36.善人、我が家に戻る
いつもお世話になってます!
カミィーナの街で、マチルダたちと飲んだ、翌朝。
早朝、俺とケインは、街のすぐ外にいた。
「見送りさんきゅうなケイン」
「いえ。あー、マチルダはちょっと朝弱いんで、すみません」
昨日は早くにお開きになり、カミィーナで1泊。そして今から車に乗って、我が孤児院のあるソルティップの森へと帰ろうとしているところだ。
帰る前に、ケインが俺の宿屋に立ち寄り、見送りに来てくれたという次第。
「マチルダにもよろしく言っといていくれ。また飲みに行こうぜって」
「ええ、ぜひ! あ、そうだジロさん、昨日の話しでチョット気になることがあったんですけど、いいですか?」
自動車の前に立つ俺たち。
ケインが俺に話しかけてくる。
「なんだ?」
「最近その孤児院って、新しく建て替えたんですよね?」
「ああ。最近人数が増えてさ。もともとは大人3、子どもが2、幼児が4だったんだけど。そこに大人が1、子どもが5、幼児が2に、赤ん坊が4。合計で21人。さすがに人数が増えたからな、孤児院を新しくしたんだよ」
もともとの9人の俺たち獣人孤児院のところに、桜華たち鬼族孤児院の12人が加わって、合計で21人の大所帯になったのだ。
「そんなたくさんだと……孤児院ってそうとう大きく作ったんじゃあないですか?」
「そうだな。2階建てで、地下室まであるから、3階たてのおっきな建物になったよ」
しかもレンガ造りだから、多少の災害には耐えるだろう。
しかも念願だった子どもたちの個室まで作ってもらった。
よって結構な大きさになっている。
「引っ越しとかってもうすんだんですか?」
「いやぁ、まだなんだよ。まだ建物が出来たばかりでさ。荷物とか全然運んでなくって、箱の中はすっからかんだ」
「ほほう、そうですかそうですか……好都合ですね……」
にやり、とケインが男前に笑う。
「好都合?」
「あ、いえ。そんな大がかりな引っ越しなら、人手が必要なんじゃないですか?」
「そうだなぁ」
正直引っ越し作業は職員だけで済ますつもりだった。
つまり桜華と俺、アム、コレットの四人でだ。
桜華の5人娘たちもまだ庇護の対象だし、幼児たち、赤ん坊たちは論外だ。手伝わせるわけにいかない。
ただ、ではたった4人で、新しく大きくなった孤児院の引っ越しができるかというと……答えは否だ。
「ですよね。普段の仕事、子どもさんたちの面倒もある中での引っ越し作業、さぞ大変だと、さぞ人手が必要だと思います」
「まあなぁ。まあ時間かけてやってくよ」
するとケインがこんなことを言う。
「実はジロさん、今ちょうどヒマしてて、バイトを捜しているやつがいるんですよ。そいつに引っ越しバイトを任せたいんですけど、どうですかね?」
「引っ越しバイトかぁ」
なるほど、臨時でバイトに来てもらい、引っ越しの手伝いをしてもらう。
ありだな。
「ぜひお願いするよ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
……? なぜこのイケメンが喜んでいるんだろうか。しかもありがとう?
「それじゃあ数日……明日か明後日にはそいつを向かわせます。人数とかあとでフクロウ便で送りますから」
「ん、了解。すまんな、ケイン」
「いえっ! これくらいはさせてくださいよっ! ジロさんに受けた恩は、こんなもんじゃあ返しきれないですけど」
「よせよ。昔のことだ。別に恩なんて忘れちまっていいぞ」
「そんなわけにはいかないですって! 情けは人のためならず……ですよね?」
ケインが俺の教えを口にする。
いや、俺のって言うか、俺の恩師の言葉だ。
情けは人のためならず。
人の優しくすれば、自分に返ってくる。だから人には優しくしなさい。
それが俺の恩師・コレットの教えだった。
その教えを守ること十数年後、俺は森の中でコレットと再開。恋人となり、ついには結婚までこぎ着けることができた。
孤児院では2人目の嫁・アム。恋人の先輩こと大賢者のピクシー。
さらに獣人の子どもたち、キャニス、コン、ラビ、レイア。
最近では鬼族の桜華に、その5人娘の、一花、弐鳥、美雪、肆月、風伍。
子どものアカネ、あやね。そこに赤ん坊が4人。
たくさんの子どもや人たちに囲まれて、幸せに暮らせている。
これもすべて、コレットの言葉に従って、行動してきた結果だ。
「その教え、結構御利益あるから、ちゃんと今後も守っていけよ」
俺がそう言って利き手である左手を差し出す。
「え……? あれジロさん、左手の傷?」
「ん、ああ、最近治ったんだよ」
俺たちの個人には、竜の湯という、ケガや病気、魔力までもを完全に回復させるという、不思議な温泉がある。
かつて俺は左手を負傷し、そのせいで冒険者を引退せざるを得なかった。
だが孤児院で働くことになり、その温泉に浸かった結果、こうして左手が完治。
さらには俺の持つ特殊技能
・【複製】によって、食料や服、物品が作れるようになった。
さらに魔法と組み合わせることで、電化製品や自動車と言った、この世界にはない技術を使えるようになった。
竜の湯に入ったことで、俺の可能性は広がったわけだ。
「へー! おれも今度その温泉いっていいですか? あ、マチルダも最近肩こりがひどいっていってたんで、行きたいんですけど」
「いいぞ。ふたりで来い。昨日も言ったけど、ふたりは顔パスできるように、管理人に言っておくから」
クゥが森を買い取ったことで、森に警備員が配置された。
警備員、どんなやつが来るかなと思っていたら……度肝を抜かれた。オマエらが来たのかと驚いた。
ただ顔見知りが管理人を買って出てくれたおかげで、俺は安心して森の管理・警備を任せられる。
あいつらにケインたちのことを話しておこう。あのでっかいのと、小さいののコンビに。
「あ、すみません、ジロさん。話し込んじゃって」
街の外にやってきてから、そこそこ時間が経っていた。
そろそろ日が昇りかけている。
「いや、大丈夫だ。自動車ならソルティップまですぐだしな」
そうですか、とケインが安堵の吐息をはく。
「それじゃあジロさん」
「ああ、達者でな、ケイン」
俺はケインと握手をする。
「マチルダにもよろしく」
「いえいえ、こちらこそ、マチルダをよろしく」
? よくわからなかったが、たぶん言葉の綾だろうな。
そう思って、俺はケインと別れ、車に乗り込む。
行き先はソルティップの森。そこに待つ、子どもたち、そして嫁たちのもと。
運転席に座って、シートベルトを締める。
エンジンをつけて、ギアをドライブに入れる。
「そんじゃ、ケイン。またな」
「はいっ! ジロさんっ! お元気でっ!」
俺は軽くケインに手を振って、アクセルを踏む。
こうして俺は、休暇を取り終えて、孤児院へと帰ったのだった。
☆
ソルティップの森にある、孤児院へ到着したのは、朝の7時ちょっと前だった。
季節は初夏。
天気は良くて、この日は朝から日差しがきつかった。
孤児院の前に車を止めて降りると、しゃわしゃわとセミ(的な何か別の物だと思う)の鳴き声が聞こえる。
森の中は静かで、その虫の声だけが響いていた。
と思っていた、そのときだった。
「らぁじお体操っっ! だいいちぃーーー!!!!!」
元気な女の子の声が、孤児院の裏から聞こえてくるではないか。
「てめえら元気出せやですー!」
「「「おー!!!」」」
……やってるな。そっか、もう7時だもんな。みんな起きてるか。
俺は新しくなった孤児院の玄関へと向かう。
玄関もリニューアルされて、だいぶでかい。なにせ出入り口の扉が、観音開きなのだ。
俺はドアを開けて中に入る。
靴脱ぎ場と靴入れまで設置されている。
俺は靴を履き替えて、1階をそのまま通過。
入ってすぐはホールになっており、なんと吹き抜けになっているのだ。
1階の左右には、2階へ続く階段がある。
そのまま階段を左右に見ながら歩いて行くと、ホールの奥までやってくる。
そこは大きな窓になっており、窓の向こうには、裏庭の様子が見て取れた。
「ちゃんちゃかちゃんちゃんっ、ちゃかちゃんちゃんっ、大きく腕を広げろてめーらー!」
キレイに整地された裏庭。
正面にはみんなのお手本になるべく人物が、立っている。
いぬっこのキャニスだ。
彼女はランニングシャツに短パンという、涼しげな格好で、おいっちにーっとラジオ体操している。
「こら、コンっ! たいそうしながら寝るなやです!」
キャニスの正面に立つきつね幼女に言う。
「ふぁあ…………ねてないっすよ。ぜんぜんねてないっすよ。きれてないっすよ……むにゃむにゃ」
パーカーに短パンという出で立ちのコンが、目を閉じながら体を動かす。
「はわわ、コンちゃん。完全に眠ってるのです!」
その隣に立っているのは、兎耳をした気弱そうな少女・ラビだ。
ラビは可愛らしいピンク色のTシャツにデニムのスカートという、女の子っぽいかこうだ。
「やるわねっ、コンっ! れいあも寝ながら体操してやるもんっ! ぐー……」
秒で眠ったのは、竜人のレイアだ。
褐色の肌にぎざぎざの銀髪、額からはツノを生やし、お尻からは銀のウロコに包まれたしっぽが生えている。
「うふー……ぅ♡ みんなあさからげんきー……ぃだぁね、アカネちゃん♡」
「おねーちゃぁー……ん。まだねむいよぉー……。おふとんどこぉー……」
「あらー……ぁ、ここは外だよー……ぅ。ふらふらしてると危ないよー……ぉ。ちゃんと起きないとー……ぉ」
レイアの隣でポワポワと笑っている、短髪赤髪が、姉鬼のあやね。
その隣でウトウトしている、長髪赤髪が、その妹のアカネだ。
獣人4人、鬼族2人、合計して6人の幼女たちが、朝のラジオ体操に興じている。
「どんだけおめーら眠いんです! もっと気合いをッ! 気合い入れねーとだめです! こんじょー!」
かーっ! とキャニスの犬のしっぽがぴーんと立つ。
「はっ、いまコンと呼ばれたきがする。きのせーか?」
寝ぼけ眼だったコンが、目を大きく開ける。ふわふわのきつねシッポを立たせる。
「呼んだっ! おいおきろアカネっ! アーカーネー!」
キャニスが大声を出すが、アカネは「ふぇええ……」とグズリ出す。
「おねえちゃあん、うるさいよぉ」
「あらまー……ぁ。よしよぉー……し。キャニスちゃー……ん。妹がダウンだ。やすむきょかをプリーズ……」
あやねがアカネをおんぶしてキャニスに尋ねる。
「しゃーねー。ねちゅーしょーにならないよう、ちゃんと日陰で休みやがるんですよ?」
「おぅけー……ぇい。ありがとぉキャニスちゃー……ん」
と言って妹をおぶりながら、姉鬼が日陰、つまり建物の中にいる俺に向かって歩いてくる。
ぱちっ、とあやねと俺とが、目が合う。
「あーーーーーーーーー…………みんなー……ぁ」
あやねが日陰に、妹をおくと、俺を指して嬉しそうに笑う。
「にーちゃんがー……ぁ、帰ってきたぞー……ぅ」
するとーー
「「「わー!!!」」」
といって、キャニスを含めた子どもたちが、いっせいに、俺の元へと駆け寄ってくるではないか。
「おにーちゃんっ! もー、おっせーよ、どこいってやがったんです?」
キャニスが真っ先に駆け寄ってきて、ぴょんと俺の胸に飛びこんでくる。
「にぃ、あさがえりか。うわきとは、かんしんしないね」
次にやってきたのは、コンだ。
キャニス同様の身軽さを発揮し、俺の肩にふわりと乗る。
「にーさんっ! おかえりなのですー!」
ラビがてててて、と歩いてきて、俺の足にしがみついてくる。
「どこいってたのよ、ジロっ。れいあをおいてくなんて、いい度胸じゃないっ!」
レイアが翼を、背中からバサリと展開し、飛んで俺の背中にしがみついてくる。
「おまえいつの間に飛べるようになったんだよ?」
「ついさいきんよっ。どうっ、すごいでしょー♡」
「ああ、すごいすごい」
すると今度はあやねが、てててっと近づいてきて、
「にーちゃんにーちゃぁー……ん」
足下でぴょんぴょんとジャンプする。
両手を伸ばして、抱っこして欲しいみたいだ。
というかあやねはジャンプして、体をよじ登ると、
「ちゅー……♡」
と、俺のほっぺにキスしてきた。
「あ、ずっりーですっ! ぼくも……かぷかぷ」
キャニスが俺の首筋に甘噛みし、
「ではみーも、すんすん、すこすこ……いいにほひですな」
コンは首筋に鼻をつけて、
「はぅう……♡ にーさんの心のおと、穏やかで大好きなのです……♡」
ラビは長いうさ耳を、俺の胴体にくっつける。
子どもたちにわいわいと囲まれていた、そのときだ。
「ジーロくん♡」
1階の東、調理場の方から、エプロン姿の、美しいエルフが出てきた。
「コレット」
俺はそちらを向いて、嫁の名前を呼ぶ。
長く美しい金髪。
尖った耳。
それが彼女をエルフであると証明する。
ただ耳の長さは、エルフにしては半分くらいしかない。
何を隠そう、彼女はハーフエルフ。
エルフたちにとっては、混血は忌み嫌われているらしいが……そんなの関係ない。
俺にとっては、この美しい少女は、かけがえのない俺の嫁なのだ。
コレットはととと、と近づいてくると、子どもたちごとぎゅっと抱きしめてくる。
「お帰りジロくん♡」
「ああ、ただいま、コレット」
こうして、俺は休暇を取り終えて、我が家へと帰ってきたのだ。
さて、今日も仕事、頑張るぞ。
お疲れ様です!そんな感じで7章スタートです。
今回はあんまり新孤児院の描写できなかったので、次回がっつりするつもりです。
7章全体としては新しい環境になれつつ、引っ越しバイトにマチルダさんがきて、そこから……みたいな。
子供達の部屋どうするかの話し合いとか、新しくなった孤児院に喜ぶ子供達の様子をかけていけたらなと思ってます。
以上です!
ではまた!




