03.善人、狩りへ行ってお肉を取ってくる
いつもお世話になってます!
恩師コレットの経営する孤児院へとやってきた俺。
「なーなーおっちゃん、食い物もってねー、ですっ?」
孤児院のリビングらしい場所に通された。外もそうだったが、中もボロかった。床が抜けてる場所もある。
雨漏りしている箇所もいくつもあった。家具なんてテーブルとイス以外になく、イスも座っているだけでガタガタとする。
コレットはお茶を入れるからと行ってリビングを出て行った。ここには俺と、犬耳幼女のキャニス、そして、
「くいもの、ぷりーず」
きつね耳幼女のコンだけが残された。
「なーなー、おにいちゃーんっ、たべものもってないですー?」
キャニスが俺の右脚にしがみつきながら、そんなことを聞いてくる。ちなみにコンは俺の左肩に乗っかっている。
ウサギ耳幼女のラビからは怖がられていたが、このふたりはやたらとフレンドリーだ。
「なんだ、おなかすいてるのか?」
「はらぺこー、ですっ!」
「はらぺこー、なう」
キャニスが元気よく、コンは平坦な口調のまま、同意を示す。
「ふむ……」
俺は幼女たちを見やる。キャニスは茶髪にふわふわとした犬耳が側頭部から生えている。口から覗く八重歯がなかなかにあいらしい。
しかし頬が若干こけており、そして手足が棒のようだ。
きつね耳獣人のコンは、長い銀髪、眠たげに半眼になった金の目、となかなかに将来が楽しみな美少女だ。
が、キャニス同様にやせこけており、お尻から生えているシッポの毛並みが悪い。
栄養状態が悪いようだった。
「じー……」「…………」「じー……」「な、なにかな?」
肩にのし掛かるコンが、俺のことを凝視してくる。
コンは俺の耳元に鼻先をつけて、すんすんとにおいを嗅ぐと、「ほぅ……」と吐息を吐いて、
「けっこうな、おてまえ」
とよくわからないことを言った。うーん、不思議ちゃんだな……。その後コンはすんすんと俺のにおいを嗅いでは、ほぅと吐息を吐く。
「なーなー! おにーちゃんてばー!」
「あ、ああごめん。えっと……食いもんだよな」
いちおう弁当、というか携帯食料と水は持っている。だが携帯食料は、あまり美味くない。
粘土みたいな食感で、粘土みたいな味がする、実質粘土だ。栄養はあるみたいだけどな。
事実キャニスとコンに携帯食料を見せたら、どちらもが「ねんど?」と首をかしげた。だよな。
「いちおうそれ食いもんなんだ。腹減ってるならそれやるよ」
キャニスとコンに、携帯食料をそれぞれ手渡す。
「うぇーい、やったー、ですっ!!」
「うぇーい、やったー」
ふたりはいそいそと包み紙をやぶり、はぐはぐと食べる。たべて……微妙な顔になる。
「まじー! まずいー、ですー!」
「こつぁー、ひでぇ」
よほど美味しくないのか、ひとくちたべただけで、ふたりの耳がぺちょーんと垂れた。
「まずいなら残して良いぞ?」
俺はキャニスたちから携帯食料を回収しようとした、そのときだった。
「ううん、ですっ!」
「たべる、のー」
ぎゅるるるる、という獣人幼女たちは大きな腹の音を立てると、猛烈な勢いで、まずい携帯食料を食い始めた。
「あははっ! まずいっ! げろまずー、ですっ!」
「まずまず、まずまず」
と言いながらも、あっという間に携帯食料を食べ終わってしまったふたりとも。
「ぷはー! おなかが満たされたです-!」
「みー、とうー」
ふへー、とだらしない顔で吐息を吐く幼女たち。
……まずい食料を、あんな勢いで食ってやがった。
それだけ食糧事情がやばいということだろうか。
普段の粗食に加えて、満足に腹を満たせてないようだった。
「おにいちゃん、さんきゅーなー、です」
「かんしゃ、かんげき」
にこー、と笑う幼女たち。
……その笑顔を見ていたら、かわいそうに思えてきた。借金があったんだ、食べ物は満足に食えなかっただろう。
美味い料理も食ったことが無いんじゃないか?
それでもーー
「コン、やべーですよ。このおにちゃん、めっちゃいいひとっぽいです」
「それ、な」
「あっ! ごはんもらったおれいいってなかったですっ!」
「それ、よ」
「おにーちゃんっ! あんがとー、ですっ!」
「てんきゅー」
幼女たちは屈託のない笑顔を向けながら、食いもんをくれた俺にお礼を言ってくる。
まずしくても、この子らは鬱屈するのではなく、こうして明るく生きている。
コレットの教育が良かったのだろうな。
優しく育ててもらったから、こんなにふたりは明るくまっすぐ育ったのだ。逆境にめげるのでも、腐るのでもなく。
……そんな健気に生きる彼女らを見ていたら、気づけば俺は立ち上がっていた。したいと思った。この子らに、何かを。
「そんなもんより、もっと美味いもんくわせてやるよ」
☆
俺はコレットが戻ってくるなり、「ちょっと出てきます」と言って孤児院の外を出た。
「さて……」
出発しようとしたそのときだった。
「ちょっとアンタ」
と背後で俺を呼ぶ声がした。
振りかえると、そこには猫獣人のアムがいた。
短い赤毛、腰に手を当てるポーズ。いかにも気の強そうな見た目だ。
「どこいくの? コレットがあんたのためにわざわざお湯を沸かしてお茶作ってくれたのよ?」
この世界では火をおこすのも一苦労だ。
魔法を使える人間がいれば、一発でパッと火をおこせるだろう。
けど実際には魔法を使える人間は少ない。コレットはエルフで魔法は使えるが、彼女は光魔法(回復術)しか使えない。
魔法を使えないものたちにとって、お茶を作るためには、まず水を汲んできて、火をつけて、火加減を調整しなくてはならない。
つまり結構手間なのだ。手間暇かけて作ったお茶を飲まずに、おまえはどこへいくのかと、この子は詰問してきているのだ。
「コレットが汗びっしょりになって作ったのに……さめちゃうでしょ、お茶」
ああ、この子もまた優しく育てられたのだろうなとふと思った。
この子は、俺がコレットの苦労をムダにしようとしていると怒っているのだ。
他者を思いやれる子なのだろう。
「な、なによ。笑っちゃって」
「いや、コレットは良い先生だなって、改めて思ってさ」
はぁ? と首をかしげるアム。ま、わからないなら別に良い。
というか、そうか。お湯を沸かしたのか。ということは、火は起きているということ。
好都合だった。
「ちょっと近くまで狩りにいってくるって、コレットに伝えといてくれないか?」
俺はアムを見ながら言う。
「狩り?」
「ああ。アムは狩りとかしないのか?」
「……無理。わたし、腕力ないから」
俺は彼女の細腕を見ながら得心する。
アムは猫の獣人だ。俊敏性はあるけど、動物相手を倒すほどの腕力はないと。
「わかった。じゃあちょっと行ってくる」
「ちょっ、ちょっとまちなさいよ!」
アムが俊敏な動きで俺に近づくと、腕を引いてきた。
「ひとりで狩りとかバカなのっ!? あぶないわよっ!」
どうやらこの子、本気で俺の身を案じてるみたいだった。ほんと、他人を思いやれる優しい子なんだな。
「大丈夫。こう見えて俺、そこそこ強いからさ。それに狩りは得意中の得意だ」
俺はアムの目をまっすぐに見て言う。彼女は黄金の瞳で俺を見てくる。
目は口ほどにものを言う。俺の発言にウソがないかを、彼女は探っているのだろう。
やがてーー
「……ウソじゃない、みたいね」
「ん、まあな」
ぱっ……とアムが手を離してくる。
「じゃ、行ってくるよ」
そう言って俺はアムに背を向けて、孤児院を後にする。
孤児院は森の開けた場所に建っていた。数十歩歩くだけで、またあの深いの中へと戻ってきた。
さて……。
「どうするつもりなの?」「え?」
振り替えるとそこには、アムがいた。
「おまえどうしているんだよ?」
「……別に良いでしょ。ただ、あんたが森でケガしたら、その……コレットが。そう! コレットが悲しむから!」
だからケガしないように見張りにきたのだと、アムが続けた。いやぁ、優しいなあこの子は。
「わ、わらうなしっ! ばかっばかっ!」
げしげし、とアムが俺の脚を蹴ってくる。あんまりいたくない。
むしろ子猫が甘噛みしてくるみたいで、くすぐったい。
……てか、今更だけどアムはいくつくらいなのだろうか。
コレットの言によると、キャニスたちより年上らしい。
けど結構小柄だ。10代……前半? 小学生くらい? まあ、あとで聞こう。
「そ、それに……あんた。この森に詳しくないでしょ? 道案内もなく森をさまよって、帰ってこれるわけ」
「あー……言われてみれば」
ここへまではコレットの先導の元やってきた。森にひとりで入って帰ってこれる自信はない。
「……アンタ結構抜けてるわね」
「めんぼくねえ」
俺が軽く頭を下げると、
「ならほらっ、アタシが必要じゃないっ。ほら、いくわよっ!」
アムが嬉しそうに笑うと、ずんずんと森の中に入ってく。なんで上機嫌なんだ? わからん……。
☆
アムと狩りを終えて、孤児院へと戻ってきた。
建物の外には、コレットが心配げにたっていた。
「ジロ君、アム。ふたりともどこへいってたの?」
両手を前でくんで、コレットが見上げてくる。ゆったりとした服に隠れていた巨乳が、腕に挟まれ、ぷるんと隆起した。
い、いかん……目がいってしまう。
「すみません、ちょっと森に行ってきました」
「森へ……? いったいどうして……?」
首をかしげるコレットに、俺は肩にかけていた革袋を手渡す。
コレットが革袋と俺を見てくる。袋を開けて……彼女の目が丸くなる。
「これは……お肉じゃない。しかも【牛の中級肉】……レアアイテムよ、これ」
わなわな、とコレットが瑞々しい唇を振るわせながら言う。
「こんな上等なお肉……どうしたの、ジロ君」
「えっと、狩ってきました。ワイルド・ブルを」
この森にはモンスターは少ないが、いないわけじゃない。
この森に長く住んでいるというアムは、モンスターのいる位置を把握していた。
最初は動物を狩るつもりだったけど、肉アイテムの方が美味いのである。
アムの道案内の元、ワイルド・ブルの出るフィールドまで連れて行ってもらい、あとはいつもの奇襲作戦で倒してきたわけだ。
ちなみに【複製】スキルは、
1回目 無属性魔法・【探査】(森に入る前に使ってる)
2回目 無属性魔法・【滑】(ブルを転ばした)
3回目 物体・銅の剣×2(動きを止めて、とどめを刺す)
4回目 物体・皮の袋(肉を入れてきた)
そして……5回目。無属性魔法・【素材化】。
これでブルから【牛の中級肉】×5をゲットした。
「ねえコレット聞いて! ジロってすごいのよ! あっというまにモンスターを倒したの!」
大興奮のアム。俺は後ろで沈思黙考していた。
おかしいのだ。
俺は【複製】を1日に4回しか使えないはずだ。
だのに、5回目の魔法を使っても、俺は倒れることはなかった。
俺はさっき、ブルを倒したところで、素材化はどうしようとまよった。
だがなぜだろう、4回目の複製を行っても、【まだいける】という予感があったのだ。
なぜだ? なぜ急に複製を、限界を超えて使えたのか……?
後になってわかったのは、この森、正確には、活火山の近いこの森のなかにあった【あるもの】に、秘密があったのだ。
これについては後日話す。
「ジロ君……」
上質な肉を手に入れたコレットは、嬉しそうにするのではなく、申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「どうして? どうして借金ばかりじゃなく、お肉も? どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
コレットが聞いてくる。……あなたがそれを聞きますか。
「だって、【情けは人のためならず】でしょ?」
それは恩師が教えてくれたことだった。人に優しくしなさいと。
そうすれば巡り巡って自分に幸せが返ってくると。
俺はその教えを実行しているだけだ。
まあ、打算がないといったらウソになる。
けどその打算も、惚れた女に良いところを見せたいという、健全なものだと思う。
「先生が昔俺に優しくしてくれたから、なさけをかけてくれたから、こうして俺が良いこととして返している。それだけですよ」
「ジロ君……覚えててくれたのね、私が教えたこと」
感じ入ったようにつぶやくコレットに、もちろん、と俺がうなずく。
忘れた日など一度もない。
「それにあいつらに良い飯食わしてやりたったんです」
「あいつら?」
コレットが首をかしげたそのときだ。
「ままー!!」「おねーちゃーん!」「まみー」
獣人幼女たちが、建物の中から、コレットのもとへと駆け寄ってきた。
「なにしてやがる、ですっ?」
「むっ、よきかおり」
すんすんすん、ときつね獣人のコンが鼻を鳴らす。
「そう、みんな聞いて。ジロ君がモンスターを狩って、お肉をとってきてくれたのよ」
誇らしげにコレットが、幼女たちに言う。それは弟の功績を褒める姉のように見えた。
弟扱いかぁ……。うん、まあいいや。凹まない凹まない。
俺がコレットを見ていると、「…………」げしっ、とアムが俺の脚を蹴ってきた。
「どうした?」
「…………べつにっ。ふんっ!」
たったった、とアムがコレットたちの方へと駆けていく。なんだなんだ?
一方でコレットの周りでは、涎を垂らした幼女たちが、瞳を爛々と輝かせていた。
「に、肉!? おねーちゃんマジでこれに肉なんです!?」
「まじ、りありー?」
「ほんとにっ?」
獣人幼女たちの耳が、ぶんぶんぶん! と激しく動く。
「ええ、ほんとうよ。さっ! 今日はお肉料理……ひさびさにビーフシチュー作っちゃうかしらっ!」
コレットの宣言に、幼女たちは一瞬きょとんと首をかしげた。
「しちゅー?」「びー、ふー……?」「はわわ、びーふしちゅー……?」
一瞬の静寂のあと、
「「「びーふしちゅーだぁー!!!」」」
と幼女たちが歓声を上げる。
「お、おおげさよアンタたち……」
苦笑するアム。だが彼女もビーフシチューに喜んでいるみたいだった。
「さっ、先生はさっそく調理に取りかかるわっ! みんな、良い子で待ってなさい! アムっ、手伝って!」
「んっ、おっけーコレット」
そう言ってコレットとアムは、孤児院の中に駆け足で戻っていった。
あとには幼女たちと俺が残される。
「おにーちゃんっ!」「にぃ」
喜色満面のキャニスとコンが、俺めがけて突進をかましてくる。ぐええ。
「おにーちゃんっ、あんがっとー、ですっ!」
「にぃ、てんきゅー、そーまっち。にぃ」
キャニスは正面から抱きついてきて、コンは肩に乗って頭をぎゅっとしてくる。
「コン、にぃってなんだ?」
「にぃ、ゆー」
おまえのことだ、とコンが俺を指さして言う。
「…………」
残されたウサギ獣人のラビが、おそるおそる俺に近づいてくる。
きゅっ、とラビが俺の腕を引いてくる。
「どうした?」
「あ、あのあの……えっと。ありがとう、なのです」
ぺこっ、とラビが頭を下げる。
「みんな、おなかぺこぺこだったのです。だから……ありがとう、なのです。にーさん」
それと……とラビが続ける。
「しょたいめんのとき、こわがって……ごめんなのですっ! にーさんっ!」
ぺこり、とまた頭を下げるラビ。ああ、この子もやはりコレットの子なのだなと思った。恐がりだけど、素直な子なのだ。
「気にすんな。知らんひとが来たら、誰だって警戒するもんだよ」
俺はそう言ってラビの頭を撫でる。
「はぅ……♡」
ラビがふにゃりと表情をとろかせる。
「にーさんにこーされるの……きもちいなのですぅ……♡」
ラビのふわふわとした髪の毛を撫でていると、
「アー! ずりーぞぉ、です!」
「ぬけがけ、えぬじー」
ひょいっとキャニスとコンが俺から降りて、自分も自分もとせがんでくる。
「はいはい」
俺は獣人幼女たちの頭を順々に撫でてやる。
「おー♡ めっちゃくそきもちー、です!」
「ぐあい、ぱねえ♡」
「はわわっ、ら、らびももっとなでてほしーです♡」
ねーねー、もっとー、とせがんでくる幼女たちの頭をいつまでもなでてやったのだった。
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