19.善人、大賢者とともに、水洗トイレを作る
お世話になっております!
ネグリジェ姿のコレットとメイド服アムと夜を楽しんだ、翌日。
昼頃の出来事だ。
大賢者で先輩のピクシーが、俺に話しかけてきた。
「ジロー。ちょっといいか?」
「……いいっすよ」
場所は子どもたちの部屋。
今は食後の昼寝の時間だ。
子どもたちを寝かしつけたところに、先輩がやってきた感じだ。
俺にしがみついている獣人少女たちをベットに寝かせて、俺は先輩とともに、子ども部屋をでる。
「どうしたんですか?」
「ジローに作ってもらいたいものがあるんだ」
「作ってもらいたいもの?」
俺は先輩の後をついていく。
身長差があるので、後からの先輩は、ほんとうに子どもにしか見えなかった。
先輩が廊下を歩きながら言う。
「常々私はね、不満だったんだ。あれがないことにすっごくね」
「はぁ。なにがないのが不満なんですか? 食べ物とかテレビですか?」
確かにこの世界には日本にあって、こっちにないものが多すぎる。
地球での記憶を持つ転生者ならなおのこと、文明レベルの低いこの異世界での生活に、不満を感じることだろう。
「食べ物じゃない。そもそも私はあまり食べ物に頓着しない。テレビより私は本が好きだ。なくてもいい」
廊下を歩きながら、とある場所へと向かっていく。
ついたのは廊下の最奥の部屋の前だ。
あれ、この場所って……。
「私が不満なのはな、ジロー」
がちゃり、とそのドアを開けて言う。
「トイレを洋式に変えて欲しいんだ」
☆
先輩が不満だったのは、トイレのことらしい。
トイレ部屋は正方形の形をした狭い部屋だ。
床中央に長方形の穴があいており、そこに跨がり用を足すのだ。
「私はねジロー、食事や娯楽は不足していても我慢できる。しかしトイレがこれなのは本当に我慢ならないのだ」
いつも大人の余裕をつらぬく彼女が、このときばかりは感情的になっていた。
顔が不快に歪んでいる。
「ジロー、この穴の下はどうなってるんだ? まさか穴があいてそのままというわけではないだろ?」
「ええ。この穴の下に【下等スライム】を入れてあります」
スライム。
どこのファンタジー世界にもいる、雑魚モンスターだ。
スライムは序盤の経験値あげに活用される他に、この世界では別の使い方がされる。
「ああ、ごく一般的な下水処理の方法だね」
先輩が穴をのぞき込みながら言う。
「すべてのスライムには【物体を消化吸収】する力が備わっている。他のモンスターを倒すチカラのない彼らは、動物の死骸や糞尿などを体に取り入れ分解、そして栄養素として吸収している」
ゆえに、と先輩が続ける。
「この世界では穴を掘って、その穴の中にスライムを入れておく。特に下等スライムは通常スライムと違ってその場から動かないし、敵対者を見かけても襲ってこない。非常に温和な性格をしている」
そう、だから下水清掃員的な感じで、下等スライムはこの世界で重宝されているのだ。
穴の下で微動だにせず、上から落ちてくる排泄物を食ってくれているからな。
「さてジロ-。キミには早急に便器を複製してきて欲しい」
「え、でも別にこのままで不自由は」「するから」
ぐぐっ、と先輩が俺に顔を近づけて言う。
形容できない圧のような物を感じた。
「私は和式より洋式派なんだ。座って用を足したいのにこの世界と来たらっ!」
確かにこの世界、基本和式だからな。
「イスに腰掛けるようにして用を足すのが、文明人の排泄スタイルだと思う。だからジロー、早く作りたまえ」
「は、はあ……」
俺は別に和式スタイルでも良かった。
そもそも基本は立ってするわけだしな。
けど……そうか。
女性の場合は立ってできないもんな。いつも先輩にはお世話になっている。こういうときに恩返しせねば。よし。
「わかりました。ちょっと竜の湯にいってきます」
「早急になっ!」
先輩が赤い顔をして、内股気味にそう言った。
我慢せずすれば良いのに……と言ったらすさまじい魔力の高まりを感じたので、退散した。
竜の湯へ行き、【洋式便器】を複製する。
これを持って行って穴の上におけばいちおうは完成。
「けどこのままだと不完全だよな」
俺は便器を出しただけだ。
当然レバーを押し下げても、水が出るわけがない。
便器そのものを出したわけだしな。
「できれば水洗トイレにしたいな」
ぐいっとレバーを下げれば、水が流れてきて、そのまま穴に落ちていく、みたいな機構を取っていれば、さらに快適な生活が送れるだろう。
「でも水洗か……。ううむ……」
しばし竜の湯に浸かりながら方法を考える。
そして、
「あ、そうか。複製合成すればいいのか、なんだ簡単だな」
俺はあるアイディアを元に、水洗便器を作ろうとした。
ちょうど電化製品と雷魔法とを混ぜ合わせて動く電化製品を作ったように。
「水魔法と便器を複製合成させれば良いのか」
俺は初歩の水魔法、【水流】と便器を複製合成。
これでレバーを下げれば水の流れるトイレの完成だ。
「なんだ意外と簡単にできたな。余裕だったわ今回」
と試運転をかねて、トイレのレバーを下げてーーー
ーーあっさり失敗した。
☆
俺はあの後、洋式便器を持って(【筋肉強化】した軍手を使って)、孤児院へと戻ってきた。
トイレ部屋の穴のところに便器を乗せたあと、先輩が俺を追い出す。
「ダメでした」
俺はトイレの外から先輩に声をかける。
【ダメとはなんのことだ?】
ドア向こうから先輩の声が聞こえる。心なしか声が軽やかだった。
「いえ、水洗トイレを作ろうって思ったんですよ。でも失敗しちゃいまして」
【ほう、なぜだ?】
からから、と先輩がトイレットペーパーをまくおとがする。
ちなみにトイレットペーパーと、それを壁に据え置く仕掛けはすでに俺が作ってある。
「あ、先輩。日本にいたときの感覚でレバー下げちゃだめですからね。それでさっき悲惨な目にあった」【きゃぁあああああああああ!!!】
ーーどっばーーーーんっ!!!
俺が言い終わる前に、先輩のかわいらしい悲鳴が聞こえてきた。
「先輩っ! だいじょうぶですかっ!」
俺は慌ててドアを開ける。
そこにはーー
「……………………」
「………………ええっと」
状況を説明しよう。
まず入って正面に洋式便器がある。
先輩は用を足していた。つまりスカートとショーツを下げて、便座に座わっていた。
つまり俺の眼下には、ショーツを足のところまで下げた先輩の、まるだしの下半身が見えるわけだ。
先輩は頭から水を被ったかのように水びだしだった。
トイレの中も水にまみれている。まるで上から大量の水が振ってきたかのようだった。
「…………ジロー。1回外出ろ」
「あ……はい……」
俺はいったん外に出て、あわててバスタオルと雑巾を取ってくる。
「先輩」
俺はノックをしてドア向こうの先輩に問いかける。
「タオルと雑巾持ってきました」
「ご苦労」
がちゃりとドアを開けて、先輩が出てくる。ちゃんとスカートをはいていた。
「スミマセン先輩……」
「そうだな。今度からは今みたいにノックしてからトイレに入るべきだろう。私の危機にいちはやく駆けつけてくれたのは嬉しかったけどね」
タオルで頭をごしごしとしながら、先輩が俺を見上げて言う。
いつものにこやかな笑みに戻っていた。
さすが大人。ちょっとのことじゃ動揺しないらしい。
俺は魔法ドライヤー(電気を付与したドライヤー)で先輩の髪を乾かす。
先輩にはキャニスたちの服を着てもらった。幼女と服のサイズぴったりってすごいな。
「さてじゃあさっきのことについて検証していこう」
水びだしのトイレの前に立ち、先輩が言う。
「まずさっき起こったことを手みじかに話そう」
先輩が洋式便器に近づいていく。
「このレバーを押したら、地球にいた頃と同じで、上の口と下の口から水が出た」
手を洗うところと、排泄物を溜めておく場所のことな。
「しかし水が出たはいいが、」
「その量が問題だった……ですよね」
俺はさっき温泉にてその失敗を経験している。
レバーを下げると、すさまじい量の水があふれ出てきて、辺り一面を水びだしにしたのだ。
ちょうど今のこの状態のように。
「ジロー。この水洗トイレは複製合成で作った物だろう?」
複製合成とは、複製の際に物体と魔法とを混ぜ合わせて作ってできるもののことだ。
ある意味で道具に魔法を付与する、付与術に近いことができる。
しかし付与術は【無属性魔法】しか付与できないというルールがある。
ゆえに先輩のような付与術士は、洋式便器に水魔法を付与することができない。
しかし俺は属性魔法をこうして付与することができるのだ。
「そうです。初級水魔法の【水流】と一緒に複製合成しました」
「そしたらいちおう、レバーを下げれば水が出る水洗式のトイレはできたと」
俺は先輩の言葉にうなずく。
そう、雷魔法を電化製品とともに複製合成すれば、コードを電源に指さなくても電化製品が使えるようになった。
そのときと同じで、便器に水を付与することができはした。
しかし……。
「ええ。でも水の威力が強すぎて、正直使い物になりません」
上の口からはジェット噴射のごとく水が出てききた。
下の口からも同様。
すぐに便器下にあいている穴が水であふれかえり、中から劣等スライムがでてきてしまったのだ。
「なるほどね……」
先輩は熱魔法を使って水びだしのトイレを乾かし、穴にたまった水をすべて蒸発させ、スライムを穴にぽとりと落とす。
「【水流】は水を出して相手を水圧で押し流す魔法だ。確かに勢いがつきすぎてしまうのだろう」
失敗の原因は先輩が分析してくれた。
「【水球】じゃ流れる水が作れませんでした」
そっちでも試したのだが、レバーを引いてもでっかい水滴がぼとん、と落ちてくるだけで、水洗とは言えなかった。
「もうちょっと威力の低い水を流す魔法があれば良いんですが……」
「魔法の中では【水流】がもっとも威力が弱い水魔法だからね」
あれが下限なのだ。
「人間が魔法を使うときは、魔力で出力をある程度コントロールできるんです……が、どうも複製合成で作った物体には、魔力コントロールができないらしいです」
さっきの水流を例にあげるなら、
人間が水流を使うと、魔力量をしぼれば威力は弱まるし、増やせば威力が大きくなる。
同様のことをこの複製合成物でもできれば良かったのだが……。
どうやら無機物は人間と違って、自力では魔力をコントロールできないらしい。
常に一定の魔力放出しかできず、レバーをおろせば、威力を調整されない激しい水流が出てくるというわけだ。
「せめて外部から魔法の威力を抑える方法があればいいんですが……ないですよねそんなもの?」
俺は魔法使いでないので、あまり魔法に明るくない。
しかし先輩は、「いや、あるぞ」と力強くうなずいた。
「無属性魔法に【抵抗】という魔法がある」
「【抵抗】?」
ああ、と先輩がうなずく。
「これは相手の魔法の威力を削ぐ魔法だ。ジロー、私に向かって【水流】を打て。初級魔法だからコスト1で温泉外にいるキミにも打てるだろ?」
俺はうなずいて、女の子を水びだしにする罪悪感を覚えて、手が止まる。
「無駄に紳士なのはキミのいいところだけど、キミ程度の魔法じゃ私は濡れ鼠にならない。安心しろ」
「はい、じゃあ遠慮なく」
と言って、俺は先輩に向かって【水流】を打つ。
手から水が放出されて、先輩にさっとうする。
先輩はスッ……と手を前に出すと、無属性魔法・【抵抗】を発動させる。
彼女の数十センチ前に白い魔方陣が出現。
その魔方陣を【水流】が通るとーー
ーーちょろちょろちょろちょろ。
と水の威力が、弱くなっていた。
ちょうどししおどしみたいな感じで、魔方陣から水が流れている。
俺たちは魔法を切って会話を続ける。
「かように魔法の威力を弱める魔法が【抵抗】だ」
「なるほど。これを先輩が便器に付与すれば」
俺たちはうなずき合う。
付与術士の先輩は、さっそく便器に【抵抗】を付与する。
魔方陣が便器の床に輝いて消えた。
「どうだろうか?」
先輩がおっかなびっくり、レバーを下げようとする。
「また濡れ鼠になったらどうしましょう」
「そのときは私が乾かしてあげるさ」
ぐっ……と先輩がレバーを下げた。
果たしてーー
ーーじゃあぁああ…………。
「「おおっ!!」」
ちょうど良い感じに、上の口からも、下の口からも、水が流れてくるではないか。
「これだっ! これだよジロー!」
先輩がバウンッ! とその場でジャンプする。
「水洗式の洋式トイレ! ああこれぞ文明人のトイレだよっ!」
先輩は顔を紅潮させながら、俺の手を握って、その場でジャンプしまくる。
子どもみたいなリアクションで、ちょっと可愛かった。
「ン゛んっ……! すまない、取り乱した」
先輩は俺の手を離すと、ずれかけたメガネの位置を直す。
「しかし水洗トイレができるとは思いませんでしたよ。先輩のおかげですね」
「何を言っている。原型はキミが作ったんじゃないか。私の手柄ではないよ」
「いやいや先輩が」「いやキミが」
と手柄を押しつけ合う俺たち。
ややあって、
「ではふたりの共同作業による成果ということにしよう」
「ですね」
俺たちは微笑み会う。
なんだろう、昔をちょっと思い出した。
俺たちが地球にいたあの頃をーー
と、そのときだった。
「へーい、にぃ」
にゅっ、とコンが俺の肩にのっかり、顔を近づける。
「おおっ、コン。いつの間に」
「しんしゅつきぼつさにていひょーあるから」
若干会話がかみ合ってない。
「何しに来たんだ?」
「みーも、トイレ。にぃ、げらう」
ゲットアウト、と言いたいらしい。
つまり出て行けと。
「すまん、今出て行くから」
俺と先輩は、トイレから出て行こうとする。
コンはひょいっと床に降りると、目を丸くした。
「おー、よーしきといれー。たすかるー」
と、コンがハッキリと言った。
「「え?」」
俺と先輩は、バッ! とコンを見やる。
「コン? 今おまえ……なんていった?」
「? よーしきといれっとー」
……コンは俺たちの世界の物をみても、驚きも戸惑いもしなかった。
それどころか、洋式トイレと、彼女は言った。
ーーこの世界は基本的に、和式トイレだ。
つまりこの世界に置いて、トイレ=和式のあれ、で統一されている。
そもそも和式しかないので、和式という言葉も、そして洋式という言葉もないはず。
「ジロ-。まえから思ってたんだが、ひょっとしてコンは」
「……ええ」
「?」
俺はきつね娘を見下ろしながら思う。
思えばコンは不思議ちゃんではあるが、その発言には気になることが多かった。
日本のことを、こいつはよく口にしていたではないか。
「コン。もしかしておまえ……」
俺はしゃがみ込んで、コンに視線を合わせながら、尋ねる。
「ひょっとしておまえ……転生者なのか?」
俺がそう言うと、コンはニヤリ、と不敵に笑う。
やはりそうだった「てんせいしゃって、なんぞ?」
確信を持つ前に、コンがハテと首をかしげる。
「いや、だから地球の出身じゃないかって」
「みーのしゅっしんは、このこじいん。まいはうすいず、ここー」
何を言ってるんだ? みたいな目で、コンが俺を見てくる。
「ジロー。どうやらコンは自分が転生者だと気がついてないようだ」
「自覚がない……? そんなことってありえるんですか?」
コンが用を足したそうにしていたので、俺たちは外に出て会話する。
「彼女はまだ子どもだ。おそらくまだ自我が確立してない段階で死亡し、転生を果たしたのだろう」
「なるほど……異世界に渡ったって気がついてないんですね」
コンは異世界と地球とを区別できてない……ということだろう。
「でもコンはきつね獣人に転生したわけですよね? さすがに体にきつねのしっぽと耳が生えていたら気がつくんじゃないですか?」
「ふむ……」
そうこうしていると、トイレのドアが開く。
「にぃ、すげー」
ぱぁあっ! とコンが目をきらきらさせながら、俺に言う。
「といれ、すいせんだった。やっぱりといれはよーしきにかぎる」
「うーん……」
これは本当に自覚が無いパターンなのだろうか?
深く追求しようとしたそのときだった。
「おーい! コン-! なにしてやがるですー! 野球再開しやがるですー!」
と庭の方からキャニスの声がした。
「みーをよぶこえがする、たすけにいかねば」
そう言ってコンは、ステテテテーっと走り去っていく。
ううむ、謎の多い子どもだ……。
「にぃ」
ぴたり、とコンがその場で立ち止まる。
「といれ、せんきゅー。めちゃめちゃ、かいてきになった」
びしっ、とコンが敬礼する。
「コン……。おまえやっぱり転生者だろ? 自覚ありパターンの」
するとコンはふふふ、と笑うと、
「ひみつはおんなをおんなにする、ばーい」
また敬礼して、コンが立ち去っていったのだった。
「結局よくわからずじまいだね」
「ですね……」
まあまた触れる機会もあるだろう。
「ともかくこれで水洗トイレができたわけだ。ありがとうね、ジロー」
にこりと先輩が微笑む。
「いえ、先輩のおかげですよ」
先輩がいなかったら実現できてなかったしな。
「先輩はほんと、昔からなんでもできてスゴいですよね」
地球の頃とあわせた評価を、俺は口にする。
するとーー
「………………キミもそういうこと言うんだね」
余裕の笑みから一転して、先輩が暗い表情になる。
「え?」
どうしたんだ……と思った次の瞬間には、
「なんてね」
にこっ、と先輩の顔がいつもの大人の笑みに戻る。
「さてトイレを作ったんだ。これを応用しない手はないよ。次は上水道を作ろうじゃないか」
ぐいぐい、と先輩が俺の背中を押す。
それはまるで、さっきの暗い表情をごまかすかのようであった。
かくして水洗トイレを完成させたのだった。
お疲れ様です!
そんな感じで水洗トイレを作る回でした。あとコンちゃんの伏線回収となってます。軽くですが。
コンの過去や異世界に来るまでの経緯については、次の章以降に触れようと思います。
さて次回で4章終了となります。
トイレの次は上水道。今回の原理を応用して、ひねると水が出る蛇口を作ります。
そして今回の最後のほうで先輩がなにやら落ち込んでた伏線も、次回回収の予定です。
そんな感じで次回もよろしくお願いします!
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今後も精一杯がんばりますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!
ではまた!




