39.マチルダさん、やってくる
いつもお世話になってます!
子どもたちの部屋割り会議が行われた、翌日。
朝のラジオ体操をし、朝食を子どもたちに食べさせた。
今日はいよいよ引っ越しの日だ。
今までは人手が足りなくて、引っ越しを後回しにしていた。
しかし今日、ケインが呼んだ引っ越しのバイトたちが来る。
彼ら彼女らに手伝ってもらえば、引っ越しはすぐに終わるだろう。
なにせケインは、バイトを10人も用意してくれた。
中にはマチルダもいた。彼女も俺を手伝ってくれるそうだ。
「まあ10人いればなんとかな。コレットたちには子どもの面倒みてもらおう……」
と思った、そのときだった。
「わーにん、わーにん」
調理場であいた皿を洗っていると、コンがトトトッと駆け寄ってきた。
「にぃ、てーへんかけるたかさわるに」
ぴょんぴょん飛び跳ねながらコンが言う。
「捻りすぎて何が言いたいのかわからん。どうした?」
俺はしゃがみ込んで、コンに視線を合わせて問う。
「しらぬひと、やってきた。てーへんだ」
よいしょ、と俺はコンを抱っこする。
「大丈夫だ。そりゃケインが手配してくれた引っ越しのバイトさんだ」
獣人差別はこの世界にはある。が、ケインが手を回してくれた人材だ。獣人を毛嫌いするやつは選ばれてないだろう。
「あれな、ばいとな。やったことある」
「え、マジで?」
「まみーのかた、とんとんするバイトなら、たしなむてーどに」
コンさん、それはバイトやない。ただのお手伝いや。
俺はコンを伴って、孤児院1階ホールへと向かう。
出入り口には……。
「わぁ♡ 何この子たち、とってもかわいい~♡」
見知った顔がしゃがみ込んで、ラビとキャニスの前に座っていた。
「はわわっ。知らないひとなのです……」
「おねーちゃんだれやです?」
ラビはキャニスの後に隠れて、きゅーっと犬娘にしがみつく。
物怖じしないキャニスは、【彼女】を見上げて尋ねる。
「わたしね、マチルダって言うの。今日からよろしくねっ」
キャニスたちに彼女……マチルダがにこやかに話しかける。
「まちるだは何しに来やがったんです?」
「それはね、ジロさん……えっと、あなたたちのお兄さんのお手伝いに来たの」
すると「おー」とキャニスたちが警戒を解く。
「にーさんのおしりあいのひとなのです」
「じゃあわりーひとじゃねーですな」
うんうん、とうなずき合う子どもたち。
「へいみんな、にぃをつれてきた。これでかつる」
俺の頭の上に乗っていたコンが、すたっとおりて、キャニスたちのもとへかけだす。
「わぁ♡ こんどはきつねさんだ。こんにちは、きつねさん♡ キレイな銀髪ね。しっぽもふわふわですごく気持ち良さそうっ」
よしよし、とマチルダがコンの頭をなでる。
「しっぽをほめるとは、おぬしつーですな。わかっておる」
どやっ、と胸を張るコン。
「ほめてくれたおれーに、とくべつにしっぽをさわらしてあげる」
「いいの? ありがと~♡」
そう言ってマチルダにしっぽを向けるコン。
「わっ、わわっ、とってもふかふか」
「じまんのけなみですから」
得意げなコンのしっぽを、マチルダがもふもふと触る。
「コン、ぼくもきょうまだおめーのしっぽさわってねーですっ! ぼくにもさわらせろやです」
「ら、らびもー」
と言ってキャニスとラビが、マチルダと一緒に、コンのしっぽをもふもふする。
「あいかわらずコンのしっぽはごくじょーでやがるです……♡」
「ふかふかもふもふ~……♡」
「なのですぅ~……♡」
にへーっと笑う子どもたち、とマチルダ。なんか年は上のはずなのに、同い年に見える不思議。
と、もふもふしているとコンが、
「にぃも、どう? いっぽんいっとく?」
「いや、俺は遠慮しとくよ」
するとマチルダが、「じじじじ、ジロさんっ」とぴーんっと立ちあがる。
直立の体勢になって、彼女が俺を見上げる。
「お、おひさしぶりですっ!」
マチルダはしきりに自分の髪をなでつけながら、にこりと笑う。
「おう、マチルダ。久しぶり……ってほどでもないか」
数日前に飲んだばかりだからな。
「今日はありがとな」
「? なにがでしょうか?」
「え?」
ふたりそろって首をかしげる俺たち。
「まあいいや。ケインから話は聞いてるぞ」
「ケインが……?」
するとマチルダが、ぱぁっと表情を輝かせる。
「じ、ジロさん……その……じゃあ……。ジロさんのお手伝い、してもいいんですかっ?」
弾んだ声でマチルダが言う。
「ん、ああ。よろしくなマチルダ」
俺は右手を差し出す。
マチルダは、何かしらないが目をうるうるさせながら、右手を服でごしごしして、俺の手を取る。
「よろしくお願いしますっジロさんっ♡」
☆
1階ホールへとやってきた俺たち。
ソファに座るマチルダに、子どもたちがまとわりついている。
「おねーちゃんふかふかでやがるです」
「まみーにまけぬすいかめろん」
マチルダのヒザの上に、コンとキャニスが乗っている。
頭でマチルダの乳房をもちあげて、くいくいしている。
「すまん、マチルダ。キャニス、やめろって」
「いえっ、ジロさん。別に平気ですっ!」
「あ、そう……」
マチルダの乳房は、コレットに負けず劣らずの巨乳だ。
子どもたちが頭をひょこひょこするたび、胸がたぷんたぷんとゆれる。
……いかん。目がいきそうになる。
「ちょっとお茶出してくるな」
「あ、いえっ。お構いなくっ」
俺は調理場へ向かい、電気ケトル(魔法家電のひとつ。電気を使わずにお湯が沸かせる)を使ってお茶を入れる。
そのときだった。
「ジロくん」
食堂の机をふいたコレットが、俺の元へとやってくる。
「お茶……お客さんきてるの?」
「ああ。ほら、引っ越しバイトの人たちが来てるんだよ」
「そうなのね。……そのわりにお茶はひとりぶん? たしか10人来るのよね」
「ああ。まあいまマチルダひとりしかいないけど、後から来るんだろ」
するとコレットの目がきゅ……っと細くなる。
「どうしたんだ?」
「……ジロくん、いまマチルダって。女の人?」
「え、ああ……」
「ふーん。ふーん。ふーん」
コレットが俺のそばに近づくと、下からのぞき見てくる。
「かわいいの?」
「え、まあな」
「ほー。へー。ほー」
ぷくっと頬を膨らませるコレットさん。
「どうしたんだよ」
「……可愛い女の子なんだ。ふーん。それってわたしよりも?」
なかなか答えにくい質問だった。
マチルダは少女のごとく純粋なかわいらしさを、コレットは完成された美貌を。それぞれが異なる美しさを持っている。
「ハッキリ言わないとだめです。ここで妻ですと即答できないジロくんには、ここを通さないんだぜ!」
調理場から外への連絡口を、コレットが両腕を広げて通せんぼする。
「通してって」「いや♡」「はぁ……」
コレットは180歳、人間に換算すれば18歳だが、俺より遙かに長く生きてるはず。
だのに、この子はときおり、幼い子どものような、ヤキモチを焼く。
「コレットが1番だよ」
俺の言葉に、コレットのエルフ耳が、ぴくぴくぴくー♡ っと羽ばたく。
「どうせアムにもピクシーにも言ってるくせに」
ぷいっとそっぽ向くコレット。だが嬉しいのか、耳はさっきから羽ばたきっぱなしだった。
「いやいやコレットさんが1番だって」
「……ふーん♡ そっか♡ ならよし♡ ゆるしてあげましょう♡」
にぱっ、とコレットが満面の笑みを浮かべると、俺にしなだれかかってくる。
柔らかく、そして弾力のある乳房が背中に押し当てられてひしゃげる。
コレットは欲しがるように唇を突き出してきたので、軽くキスをしてやると、上機嫌に俺から離れた。
「さっ♡ お客様にお茶を出してあげないとね♡」
機嫌の良いコレットとともに、調理場からホールへと向かう。
すると子どもたちにもみくちゃになっていたマチルダが、俺……というか隣にいるコレットを凝視する。
「え、エルフだ……」
マチルダがわなわな……と唇を震わせながら、コレットを見やる。
「はじめまして♡ この孤児院で職員をしてますコレットっていいます。そしてじろくんのお嫁さんです♡」
コレットがサイドテーブルの上に、お茶をおいてにこりと笑う。
……コレットの耳は、ハーフエルフのそれじゃなく、エルフの長い耳になっていた。
おそらく調理場からここへ来る一瞬の間に、彼女お手製の魔法薬を飲んだのだろう。
飲むと外観を変えられる水薬。……コレットは、まだ孤児院の外の人間に対しては、この薬を飲まないとだめみたいだ。
「……あ、あれがジロさんの奥さん……。やだ、とってもキレイ。こんなの勝てないよぅ……」
小声でマチルダが何かをつぶやいている。
「……でも、負けないんだっ。ケインに背中を押されたんだもんっ。もう後は振り向かないぞっ」
うんうん、と強くうなずくマチルダさん。
マチルダは立ちあがると、ばっ……と勢いよく頭を下げる。
「はじめまして、コレットさん! 私、マチルダっていいますっ。これ、お土産ですっ。皆さんで食べてくださいっ!」
そう言ってマチルダが、箱に入ったまんじゅうをコレットに手渡す。
「あらご丁寧にどうもありがとう♡ あとでみんなと食べるわね♡」
にこやかに微笑むコレット。
「お、これ美味いやつじゃん」
マチルダの持ってきたまんじゅうは、俺の好物のやつだった。
「えへへっ♡ ジロさんが喜ぶかなーって思って買ってきましたっ! あ、もちろん子どもにも人気だって話しなので、そこも加味して選びましたっ!」
するとコレットがピクッと目元を痙攣させる。
「へ、へぇ。そうなんだ、ジロくんこのおまんじゅう好きなんだー」
「え、ああ」「そうなんですよっ!」
マチルダが立ちあがると、俺のそばまでやってきて、「えいやっ」と俺の腕を掴んできた。
ちょっとどころじゃない大きな胸が、俺の腕にぶつかり潰れる。
「マチルダっ? ど、どうした?」
いきなりどうしたんだろうか。
「……頑張れマチルダエルフがなんだ」と小声で彼女がつぶやきながら、
「ジロさんと私、昔から知り合いでしてっ。なにせ私が8歳の時から、10年間ずっとお世話になってたんでっ! ジロさんのことは、ほぼ何でも知ってるんです!」
ふすっ、と鼻息荒くマチルダが言う。
「そ、そうなんだ。で、でもわたしとジロくんだって、昔からの知り合いなのよ。なにせジロ君が子どもの時から、知り合いなんだからっ」
コレットが逆側の腕を掴んで、自分の大きな胸を押しつけてくる。
こうして触られてると、感触の違いがよくわかった。コレットは蕩けるようにやわらかく、マチルダはゴムまりのような弾力を持つ。
「ジロくんっ。なにデレデレしてるのかなっ?」
「ジロさんっ。いいですからっ! もっとデレデレしてくださいっ! もっと見て良いですよ!」
ぐいぐいと、美少女ふたりが、俺の腕を自分の胸にくっつけようとしてくる。
何なのだこの状況は……?
「あの、マチルダ。そろそろ手を離してくれ。子どもたちが見てるから」
じー、っとキャニスたちが、俺たちの挙動を、不思議そうに見ていた。
「わ、わわっ……ごめんなさい!」
ぱっ……とマチルダが手を離す。
「コレットも」「はーい……」
不服そうにコレットが腕を放してくれた。やれやれ。
揉めていたら結構な時間がたっていた。
そろそろ引っ越し作業に移りたい。
「そう言えばマチルダ。他の人たちはいつ来るんだ?」
するとマチルダは「へ?」と目を丸くする。
「他の人たち……って、何のことですか?」
「いやだから、引っ越しのバイト。ケインからマチルダを含めて10人くらいくるって聞いてるんだけど」
するとマチルダが「へぇっ?」とさらに目をきょとんとする。
「な、何の話をしてるんですか……? バイト? 10人?」
んんんっ? と俺とマチルダが首をかしげる。
子どもたちも俺をマネして、んんんっ、と首をかしげる。
「いや……マチルダは引っ越しのバイトを手伝いに来てくれたんだろ。で、そのバイトは10人いるって話し……え?」
「え?」
本気でマチルダが驚いていた。
「これは……」
どっちかが、何かを勘違いしているようだった。
お疲れさまです!
そんなわけでマチルダさんが参戦してきました。果たしてどうなることやら。
次回から本格的な引っ越し作業に入ります。マチルダさんの働きっぷりはいかに。
以上です!
ではまた!




