21.梅雨の日、新しい出会い
いつもお世話になっております!
大賢者・ピクシーこと阿澄加奈子(前世での名前)先輩が俺の嫁になった。
それから2週間後。
梅雨を迎えた、ある日の出来事だ。
☆
むわりとした熱さと、そしてすさまじく良い香りに包まれて、俺は目を覚ます。
「あー…………。あっつ…………」
見慣れた物置の天井を見つめながら、俺はつぶやく。
しっとりと額に汗をかいており、全体的に空気がムシムシとしている。
肌にまとわりつく汗の不快感。
しかし両隣から、そして腹の上から感じる体温と肌の感触に、その不快感は打ち消される。
「…………」
状況を確認しよう。
ベッドにあおむけに眠る俺。
右には美しいハーフエルフの金髪少女コレット。
人の顔ほどある爆乳が特徴的であり実に魅力的だ。
俺の着ているのと同じデザインのパジャマを着ている。
ただしこの間までとは違い、半袖の、夏用のパジャマを着ていた。
俺の腹の上には、小柄な赤毛の猫耳少女が、丸まって眠っている。
名前はアムといい、くしゃっとした短い髪の毛と、猫の耳とシッポが特徴的だ。
「んー……。じろぉー……。おきたのぉー……?」
俺が目を覚ました気配を察知したのか、アムが半眼で俺を見やる。
猫の遺伝子が強いのか、気配に敏感なのだろう。肌も超感度いいしな。
それに猫の血が濃いからか、目を覚ますたび、アムは俺の腹の上で眠っている。
「ねー……。じろー……。暑いよー……」
もぞもぞ、とアムが腹の上で動いて、俺の胸にぎゅーっと抱きついてくる。
なら離れれば……とは言わない。
「あれつけて、【エコアン】?」
アムが壁の上の方についている【それ】を見て、つぶやく。
【それ】は向こうの世界ではこの初夏の時季に必須アイテム。
最近導入されたそれだが、アムはまだ使い方がわからないらしい。
「わかった。あとアム、エコアンじゃないぞ。エアコンな」
俺はアムを乗せたまま、手探りで枕元のリモコンを捜す。
「あれ、ない……?」
確か枕のそばに置いておいたはず……。
とそのときだった。
「ほら、ジロー。これだろ」
そう言って左隣から、ややハスキーな声がした。
にゅっと手がのびてくる。
子どものごとき短くぷにっとした白い手。
そこには長方形の白い箱……リモコンが握られていた。
「ありがと、先輩」
俺は先輩からリモコンを受け取って、彼女を見やる。
左隣にいたのは、大賢者ピクシー。
かつて魔王を倒した勇者パーティに所属し、その中でも特に重要人物だった大魔法使いだ。
アメジストのふわふわとした髪に、少女のごとくあどけない表情。
いっけんすると子どもにしか見えない彼女だが、今はショーツ一枚という、大変扇情的なかっこうをしている。
と言うのもこの人、見た目は子どもだが、中身は500を越えている。
妖小人という、長命なかつ小柄な一族の出なのだ。
しかし実態は転生者であり、俺の地球時代での大学の先輩にして恋人、阿澄加奈子先輩だったりする。
先輩は普段から赤いメガネをかけている。
裸に近い格好で、メガネだけをかけている姿に、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。
「どうしたんだ、ジロー。また朝から元気になってるよ」
くすり、と先輩が笑いながら、俺のパジャマのズボンを見て微笑む。
「いや、すまん……つい……」
「むぅ~…………。じーろ~……」
腹の上でアムが不機嫌そうにうなる。
「はやくぅ~……。つけてよぉ~……」
どうやらアムは、まだちょっと寝ぼけているらしい。
俺と先輩がいちゃついていることに腹を立てているのではなく、早くリモコンの電源を入れてくれと思っているらしい。
「わかった。またせてすまん」
俺はリモコンを持ちあげて、ぴっ、と電源を入れる。
するとーーー
ぶー…………ん。
という起動音がしてしばらくしてから、
ごぉおー…………。
と冷気を排気する音が聞こえる。
「あ~……………………♡」
冷風がアムの赤い耳をなでると、彼女は気持ち良さそうに目を閉じる。
シッポを持ちあげて、ゆるりゆるり、と生き物のように動かす。
「やっぱりスゴいね、ジロー。キミの【複製】は」
先輩は俺と、そして壁に取り付けられてる、【空調機】を見て、しみじみとつぶやく。
空調機、つまりクーラー、エアコンだ。
俺には【あらゆる魔法や物体】を魔力で作ることができる、【複製】と呼ばれる【特殊技能】を持っている。
この特殊技能とは、別の世界、つまり地球からこの異世界にきた人間にそなわる、特殊能力のようなものだ。
俺は前世が日本のサラリーマンであり、転生者であるがゆえに、この【複製】と呼ばれる特殊なチカラを持っている。
ちなみにその理屈でいくと先輩と、そしてウチの孤児院で暮らしているとある人物にも、【特殊技能】が備わっているはずだ。
今のところふたりともどんな【特殊技能】を持っているのか、俺は知らないが。
とにもかくにも。
【複製】は1度見てそして使ったことの経験を持っているものなら、あらゆるものを作ることができる能力だ。
この経験とは記憶情報でも良い。
つまり前世の地球での記憶も含まれる。
よって地球で使ったことのある便利な電化製品などを、異世界で再現が可能なのだ。
エアコンもそうだ。
梅雨入りしてから裏の【竜の湯】でエアコンを何台も作り、孤児院に設置したのである。
ちなみに俺は引っ越しのアルバイトを学生時代にやったことがあるため、エアコンの設置ができたりする。
エアコン本体とあと配管パイプ、室外機もあわせて作った。
こういうときに大学時代、きつい引っ越しバイトをしていて良かったと思う。
ちなみになぜバイトをしていたのかというと、先輩とのデート代を稼ぐためだったりする。
「ジローのおかげで、今年の夏は快適に過ごせそうだよ」
先輩は起き上がると、ぐいっと伸びをする。
「先輩、前。前を隠して。あとなにか服を着てくれ」
「ん? ああ、これはすまない」
あまり慌てた様子もなく、先輩はベッドの下に落ちている、夏用パジャマの上を羽織る。
「しかしこの技術水準の低い異世界で、またクーラーの恩恵を受けられるとはね。ほんと、ジローのおかげだよ」
「じろー……♡ ありがとー……♡」
寝ぼけまなこのアムが、俺の首筋に鼻を押し当てて、すりすりと頬ずりする。
アムも先輩も、どちらもがとてつもない美少女だ。
ふたりとも小柄だが、アムは15歳、そして先輩は12歳くらい、いや下手したら10歳くらいの見た目をしている。
小柄でも顔はすさまじく整っており、こんな美少女が俺の恋人であることに、未だに疑問符を感じる俺である。
「ふぁー…………。じろくん、おはよー…………」
一番最後に目を覚ましたのは、コレットだ。
半身を起こして、むにゃむにゃと何事かをつぶやいている。
美しい金髪には寝癖がついており、目を細めて船を漕いでいる。
「おやすみなさいー……」
コレットがそのままお辞儀するように、ベッドに突っ伏す。
「コレット。ほら朝だぞ。子どもたちが起きる前にご飯の支度しないと」
俺はアムを横によせて、コレットの肩を揺する。
「んー……あと5分寝たい……」
「ダメだ。そう言って1時間寝るだろ」
「んー……じゃあ……ん~…………♡」
コレットが顔を上げると、ぷるんとした唇を、俺に向けてくる。
「ん~♡」
「……コレット、起きてるだろ」
「起きてません♡ おめざめのちゅーしないと、目が覚めないの♡」
どうやら俺とアムと先輩がいちゃついてたことに、コレットはヤキモチをやいていたらしい。
コレットは見た目が18で、中身はそれ以上長く生きているはずなのだが、どうにも子どもっぽいところがある。
俺はコレットの肩を抱き寄せて、軽く彼女の唇にキスをする。
エルフ耳がふんにゃり♡ と気持ち良さそうに垂れ下がって、ぴくぴくと微細に動いている。
「ジロー……♡ アタシもー……♡」
「まさか私だけのけ者にはしないよな?」
甘ったるい声でアムが、大人の微笑をたたえながら先輩が、それぞれキスを求めてくる。
コレットは「さぁジロくん、早く起きようぜ! 朝の支度だレディゴー!」
と俺がふたりとキスしないように、ぐいぐいと引っ張ろうとする。
ヤキモチ焼きな彼女の頭を撫でた後、猫耳少女と、大賢者とに朝のキスをする。
こうして朝は、だいたいこんなふうにして始まるのだった。
☆
コレットとアムが朝食の準備をしている間、俺と先輩は子どもたちを起こしに行く。
タイマー設定しておいたクーラーが起動しており、子ども部屋は冷気が充満していた。
犬っこキャニス、きつね娘のコン、うさ耳少女のラビ、そして竜の少女レイア。
彼女らはベッドの上で、気持ち良さそうに寝息を立てていた。
俺と先輩は協力して子どもたちを起こし、寝ぼけた彼女らを連れて、外に出る。
孤児院の裏庭へと向かう。
梅雨に入っているが、この日の朝はとてつもなく晴れていた。
雲ひとつ無い晴天。
このまま一日晴れてくれていればいいのだが。
「らじおたいそー、だいいちぃー!! ですー!」
いぬっこキャニスの元気な声が、早朝の青空に響き渡る。
俺たちは並んで立っている。
正面にキャニスがひとりたち、その隣にはラジオが置いてある。
そう、ラジオだ。
いちおう複製で作ってみたのである。
これでラジオ体操ができるーーーわけではない。
「ちゃんちゃんちゃかちゃか、ちゃんちゃんちゃかちゃか、腕を大きくのばしてせのびのうんどうだー! てめらー!」
「おー」「おーなのですー!」「おー!!」
コン、ラビ、そしてレイアが、キャニスの声に反応して手を上げる。
「いっちにー! さんっしー! てめーら元気がたりねーですっ! もっとげんきよくやれやですー!」
キャニスが口でラジオ体操の歌を、歌いながら、体を動かしつつ、他の子らに注意する。
「げんきのおしうり、よくないね。しかしくーりんぐおふはせぬ。ぬぉー」
「はわわっ、コンちゃんがスゴいスピードで動いてるのですっ!」
「やるわねッ! よーしっ、れいあもまけないもんっ! おりゃぁあああああっ!」
子どもたちが前で踊るキャニスに負けないくらい元気いっぱいに動き回る。
「みんな元気だね、ジロー」
「ああ、朝からすげーわ」
俺はキャニスの動きをマネながら、先輩と会話する。
「なんでラジオを使わないんだい?」
先輩も手足を曲げながら言う。
「もしかして動かない……ああ、違うか」
「ああ。受信しようにも電波がそもそも出てないからな」
ラジオは作れても、ラジオが受信する電波を発信しているところが、そもそもないのである。
だからラジオ体操をしたくても、体操を放送している局がないので、できないという次第だ。
まあ歌はキャニスに教えたらすぐに覚えたし、あまり体操に支障はない。
「それとジロ-。気づいてると思うけどレイアが」
「……ああ」
俺はラビの隣でぶんぶんとシッポを振るうレイアを見ながら言う。
そう、シッポだ。
レイアは竜の化身であり、シッポが生えていて当然だ。
だがちょっと前までは、にょきっと生えた小さなツノ以外に、竜の特徴はなかった。
それが今では、尾てい骨のあたりから、短めのシッポが生えている。
ツノの大きさもずいぶんと大きくなっており、心なしか背も伸びている。
この間まではキャニスたちとどっこいどっこいの身長が、今では4人の中で一番背が高い。
と言っても抜きんでて高いのではなく、ちょっぴり大きい程度だが。
「成長期……にしては成長速度が速すぎるね。しゃべり方も前よりしっかりしてきたし」
俺は先輩と一緒に、褐色ロリ娘のレイアを見やる。
「きゃにすっ、そこどいてっ、れいあも前でおどりたいのっ!」
「おー! じゃあぼくとで一緒に踊れやですっ! どっちが上手いかしょーぶですっ!」
「いいわっ、まけないんだからっ!」
レイアはキャニスの隣に立つと、元気いっぱいに体を動かし回る。
「やるわねきゃにすっ! うごきにキレがあるわっ!」
「レイアもやりやがるですっ! いつの間にれんしゅーしてやがったのですっ! まけねーぞー!」
「れいあだってー!」
わあわあわあ、とキャニスとレイアは、実に楽しそうだ。
先輩の言うとおりだった。
前は舌っ足らずでふにゃふにゃとしたしゃべり方だったが、今では聞き取りやすくなっている。
「竜と人間とでは成長の進み具合が違うみたいだね」
「今は良いけど、来年にはめっちゃでかくなってそうだな」
それこそ人間の大人みたいになっているとかな。
「わからないが、実に興味深いね。経過を追っていこうと思う。また何か気づいたらジロー、きみに知らせるよ」
大賢者はそもそも、この地にやってきた天竜に興味を惹かれて、山の中から出てきたのだった。
俺は先輩と会話を打ち切り、子どもたちを見やる。
そろそろ良い頃合いだろう。
俺はパンパン、と手を叩いて、子どもたちの注目を集める。
「よーし、みんな体操はそれまでだ」
俺がそう言うと、獣人たちは「えー?」と非常に不満そう。
「もうちょっと踊りたかったですー」
「だんすだんす、れぼっておきたかった」
「ぜぇ、ぜぇ……ら、らびはもう十分なのですー……」
「だらしないわねっ、ラビっ。もっとお肉いっぱいたべてたいりょくつけないとっ!」
ぶー、ぶー、と文句を言う子どもたち。
まあ子どもってお遊戯とか好きだしな。
「そうか、別に良いぞ、踊ってても」
一拍おいて、
「じゃあ朝飯はいらないんだな」
反応は劇的だった。
ぴーんっ! と全員のシッポが反り立つ。
「そりゃねーですー!」「うえてしぬじゃん」「食べるのですっ! ソーセージたべたいのですっ!」「れいあはべーこん!」
どうやら食欲の方が強いらしい。
「じゃあ飯にするか。みんな、ご飯の前にはどうするんだったか?」
するとすぐさま、キャニスが手を上げる。
「はいキャニス」
「いただきますを言う-!」
「ああ、間違ってない。そのとおりだ。だが違う。次」
次にコンが手を上げる。
「はいコン」
「おててのしわとしわをあわせる、なーむー」
「間違ってないがそれは違う。次」
次にレイアが手を上げる。
「はいレイア」
「そんなこといいからさっさとべーこんをくわせてほしいわっ!」
「質問に答えような」
あかん。
まだ子どもたちには、衛生観念を教えるのは難しかっただろうか?
と思っていたそのときだった。
「あ、あのあの……にーさんっ」
びしっ、とラビが手を上げる。
「ラビ、答えられるか?」
「はいなのですっ!」
ぴょんっ、とウサギ娘が飛び跳ねる。
「えとえと、ご飯の前にはすいどうで、手をあらうのです。おててを、せっけんで、きれいにする……のですっ!」
ラビが見事に、正解を言う。
「正解だ。よく覚えてたな」
俺はしゃがみ込んで、ラビのふわふわの頭を撫でやる。
「えへへっ♡ にーさんのおてておっきくてだいすきなのです~♡」
気持ち良さそうに目を細めて、長い耳をぴくぴくと動かす。
「やるやがるな、らびっ!」「やつはみーらしてんのーのなかで、さいきょー」「やるわねらびっ、すごいじゃないっ!」
子どもたちがラビを囲んで、わいわいとはやし立てる。
ラビは照れくさそうに頭をかいていた。まんざらでもないみたいだ。
「よしじゃあみんなで手を洗いに行くぞ」
「「「「はーい!」」」」
俺は子どもたちを連れて、庭に設置したとある場所へと向かう。
そこは小学校とかでよく見かけるような、手洗い場ができていた。
森の中の河原で、大きめの石を見つけて、【筋力増強】を付与した軍手をはめて孤児院まで持ってきた。
あとは最近教えてもらった無属性魔法【成形】を使った。
これは無機物限定だが、石とか物の形を、自分の望む形のものへと加工する魔法だ。
大きめの自然石を成形し、長方形の大きめのオブジェクトを作る。
また水の受け口など細かい調整も【成形】でととのえて、そこに前回作った水魔法を付与した蛇口をセット。
こうして校庭とかでよく見る、手洗い場が完成したのだった。
子どもたちはいっせいに蛇口のハンドルを捻る。
【抵抗】によって威力を削がれた【水流】が、ちょうどいい具合に流れ出る。
「つめたくてきもちえー、ですー!」
キャニスがジャバジャバと激しくしぶきをあげながら、手を洗う。
「きんきんにひえてやがる、はんざいてきだー」
コンがキャニスと同じくらい激しく水を出しながら、自分の頭を水流につっこんでいる。
「こ、コンちゃんみずびだしになっちゃうですっ。に、にーさん、にーさーん!」
ラビが石けんで手を泡まみれにして、ほどよく調整された水で手を洗う。模範的だ。
俺は手洗い場の近くにおいてある、大きめのタオルをもって、コンの頭を拭く。
「てんきゅー、にぃ」「ああいうことはするな。マネするだろみんなが」
現にキャニスがコンをまねて頭を洗っていた。
「コン、おまえは他の子らと違ってただしい使い方を知っている。別に頭を洗うのはよくないって言ってるんじゃないが、自分の影響力をよく考えるんだ。いいな?」
「けーおつ」
「けーおつ?」「おっけーのいみ」
どうやら承知してくれたみたいだ。
「じー」
コンが俺を見上げてくる。
「どうした?」
「にぃは、にぃだけど、ぴぃみたい」
うんうん、とコンがうなずいてる。
「ぴぃってなんだ?」
「父親みたい」
父親……かぁ。
まあお兄さんって年齢じゃないしな。
コンたちから見たら、俺は父親みたいってことになるのか。
「ぱぴぃみたいなのに、ぱぴぃじゃない。まるでべつもの。やさしくて、すき」
にこー、っとコンが明るい笑顔で笑う。
「? ?? どういうことだ?」
いまいち要領を得ない回答だった。
「これいじょーは、ゆーりょーこんてんつですゆえ」
だめー、とコンが自分の口の前で、指でバッテンを作る。
「だうんろーどこんてんつほしーなら、くれじっとかーどつくってからでなおして。あぢゅー」
そう言ってコンは、ステテテテ、と孤児院の中へと入っていったのだった。
「なんなんだ……?」
謎の多い子どもだった。
☆
朝食を取った後、俺は皿を洗いながら、さて今日も子供達とサッカーをしようか……と思った、そのときだった。
コレットとともに朝食の後片付けをしていると、
「おにーちゃんっ、大変でやがるのですー!」
キャニスが慌てて、部屋の中へと戻ってきた。
「どうしたキャニス? 先に行ってサッカーの準備してろって言ったはずだけど?」
皿洗いを手伝ってから、俺は裏庭に向かうはずだった。
「できねーですっ!」
「できない? なんでだよ?」
「それは……くしゅんっ」
キャニスがかわいらしいくしゃみをする。
よく見ると犬っこは、バケツの水をぶっかけられたように、ずぶぬれだった。
「何だ? 水でもかぶったか?」
「あってるけどちげーですっ!」
コレットが大変大変、といってバスタオルを取りに行く。
その間俺は事情を聞く。
「雨が、どばーっ! ですっ!」
キャニスが両手を挙げて、どばーん、と言う。
「雨が……どばーん? ……まさか」
俺はキャニスとともに孤児院の外へ出る。するとーー
ーーざぁああああああああああああ。
「あー……そういうことな」
先ほどまで晴れていた空は、一転して暗雲が立ちこめていた。
どす黒い雨雲からは、文字通りバケツをひっくり返したような、大量の雨が降り注いでいる。
「ひゃー、ぬれねずみーまうすー」
「はわわ、ぱんつまでぐっしょりなのです~」
「これくらいどーってことないじゃない、おそとであそびましょうよっ!」
コンとラビ、そしてレイアも、外から中へと避難してきた。
レイアだけは外へ行こうとしていたので、彼女をひょいっと抱き上げる。
「どうしたのよ?」
部屋の掃除を担当していたアムが、ひょこっと顔を出す。
「アム、みんながずぶ濡れだ。ふくの手伝ってくれ」
「んっ、おっけー」
ちょうどコレットがタオルを持ってやってきたので、アムと俺とで、手分けして子どもたちの頭をふく。
「スゲー雨です」
「まるですぷらっしゅ」
うんうん、とキャニスとコンがうなずきあっている。
「結構急に降ってきたわね。これは長雨になりそうよ」
アムが窓の外を見ながら言う。
「だいじょうぶかしら……」
とコレットがコンの頭を拭きながら、心配げに眉をひそめる。
「だいじょうぶって、何がだコレット?」
するとコレットは俺を見て言う。
「桜華さんの孤児院が、心配で」
……初めてきく人の名前だった。
「桜華? 誰だそれ」
感じからして、日本人だろうか。
「【鬼族】の女性で、わたしと一緒で孤児院を経営しているの」
鬼族。
と、今彼女はそう言った。
「鬼……って、あの鬼か?」
この世界での鬼は、だいぶ忌み嫌われているそんざいである。
なにせ1度人間に滅ぼされたくらいだ。
「あ、でもねジロくん。ジロくんの知ってる鬼の評判って、それは一昔前のものなの。本当は鬼族の女の子たちは、みんなとっても良い子たちなのよ」
コレットが慌てて、そして必死になって否定する。
「おまえがそう言うなら、そうなんだな」
と俺は考えをあらためる。
なにせ嫁の言うことだ。信じて当然だろう。
「で、鬼族の……その、桜華さん、だっけ。その人がどうかしたのか?」
「うん、あのねほら、わたしたまに孤児院へお手伝いしに行くじゃない? 桜華さんはそこの孤児院の院長せんせいで、自分の娘たちと一緒に、鬼の孤児たちをめんどうみているの」
どうやら桜華さんとやらも、コレット同様に、亜人種の孤児院を経営しているらしい。
「職員は桜華さんと娘さんたちだけなのか?」
「そう。桜華さんには確か5人の娘がいるの。みんな年頃の、たぶんわたしやアムと同世代ね」
なんとそんな大きな娘が5人もいるのか。
「じゃあ結構桜華さんも年をいってるのか?」
「ううん、とっても若くてキレイよ。たしか鬼族はエルフと同様に、長命で歳を取りにくいの」
なるほど……。
「でね、桜華さんの孤児院、実はかなり建物が老朽化していてね」
コレットが子どもたちをふきおえると、獣人たちはアムと一緒に子ども部屋へ、着替えに行った。
「この長雨でもしかしたら雨漏りしてるかもしれないの……」
なるほど、確かに孤児院はどこも金がない。
コレットの孤児院も、俺が来るまでは穴あき状態だった。
「そうか。んじゃちょっと様子を見に行ってみるか」
俺はそう言って、出かける準備をする。
「え、えっ、じ、じろくんっ?」
コレットが目を丸くして言う。
「どこいくの?」
「え、だからその桜華さんのところへ様子見に行こうって。雨漏りしてるようだったら、修繕とか手伝えるかなってさ」
俺は温泉の外では魔法を使えない。
だが魔法が付与された道具をいくつももっている。
これは魔力を使わないので、外でも使えるのだ。
この孤児院を修繕したように、桜華さんの孤児院もなおしてやろうと思ったのだ。
「で、でもジロくん……わるいよ」
「何言ってんだよ。前にコレット言ってたじゃないか。桜華さんには昔ここへ、手伝いにきてもらっていたって」
コレットが1人だけのとき、その孤児院の人、たぶん桜華さんが、嫁を手伝いに来てくれていたのだ。
「ならそのときの恩を返すべきだろ?」
情けは人のためならず。
俺はこの考えのもとに、生きてきた。
コレットの教えてくれたこの言葉に導かれて、今の俺が、そして今の幸せがある。
「その孤児院はどこにあるんだ?」
「ここから少し離れた、天竜山脈の反対側を流れる、天竜川のそばの森にある、けど……」
「天竜山脈の反対側なら、山道を迂回して車で行けばそんなに遠くない。十分行ける距離だよ。まあ、場所わからないからナビはよろしくな」
くしゃ、っとコレットの頭を撫でる。
「ジロくぅん……♡」
潤んだ目でコレットが俺を見上げる。
んーっと唇を突き出してきたので、答えてやろうとしたそのときだった。
「どこかへ出かけるのかい?」
大賢者ピクシーが、にこやかな笑みを浮かべながら、俺とコレットとの間に割って入ってきた。
「ちぃっ」「おやコレット、ちぃっとはなんだい?」「なんでもありませんっ」
むむむ、とコレットがうなる。
キスを邪魔されて不機嫌になったのだろう。
「それで出かけるんだね」
「ああ。先輩、悪いんだが子どもたちの面倒は」
「ん、皆まで言わなくて良い。行ってきなさい」
話が早くて助かる。
俺はキャニスたちにコレットとでかけることを告げる。
子どもたちはえーっと不満げだったが、帰ってきたらアイスを食べてもいいよというと、あっさり了承した。
こうして俺は、コレットのナビのもと、その桜華さんが経営する孤児院へと向かった。
なの、だが……。
「…………コレット」
「…………」
車を飛ばして数時間後。
眼下の光景に、コレットが言葉を失っている。
そこにあった孤児院はーーーーなかったのだ。
濁流に呑み込まれて、流されていってしまったのだ。
「…………桜華さん」
へたり、とコレットがその場にヒザをつく。
知り合いが死んでしまったら、誰でもショックを受けるだろう。
「桜華さん……ごめんなさい、もっと早くに気づいてれば……」
この突然のどしゃぶりのせいで、川のかさがあがってしまったのだろう。
孤児院を出発してから数時間が経っている。
その間に川が氾濫、川辺にたっていた孤児院は流されてしまった……という次第だろう。
このあたりは土壌が弱いらしい。
堤防を作る技術もないこの世界では、川のそばにぼろ屋を建てるなんて、危険すぎた。
なぜこんな危険な場所に孤児院をたてたのか……と悔やんだところでもう遅い。
「桜華さん……」「コレット」
肩を抱いて家に帰ろうとした、そのときだった。
「……コレットさん?」
やわらかな、春の日差しのような、優しい声が、背後からした。
「……コレットさん? いったい、どうして……?」
俺とコレットは背後を振り返る。
そこに立っていたのは…………でかい。
……でかい、なんだ、あれは。
あ、いや。
身長がって意味じゃない。態度っていみでももちろん、ない。
ーー胸だ。
胸が、とてつもなく大きな、長身の女性が、そこに立っていたのだ。
「桜華さんっ!」
ばっ、とコレットが桜華さんのもとへとかけよる。
そして桜華さんの、あまりにもでかすぎる胸に、コレットが飛び込む。
「良かった……! 心配したんですよっ!」
わんわん、とコレットが子どものように泣きじゃくる。
「……ごめんなさいね、コレットさん」
慈愛に満ちた表情で、桜華さんがコレットの頭を撫でる。
こ、コレットもだいぶ胸がデカいが、桜華さんのそれは、く、比べものにならない。
なんだあれ……。
スライム?
スライムが胸にふたつくっついているぞ。
「娘さんたちはどうしました? 孤児院の子どもたちは?」
「……みんな、避難していますよ」
「そうですか……良かったぁ……」
安堵の表情を浮かべるコレット。
そのダイナマイトバストな女性は、「……?」と俺の存在に気づく。
「……コレットさん、その、……あちらの、男性は?」
コレットは「ああ、すみません桜華さん」というと、
「彼はジロくん。わたしの旦那さまです」
「……まぁ」
桜華さんは口をぽかんとあけて、コレットとそして俺を見やる。
「……この方が、あの? ……わざわざこちらへご足労頂き、ありがとうございます」
桜華はコレットを離すと、頭をぺこりと下げる。
どっぷんっ!
と胸が、胸が立体的に動いた……。
よく見るとそのひとは、日本人の顔立ちをしていた。
黄色い肌。長く艶やかな髪。
顔かたち、そしてまとう雰囲気も、日本人にそっくりだ。
ただひとつ違うのは……額から生えている、1本のツノ。
ユニコーンのような、動物のツノではなく、皮膚が隆起しているような、そんな肌色のツノ。
額にツノの生えた人間は、この世に1種しかない。
「……はじめまして。鬼族孤児院の院長をしております、桜華……と申します」
超巨乳のその人、桜華さんはそういって、頭を下げたのだった。
お疲れ様です!
そんな感じで新章スタートです!
今回5章は、昨日言ったとおり、新しい孤児院について触れることにしました。
鬼族の暮らす孤児院が濁流に流されてしまったので、桜華たち鬼の女たちは、ジロたちのところで暮らすことになります。
ただ鬼族は結構な大所帯(母1、娘5、孤児多数)ゆえ、ジロの孤児院にはとても入らない。
新しく近くに建物を建てるか、孤児院を増築するか……みたいな。
いずれにしても新しい仲間が加わり、ますます賑やかになっていく予定です。
仲間が増えてもやることは変わりません。
今どおり孤児院の子らと日常を過ごし、嫁たちといちゃついて、そして新しい女の子と……みたいな内容に、5章はしていく予定です。
そんな感じで5章もよろしくお願いします!!
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以上です!5章もバリバリと頑張っていきますので、よろしくお願いいたします!
ではでは!
(p.s桜華は桜【華】であって、桜【花】ではありません。ご承知ください)




