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【完結】善人のおっさん、冒険者を引退して孤児院の先生になる 〜 エルフの嫁と獣人幼女たちと楽しく暮らしてます  作者: 茨木野


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17.善人、竜と静かな暮らしを守るため、腹黒商人と交渉する

お世話になってます!今回ちょっと長いです。ご了承ください。




 我が孤児院に天竜さまこと、レイアが住まうことになった、その日の昼。


 俺は裏の竜の湯にて【とある作業】を行ったあと、孤児院へと戻る途中だった。


「ふぅ……」


 わりと疲れた。


 なにせ結構な量を【複製】しろって、あの腹の黒いカラスに指定されてたのだ。


「あいつ、年1しか俺が働かないって契約だからって、こき使いやがって」


 ぶつくさ文句を言いながら、俺が竜の湯をでて孤児院へとたどり着いた。


 出入り口付近で、スーツを着た女性が、直立不動の体勢で、俺を出迎えてくれた。


「お疲れ様です、社長」


 ぺこり、と頭を下げる。


 スーツを着て俺を社長と呼ぶこの女性は、俺の社長秘書である、鎌鼬かまいたちのテンだ。


 高い身長、黒髪で隠れた目が特徴的。


「なんか社長って言われるの、なれないな」


 俺は商業ギルド・【銀鳳商会ぎんおうしょうかい】にて、いちおう社長という席に着いている。


 とは言っても実務的なものは一切していない。


 社長という肩書きのみと、あと年に一度、塩を大量に複製しているというだけ。


 年1で働くだけで社長を名乗って良いのか……と常々思っている。


「社長。お仕事の方は、終わりましたか?」


「ああ、ばっちり。ちゃんとあの腹黒カラスに言われたとおりの量を出したよ」


「社長。クゥ様はクゥ様です。腹黒カラスなんて名前ではありません」


 さっきから腹黒っていっているのは、この孤児院出身であり銀鳳商会の実質的なリーダー、鴉天狗からすてんぐのクゥのことだ。


「あれ、俺別にクゥって名前出してなかったと思うんだけど」


 からかうようにテンに言うと、彼女は「はわわっ」と慌てる。


「心の中でちょっと同意してるところあるんじゃないか?」


「め、めっそうもないっ!」


 ぶんぶんぶん! とテンが首を振るう。


「そ、それより社長。クゥ様に今、完了の連絡を入れたところ、夕方にはこちらに使いの者を寄こすという連絡を受けました」


 俺がさっき何をしていたのか?


 それは年1の社長の仕事をしていたのだ。


 つまり裏の温泉で塩の複製をしていた。


 今日は年に1度の労働の日なのだ。


 作った塩は、テンから連絡を受けたクゥが商会の人間を寄こして、馬車で回収に来てくれるらしい。


「てか、早いな。どうやってクゥに連絡を入れたんだ?」


 俺は今さっきテンに塩を作り終えたと伝えたばかりだ。


 だのにすぐにクゥから指示が飛んできた。


 なぜだろうか?


「社長には以前お伝えしましたが、私は忍者、分身の術が使えます」


 テンはそう言うと、手で印を切る。


 その場にテンそっくりな分身が出現した。


「分身同士はみなつながっているのです」


「つながってるって、どういうことだ?」


「ようするに分身たちは意識を共有できます。私が見た情報や思考を、この分身へと伝えることができるのです」


 すげえな分身。


「私の分身が王都にある銀鳳商会の建物に配置されております。私が、社長から聞いたことを王都にいる分身の私も知りました。そして分身の私がクゥ様にお話を伝え、クゥ様の伝言を分身を返して私がキャッチしたという次第です」


「連絡ってそういうことか」


 この世界には携帯電話のような便利な連絡手段はない。


 遠方にいる人間と簡単にやりとりする方法は、存在しないのだ。


 そう言う意味でテンの分身はすごい。


 なにせ分身を遠方に配置してれば、そいつを介して電話のようなマネができるのだ。


「なるほどな、ふーん……」


 そして使い方を工夫すれば、【とある使い方】もできる。


 見た物をそのまま、リアルタイムに情報を流すことができるのだ。


 それも情報を流していると本人が自覚することもなければ、見られている側も情報を流されていることに気がつけない。


 なるほど、 


「クゥが俺のところにテンを配置したのって、そういうことか」


「? 社長、それはどういう?」


 テンがハテナと首をかしげる。


 ……どうやらこの社長秘書は、単に仕事をまっとうしているだけらしい。


 クゥの思わくに気づいてないようだ。


「いや、なんでもない。まあ商会の人間が来るまでお茶でも飲もうぜ」


 テンを伴って、俺は孤児院の中へと入ったのだった。



    ☆



 リビングにて。


 孤児院の中では、獣人の子どもたちが、新しく入ってきた天竜レイアと遊んでいた。


「レイア、みやがるですっ!」

「…………?」


 いぬっこのキャニスが、冷蔵庫の前に立っている。


 銀髪褐色幼女のレイアが、なに? と首をかしげる。


「このれいぞーこってやつは、すげーんですっ!」

「…………」ほぅ。


 何がスゴいのかね、とでもいいたげに、レイアが目でうったえる。


「この中にいれておけば、つめたいミルクがいつでも飲めやがるんです!」


「…………?」


 うそでしょ、みたいな懐疑的なまなざしを、レイアが犬っこ獣人に向ける。


 レイアは現地人(というか竜)。


 地球の家電についてはまるで無知なのだろう。


 ゆえにキャニスの言葉はウソだと思っているみたいだった。


「実際に見ておどろきやがれですっ! コンっ、コンはいやがるかーですっ!」


「あいむ、ひあー」


 にゅっ、とコンが冷蔵庫の裏側から出てくる。


 その手にはガラスのコップが握られていた。


「コンはそこで待機してろやです。今からこの新入りに、わがこじいんのすげーところをみせつけてやるです!」


「ひゅー、くーる」


「…………」じー。


 前置きが長いからか、早くしろとレイアが目でうったえる。


「焦りやがるなです」


 キャニスは冷蔵庫のドアを開ける。


「…………!?!?」


 冷蔵庫から漂う冷気に、レイアがびっくり仰天していた。


「これくらいで驚いてるんじゃねーですっ」


 ふふん、とちょっと得意げなキャニス。


「これくらいでおどろくなど、しょしんしゃとかいてにゅーびー」


 ふふふん、と得意げなコン。


 どうでもいいけど2人ともも、最初みたときは、冷蔵庫の冷気にびっくりしてたけどな。


 レイアみたいに。


「冷蔵庫の中にあるこれっ、これがミルクっ!」


「ぱっくいりぎゅーにゅー、きゅーしょくでよくみるあれよ」


 キャニスが、俺が複製して出したパック牛乳を取り出す。


「ふたを解放っ!」「えねるぎーちゅーにゅーよーい、じゅんびかんりょー」「投下っ!」


 そう言ってキャニスが、コンの手に持つガラスコップに牛乳を注ぐ。


 なみなみつがれたガラスコップを、


「へいおまち、すしくいね」


 コンがレイアに手渡す。


「…………???」


 コップを受け取ったレイアが、すんすん、と牛乳のにおいを嗅ぐ。


「あんしんしろ、どくはない」


「…………」こく。


 レイアはコップの中身を、ぐいっと口に入れる。すると。


「ぴゃぁーーーーーーーーーーー!!!」


 と、喜色満面で叫んだではないか。


「う、みゅ……ぃっ! うみゅぅいっ!」


 レイアが言葉らしきものを発しながら、ごくごくと美味そうに牛乳を飲む。


「うみゅい?」とテンが首をかしげる。


「美味いっていいたいんだろ」「ああ」


 納得するテンを横目に、俺はレイアを観察する。


 彼女は赤ん坊のような物だと思っていた。

 だからしゃべれないのかと。


 しかし牛乳を美味そうに飲む彼女は、さっき美味いといった。


 そしてーー


 ーーーぐぐぐっ。


 っとレイアの頭に生えている角が、心なしか大きくなった気がした。


「う、みゅぅいっ、うみゅいっ! うみゅぅいー!」


「おー、うめーかー! 冷たくてうめーだろー!ですっ!」


「あさひぃ、すーぱーどぅらぁい」


 どやぁ……と得意げに笑うキャニスとコン。


「うんっ、うんっ、うみゅいっ! もー、みゅっぱい」


 一瞬何を言っているのかわからなかった俺だが、


「しゃーねーなー、です。コン、今度はおめーが2杯目を注ぎやがるです」


 どうやらレイアはお代わりを所望していたらしい。


「かしこま」


 コンが横ピースすると、キャニスから牛乳を受け取る。


 からになったコップにコンが牛乳を注いで手渡す。


 レイアはまた牛乳を秒でのみほし、「うみゃいっ、のりゃっ!」と喜色を浮かべてそういう。


 ーーぐぐぐぐぐっ。


 と、またレイアのツノが大きくなった……気がした。


 それにさっきより流ちょうにしゃべっているような。


「おみゃーら、すごい。みるく、かんしゃ。これ、やりゅ」


 レイアはキャニスとコンに尊敬のまなざしを向ける。


 どうやら冷たい牛乳を出したのを、キャニスたちの功績だと思ったみたいだ。


 レイアはズボンのポケット(今更ながらレイアはコンたちの服を着ている。コレットが着せていた)から、小さなかけらを取り出す。


 そのかけらは、よく見ると竜の【ウロコ】だった。


「はえー……なんじゃこりゃ、きれーですー……」


「すたーぷらちな、やん」


 白銀の星屑のごとく瞬くウロコを見て、キャニスたちが目を剥いていた。


「これ、おみゃに、やりゅ」


 レイアはそう言って、コンに白銀のウロコを手渡す。


「おー、てんきゅー」


 コンは宝石のようなウロコを手に取ると、


「まるでほうせきやで」


 とシッポをふっさふっさと動かして喜んでいた。


「あー! コンてめー! ずりーぞー!です」


 キャニスがコンからウロコを取り上げる。


「のん、それみーの」


 コンがキャニスからウロコを奪う。


「ぼくのー!」「みーのー」


 ととっくみあいのケンカまで発展した。


 ……その姿に、俺は嫌な予感を覚えた。


 子どもでこれなのだ。


 もし大人が……。


 …………。


「コン、キャニス」


 ややあって、俺はふたりをひょいっと抱っこする。


「ケンカするとコレットが悲しむぞ」


 効果は覿面だった。


「うう……コン、ごめんです」


「みーこそ、めんごね」


 ふたりともすぐにごめんなさいしあう。


 ……だがこれは子どもだからだ。


 子どもなら、かわいいケンカをした後に、ごめんなさいと言って仲直りできる。


「……レイア。これはおまえに返すよ」


 俺は竜のウロコをキャニスたちから取り上げて、レイアに返す。


「ぇーの? こりぇ、あげりゃんりゃよ?」


 これあげたんだよ……といいたいのだろう。


 彼女は子どもの竜だ。


 牛乳のお礼にと、何も考えずに、ふたりに白銀のウロコを手渡したのだろう。


 それがどれほどの価値があり、そしてそのせいでどういう反応を周囲に引き起こすかを、まったくこの子は知らない。


「ああ、返すよ。そしてレイア、約束してくれ」


 俺はちらり、と隣に立つテンを見やる。


「社長?」


 首をかしげるテンから、視線をレイアに戻す。


 俺は声を張って、よく聞こえるように言う。


「自分が天竜であることは、誰にも言ってはダメだ。そしてその宝石のような白銀のウロコは、絶対に他人に渡すな」


 俺はふたたびテンをちらりと見やる。


 テンは「このかわいい女の子が竜……」と初めて知ったように、目を剥いている。


 たぶん、【彼女の向こうにいるやつ】も、同様に目を剥いているだろう。


 そして目の色を変えてやってくるはずだ。価値があるからな。


 俺はレイアに視線を戻す。


 幼い竜は首をかしげた後、「わかっりゃ」と了承してくれた。


 その後、キャニスたちはレイアをつれて、整備された裏庭へと遊びに行ってしまった。


 あとには俺とテンが残る。


「社長。あと1時間ほどでこちらに商会の馬車が来るそうです」


「そうか。ちなみにだがテン、もちろんクゥは来るはずないよな。塩取りに来るだけだもんな」


「? はい、もちろん。従業員が来る予定です。クゥ様はお忙しいですからね」


 だろうな、と俺はつぶやく。


 ……。


 あんまりこういうのって、得意じゃないんだが。


 しかしさっきの、キャニスとコンの争う姿を見て、やっぱり手は打たないとなと思ってしまった。


 仕込みは済んだ。


 あとは、俺が頑張るだけだ。



     ☆



 ぴったり1時間後に、馬車が到着した。


「やぁシャチョー、元気しとりましたか?」


 バサリッ! と羽を広げたクゥが、上空から降り立ってきた。


 子どもかと思うほど小さな体に不釣り合いの、成熟しきったでかい乳房が、ぶるんと震える。


 きつねのように細い目つきに、黒髪に、そして腰のあたりから生える黒い翼。


 彼女こそが銀鳳商会の実質的なリーダー、クゥだ。


「えっ?」


 とクゥを見て、テンが驚いている。


「どないしたんテン?」


「あ、いえ。あれ? どうして……? クゥ様、本日は会議では?」


 テンがおろおろと困惑している。


「あー……あれな、急に中止になったんや。ヒマやからシャチョーの顔でも見にいこかと思って、ウチもついてきたった♡」


「あ、そうなんですね」


 と納得する。テンは納得したみたいだ。


「せや。あー……暑っつ。のどかわいたー。はよ中に入れてやシャチョー?」


 クゥが額の汗をぬぐいながら言う。


「馬車に乗ってきたのに汗かくんだな」


「まーな。ウチ汗っかきなんや」


 ああそう、と言って俺はクゥとともにリビングへ行く。

 

 クゥは従業員に、塩の運搬を指示したあと、俺の後をついてくる。


 リビングにやってきた。


 クゥをイスに座らせ、俺は冷蔵庫から牛乳を取り出す。


「ミルクでいいか?」


「なんでもかまへんよ」


 俺はガラスコップに牛乳を注ぎ、冷凍庫から氷をいくつかとりだして、コップに入れる。


「ほらよ」


「ん。おーきに」


 クゥはそれを受け取ると、ごくごくと一気に牛乳を飲み干す。


「はぁー♡ あー、冷たくてうまいわー♡」


 生き返る-、とクゥ。


「食いつかないんだな。塩の時みたいに」


「何の話しや?」


 すっとぼけよって。


 俺はクゥの正面に座る。


 クゥは「しかしこの孤児院も、ずいぶんと物が増えてきたなー」とリビングを見回して言う。


 リビングには冷蔵庫、電子レンジが数台、カセットコンロも数台おいてある。


 どれも地球の物であり、どれもこの世界にはないものであり、そしてこの世界では貴重な物のはずだ。


 地球の物は、金を生む。


 だのに、この腹黒カラスは、いっさい食いついてこない。


 いつも通り、平然としている。


「なんや? ウチの顔になにかついとる? そんなじーっと見つめられたら、ウチ照れてまうで♡」


「白々しいやつだな」


 どうもこいつ、俺から話を振るのを待っているみたいだった。


 たぶん、主導権を握りたいからだろう。


 お願いされる方が、お願いする方より、優位に立つからな。


 交渉の場では。


 俺は意を決して、口にする。


「クゥ」


「なんやー?」


 俺は一呼吸置いて、言う。


「取引がしたい。竜の保護に協力してくれ。かわりにおまえの金儲けに手をかしてやる」



    ☆



 リビングには俺とクゥしかいない。


 テーブルを挟んで向こう側にいるクゥが、「ふーん」と感心したようにつぶやく。


 きつねのように細まっていた目が、すっ……と少しだけ開く。


「なんだよ……?」


「いや、別に」


 おかわり、といってクゥがからになったコップを俺に差し出す。


 俺はそれを受け取り冷蔵庫の中から牛乳パックを取り出して、そそいで戻ってくる。


「ほら」


「なんや、さっきみたいに【冷凍庫】から氷もってきてくれんのかい。けちくさいなー」


 注文の多いやつだ。


 俺は冷凍庫から氷を2つばかり取ってきて、クゥのグラスに入れる。


「あんがと。いやしかしシャチョーが取引とは。いやぁウチびっくりや。孤児院でのほほんとしているあんさんがなー。いや意外も意外」


「ウソつけ。おまえ最初から竜の保護をエサに、俺に電化製品を作らせるつもりだったろ」


 ヒントはあった。


 こいつは冷凍庫を見て、【冷凍庫】といった。


 言うまでもなく冷蔵庫は地球の品であり、異世界人クゥが知ってるわけがない。


 それに冷たい飲み物を作る箱(冷蔵庫)を見ても驚かなかったし、紙のパックに入った飲み物(牛乳)を見ても何のリアクションも取ってなかった。


 前回、塩が大量にあるってだけで、あんだけ取り乱した彼女にしては、薄すぎるリアクションだ。


 なぜリアクションが薄かったのか。


 簡単だ。


 知っていたから。【見ていた】、と言い換えてもいいだろう。

 

「おまえ、テンを監視役として俺のところに置いていったな」


 話しを進めるために俺は鴉天狗に言う。


「テンの分身同士は視覚情報を共有する。つまり俺のそばに常に置いているテンの目や耳を通して、おまえはテン経由で俺の生活を監視してたんだよな」


 社長秘書とかいう、耳障りの言い言葉で飾ってはいたものの、結局はテンに、俺の動向を探らせるために、秘書を置いたのだ。


「まあな」


 とあっさり認める腹黒クゥ


「でもなシャチョー、もちろん護衛の役割もあったんやで。そこらへんは勘違いしてもらっちゃ困るわ。お飾りとは言え、あんたはギルドのトップやからな」


「だろうな」


 けどやはり監視の役割の方が強かったのだろう。


 こいつは以前、情報は金になるといっていた。


 地球人おれという、未知の存在が持つ情報の価値は、この世界の人にとっては計り知れないほど高い。


 冷蔵庫などの家電が良い例だ。


 不便が日常のこの世界に置いて、ものを詰めた状態で長く保存できることや、温かい料理をいつでも出せることは、とてつもなく価値があることだろう。


 そしてそれは、ばく大な利益を生む。


 なぜなら、電化製品を作れるのは、現状、この世界で俺しかいないのだから。


 そんな金のなる木を、この商魂たくましいクゥが放置するわけがない。


「で、話しもどそか。それで……竜、ねえ」


「知らなかったってとぼけるのは無しな。さっきちゃんと情報を、テンを経由しておまえに流しただろ?」


 キャニスが天竜レイアからウロコをもらった後、俺はレイアに忠告した。


 そしてその忠告をテンに、ひいてはテンを経由した向こう側にいる、腹黒クゥに伝えた。


 テンは言っていた。


 クゥは本来、今日ここへ来る予定ではなかったと。


 だのにこいつは来た。


 なぜか?


 カモがネギしょって自分の手元にやってきたからだ。


「うちの孤児院で保護している竜は、【白輝聖銀竜プラチナ・ドラゴン】って言うらしい」


 レイアを保護することになった後、先輩に天竜のことを聞いたのだ。


 白輝聖銀竜プラチナ・ドラゴン


 この世界では絶滅危惧種に指定されている、魔獣の1種だ。


「しっとるよ。白輝聖銀竜。ずいぶんとキレイなウロコをしとるからな。人間が乱獲しまくって、今じゃもう数えるほどしかおらんらしいな」


 こいつ、テンからレイアのことを知ってから、そんなに時間が立ってないのに、もう詳細な情報を知ってやがる。


「このままだとレイアを狙った狩猟者どもがウチに押し寄せてくるようになるだろう」


 先ほどのキャニスたちのケンカしていた姿を思い出して欲しい。


 白輝聖銀竜の芸術的といっていいほど美しいウロコを巡って、キャニスたちがケンカをしていた。


 子ども同士ならまだいい。


 ケンカしてもごめんで済むし、利益なんて頭の中に入っていないだろう。


 しかしこれが大人だと話しが変わる。


 頭の中にそろばんと金貨を持つ、あくどい商人やらハンターやらは、レイアのことを知ったら、彼女を狙いに来るだろう。


 無論、命を……である。


「せやなぁ。プラチナドラゴンのウロコはそりゃそりゃあたかぁく売れるからなぁ。喉から手ぇでるほど欲しがるやつは、多かろうなぁ」


 にんまりと笑うクゥ。


 実に楽しそうだ。いや、嬉しそうだ。


 美味しい話しが転がってくるんだからな。そりゃ笑顔にもなるか。


「そうだろ。だから俺は銀鳳商会の実質的なトップであるおまえに、情報操作を頼みたいんだ」


 ようするに白輝聖銀竜のことを、外に漏らさないよう、情報を意図的に流したり改ざんしてもらいたいということだ。


「んー、ウチにそんなたいそうなことできるかなぁー?」


 とまたもすっとぼけるクゥ。


「王都に本店を持つ大商業ギルド、銀鳳商会の首領ドンなら、容易いことだろ」


 銀鳳の名前は、この国の中枢おうとをはじめとして、国中の人間がその名前を知っているほど。


 それほどまでに銀の鳳は広くこの地に羽ばたいている。


 権力をこいつがもってないはずがない。


「おまえほどの大商人だ。貴族やら王族やらにも物資を流してるんだろ? それに冒険者ギルドに対しても口を挟めるチカラがある」


「ほー。まあ金持ちのひとらに美味いもんや塩とか流し取るし、ある程度はウチのお願い聞いてくれるかもやけど、冒険者ギルド? いきなり話しが飛躍しておらん? ウチらに冒険者に介入できるとでも?」


 できる、と俺はうなずく。


「冒険者たちの使う剣や防具、道具。それらはみんな商業ギルドから買っている。というか商業ギルドしか冒険に必要なものをそろえられない。なら冒険者ギルドは、商業ギルドと仲良くしようとする。機嫌を損ねたら冒険者は困るからな。違うか?」


 元もと俺は冒険者だった。


 だから剣や防具、そしてアイテムの重要性をよく理解している。


 モンスターを素手で倒すのは無理だし、ケガを負ったときに回復アイテムがないと命に関わる。


 剣や回復ポーションを買えるのは、商業ギルドからだけだ。


「…………ふーん」


 クゥの目が少しだけ見開く。


「…………つまらんわ」


 んべ、とクゥが舌を出す。


「そんなんできんわー、ってウソ言うて条件引き上げよーおもったんやけどな」


「こいつ……」


 隙あらば金を搾っていこうとするスタイルだな。


 それはさておき。


「日本の電化製品を俺が作る。それをおまえら銀鳳商会が売る。それで冒険者やその他のあくどい商人とかが、レイアに近づかないようにしてくれ。どうだ?」


 クゥは目をまた細めて、にんまりと口角を上げる。


 足りない、ということだろう。


「……わかった。その他の地球いせかいの食料とか嗜好品とか、そう言った物も含める」


「ん、えーで」


 そう言うとクゥは懐から羊皮紙を取り出す。


 それは契約書のようなものだった。


 簡単に言えば、銀鳳商会が竜の隠蔽に全力を尽くすことを条件に、俺が会社へよりいっそうの貢献をすること、という内容の契約書だった。


「この【よりいっそうの貢献】ってなんだよ。怖いんだけど」


 具体性を欠いていた。これでは後からどうとでも難癖をつけられるだろう。


 あれもつくってこれもつくって、と。


「その文面変えるなら、この契約書やぶるけど、ええの♡」


「…………わかったよ」


 ほんとに銭ゲバだな、こいつ……。


「まぁでも安心し。そんな毎日会社に出てこいなんて言うつもりはないで」


 クゥが笑みを濃くしながら言う。


「1週間に一度、いや2週間に一度、会社に顔出すようにしてくれたら十分や。もちろん都合悪いときは来なくてええ。けど最低月2の労働が条件や。どうや?」


「わかった」


 まあ月に2回程度の出勤ならいいか。


 地球にいた頃は週に5日も会社に出ていたからな。


 それと比べれば雲泥の差だ。


「まあ月2ゆーても朝から晩まできっちり働いてもらうで♡」


「……了解」


 鬼のように残業をさせられそうだ。


「そんだら……ほい。これやるわ」


 クゥが懐から、また別の羊皮紙を手渡してくる。


「これはなんだ?」


「ん? ソルティップの森の権利書やで? いらんの?」


 ソルティップの森というのは、この孤児院がある森のことだ。


 それの権利書……?


「竜の隠蔽の具体的な方法、うちまだ言っておらんかったろ? それが隠蔽の手段の1つや」


「あー…………。そうか。私有地ってことにするんだな、この森を」


 そう、とクゥがうなずく。


「あんたらの住んでるこの森は、ついさっきから銀鳳商会の所有する森、私有地になった。今後いっさいこの森には、他人が無断で立ち入ることは禁じられる。無論、あんたらは別やで」


 私有地にすることで、人が入って来れなくする。


 そうすればレイアが見つかりにくくなると。


「森の周辺には無論、24時間体制で警備員を配置する。侵入者防止の結界も張る。森の権利書の代金やその他諸経費は、ま、サービスしちゃるよ♡」


 まあそれ以上の利益をクゥはえられるだろうからな。


 それくらいはサービスしてくれるか。


 クゥは竜の保護の具体案をあげる。


「冒険者ギルドには天竜山脈に住む白輝聖銀竜……レイアのことな。レイアは死んだことにするわ。死骸は国が研究材料に持ち去った。……その情報を意図的に流す。情報を信じなくてここに来るバカは警備員が捕まえる。捕まる理由は私有地に無断で立ち入ったから。今んところこれでどうや?」


「十分だ」


 これでレイアは狩猟者におびえて暮らす心配がなくなった。


 それに竜の湯の情報を掴んだやつが今後でてきたとしても、森にそもそも入れないので、俺たちの平穏は守られる。


 レイアの保護だけじゃなくて、俺たちの暮らしまで保証される。


 俺がたった月に2回働くだけで。


 十分すぎるほどの成果だった。


「しかし……あれやな」


 一通りの交渉が終わった後、クゥがぽそりとつぶやく。


「あんたずいぶんと変わったやないか」


 クゥが牛乳のお代わりを要求してきたので、俺は3杯目を出してやる。


「変わった? 俺が?」


 せや、とクゥがうなずく。


「前ウチがここ来たときは、あんたはもっとボンヤリしとったやんか」


 ああ、確かに塩の件で詐欺られそうになったな。


「なんやキャラ変更か?」


 おどけるようにクゥが言う。


「違うよ」


 俺はクゥの正面に座り、目を閉じる。


 脳裏にはコレットやアム、そして子どもたちの姿が浮かんだ。


「嫁ができて、子どもが増えた。だからもっとしっかりしないとなってさ。そう思ったんだよ」


 独り身だったころや、ここへ来たばかりの時は、まだそんなに責任感を覚えてなかった。


 けどここで暮らして、コレット恋人アムができて、さらに子どもたちにも愛着が深くなって、責任の重さがかわったのだ。


「ふーん…………」


 クゥが細めた目を大きく見開いて、感心したように言う。


「【立場が人を作る】……か」


「なんだそれ?」


 ぽそりとつぶやいたクゥの言葉を、俺が拾う。


「商人のことわざや。立場が変われば責任の重さが変わる。責任の重さが変われば、人も変わってくるって意味や」


 クゥがカラになったコップを見ながらつぶやく。


「ウチもな、前はこんな銭ゲバやなかったんやで。けど銀の鳳の看板を背負うようになってからな、もっとしっかりせなって思うようになってな、気づけばこうなっとった」


 目を細めてクゥが続ける。


「商会を背負ってたつってことは、商会で働く職員たちの家族も背負っていかんのと同義や。彼ら彼女らが不幸にならんように、ウチはいっとお頑張らないといかんのや」


 一拍ついて、


「平社員だった時みたいにちゃらんぽらんしていられん。商会の代表って言う立場が、今のうちを作ったんや」


 クゥがにやりと笑って俺に言う。


「見直したで、社長」


 クゥが右手を差し出してくる。


 その社長って言い方には、先ほどまであった、俺を侮るようなニュアンスはなかった。俺はその手を握り返した。


「まあ職員と子どもに手ぇだしてることは黙っておいてやるわ。スキャンダルは商会の不利益につながるさかいな」


「一言多いよ……」


「なんや違うんか?」


 いや、違わないっす……。


 さて、と手を離して、クゥが立ちあがる。


「話しは済んだし、たぶんそろそろ塩も積み終わったことやろうから、ウチは退散するわ」


 クゥがイスから立ちあがると、ぐいっと伸びをする。


「大事な会議すっぽかしてもーたからなー。こっからまた会議や」


「そう言えばおまえ、テンから情報が流れてからすぐここにきたよな。馬車はもう出発してたみたいだし、どうやってここまできたんだよ?」


 簡単や、と鴉天狗クゥが漆黒の翼を広げる。


「飛んできた」


「ああ、だから汗かいてたんだな」


 せやで、とクゥがうなずく。


「まー、今後もなんか不利益こうむりそうなときは、テンを経由でウチに気軽に連絡してや。そっこーでもみ消したり闇に葬ってやるわ♡」


 笑顔でぶっそうなことをおっしゃるクゥさん。


 俺たちは孤児院の外へ行く。


 馬車にはすでに荷積みが完了しているらしく、運転席にはテン(の分身)が座っていた。


「そう言えばさ、クゥ。一応確認なんだけど」


「なんやよ」


「どうして今日の今日まで、電化製品とか日本の商品を作れーっていってこなかったんだ?」


 テンは警備と監視目的で俺のそばに結構前からいた。


 そのときから日本の商品のことについては知っているはず。


 だのに今日まで何も言ってこなかったし、金儲けさせろと食いついてこなかった。


「そりゃ当たり前やろ。あんたとはそういう契約を結んでなかったし、あんたからウチに泣きついてくる機会を、まっとっただけよ♡」


「ああ、やっぱりか……」


 俺は社長ではあるが、契約では年に一度、塩を提供するだけとなっていた。


 その契約があったから、後から金儲けさせろって言えなかったのだ。


 条件(年1での労働)と違うじゃないかと腹を立て、塩を渡すのを中止させられる可能性もあったからな。


「あんたは前よりマシにはなったけど、思ってるより抜けとるで。そんな便利なグッズほいほいつくっとったら、いずれその金のにおいを嗅いで汚い犬が近づいて来取ったし、現に何人かはあんたのところへ近づこうとしていた。いずれ問題が水面下より浮上してウチに泣きついてくるのをまっとったわけよ。ま、ウチが不穏分子はあらかた消しといたけどな。あとで借り返せって言うために」


 人知れずこいつは、俺たちの生活を守ってくれていた……ということか。


「まあこれからもウチら商会は後ろ盾になって、あんたらの生活を全力で保障する。そのかわり社長、あんたも全力でウチら商会によりいっそうの貢献をたのむで♡」


 ……なんか、借りを作ってはいけないやつに、借りを作ってしまった気がする。


「ほなな」


 そう言ってクゥは、塩を積んだ馬車を連れて、孤児院を出て行った。


 ……ともあれだ。


 まとめるとこうなる。


・竜の身柄の保証とギルドその他に対する情報操作を行ってもらうことになった。


・この森は私有地おれたちのものとなり、今後いっさい誰も入って来れなくなった。


・かわりに俺は年1の塩出しから、月2の【よりいっそうの貢献】をするため、会社に行くことになった。


・今後不利益を被りそうになったときは、大手ギルド銀鳳商会が権力をもって潰してくれることになった。



 まあ、労働が多少増えたが。


 孤児院の暮らしを守れたのだから、それくらい安い物だ。


 俺は安堵の吐息を着いて、孤児院に戻る。

 すっかり日が暮れていて、リビングではコレットが、温かい食事を用意してくれていた。


 俺はこの生活を守れたことに達成感を覚えながら、みんなのもとへと向かったのだった。



お疲れ様です!


そんなわけで孤児院の静かな生活を守る回でした。クゥは好きなキャラなんですけど、描くのが難しいです……。


今回は暗躍というか根回しがメインのかいでしたので、嫁とのイチャイチャや子供達との触れ合いがかけなかったなぁと反省してます。とくにイチャイチャが最近足りない気がします!


ので、次回はおもいきり嫁たちとイチャイチャさせようと思います。もちろん子供達とも触れ合います。コンの伏線にも少し触れようかなと。


本格的にコンがあれだという伏線回収は次の章になるかなと思います。



以上です!


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ではまた!

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― 新着の感想 ―
どう考えても、恩売って助けてもらうより、塩の契約破棄を盾にして交渉した方がいいやろ。 作者は好きかもだけど、読者目線だと孤児を出汁に貪ろうとしてくる銭ゲバとは、早く縁を切って欲しい。 しかもいつ…
今更どういう理由でレイアが他の商人やハンターにバレるの?孤児院に住む以上、竜の姿になって生活する事はもうほぼ無いでしょ。仮に竜がいる事がバレても人型でいれば分からんでしょ。そもそもいつから住んでるか知…
[一言] 商人相手に、より一層の貢献とか、あやふやな言質与えたらあかんわ。 こら、流石にないで。 オレおっさんやし、こんなん言うの大人気ないけど、安売りし過ぎてもんやで。
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