33.マチルダさん、告白に失敗して凹む
いつもお世話になってます!
少し話しはさかのぼる。
ジロが冒険者を引退した日の、夜の出来事だ。
この国南西部にある街、カミィーナ。
冒険者ケインはその日、冒険者としての仕事を終えると、クエスト完了を知らせに、ギルド会館へと向かった。
ギルドホールは相変わらず盛況だ。
あちこちでエールを飲むもの、飯を食う物がいて、今日1日の疲れを癒やしている。
ケインも今日の仕事が終わったら、酒を飲むつもりだった。
まあもっとも、疲れを癒やす目的ではなく、別の目的があるのだが。
「おれのっていうか、あいつのだな」
ケインは苦笑すると、ホールを通り抜けて、受付へと向かう。
そこには幼なじみのマチルダが、窓口に立っていた。
「…………」
ぽけー、っと惚けた表情で、マチルダが虚空を見据えている。
受付の前には、ケインと同世代くらいの青年がいた。
マチルダに気があり、いつもデートに誘っている彼であると、ケインは気がついた。
「それでさー、今日は六腕ケンタウロスを倒したんだよ」
「はぁ」
「あれをさB級で倒したのって俺くらいだよなぁっ!」
「はぁ……」
「ほっっっんと俺って有望株だと思うよ! だからマチルダさん! 俺と今晩いっしょに酒でもどうかなっ!?」
明らかに心ここにあらずのマチルダに、青年が必死になって口説いていた。
マチルダは人気がある。
若く美しく、そして何より胸が大きかった。
子どもの顔より大きな乳房に、くびれた腰、ぷっくりと突き出たヒップ。
ふわふわの髪をゆるく三つ編みにして、肩からかけている。
顔の作りはきれいというよりかわいい系だ。やや垂れ目の大きな目に、ふくよかな頬。そんな素朴な感じが、親近感を抱かせ、逆に人気があるというわけだ。
「マチルダさんどうかなっ!? ねえ!?」
必死になって口説いている青年には悪いが、マチルダが彼に振り向くことは、おそらくないだろう。
なぜなら彼女の心の中には、すでに特定のひとりが住んでいるのだから。
「罪な女だよな、マチルダは……」
ふう、と吐息をはいて、ケインは彼女に近づく。
「すみません。ちょっと良いですか?」
ケインは青年に声をかける。
「あ? ンだよこっちは立て込んでるんだよ。あっちいけって」
しっし、と青年が顔をしかめて、ケインに手を振る。
「すみません、ちょっと彼女と先約がありまして。ね、マチルダさん」
にこり、とケインが笑いかける。
背後で「きゃー♡」「かっこいー♡」とギルドホールの給仕の女の子たちが、ケインの笑顔に黄色い声を上げる。
ハッ……! と我に返るマチルダ。
「す、すみません……。えと、何の話しでしたっけ……?」
マチルダが申し訳なさそうにつぶやく。
多分青年の話、全部聞き流してたなぁ、とケインは考察する。
「そ、そんなぁ……。聞いてなかったのかよぉ……」
青年はがっくり……と肩を落とした。
まああんだけ熱心に口説いていた相手が、まるで自分の話をスルーしていたら、そりゃ凹むだろうな、とケインは思った。
そのまま青年はとぼとぼ……と歩いて、どこかへいってしまった。
「だめだろー、マチルダ。いくらジロさんがいなくなってショックだからって、仕事くらいちゃんとしろよなー」
ケインはモンスターの一部を、マチルダに手渡す。
採取クエストの達成の手続きをしながら、マチルダは「ごめんね、ケイン……」とシュンとする。
気落ちしながらも、マチルダの手際は見事な物だった。
よどみない動作で手続きを追え、ケインに報酬金を手渡す。
「はぁ~~~………………」
マチルダが大きく吐息をはく。その顔は見るからに落ち込んでいた。
「なに凹んでんだよ」
「だってー……わかるでしょう?」
ふたりの口調は、しらず砕けた物になる。
ふたりは昔なじみなのだ。
「ジロさんがもういないの……。はぁー……。わたし、これから生きてけるか、不安だなぁ」
マチルダがその場にへなへな……としゃがみ込んでしまう。口にしたことで、ショックがより際だったのだろう。
「マチルダ、仕事中」
「わかってるわよぉ……はぁ~……ジロさん……。どうしてあのとき、もっと勇気出せなかったんだろ……」
あのときというのは、ジロがこの町を出て行くときのことだろう。
マチルダは勇気を出して、好きだと告白をしたのだ。
ケインはこれには喝采をあげた。ヘタレ気味の幼なじみが、ようやく、思い人に胸の内を告白したのだから。
しかし帰ってきた返事は、彼らの期待した物と違った。
好きだと言われて、ジロはおまえたちのことが好きだと答えた。
ケインとマチルダ、両方が好きだと。
……残念ながらマチルダの恋心に、ジロは気づきすらしてなかったのである。
「まーなぁ。あそこでもう一歩踏み込んどけよ。へたりやがって」
「だってぇ……」
マチルダが重度の奥手であることは、幼なじみのケインが1番よく知っている。
彼女がまた、ジロをどれだけ好きだったか、ということもだ。
ケインはため息をつくと、
「仕事終わったら愚痴きいてやるよ」
と言うと、マチルダはしゃがみ込んだまま「ありがと~……」と返事を寄こす。
「んじゃ20時にいつものところな」
「うん……。あのね、ケイン」
ひょこっと窓口から顔を出し、マチルダが申し訳なさそうに、眉を八の字にする。
「いつもごめんね」
「気にすんなって」
そんじゃな、と言ってケインはその場を後にしたのだった。
☆
カミィーナの街のはずれにある、大衆酒場にて。
仕事を終えたケインとマチルダは、酒場へと入り、端っこの席に座る。
安いエールがやってきて、マチルダはゴクゴクゴクとスゴいペースで酒を飲む。
1杯目が終わると2杯目。
そして3杯、4杯、5杯……と飲んで、ようやくマチルダは一息ついた。
「はぁ……。ジロさん……。ジロさぁー……ん」
くったり、とマチルダがテーブルに頬を着けて言う。
「はぁ~…………」
彼女の顔はほんのりと赤くなっていた。
そう、ほんのり程度である。
「ど~してあのとき、わたしも連れてってー、って言えなかったのよ。わたしのばかばか~……。はぁ~……」
そのしゃべり方はしっかりとしていた。あれだけ酒を飲んだにもかかわらず、意識はハッキリとしている。
「おまえほんと、酒強いよな」
「うう……お母さんの血がにくい……」
「それなー。酔っちゃった、みたいなこと、おまえできないもんな」
たまにジロと3人で飲んだことがあるのだが、マチルダは1回も酔いつぶれたことはない。
むしろジロが先に潰れて、ケインが家に届けたという苦い経験があった。
「あんときはおまえ、ほんと失敗だったと思う。なんでおまえがジロさんを宿に連れてかなかったんだよ」
「だ、だって~……」
そうすれば逆に襲う、みたいな感じで良い流れになったと思うのに……とケインはため息をつく。
「その……はじめては、もっとロマンチックな感じが良かったんだもん。酔った勢いでなんて無理っ。それに……じ、自分からなんて……そんな、は、はしたないことできないよっ」
マチルダは起き上がると、顔を真っ赤にして、手で顔を覆い隠す。
「ウワバミのマチルダさんは、いくら酒飲んでも顔赤くならないのに、ジロさんのことになると簡単に真っ赤になるのであった……」
ケインがため息をつきながら、酒をあおる。
「どうして酒豪の母親を持っちゃったんだろ……」
ケインも知っているが、マチルダの母はたいそうな酒飲みだ。
度数の高い酒を、まるで水のように飲む。マチルダの酒への耐性は遺伝としてついだものなのだ。
「まあまあ。美人のお母さんがいてくれたおかげで、おまえもこんなに可愛くなれたんだから、むしろラッキーじゃん」
「…………うれしくないもん」
ぷくっと頬を膨らませて、マチルダが顎をテーブルにのせる。
「ケインに可愛いって言われても、うれしくないもん。ジロさんに言って欲しかったんだもん。はぁ~~~~………………。ジロさぁ~……ん」
マチルダのジロへの思いは相当な物だ。
なにせ子どもの時から、彼女はジロへ思いを寄せていたのだから。
「母親を助けてもらったときに一目惚れ。それから10年ずっと片思いか。つらと胸がいいんだから、もっと自信持って、さっさと告ればよかったのにな」
「うう……ケインのばかっ。乙女心をなにもわかってないよっ」
ぷくっと可愛らしく頬を膨らませてマチルダが言う。
「そんなに簡単に……ほいほい告白なんてできないよ」
「そうか? 案外スルッとオッケーもらえてたかもしれないじゃん」
「無理だよぅ……。自信ないもん……」
はぁ~……とため息をつくマチルダを見ながら、ケインは不思議に思う。
どうしてこの美しい少女は、まったく自分に自信を持ってないのかと。
マチルダの容姿は並ではない。美人揃いの受付嬢の中でも、頭ひとつ、いやふたつほど飛び抜けている。
素朴さを感じさせる整った顔に、男の視線を釘付けにする大きな乳房。
どこに自信を感じない要素があるのだろうか……と常々疑問に思うケインである。
「ねえケイン。これからわたし、どうすればいいかなぁ……」
マチルダが6杯目のエールを注文し、秒で飲み干して、ケインに尋ねる。
「それなー。正直言って、今朝を逃したのは痛かったと思うぞ」
「だよねー…………。はぁ…………」
「ジロさんはもうここを出て行ったんだ。また来てくれるっていってたけど、果たしていつになるか。1ヶ月か、2ヶ月か……」
「うう……そんなにジロさんに会えなかったら、わたし死んじゃうよぉ……」
幼い子どものように、マチルダがぐずる。
体は日増しに女になっていくマチルダだが、不思議と顔は、子どもの時からまったく変化してないのだ。
不思議だなぁと思いながらケインが言う。
「手紙書こうにもどこに行ったのかわからないし。連絡の取りようがないしな。向こうがカミィーナにまた来てくれるのを、気長に待つしかないわな」
「いつなのー……? ねえケイン、それっていつなの~……? ねー、えー」
ねーねー、とマチルダがケインの腕を引っ張って言う。
何度も言うがマチルダは酔ってない。今もエール7杯目を秒で飲み干して、顔をまったく赤くしてない。
幼い態度が出てしまうのは、相手が気のおけない幼なじみだからだ。
「わかんないって。おまえにできるのは、カミィーナでジロさんが約束守りに来てくれるのを、ひたすらに待つことだけだな」
「つらいよ、それ……。本当に、つらい……」
マチルダが暗い表情になり、ぐすぐす……と泣き出す。
「わたしのばか、いつか告るぞってさきのばしにして、結局後悔してる。ほんとばか、わたしのばか……」
「まあ…………うん。ドンマイ」
何を言っても、今の彼女をなぐさめることは不可能だ。気休めにしか、いや、気休めにすらならないだろう。
彼女の心を真にいやしてあげられるのは、思い人であるジロだけなのだ。
「ジロさんが帰ってくるまで、その恋愛ヘタレなところをなんとかしないとな」
「なによ恋愛ヘタレって?」
「好きな人がいても告白できない。デートに誘えない。顔を5秒見ているだけでまっかになって目をそらす。そういうとこ」
「うう……ケインのばか。そんなの、言われなくっても自覚してるもん。なおそうっておもって……訓練だってしてるんだからね」
マチルダが起き上がって、8杯目のエールを手に持った次の瞬間に飲み干して、ふんっ、と胸を張る。
ばるんっ! と大きく張りのある胸が、躍動した。
「ほー、訓練ね。たとえばどんなことしたんだ?」
よくぞ聞いてくれた、みたいに、マチルダが嬉々として語り出す。
「頭の中でね、ジロさんとふたりきりになってるシーンを想像するの。そこでジロさんと見つめ合って……告白して……みたいなっ! もう何度も告白の練習はしたの。もうイメトレはばっちりなのよっ!」
すごいでしょっ、みたいな感じで笑うマチルダに、半笑いでケインが「そだな」とうなずく。
「……なに? もしかしてばかにしてる?」
「うん、してる。それ単なる妄想じゃん。なんの練習にもなってねーよ」
「も、妄想も練習のいっかんだもんっ!」
どうだか、とケインはため息をつく。
もしかりにそれが練習になっているのなら、今頃マチルダはジロと一緒に、この町を去っているだろう。
「でもマジな話し、このままじゃおまえ、本気でやばいと思うんだよ」
真面目なトーンでケインが言う。
「やばいって……?」
「だからさ、このまま顔あわせる機会も少なくなっていったら、ジロさんが女を作ちゃうぞって意味」
マチルダの顔がさぁ……っと青くなる。
「そう……だよね。ジロさん……かっこいいし、頼りになるし、優しいし……。女の子が、放っておくわけないもんね……」
ずうううう……ん、とマチルダが表情を暗くして、肩を落とす。
しまった。励ますつもりが、落ち込ませてどうする。
ケインは反省し、気を取り直すように言う。
「あー、でも案外だいじょうぶかもな。ほら、ジロさんって結構にぶいだろ? 好意を持たれてるってことに、気づかれないでフリーでいるかもしれないな」
現にジロはマチルダの思いに、これっぽちも気がついてなかったのだ。
たぶん他の女性からの好意にも気がついていないのだろう。
あのひと、人は良いけど、どこかぼんやりしてるんだよな……と苦笑するケイン。そんなジロの抜けているところも、人間味があって好きなところでもある、とケインは思う。
「そ、そうかなっ」
励まされて、マチルダがパァッ……! と顔を明るくする。
「おう、そうだって。大丈夫、絶対女なんて作ってないって」
「なら……ならっ、わたし、がんばるよっ!」
がばっ! とマチルダが立ちあがって、手をギュッと握る。
「ジロさんが約束守りに、この街に来たら、今度こそ、告白するんだ!」
その顔には確かな決意がこめらえていた。
めらめら……と瞳の中で炎が燃えている。
良かった、元気になったみたいだ……。
と安堵の吐息を漏らすケイン。
「まあいつになるかわからないから、いつ来ても良いように、女は磨いとけよ、マチルダ」
苦笑しつつケインが言うと、
「そうだねっ! うん、よーし、お化粧もっと勉強しよっ。もっと運動してやせなきゃっ。ジロさんにキレイになったねって言われるように……♡」
おー! とマチルダが拳を振り上げて言う。
凹みやすく、しかしすぐに復活し、前を向く。マチルダのその前向きなところを、ケインは尊敬していたのだった。
☆
そして月日は流れて……現在。
初夏に近づいた頃。
ケインがこの日もギルドへ行くと、受付嬢のマチルダが、すさまじい勢いで、ケインの元へと駆け寄ってきた。
「ケインケインけいんー!!!」
満面の笑みを浮かべながら、マチルダが手を振ってこちらに走ってくる。
「どしたんだよ?」
目の前で止まったマチルダに、ケインが話しかける。
ぜえはあと息を整えたあと、マチルダが言った。
「ジロさんがねっ、明日、カミィーナの街に来るんだって! いま、手紙がギルドのわたしあてにきたのっ!」
お疲れ様です!
ということで幕間はマチルダさん編となります。
流れとしてはこのあと、ジロが飲みにいくことになった経緯をかいて、3人で飲みにいく。
そこでジロの指に指輪があることに気づくマチルダさん。さらにふたつめの指輪も買おうとしていて、さぁ大変。
居ても立っても居られないマチルダさんは……みたいな感じで7章へと続くようになるかと思います。
たぶん掌編は次、かその次で終わって、35話くらいから7章スタートになる予定です。
以上です!
最後に、いま新連載やってます!下にリンクが貼ってますので、まだお読みでないかたは是非よんでいただけると嬉しいです!
ではまた!




