26.善人、鬼娘たちに食われそうになるが、新たな力で切り抜ける
いつもお世話になっております!
桜華たちが紙おむつやベビー用品に驚いていた、その日の夕方のこと。
獣人孤児院のリビングには、獣人たちと鬼族たちが集まっていた。
「ふぁぁああああああ♡」
テーブルの前に出されたそれをみて、目を輝かせるのは、妹鬼のアカネだ。
「おねーちゃんおねーちゃんっ! 見てよステーキっ! ステーキだよぅ!」
アカネは喜色満面で、隣に座るあやねの肩をぺんぺんと叩く。
あやねは「本当だねー……ぇ」とぽわぽわとした笑みを浮かべる。
「ステーキなんてもう何ヶ月? 何年ぶり? とにかくやったー!」
子どもっぽく喜ぶアカネに、周りのみんなもニコニコとする。
「喜んでくれたみたいで、何よりだわー」
コレットがみんなの分のステーキを配膳しながら、笑ってそう言う。
「…………」
アカネは赤らめて、もじもじととしだす。
「? どうしたの、アカネちゃん」
首をかしげるコレットに、アカネが「……が、と」と小さく何かをつぶやく。
あやねはにんまり笑いながら、
「コレットちゃぁー……ん、アカネちゃんはねー……ぇ、コレットちゃんのことがだいすきって」「わー!!!」
アカネが顔を真っ赤にして、姉の口を押さえようとする。
「うぷっ、おひるごはんのときもー……ぉ、ハンバーグ作ってくれてありがとー……ぉって、やさしいコレットちゃんがー……ぁ、だいす」「それ以上くちをひらくんじゃあねえええええええ!!!」
ぎゃあぎゃあ、とアカネが騒ぐ。
姉はぽわぽわと楽しそうに、そして逆側に座る獣人少女たちも、ニコニコと笑っていた。
ややあって全員にステーキが行き渡り、食事の時間になる。
「それじゃあみんな、いただいます」
「「「いっただきまーす!!!」」」
人数が増えたからだろう、リビングには大きな声が響き渡った。
「はぐはぐはぐっ、うっめーーーー!!」
キャニスが子供用のナイフでしゅばばばっと肉を切って、光の速さで肉を食う。
「にくがやわらかいのです……♡」
「にくじゅうのうみにおぼれそうやで……♡」
ラビとコンもステーキを食べると、とろけた表情を浮かべる。
ふたりの長いけもの耳は、ぺちょんと垂れさがって、ぴくぴくぴくと微細に動いている。
「おねーちゃん、おかわりをよーきゅーするでやがるです!」
「れいあもー!」
キャニスと同時に、竜人のレイアも二枚目のお代わりをする。
コレットはニコニコ笑いながら、皿を受け取る。
彼女が立ちあがろうとしたので、「俺がやるよ」と言って手で制する。
カラになった皿をコレットから受け取り、俺は台所で肉を焼く。
「どう、アカネちゃん。おいしい?」
コレットが妹鬼に尋ねる。
「うんっ! すっごくおいしいよっ!」
元気よくアカネが返事をする。
「そう♡ 良かった♡ おかわりたくさんあるから、いっぱい食べてね♡」
「うんっ!」
アカネは昨日の様子から一転して、腹一杯食べられることに、悲しみは抱いてないようだった。
良かった、最後の晩餐とかまた言い出すんじゃないかと、心配だったのだ。
「にぃ、みーもおかわりぷりーず」
「に、にーさんらびもほしーのですー!」
ちょうだいちょうだい、と子どもたちが肉を要求する。
「ちょっとまってな」
キャニスたちの肉が焼き終わり、皿にのせていぬっこたちに出す。
「おー♡ おにーちゃんせんきゅー!ですっ!」
「まぐっまぐはっぐはっぐ!」
キャニスはニカッと笑ってお礼を言う。レイアはすさまじい勢いで2枚目を食べる。
コンたちのぶんをやいていると、「おかわりですー!」「れいあもー!」とまた子どもたちがお代わりを要求してきた。
「ちょっとまってろー」
食欲旺盛な子どもが多いので、夕飯時はてんやわんやだ。
「あー……。アカネちゃぁー……ん。おかわりしないのー……ぉ?」
そのとき背後からあやねの声がした。
チラッとそっちを見やると、アカネの皿がカラになっていた。
「べつに、するし。ただいまは、その、よいんをだな、たのしんでるだけだし」
うんうん、とアカネがうなずく。
「あー……なるほどー……ぉ、にーちゃんが忙しそうだかぁー……ら、まってあげてるんだねぇー……い」
「ばばば、ばっかちげーっよ!」
カーッ! と歯を剥く妹鬼。
獣人たちは、
「…………」「…………」「はわわ……」「…………」「生暖かい目でアタシをみんじゃぁねぇええええええ!!」
きゃっきゃっ♡ と怒られたのに、獣人たちは実に楽しそうだった。
ちょうどコンとラビのステーキが焼き上がったので、2人に出してやる。
すると……。
「へい、アっカーネ」
コンがテーブルの上の皿を、すすす、と妹鬼に移動させる。
「な、なんだよ……」
「くいねえ、くいねえ」
困惑するアカネに、コンがそう言う。
どうやら自分の分を譲ろうとしているみたいだ。
「お、おまえのぶんだろ。いいよ」
「みーはがまんできる、あだるとおんなですゆえ」
にんまりと笑って、コンが「だからくいねぇ」とシッポでぐいぐい、と皿を押す。
「…………いいのかよ?」
アカネがそう尋ねると、コンはにこーっと笑ってうなずく。
「よかったぁー……ねー……ぇ、アカネちゃん。コンちゃんありがとー……ぉ」
姉鬼がきつね娘にお礼を言う。
コンは照れくさそうに、もふもふのシッポで自分の顔を隠した。
「らびもっ、あやねちゃん、どーぞなのですっ」
見るとあやねの皿もからだった。
ラビがすすす、と自分の分のステーキをあやねに差し出す。
「わー……ぉ、らびちゃんいいの-……ぉ?」
「もちろんなのですー!」
「んへー……ぇ♡ ありがぁー……とー……ぉ♡」
きゃっきゃと仲よさそうに笑い合うラビとあやね。
「ぼくのはんぶん、コンにやるです」
そう言ってキャニスが食いかけをコンに渡すと、
「しょーがないわね、れいあのもわけてあげるわ」
竜人がラビにステーキの半分を分け渡す。
俺はその間に新しいステーキを焼くことにした。
「まだまだ肉のお代わりはあるからなー。欲しかったら言えよー」
俺がそう言うと、
「「「「おかわりー!!!」」」」
と子どもたちの大合唱が帰ってくる。
以前よりもその声は、大きくそして賑やかになった。
この先人数が増えて大変なことも多くなるだろう。
けど友達がふえて楽しそうにしてるキャニスたちを見ていると、人数のことなどどうでもよくなる。
俺はこの先もこの子たちの笑顔を守ろうと、改めてそう思ったのだった。
☆
夕食が終わって、深夜。
コレットたちが疲れて寝てしまった後、俺はひとり、汗を流しに温泉に来ていた。
「ふぅ……」
湯船に体をしずめながら、息を吐く。
よく晴れた夜空だった。一昨日の大雨がウソのようである。と、そのときだった。
「おっす兄ちゃん♡ いい夜さね♡」
「いっしょにお風呂はいろうよぅ~♡」
そこにいたのは長女の一花、次女の弐鳥、そして四女と五女の鬼娘もいた。
ただ三女の美雪だけが、姿が見えなかった。
「お、おう。いいけど……おまえらは」いいのか、と言う前に、
「じゃーあたしはおにーさんの右隣♡」
「そんじゃあアタシは逆側に座ろうかねぇ♡」
一花と弐鳥が、俺を挟むようにして、湯に体を沈めてきた。
三女と四女は俺の正面に座って、にこにこと微笑んでいる。
「はぁ~……いきかえるのねぇい」
「ほんと~♡ この温泉、とっても気持ちいい~ね~♡」
ねー、と鬼娘たちが笑い合う。
いや、あの、うん。
「あのさ、おまえら。いいのか?」
と俺は鬼娘たちを見回して言う。
「いいのかってどーゆーことだい、兄ちゃん?」
一花が小首をかしげる。
「いや、おまえらは人間で言うところの18と16なんだろ? こんな他人のおっさんに肌をさらしていいのかって思ってさ」
一花と弐鳥は18歳。
肆月と風伍は16歳。
全員が地球で言うところの女子高生だ。
女子高生が他人のおっさんと、風呂に入るだろうか。
体にタオルをまいているとは言え。
「「「「平気平気♡」」」」
「あ、そう……」
なんかこの子たち、ちょっとオープンすぎるというか、開放的な気がした。
「そう言えば弐鳥、こういう話聞いたことあるかい?」
「なに、イッちゃん?」
俺を挟んで、一花と弐鳥が会話する。
「温泉にはタオルを入れちゃあいけないって話しらしいさね。そういうルールなんだと」
「そうなんだ~。へ~。じゃ、いらないね♡」
弐鳥はニコッと笑うと、ぽいっと体にまいていたタオルを取って、外に放る。
「ちょっ」「ンじゃアタシも。おい肆月、風伍。おめえさんらもルールは守らないとねぇ」
長女の言葉に、末娘たちもにこやかにうなずいて、タオルを脱いですっぽんぽんになる。
「はぁ~~~~…………ごくらくさね~…………な、兄ちゃん♡」
一花がにやりと笑う。
「ほんと~~~~~……きもちいね~~~~…………ね、おにーさん♡」
弐鳥は目を細めて、やっぱりにやりと笑う。
ふたりともが俺にぴったりとくっついて、その柔らかな乳房を惜しみなく押しつけてくる。
逃げようにも前は四女と五女がいて逃げられない。
いかん、目に毒だ。
左右、そして前方を、スタイルの良い若い娘に囲まれている。
しかも相手は、コレットの恩人の娘だ。
強くどけと言えるわけにはいかない。
「お、俺そろそろあがるな。んじゃみんな、お休み」
俺は立ちあがると、唯一の退路である後に向かって歩き出そうとする。
しかしそのときだった。
「まあまあ、あせんなよ兄ちゃん♡」
ぐいっ、と強い力で、後に引き寄せられた。
とんでもない怪力だった。
「うあぁああっ!!!」
ざっばーんっ!
と後から強く水面にたたきつけられる。
すぐに誰かが俺のことを湯の中から引き上げてくれた。
「た、助かった……さんきゅー」
「んっ♡ こっちも悪かったね、あんちゃん」
なんか背後に固い感触と、そしてとてつもなく柔らかい何かが、頭に当たっている。
「あ~、イッちゃんずるい~。さっきじゃんけんしてあたしが1番ってなったじゃん~」
ぶー、と右隣に弐鳥。
左に四女。正面に五女。
「んっ……くくく、これか。これがオスに触れられるってぇ感触かい。これはぁ……たまらないねぇ……」
背後からする声は、長女のもの。
つまり俺の後頭部が、一花の乳房に乗っている状態なのだろう。
「どんな感じするの、イッちゃん? やっぱり体が熱くなったりする~?」
弐鳥が爛々と目を輝かしながら、俺に近づいてくる。
四女と五女も、鼻息荒く俺にどんどん近づいてくる。
肉の壁が迫る。
今度は退路が……ない。
「なあ、兄ちゃん。鬼の俗称って知ってるかい?」
一花が俺の額に手をやると、自分の乳房に俺の頭を押しつけてくる。
後頭部にぐにぐにとした感触と、そのたびに一花が吐息をもらす。
「……人食いの鬼、ってやつか」
逃げようにも一花の腕力が強すぎて、逃げられない。
【筋力強化】の魔法を使えば逃げられるかもしれないが、そうすると彼女たちを傷つけてしまう。
結局逃げられず、このままだ。
「あれはオス鬼だけの呼び方だと思ってるだろ? 穏やかなメス鬼は含まれないと」
俺はうなずく。
人食い行為をしていたのは、あくまでオス鬼だけ。
アカネやあやねを見ればわかるが、メス鬼は気性が穏やかで、とても人を食うようには見えない。
「……ただね、ちがうのさ」
一花が耳元でささやく。
妙に熱い吐息が、俺の耳をくすぐる。
「くすっ、おにーさんきんちょうしてるの、かわいい~♡」
正面の弐鳥が、俺の体にしなだれかかる。
幼くも十分に発達した胸が、俺の胸板をぐいっと押す。
「オスもメスも人は食うのさ。オスは文字通り頭から、口でバリバリと。メスは……」
一花の手が、つつつっ、と俺の胸板、脇腹、そして下腹部となぞる。
「メスは男を見ると食べたくなるのさ。そいつが若くて健康ならなおさらね」
「それって……」
「なぁ、いいだろ? アタシらずっと我慢してたんだ」
一花の体温がとんでもないことになっている。
火で熱せられたように熱い体。
「兄ちゃん、今朝温泉で、コレット姐さんといちゃついてたろ? たっぷりと」
俺は目を見開いて、背後を見ようとする。
だが一花の腕力が強すぎて、微動だにしない。
四女と五女が俺の両腕に抱きついて、完全に身動きが取れなくなる。
弐鳥は「♡」と蠱惑的に笑うと、すすす、と俺の腰の位置まで下がる。
「いけないよ、あんちゃん。近くに腹を空かせた人食いの鬼がいるんだ。あんなことしたら、腹を空かせた鬼に、どうぞ襲ってくださいって、言ってるようなもんじゃあないか」
一花の鼓動が、心臓を通して聞こえてくる。
もう辛抱たまらない、というような様子で、鬼たちが俺を凝視してくる。
その目は濡れていた。情欲の炎に燃えていた。
「なぁ…………いいだろ? アタシたちに、美味しく食われてくれよ」
「おにーさんにも悪くない条件だと思うよ。だってここにいる子、全員はじめてだからね~♡」
初めて食人行為をする、という意味では決して無いだろう。
初めてとは文字通りの意味だ。
こんなに性にあけっぴろげなのに、初めてとか本当か……?
「なぁ、兄ちゃん♡」
「おにーさん……♡」
一花が手を伸ばし、弐鳥が腰にしがみついてきた。
まずい。
これは非常にまずい。
流れで恩人の娘に手を出すのは、さすがにまずいっ。
俺は慌てて右手を差し出し、ぐいっと弐鳥の頭を押す。
その右手には、桜華からもらった指輪がはまっている。
だが俺程度の腕力では、鬼である弐鳥を止めることはできない。
「抵抗するの? かわいい~♡」
まさにくちをひらいた、そのときだった。
「に、【弐鳥、やめてくれって】!」
俺の声に呼応するように、右手の指輪がきらりと輝く。
するとーー
ーーーびくっ。
と、今まさにといったところの弐鳥が、動きを止めた。
「え………………?」
弐鳥が呆然と俺を、そして自分の体を見やる。
「うそ……なんで? 動かない……」
ぐぐぐっ、と弐鳥が力を込めるが、しかしその場から彼女は、一歩たりとも動けないでいるようだった。
「まさかあんちゃん……!」
一花が俺の右手を手にとって、言う。
「くそっ! やっぱり! おかーちゃんの指輪じゃあないかっ!」
声に絶望が混じる。
「やっぱりそっか! この感覚っ。もうっ、おかーさんのばかばかばかっ。せっかく良い雰囲気だったのに~!」
もー! と弐鳥が不満げにほおを膨らませる。
「いや、まつんだ弐鳥。あんちゃんはどうやら何が起きたのかわかってない。これなら術が切れるまで待てばいいさ」
「そっか! なるほどっ! よーし、もうちょっと待ってねおにーさんっ!」
よくわからないが、弐鳥が動けない状態には、制限時間があるようだった。
まずい、時間が切れたらまた襲われてしまう。
その間になんとか脱出を……。
と、そのときだった。
「一花っ! 弐鳥っ! あなたたちなにをやってるのっ!」
強く、厳しい声音で、誰かが温泉の外から、ふたりをしかりつけてくる。
誰だと思って視線を向けると、
「お、おかーちゃん……」「おかーさん……」
長女と次女の顔が、恐怖に青く染まる。
そこにいたのは、文字通り鬼の形相を浮かべた、母鬼の桜華だった。
☆
温泉から上がって、俺は鬼族孤児院へと連れて行かれた。
そのリビングにて。
「……ほんとうに、もうしわけございませんでしたっ!」
おしとやかで物静かな桜華が、床に頭をこすりつけて、土下座の体勢になった。
「お、桜華。落ち着けって……」
服に着替えた俺は、あわてて桜華の肩を掴んで、起こそうとする。
だが鬼の馬鹿力で、まったく彼女は動かなかった。
「……娘たちのしでかした不始末、土下座ですむとは思いませんっ。ですがどうか、どうかご勘弁くださいまし!」
ぐりぐり、と地面に頭をこすりつけながら、桜華が謝罪してくる。
「桜華。頼む、頭を上げてくれ」
「しかし……」
どうにも強情だった。
「桜華、謝ってるだけじゃ正直何に対して謝られてるのかわからないんだ。説明してくれ、鬼のこと、一花たちがどうしてあんなことしたのか、全部」
謝るのはそれからでも遅くない、と告げると、ようやく桜華は頭を上げた。
ぐすぐすと泣きながら居住まいを正す。
俺はリビングのイスに座るよう、桜華を促す。
俺たちはテーブルを挟んで座り、そして彼女は説明をする。
「メスの鬼もオスの鬼と同様に、人を食うのです」
「でも食人行為って意味じゃないんだろ。その……繁殖行為だろ」
桜華はうなずく。
「鬼は古来より人から狩られてきました。見つけたら殺す。発見したら滅殺。悪鬼滅殺だと。ゆえに鬼は昔からずっと絶滅の危機に瀕していました。し、今も常に絶滅の影におびえて生きています」
「それが……あー……、だから繁殖行為なのか」
はい、と桜華がうなずく。
「メス鬼は繁殖欲が強いのです。そうしないと人間に滅ぼされてしまいますから。人一倍わたしたちは、その、せ……こほん、欲が強いです……」
恥ずかしそうに桜華が身を捩る。
「なるほどな。人食いってのはそういう背景があったからなんだな」
「はい……。一花たちは特に。思春期を迎えて体が繁殖可能な体につくり変わったばかりでして。その、非常に旺盛なのです」
「それで欲求を満たそうとしたと。赤の他人である俺で」
「……すみません、娘たちが、本当にすみません」
ぺこぺこ、と桜華が頭を下げる。
「でも、どうかご理解ください。鬼という生き物の実態を」
桜華の言葉を反芻する。
鬼は常に絶滅の危機にさらされていた。
だから誰よりも子孫を残そうと、メスは性欲が旺盛になる。そして男から種をもらって子どもを産む。
それは種の保存という、本能による行動だ。
恋人同士のコミュニケーションとしてではなく、あくまで生き残るため、種を残すための本能。
その本能に従い一花たちが動いていたのだとしたら……。
「桜華、俺は別に一花たちに不快な思いをしたわけじゃないし、鬼の事情を聞いた今、さっきの行動をとがめるつもりはないぞ」
「……ゆるして、いただけると?」
俺はうなずく。
「まあ、未遂だったわけだしな」
「……すみません、あの子たちにはきつくお灸を据えておきます」
ごごごご、と桜華の背後に、黒いオーラのようなものを感じ取った。
気弱そうな彼女だが、母としての厳しさをきちんと持っているようだ。
「一花たちの行動のワケはわかった。それでこの指輪はなんなんだ?」
俺は桜華からもらった、右手の指輪をあげてみせる。
「……これは、鬼の動きを制限する【特殊技能】が込められた指輪です」
「鬼の動きを、制限? スキルだって?」
特殊技能は転生者、および転移者がもつという、特殊能力だ。
それがこの指輪に込められているという。
「いや……でも特殊技能は転生者の能力だろ。どうして桜華がそれを?」
「……正確に言えば、それは父のものなんです」
「父? 桜華のか」
はい、と桜華がうなずく。
「……わたしの父は転生者でした。鬼があと12体で絶滅する、というときに、女神様によってこの世界に、父が連れてこられたのです」
先輩が以前言っていた
鬼の事情。
人間たちに滅ぼされかけたところに、天からオス鬼がつかわされたと。
天からのオス鬼とは、転生者のことだったのか。
「じゃあおまえの父親が天からつかわされた転生者で、そいつがもっていたのがこの指輪で、だから指輪に特殊技能が込められてるってことか?」
桜華が大きくうなずく。
「父は人間から鬼へと転生したひとでした。それでその鬼を制限するチカラを使って、ばらばらだった12体の鬼をひとつにまとめあげたのです」
絶滅寸前だった鬼は、この国のあちこちに散らばり、隠れ住んでいたのだそうだ。
それを転生者の鬼があつめて家族を作り、結果桜華たち子どもが生まれたと。
「それでどんどん鬼の数が増えていったのか」
「はい。でも、そうは言ってもまだまだ鬼の数は少ないです。だから、その、種の保存のために、その、」
「俺から種をもらおうと?」
こくこく、と桜華がうなずいた。
「……本当は、もう少し時間をかけて、わたしたちの事情を説明してから、あらためてお願いしようと思っていたんです」
「それを一花たちが先走ってしまったと」
あの行為はそういうことだったのか。
絶滅の危機から脱した今でも、鬼の中には、種の保存という強い本能が刻まれているらしい。
「けどなんで俺なんだ? 別に男ならいくらでもいるじゃないか」
桜華は首を横に振るう。
「だめ、なんです。普通の人は、怖がって鬼に近づこうとしません」
「あー……」
オス鬼のうわさは、この国に広く伝わっている。
普通に顔を合わせるだけでもダメなのに、まして子どもを一緒に作ってくれなど頼めるわけもないか。
「じろーさん、だけなんです。知り合いで、しかもわたしたち鬼を見ても、怖がらず普通に接してくれるのは、じろーさん、あなただけなんです」
……どうやら俺の他にいないようだった。
「事情はわかった。だが、だからといってハイじゃあどうぞとはいかない。その……俺にも嫁と恋人がいるからさ。わかってくれるか?」
「それは、もちろんっ」
こくこく、と桜華がうなずく。
「……それに前と違って定住する場所ができましたので、急いで繁殖に取りかかる必要は無くなりました」
どうやら以前から、桜華は住む場所をあちこち移動していたらしい。
理由は人間たちに見つからないように、ということとのとこ。
手伝ってくれているコレットだけには、移動先の住所は教えて、それ以外には居場所をいっさいもらしていなかったそうだ。
「じろーさんが、ごふかいなら……わたしたちはあきらめて別の場所に移動します。ただ……ご慈悲をかけていただけるのなら……」
あなたがほしいです、と桜華が、消え入りそうな声でそう言った。
「他のオス鬼はいないのか?」
「今のところ、メスがほぼ全てです。オスは時代とともに穏やかになりつつありますが、依然として野生をその身に宿しています」
「ああ、鬼狩りにかられてるんだな、今でも」
鬼同士で繁殖したくても、そのオスが片端から人間に狩られているから、人間と繁殖するしかないということらしい。
「じろーさん……」
「……事情は、わかったよ」
桜華の手を握ってやる。
「ただやっぱり俺にも俺の事情がある。それに見ず知らずの女を抱くのは気が引けるし、一花たちもかわいそうだ。もっとほかにいい男がいるかも知れないしな」
「そんなっ、じろーさん以外にいいおとこのひとなんていませんっ!」
ハッ! と我に返って「すみません……」と桜華が謝る。
「まあとにかく、少しずつだ。これから少しずつお互いのことを知っていこう。人間は鬼のことを、鬼は人のことを……な」
焦って繁殖する必要は無い。
この森は事実上、俗世から切り離されている。
鬼狩りにおびえる必要も、食料がなくって震える必要も無いのだ。
焦らずじっくりお互いを理解していき、その上で俺の子を産みたい、この子に俺の子を産んでもらいたいと思ったのなら、そのときは喜んで種をと思った。
「じろーさん……」
潤んだ目で桜華が俺を見やる。
と、そのときだった。
「あんちゃん、ごめんな……」
「おにーさん、ごめんなさい……」
がちゃりとリビングのドアが開いて、一花と弐鳥、そして四女と五女が入ってくる。
「あんちゃんの気持ちも考えず、自分が気持ちよくなりたいってだけで襲ってすまなかった」
「ごめんね、おにーさん。あたしたちのこと、嫌いになっちゃった……?」
しゅん、と反省した様子の鬼娘たち。
「いや、嫌いになってないぞ。というかそもそも、俺たちは出会ったばかりじゃないか。好き嫌い以前に、お互いのことよくわかってないだろ」
なら、これからお互いを知っていけば良いのだ。
俺たちはこれから長く、この孤児院で一緒に暮らす、仲間なのだから。
「…………あんちゃん」「おにーさん……」
鬼娘たちは俺に近づくと、がばり、と俺に抱きつく。
そして、
「よっし、じゃあわかった。これからはあんちゃんのこと、誘惑しまくればいいってことさね?」
にかっ、と笑って一花が言う。
「つまり~、あたしたちから直接襲うことはしなくって、おにーさんをメロメロにして、おにーさんに襲ってもらえればおーるおっけー、ってことだよね♡」
弐鳥が我が意を得たり、みたいな感じでうなずく。
「おいちょっと待て。どうしてそうなるっ」
「だってあんちゃんいったじゃないか。お互いを知ろうって」
「言ったぞ。言ったが、なんでそれが俺を誘惑することにつながるんだよ!」
一花はにやりと笑って言う。
「それって仲良くなってからにしましょうねってことさね?」
「仲良くなるには~、こうして体と体をくっつけ合うのが1番でしょう~?」
いやそうかもしれないけど、だからって誘惑するのはちょっとどうなんだと思う。
「いやあんちゃんは何もしなくて良い」
「そうそう♡ 勝手にあたしたちがおにーさんにえっちぃことするってだけ~♡ その上で……きゃっ♡ ってことならいいんでしょう~?」
「いやお互いの合意ってやつがあるだろ……」
呆れ調子で俺が言うと、
「ならあんちゃんが合意してくれればいつでもおっけーさね」
「うんっ♡ あたしたちはいつでもウェルカムだから~♡」
ねー、と4人が笑顔でうなずく。
「……もうっ、あなたたちってば、もうっ」
桜華がほおを膨らませ、娘たちの首根っこを掴んで離す。
「誘惑するだけじゃなくてですね、お互いをきちんと理解し合うために、これからは」
「わかってるってばおかーちゃん。会話とかそういうあれだろ、つまりピロートークさね♡」
「ちがいますっ、もうっ、誰に似たんですかっ、もうっ!」
ぺちぺち、と桜華が娘たちを叩く。
「まっ、そーゆーわけだ、あんちゃん。これからは反省して、アタシらがあんちゃんを襲うことはしないよ」
「そのかわり~♡ あたしたち毎日、おにーさんにその気がでるように~、とってもがんばっちゃうんだからねっ」
覚悟してよねっ! と四人が笑顔でそうおっしゃった。
「…………。はぁ」
俺は重くため息をついた。
なんか、子どもが増えたことには、たいして疲れを感じなかったんだが、鬼娘たちが増えたことで、どっと心労にたたった気がする。
「それじゃあさっそく親睦を深めることにするさね♡」
「そうだね~♡ おふろいこっ、おに~さん♡ もちろんタオルは湯船にいれちゃめっ……だよ♡」
ぐいっ、と両脇を一花と弐鳥に掴まれる。
「……桜華、指輪の使い方ってどうするんだ?」
「名前と、命じればそれで」
俺はうなずいて、右手の指輪をふたりにむける。
「【一花、弐鳥、自重しろ】」
するとふたりは俺から腕を放す。
「……じろーさん、これからも娘たちがご迷惑をおかけすると思います。そのときは遠慮無く、その指輪をお使いください」
護身用にと渡された指輪。
……なるほど、確かに身を守るために必要だろう。
身というか、貞操というか。
……かくして、うちに鬼族の一家が移り住んできた。
楽しさも倍増したが、そのぶん心労も増えた気がする。
一花も弐鳥も実に無邪気だ。
基本的に悪い子らじゃないのはわかる。
もう少し自重してくれたらいいのだが、鬼の本能がそうさせないのだろう。
前と違って、俺は鬼という生きものを少しは理解した。
彼女たちが襲ってきても、ああ本能がそうさせるのだな、と恐怖を感じなくなった。
これからもっと時間をかけて、もっと彼女たちを知っていこう。
彼女たちがどうしてそういうことをするのか、何を考えているのか、何が好きで、何が嫌いか。
これからたくさん知っていこう。知った上で感情が芽生えたのならば、俺は喜んで種をまこう。
そのときまでは……とりあえず。
この指輪に、たくさんお世話になるんだろうなと、俺は思ったのだった。
お疲れ様です!
そんな感じで五章終了となります。お疲れ様でした!
5章はまるまる鬼たちのお話でした。加入して、彼女たちの生態をある程度しって、ひと段落という感じでした。
彼女たちとの深い交流は、今後じっくりと書いてきます。キャラ描写されてない三女以下たち、そして長女次女たちとの交流も今後書いていく予定です。
さてつぎの6章ですが、今回あまり出番のなかったアムちゃんにスポットを当てたお話になる予定です。
女の子が増えたことで、不安になるアム。自分は鬼娘たちと違って胸もでかくないし……と不安がる。
その折にコレットと桜華が、用事で数日家を開けることになる。またピクシーも王都に出張することとなり、家にはジロとアムのふたりきりに。
もちろん子供達もいるけれど、これは好機といちゃつこうとするアム。しかし鬼娘たちがさらなる勢いでジロといちゃついてきて……。
果たしてアムの不安は解消されるのか。
みたいな、そんな話になるんじゃないかと思います。現状でのプロットでは。
いずれにしろ6章はアムちゃんと交流を深めてこうと思います。もちろん鬼娘の残りの子たちの紹介も入ります。
あと今回の孤児院の建て替えも、おそらく6章中には完成する……かなぁ?どうだろうみたいな、そんな感じです。
6章も変わらず、子供達との楽しい日々と、嫁とのイチャラブを描いていくつもりです。
6章もよろしくお願いします!
最後によろしければ下の評価ボタンを押していただけると、大変嬉しいです。
励みになります!
以上です!
ではまた!




