34.善人、休暇を取る
お世話になってます!
コレットが外出先から帰ってきた翌日、つまり新しい孤児院が完成した日。
その日の夜、竜の湯へと向かったおれとアム、そしてコレットの3人。
温泉でかいた汗を流して、湯船の中でほぅっと一息ついていると、コレットがふと、こう口火を切った。
「ジロくん、休んで良いよ」
隣に腰を下ろし、俺の胸板に頭を預けているコレットが、そう言った。
「休み?」
「うん、お休み」
コレットが俺の右腕を取って、きゅーっっと抱きしめてくる。柔らかな感触が当たって気持ちが良かった。
アムはそれを見て、左腕を抱いてくる。ぷりっとした感触が心地よい。
「そうね、アンタ休み取ったほうがいいわよ。ここ数日働きっぱなしだったじゃない」
「そうそう♡ だから良いよ、3日間くらい休んで。その間のことはわたしたちがやっておくわ」
ねー♡ と仲よさげにアムとコレットが笑い合う。仲良いねふたりとも。
「いや……申し出は嬉しいけど、いいって。おまえたちが働いてるのにサボれないよ」
「あらジロくん。サボるんじゃないわ。体を休めるのだって、職員の立派な仕事だと思うの」
「そうよ、そのせいで倒れてもらっちゃ困るわよ」
耳の痛い話しだ。
適度に休みは取るべきか。そうしないと、またこの間みたいに倒れて、周りに余計な迷惑をかけるハメになるもんな。
「わかった、じゃあ遠慮なく休ませてもらうよ」
うなずておれが言った。けどううむ、休暇か……。
「休みって言われても、やることないんだよな……」
今の仕事がほぼイコールで趣味みたいなものだ。
休めと言われても、やることがない。
「あ、でもジロくんさんや」
きりっ、とコレットが柳眉を逆立てて言う。
「ヒマだからって一花ちゃんたちとただれた生活みたいなのは、先生、許しませんからね」
「……やったらわかってんでしょうね」
コレットとアムが、むーっと頬を膨らませて言う。
「わかってるって。そんなことしないよ」
ふたりともがホッ……っと安堵の吐息を履く。
目を♡にして、つつつ、と近づいてくる。
「どうしてジロくんは他の子に目がいっちゃうのかな」
「そんなにアタシたちに魅力……ない?」
ぷくっと頬を膨らませるコレット。アムは不安げに眉を八の字にする。
「そんなことないってば」
俺はアムと、そしてコレットの頭を撫でる。ふたりを抱き寄せると、そのまま胸板にぴったりとくっついてくる。
「アム、良いこと思いついたわ。このまま3人で三日間、ただれた生活を送りましょう」
至極真面目なツラで、コレットが言う。だが俺も、そしてアムも知っている。
コレットが冗談を言うときは、決まってまじめくさった顔で言うことを。
「ばかなこと言ってんじゃないわよコレット」
ぺちん、とアムがしっぽでコレットのぷりっとした安産型のお尻を叩く。
「でもアム。そうすればジロくんが、この3日間でほかに女の子を作るって心配がなくなるのよ? 良い提案だと思わない?」
「う……。それは、確かに」
ううむ……と嫁たちがうなる。
「ふたりとも。もちろん冗談で言ってんだよな?」
俺が頭を撫でてやりながら言う。
「「当たり前じゃない」」
ふたりにとっても、そして俺にとっても、何よりも孤児院の子らの生活を1番に考えている。
職員全員が休むなんて、あり得ない話しだった。
「でもアム、いちおう予防線は張っておいた方がいいと思うの」
「それね。そうしよ、コレット」
うんうん、とアムとコレットとがうなずきあう。
「予防線? なんの」ことだ、と言い終わる前に、
「えいっ♡」
まずコレットが、俺の身体にのしかかってくる。
そして右の首筋に、その柔らかな唇を押し当てて、ちゅぅううう…………っと吸いついてくる。
強く吸われているのに、まったく痛みは感じない。それどころか唾液のぬめりけと温かな口の中の感触が、実に気持ちが良かった。
ややあってコレットが、首筋から口を離す。
「うん♡ これでおっけー♡ さっ、アム
」
「ん」
今度は入れ代わるように、アムが乗っかってくる。
コレットとは逆側の首筋にチュッ……とキスをすると、
かりっ。
「っつ」
と小さく歯を立ててきた。
だがまるで痛くなく、子犬に噛まれたみみたいな、そんなくらいの強さだった。
「ジロって不思議よね。アタシたちと同じなのに、すっごく良い味がする」
ぺろっ、とアムが口元を舌でなめていう。
「そう言えばキャニスもそんなこといってたな。コンも」
コンの場合は良いにおいって言っていたか。
とにもかくにも。
「これでマーキングしゅうりょー♡」
「これでうちのだ、旦那……に、悪い虫がつく必要ないわね」
「うんっ、安心安心っ♡」
喜色満面のコレット。アムはぷいっとそっぽ向きながらも、しかししっぽは素直にくねくねと喜んでいた。
「マーキング……?」
なんのこっちゃと思って首筋を見て、納得する。
両方の首筋には、くっきりと、女性の唇の形が残っていた。
服で隠せない位置にキスマークがある。
マーキングってこれのことか。
「なーにジロくん? ごふまんですか? 浮気ができなくって?」
にこーっと笑ってコレットが言う。口元だけしか笑ってなかった。目がぎんぎんでした。ガチでした。
「ぜんぜん。というか浮気とかするつもりないからな」
こんなかわいい嫁さんがふたりもいるんだから、おれには十分だ。
「「ふ~~~~~~~~~ん」」
「……なんだよ」
じっととした目でコレットとアムが俺を見やる。
「アムさんアムさん、信じられますジロくんの言葉」
「疑わしいわね」
うんうん、とうなずき合うコレットたち。
「信用してくれって」
「どーだか」アムがフンッと鼻を鳴らして言う。
「たとえば胸のおっきな女の子が近寄ってきたら、目がそっちにいっちゃうでしょ」
「そりゃ……まあ……」
チラッとコレットの方を見やる。コレットは俺の視線に気づくと、わざとうつぶせになって、少し体をこっちに向けてくる。
大きすぎる乳房が体で潰されて、とんでもないことになっていた。
「ほらやっぱり。ふんだっ」
アムが拗ねてしまった。だがしっぽが何かを期待するように、ぴんぴんぴくぴくと動いている。
「ジロくん。順番をアムに譲ってあげましょう。特別よ♡」
「はいはいありがとね、コレットさんよ」
俺はアムの小さな体をひょいっと抱き寄せる。
彼女は嬉しそうにお腹の上にのっかり、しっぽを腕に絡めてきたのだった。
☆
翌日、つまり孤児院が新しくなった次の日。
俺は自動車を運転して、ソルティップの森の中を走っていた。
というのも、これから俺は、冒険者時代のホームタウンである、カミィーナの街へと向かっているのである。
休暇をもらった俺。
ただし3日もいらない、明日一日だけでいいよと言った。
しかし1日だって、休めって言われても困る。特にやることがないからだ。
家にいて子どもと遊んでも良いのだが、そうするとアムが休んでないじゃない、と怒ってケツを蹴ってくる。
じゃあ……と思って、俺はカミィーナにいるマチルダに、フクロウ便で手紙を出したのだ。
この世界ではメールや電話なんて便利なツールはない。
手紙のやりとりは、主にフクロウがやってくれるのだ。
さて手紙の内容はと言うと、今日はヒマかと。そしてヒマだったら、前の約束を履行しようという話しだ。
前の約束というのは、俺が冒険者を引退して、街を出るとき。
マチルダとケイン、3人でまた飲もうぜ、という約束のこと。
あれから2ヶ月くらい。
やっとこっちの生活にも落ち着いてきた。そして久々の休暇が取れた、という旨をかいて、フクロウに手紙を運んでもらう。
手紙をカミィーナのマチルダの元へ届けると、1時間もしないうちに、返事が返ってきた。
【ぜんっっっぜん、ヒマですっ!!!】
と達筆な字でそう返事が返ってきた。
どうやらケインもヒマであるらしい。
ならば……と俺たちは飲みに行く約束を取り付けて、俺はカミィーナへと向かうことになった次第だ。
「しかし解せないな。なんで昼から飲むんだ?」
手紙には昼からあいませんかとかかれていた。
俺はいいけど、マチルダたちにはそれぞれの仕事がある。ケインは冒険者、そしてマチルダは受付嬢。
だから仕事が終わった後、夜に飲もうと思ったのだが(その日はカミィーナに1泊して、翌日車で帰るつもりだ)。
昼から時間が空いているので、3人でどうかと。
「まあいいけど」
そうこうしているうちに、なつかしいカミィーナの街に到着する。
2ヶ月くらいぶりか……。
門番の顔見知りにあいさつをして、車を止めるスペースを用意してもらう。
そして街に入ると、そこにはなつかしいカミィーナの町並みが広がっていた。
「なつかしいなー」
カミィーナは山間の街だ。遠くに天竜山脈が見える。今日は特に天気が良いこともあって、くっきりとその偉容をおがむことができた。
「さて……えっと、たしか冒険者ギルドへ向かえば良いんだったな」
手紙に書いてあった集合場所へ行こうとした、そのときだった。
「ジ~~~~~~~ロさぁーーーん♡」
聞き慣れた少女の声が、右前方から聞こえてきた。
そちらを見ると……髪の長い女性が、手を振りながら、笑顔で走ってくる。
すらりと長い足。きゅっと引き締まった腰。ふくよかな胸にふわふわの髪。
彼女こそ、俺が冒険者時代にお世話になった受付嬢・マチルダだった。
ふうふうはあはあ、と肩で息をしながら、マチルダが俺の元へとやってくる。
そして目と鼻の先までやってくると、呼吸を整えて、
「ジロさんっ♡ おかえりなさいっ」
と最高の笑顔で、マチルダが俺を出迎えてくれた。
「おう、ただいまマチルダ」
俺はつい昔のクセで、マチルダの髪を撫でる。
「あっ…………」
マチルダの目が大きく見開かれる。
「~~~~~~~~~///」
「あ、すまん。ついくせで……」
いかんな、どうも。こんなおっさんに頭を撫でられて、さぞ不快だろう。
マチルダは確か18だった。思春期まっただ中だ。そこにこんなのに、頭というデリケートな部分を触れて、きっと腹に据えかねているに違いない。
きっと怒ってる……と思ったが、どうやら違った。
「…………♡」
夢見心ちな表情で、ふらふらと体をゆらしている。
いつまで経ってもマチルダは、ぽぉ……っとした表情を解こうとしなかった。
「マチルダ? おーい」
俺がそう言うと、ハッ! と正気に戻る。
「す、すみませんジロさんっ! わたしったら嬉しくってつい……」
「嬉しい?」
「ああいえなんでもないですよおほほほ♡」
ぱたぱた、とマチルダは手でウチワを作って顔を仰ぐ。
まあなんでもないっていうのなら、何でもないのだろう。
「ところでケインは? 今日は3人でって話しだよな」
「アーソレナンデスガー」
マチルダは俺から視線をそらしながら言う。
「チョット都合悪クナッタミタイデス」
「そうなのか?」
どうやら急に仕事が入ったらしい。
夕方には終わるので、飲みにはいけるとのこと。
「そっか。じゃあマチルダ。とりあえずメシでも行くか」
「はいっ!」
元気よくマチルダが返事をする。
とりあえず知ってる上手い店に彼女を連れて行こうと、歩き出す。
「……やったよケイン参謀っ♡作戦どうりっ。やった♡ やった♡」
「ん? なんだって?」
「いいえー! なんでもー!」
マチルダは喜色満面になり、俺の隣に移動する。そして俺の腕を、何度も見て、「ゆうきっ」と小さく何かをつぶやいて、マチルダが抱きついてきた。
「ん? どうした?」
「あ、いえいえっ。その、ほ、ほらっ。さっきジロさん、わたしのこと、昔のクセで頭撫でたでしょ? お、おかえしですよおかえしっ」
そう言えばマチルダは、昔よくこうして抱きついてきたっけ。
なついなー。
「そっか。わかったよ」
しかし大人になったと思ったんだが、マチルダも子どもっぽいとこあるんだなぁと思った。
「えへへ♡ ジロさんの隣っ♡ ジロさんの大きなからだっ。ジロさんの…………じろ…………さんの…………」
そのときだった。
マチルダがぴたり、と足を止めたのだ。
俺を見上げて……いや、なんか首筋のあたりを見ながら、マチルダが言う。
「あの……あのあの……じ、ジロ、さん?」
「ん? どうしたマチルダ?」
マチルダがサァッ……と顔を青くして、俺を凝視する。
俺というか、首筋か。
「なんだ? 虫でもついていたか?」
俺は利き手である左手で、マチルダが凝視する右首のあたりを、触る。
「!?!?!?!?!?!?」
マチルダの目が、さらに大きく、見開かれる。
かくーんっ、と大きく顎を落とした。
「ど、どうしたんだよ……」
「……それ……まさか……それ……」
ぶつぶつぶつぶつ、とマチルダが何事かを、早口で言う。
「? マチルダ? なんだ具合悪いのか?」
「……いえ、体調は万全です。心が、ちょっと」
すみません、と言って謝るマチルダ。
結局ふたりで昼飯を食っているときも、その後買い物をして回ったときも、マチルダの様子はおかしいままだった。
そのまま夜を迎えて、俺とケイン、そしてマチルダの3人で、飲みに行くことになったのだった。
お疲れ様です!
そんな感じで次回マチルダさんとケインとで飲みにいきます。ジロが結婚してることを知ったマチルダさん。落ち込む彼女をケインがはげまし、勇気をもらった彼女は……みたいな感じで7章へと続くと思います。
7章は新しい孤児院に子供達が大喜びしたり、個室が与えられるようになって誰と同じ部屋になるかでもめたり、あとはマチルダさんが絡んでくると思うのでそのあたりを書きつつ……みたいな、孤児院での新しい日々を書く予定です。
以上です!
ではまた!




