35.マチルダさん、幼なじみに励まされ、前を向いて彼を追う
いつもお世話になってます!
ジロはカミィーナの街に到着した後、マチルダと合流し、ふたりで昼飯を食った。
その後ジロが街で【とあるもの】が買いたいから良い店を知らないか、とマチルダに聞いてきた。
何がほしいのかと問い返して……返ってきた答えは、マチルダを絶望の淵へとたたき落とした。
そして夕方。
「マチルダ、上手くやったかなー」
ケインは仕事を終えて、集合場所である大衆酒場へと向かった。
ちょうど2ヶ月前、凹むマチルダを元気づけるために行ったそこへと、ふたたび赴く。
カミィーナの街を歩き、目的地である酒場へ到着した。
「お、ケイン」
「ジロさん! ……と、マチルダ」
恩人との再開に、知らず気分が高揚するケイン。だが隣にいるマチルダの顔を見て、瞬時に冷静さを取り戻す。
「…………」
マチルダがの顔が、すさまじいほどに、にこやかだった。
街ゆく人たちが、みな人気受付嬢・マチルダの笑顔に、思わず振り返っていく。
だがケインは知っていた。
「(なんかあったな、ありゃ……)」
マチルダのあれは、落ち込んでいるのだ。ただ彼女は、どんなに凹んでいても、思い人の前では笑顔を絶やさないのである。
たとえ心の中で泣いていたり、動揺の嵐が訪れていてもである。
「遅れてすみません、ジロさん」
ジロに近づいて、ケインが言う。
「いや、俺たちも今来たとこだから、気にすんなよ」
「あ、そうなんですね!」
とケインはジロと会話しながら、マチルダが凹んでいる理由を探った。
すぐに答えは出た。
彼の左手の薬指に、きらりと光る指輪を見たからだ。
そして首筋には、女性の物らしき接吻の後が、しかもふたつ。
「(おいおいおれの懸念が完璧に当たってるじゃないか……)」
誰がどう見ても、ジロは婚約しているし、それも複数の女性と関係を持っているようだ。
なるほど、と得心がいく。そりゃ凹むわな……とケインはマチルダに視線を送る。
彼女はニコニコと笑っている。でも確実に無理をしているだろう。たぶんそうしてないと、心の中の悲しみが浮上してしまうから。
「じゃ、そろそろ中はいるか」
「そうですね」
ジロの後にマチルダ、そしてケインが続く。
マチルダが小さく「ケイン……」と今にも泣き出しそうな声で名前を呼んできたので、「ばか。そんな顔すんな。後は任せろ」と肩を叩き、店に入った。
どうせこのヘタレた幼なじみのことだから、ジロから何も聴き出せていないだろう。
ならば彼に何があったかを聞き取り調査するのは、ケインの役割である。
そうやって3人は、繁盛する酒場の中に入り、隅っこの方の席に案内してもらう。
ジロがまず座る。ケインは彼の正面に。マチルダがケインの隣に座ろうとしてきたので、ケインは彼女の肩を掴んで、ジロの隣へ座るよううながす。
マチルダが一瞬悲しそうな顔で首を振るうが、ケインは目でせいして、座るようすすめた。
自分の隣に座られると、この素直な幼なじみのことだ、動揺が顔に出てしまうだろう。
ジロの隣に座るのなら、彼女がたしょう表情を変えても気づかれないと思っての配慮だ。
飲み物を注文し、乾杯してほどなくして、ケインは本題に入ることにした。
「ジロさーん、もしかして結婚したんですか?」
なるべく軽い調子を心がけて、ケインはジロに尋ねる。
「ん、ああ。そうだおまえらに先に報告するべきだったな」
やっぱりか……とケインと、そしてマチルダが納得する。
マチルダが落ち込みかけていたので、ケインはテーブルの下で、彼女の足をこつんと蹴る。
マチルダはすぐにニコニコ笑顔に戻り、「お、おめでとうございます!」となんとか言葉を絞り出していた。
多少無理してる感はあるが、まあ及第点だろう。動揺は覚られてないとケインは推察しつつ、深く切り込んでいく。
「結婚の相手は誰なんですか?」
するとジロは、街を出てから経緯を交えて説明する。
ズーミアへ向かう途中、かつての恩師と再開した。
彼女は孤児院を経営しており、自分もそこで職員として働いてる。
そしてその孤児院の女性と、ジロは結婚したのだそうだ。
一通りの経緯を聞いたケインは、マチルダに視線をやる。
おそらく辛い表情をしてるだろう幼なじみを、いったん離脱させて、気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。
しかし……。
「ジロさん」
マチルダはフラットな表情で、隣に座る彼に問いかける。
「その……孤児院での生活は、どんな感じなのですか?」
事情を知らぬジロにとっては、単にマチルダが、興味の延長線上に質問してきたのだと思った。
だがケインはわからなかった。いま幼なじみの胸中は、嵐のように動揺してるだろうに、その上でなぜ、自分を痛めつけるようなマネをするのだろうか……と。
「そうだな……大変だよ」
ジロはエールを飲みながら続ける。
朝が早いこと。6時には起きて食事の支度をする。
その後子どもたちを起こして一緒に体操した後、朝食を取る。
カラになった食器を洗い、洗濯物を洗い、家事をしながら、子どもたちの相手をする。
子どもは全員が元気よく、相手をするのに骨が折れるという。
サッカーしたり、野球したりと、大変だ。
子どもたちが遊び疲れて昼寝をしている間も、昼食後の後片付けや、部屋の掃除、夕飯の下ごしらえなど、休んでいるヒマはほとんどないという。
「そんなに大変なのに……どうして」
マチルダはジロを見上げる。
まっすぐ彼の目を見ながら問いかける。
「どうして……やめようって思わないんですか? 冒険者より遙かに大変じゃないですか。どうして頑張れるんですか?」
ジロはマチルダを見返して「そりゃあ」とすぐに口を開く。
「大変だよ。けどそれ以上に大事なんだ。子どもたちと、そして嫁たちがな。みんなのためなら、俺はどんなに辛くても、頑張ろうって気になれるんだよ」
微笑みながら、ジロがマチルダの質問に答える。
ケインは彼の表情を見て、それは心からそう思っているようだと感じた。
苦労はあるだろうし、大変なのも誇張無しにそうだろうが、それでも彼は、大切な物のために頑張れているのだろう。
それほどまでに、ジロは孤児院の子どもたちを、そして何より、彼の結婚相手たちを、大事に思っているのだ。
……同性であるケインですらそれを悟れたのだ。異性のマチルダが感知できないわけがない。
「そうですか……」
マチルダはそのまま泣き崩れる……かとケインは思った。しかしそうではなかった。
「おめでとうございます、ジロさんっ」
マチルダは明るい笑みを浮かべたのだ。
「大変なこと多いでしょうけど、がんばってくださいっ! わたし、応援してます!」
ケインはマチルダの表情を観察する。彼女は目を細めて、心から彼の幸せを祝福しているように……見える。
たぶん本心ではあるだろうが、しかし、無理をしてるのは目に見えていた。
小刻みに唇が震えている。つついたら、今にも泣き崩れてしまいそうだ。
「ありがとう、マチルダ」
ジロが彼女にほほえみかける。マチルダは「それじゃあ今日はあまり遅くまで飲まない方がいいですね?」とジロに聞く。
「いや、今日は一泊して明日帰るつもりだよ。だから遅くまで飲もうぜ」
「いえっ。だめですよ。明日帰るにしても、ジロさんには孤児院の仕事が待ってるじゃないですか。深酒は厳禁です」
ケインは瞬時に、彼女の心情と胸中を覚った。
「そうですよジロさん。二日酔いの状態で子どもたちを相手できるんですか? 今日はほどほどにしておきましょ。というかおれも明日早いんで、あんま遅くなるのはちょっと」
もちろんウソである。今晩はジロとマチルダに付き合って、おそくまで飲むつもりだった。
しかしながら、ケインはマチルダの意見に同意した。彼女の胸中を慮ってのことだった。
結局その日は1,2時間程度飲んで、お開きになった。ジロはなじみの宿屋に泊まるという。
ジロはマチルダをギルドの職員宿舎へと送り届け、ケインは宿屋までついていく。
「それじゃ、ジロさん。また明日帰る前に顔出しますね」
「ああ。お休み」
ケインはジロと別れて、自分の家に戻らず、マチルダのいる職員宿舎へと向かう。
彼女の部屋の前に立ってドアをノックする。
「おれだ。開けて」
『…………』
返事がなかった。ドアノブを回すと鍵がかかってなかった。
「入るぞ」
そう前置きをしても、マチルダからの返答はない。嘆息をついて、ケインは中に入ったのだった。
☆
キレイに片付けられた6畳一間。
窓側にはベッドがあって、マチルダはこちらに背を向けて、ベッドに横になっていた。
ケインはため息をつくと、マチルダのすぐ隣に腰を下ろす。
彼女が起きていることはわかっていた。小さく肩が震えていたからだ。
「ねえ、ケイン」
ケインが言葉にまよっていると、マチルダが話しかけてきた。
「ジロさん、良かったね」
「よかったって……?」
「だってジロさん、今まですっごく苦労してきたじゃない? 誰もやろうとしない面倒な仕事をやってくれたり、モンスターの一部だけで良いのに、アイテムを毎回素材化してきてくれてさ。みんなもっと派手で名誉が手に入るようなクエストばかりやる中で、ジロさんだけがそんな地味でつらいクエストばかり」
マチルダは冒険者ギルドでの、ジロの活躍をずっと見てきた。ケインもだ。
「挙げ句の果てに手をケガしちゃって……高いランクに行けずに引退して。そんなジロさんが、ようやく幸せを手にしたんだよ。きれいな奥さんと、かわいい子どもたちと楽しそうで……うん! ほんとに良かった! あー! 良かった!」
虚勢を張っているのは、目に見えていた。マチルダは小さくむせび泣いていた。
「ジロさんが幸せで、わたしとっても嬉しいの! ほんとうよ、ケイン。勘違いしないで」
「…………」
たぶん、それは本心だろう。心根の優しいマチルダは、多分本気で、ジロの幸せを祝福している。
たとえそのせいで、身を裂くような思いをしていても……だ。
「あはは……ケイン。わたし、告白する前から、振られちゃったよ……」
マチルダは胎児のように体を丸くする。
「お化粧とか、いっぱい勉強したんだけどなぁ。毎朝ランニングするようにしたから、前よりお腹のお肉が取れたんだよ。ジロさんにキレイになったねって言われたくて……。だから……」
だから今日は勇気を出して、告白するつもりだったのだ。
昼間からふたりきりにしたのは、マチルダに告白させるためだった。
……まさかジロが結婚しているだなんて、知らなかった。
「ほんと、もうわたしってば昔からそうだよなぁ……。大好きって思ってても、告白する勇気がなくって……。結局好機を逃して……」
くる、っとマチルダが仰向けになる。手で目元をおおっている。
しゃくり上げるたび、彼女の大きな胸が弾む。それを見てケインは……。
利き手をグッと、逆の手で押さえて、目を閉じて、深呼吸をする。
見開いて、ケインは、彼女の肩を抱いて、抱き起こす。
「ケイン?」
涙で化粧がべとべとになっているマチルダの顔を……。
ケインはポケットから出したハンカチでぬぐう。
ひとしきり顔をぬぐって、くしゃり、と頭を撫でたあと、
「あほ」
と彼女の頭にチョップする。
「あうっ……。もう、いきなりなにするの?」
「あほな幼なじみに活を入れようって思ってさ」
頭の上に疑問符を浮かべながら、マチルダが首をかしげる。
「マチルダさんよ、なーに簡単に諦めてるんだよ」
ケインは隣に座るマチルダに語りかける。
「ジロさんが結婚した。幸せになった。そりゃ良いことだ。で、おまえはそれでいいのかよ」
「それでって……?」
「だからさ、おまえはこのまま引き下がって、幸せになれんのかって話」
マチルダが表情を暗くする。そんなの無理に決まっていることくらい、彼女自身も、そしてケインもわかっていた。
だからこそ……彼女の背中を押す。
「先にいっておくがこのままおまえ諦めたら、一生後悔するぞ。2ヶ月前に感じてた後悔とは、比じゃないくらいに激しくな。おまえはそれに耐えられるのか?」
ジロが冒険者を引退した2ヶ月前。きちんと告白できずに辛い思いをしていたマチルダ。
そのときよりももっと大きな痛みを、この先胸に抱いて生きていけるのか……。
ケインはそう問うたのだ。
マチルダの答えはシンプルだった。無言で体を震わせている。それが何よりも肯定を表現している。
「だろ? なら後悔しないように、おまえは動くべきだ」
「うごく……? どうするの?」
子どものような純粋さを持って、マチルダがケインに問いかけてくる。
「動けば良い。おまえの心のままに。おまえの心が叫んでいる、その声に素直に従って動けば良いんだよ」
マチルダが自分の胸に手を当ててうつむく。
まだ少し勇気が足りないみたいだ。
「マチルダ。昔の偉い人の言葉に、こう言う言葉があるんだ」
ケインはマチルダの目を見て、かつて読んだ本のセリフを思い返す。
「【どうせ死ぬ】」
マチルダの目が見開かれ、疑問の色が滲み出る。ケインは補足する。
「ひとはいつか、どうせ死ぬんだよ」
「だから……生きてるのは無意味? っていみ?」
マチルダがかつて自分が抱いたのと、同じ解釈を口にする。
「違う。ひとはどうせ死ぬ。ぼんやり漫然と生きていてもいつか死ぬ。懸命に今を生きて、やりたいことをやっていても、どうせいつか死ぬんだよ」
だから、とケインが続ける。
「どっちにしろどうせ死ぬなら、せいいっぱい、自分のしたいことをした方がいい。心のまま、思うまま、一生懸命にな」
たとえ今辛くて、しゃがみ込みこんで丸まっていたくなっているとしても、時間は傷心のマチルダを慰めてくれない。
どんどん時間は流れていって、ひとは死んでしまう。
それでいいのか? とケインは問いかける。
後悔を胸に抱いて死んで、そんな死に方で良いのか? と。
ケインはマチルダがこのまま漫然と生を過ごすことを、是とできなかった。幼なじみとして、男として、見過ごせなかった。
「ケイン……」
彼女が顔を上げる。子どもの時から変わらぬ童顔。つぶらな瞳。なるほど、人気が出るわけだ。
「前向きが取り柄のおまえが、なーに凹んだままウジウジしてるんだよ」
ケインは笑って、幼なじみの頭を撫でる。
「まだおまえの恋は、始まってすらいないだろ。告白はまだしてない。振られたわけではないんだ。ならどうすりゃいい?」
「…………」
彼女は、答えがわかってるようだった。
悲しみに濡れた瞳が、どんどん、活力を取り戻していく。
「おまえだってこの国に住んで長いんだ。一夫多妻が普通だってことくらいわかるだろ? なら別に良いじゃんか。ジロさんの3人目の奥さんになっても」
マチルダが目を伏せて、沈思黙考し、目を再び見開く。
その目は、闘志が宿っていた。
……それでいいんだとケインはうなずく。
「ケイン。わたし、この町を出てく」
「ほー、でどうするんだ? 出家でもするのか?」
冗談交じりにケインが尋ねる。
マチルダは「ううん」と首を振るって、
「わたし、ジロさんの働く孤児院で働く。そこでジロさんにアタックする。それで、ジロさんの3人目の奥さんになるんだ!」
決意のこもった瞳で、ぐっ……とマチルダが拳を握りしめる。
そこには二ヶ月前、告白できず凹んでいた彼女はいなかった。ジロに奥さんがいて悲しんでいた彼女もいなかった。
そこにいたのは……ひとりの、恋する乙女だった。
「そうかい。いいんじゃないか、おまえの人生だ。おまえの好きにすりゃいい」
「うんっ! そうするっ。さっそくギルドやめるっていってくるね!」
ケインが、考え無しに部屋を出て行こうとする幼なじみの首根っ子を掴む。
「なにするのよ、もー」
水を差されて不機嫌になるマチルダに、ケインがとうとうと語る。
「あのなマチルダ。やめるならギルドマスターに言わないとダメだろ。ギルド自体は夜中も開いてるが、ギルマスはもう家に帰って寝てるはずだ。いま行っても無駄足くらいだけだぞ」
「あ……。そっか」
指摘されて、マチルダは初めて気がついたようだ。
「それにギルドを抜けるとなると、この部屋を出て行かないといけない。引っ越しの準備はどうする? それに何より、ジロさんがどこで働いてるのかも、知らないだろおまえ」
うぐっ……とマチルダが言葉を詰まらせる。
「ったく、ほんとにおまえは、前向きだけど前しか見ないっていうか。ハッキリ言ってアホだな」
「あ、アホじゃないもんっ」
ぷくっと頬を膨らませるマチルダを見て、ケインは安心した。もう大丈夫そうだと。
ケインはポケットの中から紙を取り出し、それをマチルダに渡す。
「これは?」
「ジロさんの今の住所。聞いてきた。それとそこいま私有地になってるらしいんだけど、ジロさんに話しつけて、いつでも遊びに来てもいいって許可ももらった」
「ケイン……」
感じ入ったようにマチルダがつぶやいたあと、がばりっ、と抱きついてきた。
「ありがとっ! ほんとにケインは良いやつだっ!」
嬉しそうにそんなことを言うマチルダ。ケインは彼女の身体を抱きしめようとして……やめた。
ぐいっと押し返して、
「ふざけてるヒマあるなら、さっさと寝ろ。そんで焦るな。色々と準備を済ませてから、ジロさんの元へ行け。いいな?」
「うんっ。わかった! ありがと、ケインっ! わたしの頼れるもうひとりのお兄ちゃんだよ、ケインは!」
苦笑してケインが「あんがとな」と答えたのだった。
☆
そんなことがあった、数日後。
ケインはマチルダとともに、カミィーナの街の出入り口のところに立っていた。
「ほんとにそんなカバンひとつでいいのか?」
大きめの旅行カバンがひとつ、マチルダの足下に置いてある。
「舐めちゃ困るよケインさん。これは最近はやりの【マジック鞄】。【無限収納】が付与された、何でも入る魔法の鞄だよ!」
ふすー、っと自慢げにマチルダが鼻を鳴らす。
「へぇ、これがあの。たしか銀鳳商会のやつだよな。めちゃくちゃ安価で売られてるやつ」
「そうっ! 【無限収納】が付与された袋や鞄って、今まですっごく高かったのに、銀鳳商会のはすっごく安くて大人気なんだ」
ふーん、とケインがつぶやく。
「じゃあ小さそうに見えて荷物は結構はいってるわけな。重いのか? なんならジロさんのところまでついてくぞ?」
「へーき。この鞄、【空中浮揚】まで付与されてる。だからとっても軽いの」
重力を0にして、空中に物体をとどめることのできる【空中浮揚】がかかっているらしい。
ケインは持ちあげて得心する。確かに重さをまるで感じなかった。
「すげえなこの鞄。便利な上に安いなんて」
「ねっ。もう最近じゃ市場に出回っているマジックアイテムは全部銀鳳商会がしめてるの。安くて便利だって、みんな大喜びで買っていってるわ」
「そうなんだな。俺も魔法袋かおうかな……」
それはさておき、とケインが切り替える。
「ギルドもやめた、無職になったマチルダさんよ。これから就職活動へいくわけだが、意気込みは?」
就職活動とはジロの元へ行って、働かせてくださいと頼みにいくことだ。
「うんっ、ばっちり! 気合い十分だよ!」
「……。ま、大丈夫そうだな」
突然マチルダがジロの元へ行ったらさぞ驚くだろう。だから手はいちおう打っておいた。手紙は届いてるだろう。
「そんじゃマチルダ。じゃあな、達者で暮らせよ」
ケインが軽い調子で手を振って言う。
「もー、別に今生の別れじゃないんだよ。それに就活に失敗して帰ってくるかもしれないし」
だな、とケインが笑ってうなずく。もっとも大丈夫だろうとは思うけど。
「じゃあダメだったらさっさと戻ってこい。そんときゃおれが、しかたねえから結婚して、おまえを養ってやるからさ。昔のよしみってやつでよ」
「うんっ、ありがとケインっ」
「アホ。冗談で言ったんだから、変なこと言わないでよバカくらい言えって」
苦笑しながらケインが右手を差し出す。
「がんばれ」
マチルダはケインの手を取ってうなずく。
「がんばる」
そう言うと、手を離して、マチルダは鞄を持ちあげる。
「よーーーーしっ、がんばるぞー!」
えいえいおー、と気合いを入れると、マチルダはくるり、とケインを見て言う。
「じゃあねケイン。ばいばいっ!」
「ああ、じゃあなマチルダ。幸せになってこい」
マチルダが大きくうなずくと、鞄を持って歩き出す。大いなる野望を、夢を叶えるために、彼女は愛しい彼の元へと向かって歩いて行った。
「…………」
ケインは彼女が見えなくなるまで、その場で見送った。
「やれやれ……。世話のかかる妹だ」
小さく自嘲的に笑って、うん、とうなずく。
「さて、おれも頑張りますか」
くるり、と背を向けて、ケインは歩き出す。
今日も仕事が待っている。もう受付に彼女はいないけれど、それでも。
冒険者ケインは、今日もギルドへと足を運ぶのだった。
お疲れ様です!
そんな感じで幕間でした。マチルダさんには頑張って幸せを勝ち取ってもらいたいですが、ケインも同じくらい幸せになって欲しいです。頑張れケイン。
さて次回から7章に突入します。新しくなった孤児院。新しい環境に戸惑いつつも徐々に慣れていく子供たち。
そこに就活にきたマチルダさんが来て……みたいな、そんな感じになるかと思います。
以上です!7章もどうぞよろしくお願いします!
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ではまた!




