02.善人、恩師と再会し、借金を肩代わりする
ふと昔の恩師の言葉を思い出した。
『情けは人のためならずよ、ジロ君』
その人は美しいエルフの女性だった。彼女は俺の住んでいた村で、先生として働いていた
医者であり、教師でもあるエルフの先生。
俺は先生からさっきのことわざを教えてもらった。
『なさけはひとの、ためにならないの?』
すると先生は『ちがうわ』と言って笑い、本来の言葉の意味を教えてくれる。
『人に情けをかけることは、めぐりめぐって自分に返ってくるということよ』
『うーん、いまいちどういうことなのかわっかんねー』
先生の言っていることはよくわからなかった。ただ苦笑する先生が、すごくキレイだなと思った。
長く美しい金髪。海のように青い瞳。そして豊かな肢体。
俺は色んなことを知っている先生にあこがれていたし、きれいな先生のことが、好きだった。
先生にあいたくて、難しい言葉を、毎日調べては意味を聞きに言ったり、また言葉を教えてと先生の元へと足を運んでいた。
『いい、ジロ君。ひとにやさしくできる男になりなさい。そうすれば、優しくしてあげたことが、いつか自分に良いこととして帰ってくるから』
先生の言葉を聞いて、俺は思った。絶対に人に優しくしようと。
だってそうしていれば、良いこととして帰ってくるのだろう? 俺にとっての良いこととは、先生と恋人関係になることだ。
『うんっ、わかったよ! 先生! おれ、いっぱい、人に優しくするっ!』
『うんっ、えらいわ、ジロ君♡ えらいえらいっ♡』
先生はしゃがみ込むと、子供の俺の頭を優しくなでてくる。花のような甘い香りが好きで、ちらりと見える、右胸のほくろがえっちで大好きだった。
……けど、その先生は、いつの間にか村からいなくなっていた。
必死になって捜したけど、先生は見つからなかった。
おとなに理由を聞いても、誰もが知らない、わからない、と繰り返した。
本当に知らないのかと食ってかかると、みな不快そうに顔をゆがめて、俺のことを蹴ったり殴ったりした。あの女のことは2度と口にするな、というにくしみのこもった言葉を添えて。
『あのエルフ女は偽者だった。純血を偽ったまじりものじゃったんだ!』
……村長がおとなに、そう言っているのを聞いたことがある。だが俺には何のことを言っているのか、わからなかった。
結局先生の所在はつかめず、俺の初恋は始まる前に終わってしまった。
俺にことわざを教えてくれた、あの優しくてきれいなエルフの先生は、どこへいってしまったのだろうか……?
☆
冒険者を引退した俺。
左手の傷を癒やすため、温泉街【ズーミア】へと向かった。
「良い天気だなー」
ズーミアまでの街道を、俺はひとりてくてくと歩く。馬車を使っても良かった。
だが話を聞くに、ズーミアまでは歩いて半日くらいで到着する距離らしい。わりかし近い。
馬車を使ったらそれこそ、数時間でついてしまうだろう。せっかく天気もいいことだし、それにヒマだし、歩いて街へ行くことにしたのだ。
平日の朝ということで、街道を通るひとは少ない。みんなもっと早朝に行動を開始しているからな、普通。
こんな朝とも昼とも言えない時間に、てくてく歩いているのは俺くらいなもんだ。
急ぐ旅程でもないことだし、としばらくのんびり歩いていると、やがて森にさしかかる。
確かソルティップとか言う名前の、そこそこ深い森だった気がする。
モンスターが出ることを一応は警戒して、俺は魔法を使うことにする。
俺は左手を差し出して、特殊技能を発動させる。
「【複製】開始→魔法→無属性魔法【探査】」
左手から木琴楽器を鳴らしたような音を発する。これは周囲5km内に生体反応があるかどうかを知らしてくれる無属性魔法だ。
ちなみに無属性魔法とは、基礎となる火・水・土・風・光・闇の6属性のどれにも当てはまらない魔法のことを指して言う。
無属性魔法を使える人間は限られており、さらに使い手もひとりにつき1つしか、無属性魔法を持っていない。
俺は【複製】を持っているから、こうしていくつもの無属性魔法を使えるのだ。
【探査】によるとモンスターの反応はなかった。が、
「……動物多数。人間が俺以外に2。そんで、亜人が2……か」
亜人。亜人間とも言う。人間以外の知性のある種族を指して言う。
エルフとか獣人とか、そう言う連中のことだ。
亜人は昔からこの大地に住まう種族であり、珍しくはない。俺の拠点だったカミィーナの街にもエルフやドワーフはいた。
「しかしなんだってこんな森の中にいるんだ?」
人間ふたりと亜人ふたりは、同じ場所、ここからそう離れてない場所にいた。
普通に考えるなら、彼らは冒険者のパーティってことになるだろう。採取クエストで、ここに来たと考えるのが妥当か。
冒険者パーティならば、まあこのまま出くわしても問題ないか。軽くあいさつをして通り過ぎるとしよう。
そう思いながら歩いていると、遠くの方から言い争う声が聞こえてきた。
「なんだなんだ……?」
進行方向から、女の子の声が聞こえてくるじゃないか。
「離してっ! コレットを離しなさい!」
「うるせえなあ獣人のガキが!!!」
……どうやらトラブルのようだった。
声の主らは、おそらく先ほど【探査】した人間と亜人たちだろう。
声のする方へと歩いて行くと、そこには4人の人がいた。
30代くらいの人間の男がふたり。
そして……亜人の少女が、ふたり。
ひとりは、赤毛の獣人。
幼い体つきだ。短パンにヘソ出しのシャツという、結構大胆な衣装を身に纏っている。
頭からは猫耳が、おしりからはかわいらしい猫のしっぽが生えている。気の強そうな瞳をしていて、爛々と黄金色に輝いている。
もうひとりは……金髪のエルフだ。
先ほどの獣人少女と違い、こちらはグラマラスな体型をしている。神官が着るような白いふわふわとした法衣に身を包んでいる。
長く美しい金髪。海を想起させる青い瞳。そしてエルフの特徴である長い耳……にしてはちょっと長さが足りないような気がした。
昔エルフを見たことがあるのだが、少女の耳は、長さが半分くらいしかなかった。
獣人の少女が男の腕を掴んでいる。その男はエルフの少女……たぶんこっちがコレットだろう。
コレットを連れて行こうとする男を、あの獣人少女が止めようとしている、ということか。
「汚え手でさわんじゃねえよ獣混じりが!」
男は獣人少女のお腹に、蹴りを食らわせる。
「ガッ……!!」
「アムっ!!」
コレットが悲痛な声を上げ、獣人少女の名前を呼ぶ。うずくまっているこの子がアムっていうのだろう。
「乱暴はおやめくださいっ! わたしを連れて行けばいいのでしょう?」
きっ、とコレットが男たちをにらみつける。その瞳にはおびえを感じさせず、まっすぐに男どもを見据えていた。
が……脚がぶるぶると震えている。気丈に振る舞っていても、やはり怖いのだろう
「へへっ、最初からそうしてろっつーの」
男はコレットのくびれた腰にうでを回すと、抱き寄せて、反対の手でコレットの大きな乳房を掴む。
「こんな上玉エルフがまさかこんな森の中にいるとはなぁ。あの教会に金かしてやってて正解だったぜ。こいつは高く売れる。ひひひっ」
「なぁ兄貴ぃ、奴隷商館へ売り払う前にこの女やっちまいましょうぜ~」
舎弟らしき男が、親分らしき男にそう提案する。
「バカヤロウ。処女じゃなくなったら価値が下がっちまうじゃねーか」
「でもよぉ……こいつすげえ巨乳じゃんかー。それにエルフの女となんてこの先やれる機会があるかわかんねーじゃんかー。なーやりてーよー」
「言われると確かにそうだな……」
親分は「よし、じゃあ街に着いたら売り払う前にやるとするか」と言って、ぐいっとコレットを引っ張る。
コレットは「…………」と一切悲鳴をあげることも抵抗することもなく、黙って彼らについてこうとする。
「コレットぉ……」
地面に這いつくばるアムが、苦悶の表情を浮かべながらコレットを見やる。
「アム。だいじょうぶ、わたしは大丈夫だから……ね。それよりみんなのこと、頼むわ。わたしがいなくなったら、あなたが年長さんなんだからね」
コレットはそう言うと、しゃがみ込んで、地面に這いつくばる少女の頭を撫でた。
「…………っ」
その姿を見て俺は……俺は、どくんっ、と心臓が高鳴る音を聞いた。
「…………まさか」
いや……まさか、と今俺の脳裏をよぎった予感を否定する。まさかそんな、ありえない。
だって先生は……先生は……。
……あの少女と同じ、長い金髪をしていた。少女と同じ海の色の瞳をしていた。
……金髪で青い目のエルフなんて、たくさんいるだろう。それに先生とあの少女では、耳の長さが違う気がする。
他人のそら似だ。
そう断じることは容易い。けど……1度抱いた予感は、無視できないほどまでに大きくなっていた。
……気づけば俺は、彼らに向かって歩き出していた。
「あの……すみません」
「あ゛? なんだてめえ……?」
親分が俺をにらみつけてくる。
「えっと……何かトラブルでもあったのかなーっと思いまして」
男と話しながら、俺はちらりと、コレットの方を見やる。
……やっぱり、似てる。似すぎている、コレットが、先生に。
コレットは俺の登場に困惑しているようだった。俺を見ても……しかし彼女は何も言ってこない。
……仮に先生=コレットだったとして、俺がジロであるとは彼女は気づかないだろう。あのときから数十年経過して、今では俺はおっさんだからな。
「おまえには関係ねーだろっ! おら、こいエルフ女! 来るんだよっ!」
親分はコレットのうでを乱暴に掴むと、そのままぐいっと引きよせる。
「アッ……!」
コレットと俺の目が合う。……やっぱり、この目は先生の目だ。大きくて、宝石みたいにキレイな……俺の大好きだった目だ。
「待ってくれ」
俺は親分に声をかける。
「金のトラブルなんだろ? 良ければ話を聞かせてくれ」
「ああん? だからおまえには関係ーー」
「金貨10000枚」
俺は背中のリュックの中から、革袋を取り出す。
親分がそれを見て体を硬直させる。
「ここに金貨が1万枚入ってる。金のトラブル……借金か? 俺ならその金を肩代わりしてやれる。どうだ?」
突然のことに親分も、舎弟も、そしてコレットすら困惑顔をしていた。まあそうだよな。
見知らぬ男から急に借金を肩代わりする、金貨1万枚出すとか言われたらな。
「……確かにこの女の働く孤児院は、おれたちから借金をしていた。利息を合わせて、金貨1万枚」
親分が俺を見ながら、コレットたちの抱える事情を話す。やはり借金か。しかも金貨1万枚とは。
なんという偶然だろうか。
「じゃあ都合良いじゃないか。これでこの子の借金はチャラだ」
俺は親分にぐいっ、と金貨を押しつける。
「あ、兄貴ぃ~。どうします?」
「……だまってろ」
親分は眉間にしわを寄せながら革袋と、そしてコレットとを見やる。
「……中身を確認させてもらうが、いいな?」
「構わない」
俺がうなずくと、親分は舎弟を連れて、俺たちから少し離れる。
「ふぅ……」
「あの……」
するとコレットが、俺を見上げながら話しかけてきた。……先生、こんなに小さかったんだな、と思った。
「どこのどなたか存じませんが、結構です」
コレットは俺を見据えてそう言った。そこには確かに、疑念の色が見て取れた。
そりゃそうか、いきなり見知らぬ男が出しゃばってきて、1億円の借金を肩代わりするって言ったら、誰でも不審がるだろう。
「わたしたちの問題は、わたしたちが解決すべきです。あなたの善意は大変嬉しいです……ですが……」
俺はコレットの言葉を遮るように、言う。
「お久しぶりです、先生」
と。
「おひさし、ぶり……? それに、先生……?」
何のことかわからないのか、コレットが首をかしげる。だろうな。
「先生……俺です。キソィナの村で先生に教えてもらっていた……ジロです」
予感はあった。当たっているという予感と、間違っているかもという予感の両方が。
けどやはり、こうして間近で見た先生は……先生だった。
「ジロ……。うそ……。ジロ君……? ジロ君……なの?」
コレットの目が驚愕に見開かれる。そこには先ほどまであった疑念の色が消えていた。
俺は証明するように、【複製】魔法を使う。適当に銅の剣を作り出して見せた。
……そう、あなたは知っているはずだ。なにせ、このスキルの使い方を教えてくれたのは、俺がこのスキルを自在に使えるよう訓練してくれたのは、ほかでもない、先生、あなたなのだから。
「ウソ……ジロ君。本当……に?」
俺は先生……コレットを見ながら、うなずく。そう、この人は、この少女は、俺の恩師であり思い人のエルフ、コレット先生なのだ。
☆
親分は俺の金貨1万枚を持って帰ることにしたみたいだ。
まあ借金の形にコレットを連れていって、奴隷商館に売り払ったとしても、1万枚になるかは不透明だ。なら全額借金を現金でもらった方がいい、と彼らは判断したのだろう。
こうして晴れてコレット先生の借金は無くなり、彼女はキレイな体になったのだった。
「先生……ほんとうに、おひさしぶりです」
さっきと同じ場所にて、俺はコレットに頭を下げる。
「あいかわらずお綺麗で……というか、俺と初めて出会ったときと、まったく見た目変わってませんね」
「ええ、エルフですから」
どうやらエルフと人間では、年を取るスピードが異なるらしい。
エルフは100年で、人間的に1歳年を取るという。俺と別れてから20年あまり、だとしても人間換算では、あのときから1歳も歳を取ってないということになる。
コレットはあのときと同様、年若い少女だった。18歳くらいにしか見えない。
昔年上だと思っていたお姉さんが、いつの間にか年下の少女になっていたみたいな、そんなわけわかんないことになっている。向こうも困惑してるみたいだが、俺だって困惑していた。
「ジロ君……おっきくなったわねぇ……」
コレットが感じ入った声音で言う。
「先生も、その、おっきく……」「?」「いえ、なんでもないっす」
俺はコレットの乳房を見ながら口ごもる。くっ……! どうして一切歳を取ってないのに、胸だけはあのときから成長してるんだ!
やばい……目が。どうしても目がいってしまう……! コレットのでっかいおっぱいに!
とそのときだった。
「ちょっとあんたっ!」
「え?」
ゲシッ! と誰かが俺の脚を蹴ってきた。
「いってぇ……」
俺はしゃがみ込んで右脚をおさえながら、蹴ってきた相手を見やる。
赤毛の獣人……アムが、俺を見下ろしていた。その目は怒りに燃えていた。
「コレットに色目使ってんじゃないわよ!」
アムはコレットの体を抱き寄せると、ぎゅーっと抱きしめながら言う。
「コレット、大丈夫? このへんなのに変なことされてない?」
アムは本気で心配しているのだろう、眉を八の字にしながら、ぺたぺたと彼女の身体を触っている。
「ううん、大丈夫よ、アム」
「ほんとう?」
「ええ、ほんとうよ。心配してくれてありがとう、アム」
ちゅっ、とコレットがアムの額にキスをする。
「ばっ、ばかっ……。しんぱいするのはとーぜんでしょ。コレットは……友達だもの」
ほおを赤らめつつ、アムが恥ずかしそうに目をそらした。その仕草がかわいらしかったのか、コレットがきゅーっと抱きしめる。
「で……コレット。このへんたいは、だれなの?」
「変態っておまえ……」
「なに? 違うの?」
ぎろっ、とアムが鋭い目を向けてくる。シッポがビーンと立っている。
「いや、まあ、その……」
確かにコレットの大きな胸を凝視していたけれども。
「まあまあアム。恩人にそういう怖い態度見せちゃダメよ」
コレットは言い聞かせるように、アムの頭を撫でる。
「……コレットがそう言うなら、わかったわよ」
ぷくっとほおを膨らませながら、アムが不承不承という感じでうなずく。
どうもコレットとアムは、友達でありつつ、仲の良いお姉さんと妹みたいな関係のようだ。
「ジロ君、改めてお礼を言うわ。借金を肩代わりしてくれてありがとう」
「…………。その、あんがと」
ふたりの美少女が俺に向かって頭を下げてくる。気恥ずかしさがこみ上げる。そんで、確かな喜びもまた感じていた。
恩師に、恩返しができたのだから。
「……情けは人のためならず、か」
ほんと、今までその言葉に従ってきて良かったと思った。だって優しくしてきたことが、良いこととして、帰ってきたのだから。
「…………」
「……なにニヤニヤしてるのよ?」
じろり、とアムが俺を睨んでくる。
「いや、別に」
「ふーん……。ところで気になってたんだけど、アンタ誰? あたしたちのコレットのなんなの?」
アムはコレットを守るように前に立ち、俺をにらんでくる。まあアム視点では、俺は急に現れた身元不明のおっさんだからな。きちんと名乗っておこう。
「悪い、名乗るのが遅れたな。俺はジロ。冒険者をやっていた。コレット先生には昔、お世話になってたんだ」
俺はギルドカードを取り出してアムに見せる。アムはカードを見て俺の身分を確かめ、
「コレット、ほんとうなの?」
とエルフ少女に俺の発言の真偽を確かめる。
「ええ、ほんとうよ。ジロ君は昔わたしが住んでいた村の住人。生徒で、お友達だったわ」
コレットの言葉をアムは信用したらしい。俺への警戒レベルを幾分か下げてくれた。
……しかし、ちょっと落ち込むな。友達って。生徒って。まあ、うん、しょうがないか。向こうからしたら、俺は生徒だもんな……。
「ど、どうしたのよアンタ。お腹でもいたいの?」
「いや、大丈夫。心配してくれてありがとう」
見かけによらずこの猫娘は優しいのかも知れない。そう言えば友達のこと身を挺してかばっていたしな。
「ばっ、べつに心配なんてしてないわよっ。なにかってに勘違いしてるのよっ!」
ふんだ、とアムが顔をそらす。
「……先生、俺嫌われちゃいましたかね」
隣にいるコレットに尋ねると、彼女は、
「そんなことないわ。アムは結構人見知りするタイプなのよ。なのに初対面のジロ君と普通に会話してる。気に入っているのよ、あの子」
うんうん、とコレットがうなずいてる。
「バッ……! ち、ちがうわよっ! 別に友達を助けてくれたあんたに感謝とかしてないしっ! 気に入ってもないしっ!」
びーんっ! とアムのシッポがおっ立つ。
「あらあら♡ へーアムってジロ君みたいな子がタイプなのね。そっかー、年上好きかー」
「ちちちち、ちがうわよっ! もうっ! もうっ! コレットのいじわるっ!」
くすくすと笑うコレットに、アムが食ってかかる。
「ごめんねアム。あなたをからかったわけじゃないの。ただそうなんじゃないかなーって勝手に思っただけよ」
「ふ、ふん……。別にいいわよ。べつに、こいつのこと、アタシなんとも思ってませんけどねっ! ふんだっ!」
アムはぷくっと頬を膨らませると、俺から完全にそっぽ向いてしまった。ううむ、嫌われたっぽい。
コレットは違うって言ってたけど、どうなんだろう。
「ジロ君もてもてねー♡ うらやましいわ、このこの♡」
コレットが茶化すように俺の脇腹をつついてくる。
「あ、あはは……光栄っす……」
しかしなんだろう、なんか悲しい……。
わかっちゃいたけど、先生からしたら、俺は昔の生徒のままなんだよな。異性って思われてないんだろう。
……まあ、いい。
ふたたび先生に会うことができたんだ。ここから、少しずつ距離を詰めていくことにしよう。時間は幸いにしてあるしな。
「ところでジロ君」
コレットが俺を見上げながら言う。
「なんでしょう?」
「このあとって時間、ある?」
真面目な顔でコレットが言う。なんだろう?
「大丈夫ですよ」
「そう……なら、ちょっとウチによってくれないかしら? 色々あなたと話したいことがあるの」
ウチに来ない……え、コレットの家に行って良いんですか!? そのまま良い雰囲気になって……と思ったけど、コレットの様子がちょっとシリアスに傾いていた。
真面目な話しをするみたいだ。
「いいですよ」
「良かった。じゃあいつまでもここで立ち話してるのもあれだし、さっそく行きましょう」
ということで、コレット先導のもと、俺は彼女の、いや、彼女たちの【家】へと向かった。
森を歩くこと数十分。
開けた場所に……それはあった。
「古い……教会、ですか?」
石造りの教会だった。……とは言っても、めっちゃおんぼろだ。
周りの雑草は生え放題。建物の壁は割れている箇所が目立つ。
塗装などされていないので、遠目にみると廃墟にしか見えない。井戸もあるみたいだが、屋根は壊れてるし、ロープも切れていた。おそらく水が枯渇しているのだろう。
「もとは教会だったものを、孤児院として使っているの」
「孤児院……。先生は孤児院で働いているんですか?」
そう、とコレットがうなずく。
と、そのときだった。
「おねーちゃーん!!!」
「ままー!!!」
「…………」
建物の中から、小さな子供たちが出てきた。数は3。
全員が幼く、10歳にみたないような子供たちだ。
元気良さそうな、犬耳の少女。
「あっ! しらないひとです! こんちゃー、です! おっちゃんだれー、です? あたしキャニスってんだ、ですっ!」
やたらとフレンドリーだった。犬耳の幼女は俺に会うなり、俺の脚にしがみついてくる。
「…………」
次に俺に興味を示したのは、ちっこいきつね耳を生やした、銀髪の少女だった。
「じー……」「…………」「じー…………」「な、なにかな?」
きつね幼女は俺の目をじいっと見つめていた。じーとか口に出しているし、なんかちょっと変な子だ。
その子はしばらく俺を見やると、
「ぐぅ」
と言って、親指を立てた。そしてキャニス同様、俺の脚にしがみついてくる。
「ぐあい、よい」
ぐっ、とまた親指を立てて来るきつねっこ。
「あなた、だれ?」
「俺? ジロ」
「ほぅ、ぐっど」
ぐっ、と親指を立てるきつね娘。なにそれきめポーズなの?
「みー、コン」
親指で自分を指して、きつね娘がそう言う。
「コン? それがおまえの名前か?」
「そー、いえーす」
ぐっ、と親指を立てるコン。ふしぎちゃんみたいだ。
で、残りはと言うと……。
「ひぃっ!」
その子は俺と目が合うと、「ままー!」と言ってコレットの胸にぴょんっと飛んだ。
その子は結構ちっこかったのだが、コレットの胸まで、一直線に跳ぶ。すごい跳躍力だ。
なにをかくそう、その子はウサギの獣人だった。
「あらまあどうしたの、ラビ?」
「しらないひとがいるよぅ! ラビこわいっ! こわいよぅ! ふええええ!」
ぶるぶるぶるぶる、とラビと呼ばれたウサギ幼女がそう言う。
「怖いって俺のこと?」
「ひぃっ! 食われるようぅ! ままー! うええええええええええん!!」
……ううむ、この子にはずいぶん嫌われてしまったようだ。というか臆病なのかな、この子。
「この子たちは……この孤児院で暮らしてるんですか?」
俺がコレットに尋ねる。
「そうだぜー、ですっ!」
「みー、とぅー」
俺に抱きつきながら答える、やたらとフレンドリーな犬耳幼女ときつね耳幼女。
「そう、このアムも含めた4人とわたしを含めて5人で生活してるの」
コレットはラビをよしよしとあやしながら答える。その姿は確かに、孤児院の先生だった。
「そっか……先生、ここでも先生やってんですね」
俺の言葉に、コレットは苦笑しながらうなずいたのだった。