい。
段ボール箱は宙に浮いたまま、すぅ……っと子ども部屋を出て行く。
俺はマチルダとともにその後を追いながら説明する。
「あの段ボール箱には【動作入力】の魔法がかかっているんだ」
無属性魔法【動作入力】。これは無機物に命令を入力し、動かすことのできる魔法だ。
どこそこまで移動しろと命令を書き込めば、段ボールはその通りの動きを見せる。
スムーズな移動を実現するために、俺は段ボールと【空中浮揚】とを複製合成。
そして魔法ペン(【動作入力】の魔法を後から書き込めるようになる魔法のペン)で、段ボールにこう【動作命令】をかいた。
・荷物が満杯になったら、段ボールの表面にかかれている【名前の部屋】へ移動する。
・段ボール箱が他にもあったら、そこに乗っかる。
・3つつまれたら、その真横の床に降りる。
その命令がかかれた段ボールを、【複製】スキルで大量に作っておいたのだ。
これで段ボールを出していちいちプログラムを書く手間がはぶけるわけだ。
俺は子ども部屋の服を入れた段ボールに、魔法ペンで【子ども部屋12】、そして【服】と書いておいた。
その動作命令に従って、段ボールが自動的に、旧校舎を出て、新校舎へと移動していく。
「……すごい」
マチルダが大きく目を見開いて、
「すごいすごいすごーい!」
と大きく手を広げて、俺に抱きついてきた。
「……これは不可こーりょくだぜぇ」と小さく素早く何かをつぶやいた後、
「ジロさんすごいです! いつの間にこんな高度な技を使えるようになったんですか!?」
ぐにぐに、とその大きな乳房を俺の腕に押しつけながら、マチルダが俺に問う。
「あ、ああ……。まあ、ちょっと色々あってな」
引退してから今日に至るまで、色んなことがあったからな。とても語りきれない。
「ぜひっ! 全部教えてくださいっ! 私、ジロさんのことなら、何でも知りたいんです!」
「あ、うん。わかった……。時間あるときにな」
「はいっ!」と元気よくマチルダが返事をした。
うーむ、これが若さか。さすが18歳。JKは違うね。元気の塊みたいだよな。
ともあれ作業の方法はマチルダに伝えた。
複製して作った魔法ペンをマチルダに手渡し、俺たちは手分けして、旧校舎の物を新校舎へと移す作業にとりかかったのだった。
☆
段ボールを新校舎に移す作業は、サクサクと進められた。
まあ物を詰め込んで、部屋の名前を書けば、あとは勝手に運ばれていくからな。楽すぎる。
ただ段ボールをいちいち取り出して、物を詰め込み、表面に名前を書く……という作業が手間だ。
ゆえに人手が欲しかったんだが、まあ魔法道具(軍手)のおかげで、作業はそこまで手間取らなかった。
ちなみに段ボールの輸送作業中は、子どもたちを庭で遊ばせている。
季節は夏真っ盛り。
ついこの間までじめじめと雨が降り続いてたのだが、最近は連日の快晴。
子どもたちは元気に外で走り回っている。
現代のものを出しても、やっぱり外で遊ぶのが楽しいみたいだ。
しかしこう暑いと、そろそろ【アレ】に入りたくなるよな。
【アレ】を作る準備も着々と進めてある。【彼ら】に依頼してあり、そろそろ完成すると思う。
引っ越しが終わったら、子どもたちにも披露するとしよう。
それはさておき。
獣人孤児院の中身を全部移しおえ、次は鬼族孤児院へと向かう。
そこでも同じ作業をする俺とマチルダ。
家の中には一花たちはいない。だから鬼だと驚くことはないだろう。
万一マチルダが一花たちに遭遇したときのことも考えて、彼女たちには、コレットお手製の外見を変える水薬を持たせている。
まあ一花たちは新校舎の方にいて幼児の育児に集中してるわけだし、まあマチルダが彼女たちに会うことはないだろうな。
鬼族孤児院の物もサクサクと段ボールに詰めては、新校舎へと送っていく。
段ボールが大量に入ったマジック袋を、マチルダにも貸したので、二手に分かれて作業を進める。
ややあって鬼族孤児院の方でも、物を詰め込む作業は終了。
ちなみに家具家電は、思い入れのある物を除いて、新調することにした。
段ボールに入らないようなものは廃棄することにしたのである。
冷蔵庫も洗濯機も新しく、無制限にいくつも作れるからな。
そうやって作業を終えると、正午をすっかり回っていた。
「新校舎へ帰る前に、何か食ってくか」
俺たちは空っぽになった鬼族孤児院のリビングにいる
俺はマチルダをイスに座らせて、遅い昼食の用意をする。
「何がいい? パスタで良いか?」
「そ、そんなっ! ジロさん、いいですよ。私が作りますっ! 手伝いますっ!」
そう言ってマチルダはイスからガタッと立ちあがる。
慌てて俺に近づこうとして、
ガッ!「あいたっ!」でーんっ!
……と見事にコケてしまった。
「いたたぁ~……。鼻ぶつけたぁ……」
四つん這いになって、赤くなった鼻を押さえつけるマチルダ。
「大丈夫か?」
俺はしゃがみ込んで、マチルダの鼻に触れる。
「わっ、わわっ……」
マチルダの顔が、真っ赤になる。
「えっとえっと、どうぞっ……!」
と言って、マチルダが目を><にして、んーっ、と唇をとがらす。
「鼻をちょっとスリむいたみたいだな」
俺は腰につけたマジック袋から、光魔法(治癒術)が付与された絆創膏を取り出して、彼女の鼻がしらに貼り付ける。
「…………」
ずぅうううう…………ん、とマチルダが暗い顔をして「……ざっす」とつぶやいた。
「ええい、負けるもんかっ」
ふんっ! とマチルダが気合いを入れると、その大きな瞳で俺を見てくる。
「あのっ、ジロさんっ!」
四つん這いの体勢から、正座の体勢へ変わるマチルダ。
「あの……あの、ですね。ふたりきりになったときに、ジロさんにですねっ、いいたいことがあったんですっ」
つっかえながらも、彼女がしっかりと、俺の目を見ていう。
「あの……ジロさん。私、実は昔から、ジロさんのことが……」
と、そのときだった。
「おー、なんだい兄ちゃん。引っ越し順調みたいじゃあないかい」
鬼族孤児院の出入り口が開くと、どかどかと彼女たちが入ってきた。
「すっかり物がなくなってらぁな」
「荷物入れたのっておにーさんなの? もしかしてあたしたちのパンツも段ボールに……きゃっ♡」
「かっかっ。なんだい兄ちゃんも興味ない振りして、アタシらの下着に興味津々なんだねえ。ま、女としては嬉しい限りさね♡」
「ね~♡ イッちゃん♡」
大柄の少女が、桜華の娘、長女の一花。
小柄な少女が、次女の弐鳥。
ふたりの鬼娘たちが、鬼孤児院へとやってきたのだった。
「おまっ、ばかっ……!」
俺は彼女たちの額を見て慌てる。
彼女たちの額には……立派なツノが生えていた。
「水薬わたしたろっ! なんで飲んでないんだよ!」
「いやぁ、だってアレ苦いじゃあないかい」
「あたし苦いの飲むのは得意だけど、アレはちょっと苦手~」
と、そこで気づいた。
「わ、わわわわ……」
マチルダが一花と弐鳥を見て、さぁ……っと顔を青くしている。
しまった。マチルダは現地人だ。鬼族を知っている。鬼族が、人食いの鬼と恐れられていたことも、知っている。
「ま、マチルダっ」
「きゅぅ~…………」
鬼を見たマチルダは、そのままくらっとその場にへたり込むと、気を失ってしまったのだった。
お疲れさまです!ついに鬼に出会ってしまったマチルダさん。果たして大丈夫なのでしょうか。頑張れマチルダさん!
次回は鬼に出会ったマチルダさんの反応を描いて、それでもここにいたいです!と言い張る彼女。どうしてと尋ねて……みたいな内容になるかなと思います。その前に段ボール開ける作業のシーンを挟むかもですが。
7章は次からその次くらいで切ります。引っ越し完全に完了してあとマチルダさんがアレして終了、みたいな感じで締めるかなと。
以上です!
ではまた!




