18.孤児院の暮らし
いつもお世話になってます!
今日は孤児院の1日を紹介しよう。
☆
クゥが孤児院に来た翌朝のこと。
ピピピピッ♪ ピピピピッ♪ ピピピピッ♪ ピピピピッ♪ ピピピピッ♪
目覚まし時計の音が、俺の覚醒を促す。
この世界にはないはずの電子音。
この音とともに目を覚ますと前世、つまり地球で会社員をやっていたときのことを思い出す。
目を開けると、ふわりと花のような甘い香りと、南国の果実を想起させるフルーティな甘酸っぱい香りが鼻腔を突く。
「んぅ…………んー…………」
右隣を見やると、金髪の巨乳美女が、気持ちよさそうに眠っている。
俺の右隣にあおむけにねむり、俺の右腕に抱きついている。ちなみに俺とお揃いのパジャマを着ている。
左を見ようとして、そこに誰もいないことに気がついた。
いつもならそこに彼女がいるはず。
なんだトイレか?
「ジロ」
と正面……というか俺の腹の上から、鈴の音をころがしたような高い声がする。
「ジロ♡ おはよ♡」
「アム」
小柄なアムは、俺の腹の上に、うつぶせに寝ていた。
パジャマを着たアムが、両肘をついて俺の顔をのぞきこむような体勢を取っている。
アムはニコニコ、と普段ではあまり見せない、明るい笑みを浮かべていた。
「どうした? なにかいいことでもあったのか?」
「うんっ♡ ジロの寝顔みれてうれしかったの♡」
どうやらアムの方が先に目を覚ましたらしい。
そして俺の左隣から腹の上へと移動。
俺が目を覚ますまで、そうして見守っていたというワケか。
ピピピピッ♪ピピピピッ♪ピピピピッ♪
「んんっ……。ぬぅ…………。んんんぅ……」
コレットの美しい寝顔が、不快そうに歪む。
目覚ましの音がうるさいのだろう。
そろそろ目を覚ますかな、と思ったそのときだった。
「えいっ」
電子音を鳴らす目覚まし時計を、俺が止める前に、アムがにゅっと手を伸ばして止めた。
アラームの音が止まる。
「すぅー…………」
とコレットが再び、眠りへと戻っていった。
「♪」
目覚ましを止めたアムは、嬉しそうに目を細めると、俺の胸板にすりすりと頬ずりしてくる。
「どうしてとめたんだ?」
「んー? もう少しの間だけ、ジロをひとりじめしたかったの♪」
んっ……♡ とアムが唇を突き出してくる。
アムが俺の唇に吸いついてくる。
ぷるんと瑞々しい唇の感触を味わいながら、小柄な彼女をぎゅっと抱きしめる。
アムは人前だとあまり俺と触れ合おうとしてこない。
コレットがそばにいて起きているときは、少し遠慮がちにある。
だがこうしてふたりきり(となりでコレットが寝てるけど)のときは、自分からキスをせがんでくるのだ。
南国のフルーツのような甘酸っぱい彼女の唾液と髪のにおいを味わいながら、俺は彼女の頭を撫でてやる。
「ふぁ…………♡」
アムの目が気持ちよさそうにとろけた。
くしゃくしゃ、と強めにアムのくせっけを撫でてやると、猫のシッポがくねくね、と生き物のようにうごく。
ややあって彼女が唇を離す。
「♡」
アムが目を細めて、俺の首筋に鼻を埋めて、ぐりぐりとしてくる。
眼下にある赤い猫耳がふにゃりと垂れていた。
「すき♡ そうやってあたまなでてもらうの、すごくすき♡ しあわせな気分になるの♡」
甘ったるい声でアムが言う。
いつもはちょっとツンツンとした、甲高い声なんだが、子猫の鳴き声のようなかわいらしい声も出せるのである。
「もっと♡ もっとなでてっ♡」
「ダメ」
「けち」
ぷー、とほおを膨らませるアム。
普段は年少組のお姉さんみたいな彼女だが、こうして恋人同士ふたりきりのときは、結構子どもらしさを見せてくるのだ。
「なんでよ、へるもんじゃないじゃない。もっともっと撫でてよ」
ぐいぐい、とアムが頭を突き出してくる。
「続きは夜な」
軽く彼女の頭を撫でてやる。
「むー……」
アムはちょっと不服そうにほおを膨らませるが、
「うんっ♪」
と喜色満面となりうなずいた。
「…………ナカガヨロシイヨウダネ」
そのときだった。
声のする方を見やると、コレットがじとーっとした目で、俺たちを見ていた。
「こ、コレット……おはよう」
「…………オハヨウ、ジロクン。アサカラオアツイネ。ヒュー」
なぜ片言……?
いや原因はわかっていた。
たぶんコレットは、俺とアムがいちゃついている途中で、目を覚ましたのだろう。
「えっと……コレットさん? 怒ってます?」
「ソンナコトナイヨ、オコッテナイヨ。タダトリアエズナグルネ」
えいえい、とコレットが肩を叩いてくる。強めに。
「ごめんって」
俺はコレットにグッと顔を伸ばし、彼女の小さな唇に吸いつく。
しばし嫁との接吻をかわした後、
「おはようジロくん♡ アム♡」
にぱーっとスゴい明るい笑顔を浮かべるコレットさん。
「コレット……もう子どもじゃないんだ。ヤキモチやくのはほどほどにしてくれ」
くしゃくしゃ、とコレットの寝癖を、俺が手でなおしてやる。
「ごめんなさい……。目の前で夫と親友が熱々なちゅーしてたら、ちょっとジェラってなって」
しゅん、とエルフ少女の長い耳が垂れ下がる。
「ジェラってなんだ?」
「ジェラシー感じちゃってって意味」
なるほど。
「ほんと、コレットは大人っぽいのに、まだまだ子どもだな」
俺は苦笑しながらコレットの頭を撫でる。
コレットは「子どもじゃないもん」と実に子どもっぽいセリフを吐きながら、俺にされるがままになっている。
アムが羨ましそうに指を咥えていたのだった。
だいたい朝はこんな感じだ。
☆
朝起きたら、着替えてコレットは台所へ行く。
アムにコレットの手伝いを任せて、俺は子ども部屋へと向かった。
前はコレットが1人で、食事を作りつつ子どもを起こして面倒を見て……だったらしい。
そう考えると、昔のコレットの苦労が忍ばれた。
今は俺がいる。なるべく彼女の支えになれればいいんだがな。
子ども部屋に入る。
「むぐぐー……。ぐぐー……」
「むにゃむにゃ、くいきれねえ……」
そこそこ広い部屋に、ベッドがいくつも並んでいる。
前は木組みのベッド(マットレスはない)を使っていたのだが、俺が【複製】して作ったものを人数分置いてあるのだ。
キャニスとコンは寝相が悪い。
ベッドから落ちかけていた。
よいしょっと2人を抱き起こし、「ほら、起きろ。朝だぞ」
と言って揺する。
「むぐぐ……もうちょいねむるですー……」
「あと5おくねんくらいねたい……」
むにゃるふたりをよしよししながら、ふたりが起きるのを待つ。
とそのときだった。
「に、にーさん……」
くいっ、と誰かが俺の服をひっぱったのだ。
「ラビ? どうした」
キャニスたちをベッドに寝かせると(安らかな寝息を立て始めた。おい)、ラビに視線が合うようにしゃがみ込む。
「あの、あの……あの、その、ごめんなさい……なのです」
ラビが申し訳なさそうな顔をして、ぺこりと頭を下げる。
「いったいなにを……」
言ってるんだ、とそこで気がつく。
「なるほどな」
俺はラビとともに、彼女のベッドへ行く。
ラビのベッドシーツに、結構大きめのおねしょができていた。
「ラビ。泣くな」
「ぐす……でもぉ……」
「子どもはおねしょくらいするって。な?」
俺はキャニスたちをいったん置いといて、ラビとともに竜の湯へと向かう。
脱衣所に常備している替えのパンツとズボンを出しておき、下半身をシャワーで洗う。
タオルで拭いてやり、新しい服を着せてやる。
「にーさん……いつもごめんなさいなのです……」
消え入りそうな声でラビが言う。
俺はラビをおぶって孤児院に戻る。
「だから気にすんなって。あれ、アムだ」
すると孤児院の裏庭にアムがいた。
裏庭には洗濯機があり、ごうんごうんと動いているではないか。
「ジロ。ラビのシーツ洗濯機かけておいたわよ」
「え、なんでアムが? おまえさっきコレットの手伝いをしてなかったか?」
アムは吐息をついて言う。
「もうとっくに準備終わってるわよ。コレットがキャニスたちを起こしてるから、アタシはアンタの手伝いってわけ」
なるほど。
俺はラビの濡れた下着とズボンを、一緒に洗濯機に入れる。
ラビがアムにごめんと謝っていた。
アムは「気にしなくていいの。みんな通る道だから。アタシもコレットには迷惑かけたし」と笑って答えた。
よしよしとアムがあやすと、ラビはようやくいつもの笑顔に戻ったのだった。
ラビとともにリビングへと行くと、すでに他全員が席に着いていた。
「めし~……」「おなかが、ぺこちゃん~……」「はりゃがへったのりゃー」
と獣人+天竜がまだかまだかと机を囲っている。
「よきかおり、じゅーまんしとる」
鼻のいいコンが、小鼻をヒクヒクとさせる。
筆のようなシッポをふぁっさふぁっさと動かしている。
「じゅーまんぱわー、じゅーまんしてる」
いぇいいぇい、とコンが興奮気味に踊っていた。
「しろー」
てってって、と褐色ロリこと天竜のレイアが、俺に向かって歩いてくる。
だきっと抱きついて、
「しろー、おはよー」
にこーっと笑う。
舌っ足らずなので、ジロが【しろ】になっていた。
「おはよう、レイア。みんなもおはよう」
俺はトースター(複製して作った)から食パンを皿に出しながら、年少組にあいさつをする。
「おはよーですー!」「おーはー」
元気よく返事をするキャニスとコン。
ラビがコンの隣に座る。
「どこいってたの?」
と純粋に疑問を口にしていた。
ラビが口ごもっていたので、「ちょっとな」と言って俺がごまかした。
「みんな~。ごはんできたわよ~」
ちょうど朝食の用意が完了したらしい。
俺とアムは皿をテーブルにのせる。
ベーコンエッグにソーセージ。
新鮮な野菜のサラダに、焼いたばかりのトースト。
日本ではありふれた内容。
しかし異世界ではちがう。
「「「おおー!!!」」」
子どもたちが光りの速さで席に着く。
「まっしろで柔らかいパンっ!」
「はんじゅくのめだまやき、じゅるり」
「ソーセージっ! ソーセーじっ! ベーコンもあるのですー!」
わーっ! と朝から満面の明るい笑みを浮かべる子どもたち。
テンと先輩は後で食べるので、先に俺たちで朝食を食べる。
「それじゃみんな席について」
コレットも自分のイスに座ると、全員が姿勢を正す。
「それじゃ……いただきます!」
「「「いただきまーす!!」」」
わーっ! と子どもたちが食事にがっつく。
「はぐっはぐっ! ぱんがっ! 固くねーですっ!」
「めだまやき、とろりとあまい。しょーゆぷりーず」
「はふっ、はふっ、はぐはぐ、むしゃむしゃ、あむまうっ!」
「みゃーっ♡ うみゃーっ♡」
すさまじい勢いで、朝食の皿がカラになっていく。
キャニスはバターとジャムをたっぷりと塗りたくったトーストを何枚もおかわりする。
コンは目玉焼きに醤油をかけてシッポをふぁさふぁさと動かす。
草食獣のはずのラビは、肉食の竜と同じ勢いでソーセージとベーコンを食べていた。
子どもたちの好みはそれぞれが違う。
最初は知らなかったが、ここに来てそこそこたって、ようやく彼女たちの嗜好もわかってきた。
「ほら、キャニス。トースト」
「ありがとおにーちゃんっ!」
「コン。あんまり醤油ばかりかけるな。塩分取り過ぎは体に悪いぞ」
「からだがこきょーをもとめるゆえ、しかしがまんするのもいっきょうかと」
「ラビ、レイア。いまソーセージ焼いてくるから、ちょっと待ってな」
「「はーい!」」
最初はコレットに任せきりだったが、最近では俺も、こうして子どもたちの対応をしている。
コレットはニコニコ、と俺を見ている。
アムは子どもたちの口についた食べかすをぬぐってやっていた。
☆
食事を取った後、コレットはその後片付けをする。
アムが手伝いを申し出てくれたので、そちらを任せて、俺は子どもたちをコレットの邪魔にならないよう、外に連れ出す。
「きょうはなにするやがるです?」
整備された裏庭にて、キャニスがコン達に尋ねる。
「さっかー、とか?」
「それは良いアイディアでやがるですー!」
外で遊びたい派のキャニスとレイアが賛成する。
「はわわ……で、できればウチでごほんよんでいたいのです……」
中で静かにしてたい派のラビ。
残念だがコンも外で遊びたい派なので、結局はサッカーすることになってしまう。
と、そのときだった。
「おやジロー、おはよ」
「社長、おはようございます」
先輩ことピクシーと、社長秘書のテンが、裏庭にやってきたのだ。
「なにかあったのかい?」
俺は軽く事情を説明。
「なるほど……。それでは私がラビに付き添おう。ジローはみんなとサッカーをするんだ」
「え、良いんですか?」
先輩は単なる食客でしかなく、子どもの相手は本来職員の仕事だ。
「構わないよ。置いてもらっているし、なにより子どもの相手は好きだ」
先輩はラビの元へ行く。
「ラビ、私と一緒に本を読もう」
「い、いいのです、ピクシーさん」
ラビは結構大人びている。
キャニスたちと違い、先輩が俺たち(職員)とは別であることを知っているのだ。
「キミが気にすることはない。さ、本を読みに行こう。私の部屋にはたくさん本があるんだ。キミが気に入る物があるといいね」
ラビは楽しそうに笑いながら、先輩と一緒に部屋の中へと戻っていく。
ありがたく彼女の善意を受け取ることにして、俺はキャニスとコン、そしてレイアの相手をすることに。
「社長。私もおともします」
そう言って忍者のテンは、分身の術を使う。
「おーすっげー! テンのおねーちゃんが分身しやがったですー!」
「いなずまいれぶんやんけ」
尊敬のまなざしを向けるキャニスとコン。
「しゅげー、れいあもがんばればできりゅよーになるー?」
褐色ロリのレイアが、テンに尋ねている。
「ええ、努力すれば。必ず」
と真面目な表情で答える。
「じゃあこんりょれいあにも、それおしえて?」
「かまいませんよ」
わーい、とレイアが喜色満面になる。
「すまん、テン。業務に関係ないのに」
「構いませんよ社長。子どもと戯れるのも秘書の仕事です。け、決して私が単に子どもと遊びたいからではないですよほんと」
ほんとほんと、と念を押すテンがなんだか可愛かった。
「いやでもなぁ」
テンの所属は銀鳳商会だ。
俺が社長だから身の回りの世話をやってくれるだけであり、彼女に職員の仕事を押しつけるのもあれだった。
「ええっと、ええっと、うう~……」
テンが泣きそうな顔になる。
「な、なにどうした?」
「で、ですからっ。私も普通にこの可愛いこたちと遊びたいのですっ! 業務とか関係無しにっ!」
ということらしい。
なるほど……。
「意外と可愛い物好きなんだな、テンって」
「ええそうですよいけませんかっ?」
「いや、ぜんぜん」
苦笑する俺。
「じゃあ一緒に頼むよ」
「了解です社長っ!」
やる気満々の社長秘書。
「おー、じゃあこどもたいおとなでしょーぶしやがるです?」
「じゅうじんのしんたいのーりょく、なめたらしぬで」
「れいあのパワーにおそれおののくがよいっ!」
おーっ! と奮起する獣人たち。
結局俺とテンがチームを組んで、子どもたちとサッカーをすることになった。
獣人の体力を侮っていた。
普通に、ばてた……。
「ばてるのはやすぎやがるです」
「すたみなつけないと」
「しろー、めしをくうといいっ! ごはんいっぱいたべりゅといいっ!」
予想外に獣人がパワフルすぎた。
さ、36にこれはきつい……。
「社長、ここは私におまかせをっ!」
テンが俺の代わりに、子どもたちとバトルしてくれるみたいだ。
「さあみなさん! 負けませんよ!」
「おー、テンのねーちゃんがマジになったのですー!」
「かえりうちに、してやらー」
「れいあのぶれすが火をふくんりゃよっ!」
がーっ! とレイアが火を噴いていたので、俺は慌てて「やめなさい」と止める。
結局俺はテンたちが遊んでいるのを、監督するという役割についたのだった。
ほんと、テンがいなかったら詰んでた。
「おにーちゃんとちがってテンねーちゃんはめっちゃ動けやがるですー!」
「きっとプロや」
わいわい、きゃあきゃあと楽しそうにしている姿を、俺はボンヤリ眺める。
「……飲み物でも取ってくるか」
子供達が喉乾いたとうったえるまえに、俺はその場を後にして、リビングへと向かうのだった。
☆
午後になった。
昼食を食った後、子どもたちは昼寝の時間だ。
「がー……ぐー……」
「すぴょよ、ぴょよお~……」
「くー……。くー……」
「んがっ、んがー……」
子ども部屋には、キャニスをはじめとしたみんなが、ベッドに寝転び気持ちよさそうにねむっている。
アムも疲れたのか、しょぼしょぼした目をしていたので、子どもたちと一緒に昼寝をしてもらうことにした。
コレットと俺は子どもたちを寝かしつけた後、リビングへとやってくる。
「ジロくん、サッカーお疲れ様♡」
コレットが俺の前にお茶を置いてくれる。
そして背後に回り、肩を揉んでくれた。
「あんがと」
「聞いたわよ、ぜんぜんだめだめだったーって」
くすっ、とコレットが笑う。
「いや、あいつら元気すぎてな」
おっさんの身にあのパワフルさは厳しいところがある。
「ジロくんもおっさんになったものだな」
「ほんとそれな」
竜の湯に浸かっているときはあんまり実感ないけど、外に出ると体力のなさを痛感させられる。
「竜の湯を持ち歩くとかできないのかしら? 飲むとかすれば体力回復するんじゃない?」
「う~~~~ん…………。ありえそうだけど、温泉の湯を飲むのはな」
心理的な抵抗がある。
「じゃあもう体力をつけるしかありませんね。ジョギングから始めましょうか」
コレットが先生みたいなことを言う。
「あ、先生だったな」
「そーよー、先生よー」
もみもみ、とコレットが肩を揉んでくれる。
しかし……。
「あれだな。これをおまえ、前は1人でやってたんだな」
改めてだけど、コレットってスゲえなって思う。
「んー? なにが?」
「いや……今は俺や手伝ってくれるテンとか先輩とかいるからいいけど、昔はおまえひとりで子どもの世話と食事とか洗濯とかやってたんだろ? すげえなって」
単純にスゴいと尊敬する。
冒険者なんかより、よっぽどスゴい。
「んー、でもずっとわたしひとりだったわけじゃないわよ」
コレットが肩を揉むのをやめて、俺の隣に座る。
「そうなのか?」
「うん、ほら、前にほかの孤児院に手伝いに行ってるっていったじゃない?」
そう言えばコレットはちょいちょいどこかへ出かける。
確か別の孤児院に通っていると言っていた。
「前は逆で、向こうの孤児院の人に手伝いに来てもらってたの。昔から向こうを手伝ったり、こっちを手伝ってもらったりってしてたのよ」
なるほど……。
さすがにそうか、ひとりきりじゃあのパワフルな獣人たちの相手をしつつ別のことを……なんてできないか。
「じゃあ今度俺もその別の孤児院につれていってくれよ。コレットがお世話になってたんだから、あいさつしないとな」
それに金銭面でもそこそこ余裕がある。
資金の援助をしてやることができる。
「情けは人のためならずだもんな」
「ジロくん……そうね」
すすっ、とコレットが俺に近づいてくる。
ぴとっ、と肩をくっつけてきた。
「ねえ、ジロくん……♡」
潤んだ目で、コレットが俺を見上げてくる。
「お夕飯まで少し時間があるから……ね?」
んー……♡ とコレットが唇を近づけてきた。
非常に魅力的な提案だったが、
「あとでな」
と言ってぐいっと彼女の肩を押す。
「けち」
「けちとかじゃなくてだね。今は仕事中。掃除してくるよ。コレットは洗濯物回収してくれ」
はーい、といってコレットが立ちあがる。
ふう……。あぶない、もう少しで押したおすところだった。
いかんいかん、雑念を捨てねば。
俺は立ちあがると、掃除機を持ってリビングを後にしたのだった。
☆
キャニスたちが目が覚めるタイミングで、おやつの時間になる。
「「「あいすー!!!」」」
ラビを含めた全員が、おやつにアイスを所望する。
「だめ♡」
コレットが腕を×にする。
「なんでやー!ですっ!」
「めっちゃくいたい」
「あいしゅくりゅーむー!」
わーわーわー! と子どもたちがごねる。
「ジロくん」「なんだ?」「もうアイスだしちゃダメ。金輪際」
するとキャニスたちの抗議の声が、ぴたりととまる。
「…………」
絶望しきった顔の3人。ラビははわわと慌てている。
「ほらみんな。コレットに何て言えば良いんだ?」
俺が子どもたちにうながしてやると、
「あ、アイスはほどほどにするですー!」
「むしば、こわいからな」
「れいあもみんながくわないなりゃ、くわにゃいっ!」
よし、とコレットがうなずく。
まああんまり甘い物食わせまくると、虫歯になってしまうし、何より栄養が偏る。
ご飯じゃなくてアイスをよこせ、とか言いかねない。
「それできょーのおやつはなんなんです?」
キャニスが首をかしげる。
「今日はバナナよ」
「! それもあり!」「それなありな」「ばにゃにゃもうみゃー!」
わーい、と両手を挙げる子どもたち。
「ラビはバナナで良いのか?」
「ら、らびはなんでもっ。ままがだしてくれるおやつなら、ぜんぶすきなのですっ!」
ええこや……。
バナナ自体はこの世界で売ってるものがある。
だが俺がスキルで作ったバナナを、今回は食べるようだ。
子どもたちは美味い美味いと繰り返す。
コレットは子どもたちがぼとぼとと落とすバナナを拾っては自分で食べていた。
「だってもったいないじゃない」
床に落ちた物を笑顔で食べるコレット。
「ジロくんがせっかくだしてくれたものですもの♡」
笑顔のコレットが実にかわいらしく、そしてやっぱり先生なんだなぁ、と思ったね。
☆
そうやっておやつの時間が終わると、今度は夕食の時間になる。
また夕食の準備の邪魔にならないよう、俺はキャニスたちを連れて温泉へと向かう。
「キャニス選手が1ばんぶろー!」
「しかしコンせんしゅがぬきかえすー」
「れいあせんしゅもまけてにゃー!」
ざっばーんっ! と幼女たちが湯船に飛び込む。
「はわわ、みんな飛び込んじゃだめってねーさんが言ってたのですっ。それにおふろにはいるまえは、からだをあらわないとっ!」
はわあわ、と慌てるラビ。
「おまえはほんと良い子だな」
よしよし、とラビの頭をなでてやり、そして俺は髪の毛をシャンプーしてやった。
「あーずりー!!」
ざばりっ、とキャニスが湯船から出てくる。
「おにーちゃんっ! ぼくもしゃんぷーするです!」
「みーも」「れいあもー!」
次々と出てきては、俺の周りにやってくる幼女たち。
「大人気ねあんた……」
バスタオルを体にまいたアムが、苦笑気味に言う。
「おにーちゃんのごしごしはめっちゃきもちがいいんですー!」
「ごっどはんどってる」
ラビの髪を洗った後、キャニスとレイアの頭を洗う。
アムが「コン。こっち来なさい」と言ってさりげなく俺をフォローしてくれた。
「あんがと」
「ん。気にしないで。慣れてるし」
しゃこしゃこ、とアムがコンの頭を洗う。
コンは気持ち良さそうに目を細めて、「あー、そこそこ。かゆいところー」とされるがままになっていた。
そして風呂から戻ると、ちょうど夕飯ができていた。
「今夜はハンバーグですよー!」
「「「いえぇええええええええええええええええええい!!!!」」」
すさまじい大音量が、リビングに響き渡る。
「にくぅー!」「にくー」「にくなのですー!」「にくりゃー!」
わっはーい! と大喜びの4人。
大人しいラビすらも、目をきらんきらと輝かせていた。
どこの世界もハンバーグは大人気らしい。
「今日はお代わりもあるわ。みんなたくっさん食べてね♡」
コレットの言葉に、子どもたちがぴしりと固まる。
「……どうしやがったんですかね?」「まさかさいごのばんさんなのでは?」「み、みんなふきんしんなのです~……」
どうやら昔はお代わりなんてなかったらしい。
「いいのよ、もうこれからはお腹いっぱいご飯食べてもだいじょうぶなのよ♡」
経済事情が上を向いているからな。
いくらでもおかわりしていい。
「…………まじで?」「まじりありー?」
「はわわ、天国なのです-!」「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ」
獣人たちが満面の笑みでよろこぶあいだ、レイアはすでにハンバーグを食っていた。
「おきゃわりっ!」
「はいどうぞ♡」
コレットがレイアの皿にハンバーグをのせる。
「! コンっ、ぼくらも続けー、ですっ!」
「がってん。はらがぱんくするまでくう」
「ら、らびもたべるのですっ!」
がつがつがつがつ、と美味そうにご飯を食べる子どもたち。
コレットはニコニコしながらお代わりを出す。
俺もコレットの手伝いをしながら、彼女が飯を食えるようフォローする。
「お腹いっぱい食えるってしあわせー……です……」
「けぷ」
「はわわ……ゆめのよーですー……」
貧しい時代を知っている3人が、しみじみとそう言った。
俺は社長になって良かったな、と思ったのだった。
☆
そして夜。
「ジロくーん♡ じゃーん♡」
俺たちの部屋にて。
コレットがベッドに座る俺の前で、ポーズを取る。
「お、おお……! なんだそれネグリジェか?」
コレットが身につけていたのは、紫色のスケスケのネグリジェだった。
「どうしたんだよ、そんなもの……」
布の向こうにコレットの胸が見える。
ぬ、ぬのが服の役割を果たしてない。
やばい、こぼれ落ちそうなほど大きな果実が、めっちゃ見える。
「クゥちゃんがくれたのよ♡」
あいつ余計なお節介を……。
だがナイスだと言いたい。
「…………。あんまジロジロみんなし」
一方でアムも変わった格好をしていた。
「め、メイド服……だと……?」
アムの赤い頭には、ヘッドドレス。
紺色のワンピースに、白いエプロン。
という一般的なメイド服をアムが着ていた。
そして猫耳とシッポは自前という。
なんと……猫耳メイド(純正)じゃないか。
最強じゃなかろうか。
「これもクゥが?」
「そうよ♡」
あいつめ、なんてナイスなんだ。
「ば、ばかぁ……。あんまじろじろみんなぁ……」
隣にコレットがいるからだろう、猫耳メイドは顔を真っ赤にしてうつむく。
あと純粋に自分のメイド姿が恥ずかしいのだろう。
「こ、こんな可愛い服……あたしに似合わないって言ったのに……」
顔を真っ赤にしてアムがつぶやく。
「いや、そんなことないぞ」
「! ほんとっ!」
ぱあぁっ……! とアムが表情を一転させて言う。
「ああ。すげーかわいいよ。毎日そのかっこうで朝起こして欲しいくらいだ」
「~~~~~~/// も、もうっ、へんなこと言わないでよねっ、ばかっ。ふんっ♡」
アムがそっぽを向く。
そのシッポはぴんぴんぴくぴくと、嬉しそうにせわしなく動いていた。
「ジロくん♡」
「ジロ……♡」
目の前にはエッチな格好の爆乳美女。
そしてかわいらしいメイド服の猫耳少女。
どちらもが目に♡を浮かべて、俺の体にしなだれかかってくる。
俺は彼女たちの細い肩を両側から抱き寄せて、そのまま彼女たちにキスをする。
嫁と恋人。
そして獣人の可愛い子供たちに囲まれた日常は、だいたいこういうふうに過ぎていくのだった。
お疲れ様です。
この18話ですが、一回5/30に一度あげてまして、もう一回新しく書き直して投稿してます。
結構違和感があったので、手を加えることにしました。
次回19話は、今回あげた18話の続きからとなります。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。次回も頑張ります!
ではまた!




