10.善人、王都へ行き、嫁に指輪をプレゼントする
お世話になってます!
商業ギルドの長クゥがやってきて、俺がそこの社長になることが決定した、その1週間後。
その日の朝、我が孤児院に来客があった。
「おはようございます、社長」
孤児院の玄関口にて、スーツを着込んだ女性が、俺にあいさつしてきた。
「社長……? えっと、どちらさま、ですか?」
俺はその女の人に、見覚えがなかった。
20代前半くらい。身長はコレットよりやや高い、つまり女性にしては高身長だ。
ブラックのツーピースのスーツを着て、手には黒の手袋という、黒づくめの出で立ち。
髪の色も黒であり、ショートヘアなのだが、目元が完全に、前髪で隠れていた。
髪で目が隠れているので表情がうかがえない。だから若干怖い。
「失礼いたしました、社長。私は銀鳳商会のクゥ様より、ジロ様の社長秘書として遣わされたものです」
そう言って黒づくめのスーツの女性は、懐から名刺を取り出して、俺に手渡す。
【銀鳳商会・社長秘書・テン】
「ああ……クゥの知り合いの方なんですね」
前髪で目が隠れてる女性……テンさんに俺が言う。
「はい。そして本日付けで社長のお世話とボディガードをするようにと、クゥ様より業務命令が下りました」
テンさんが淡々と説明してくる。あまり声に感情がこもってない。
「ボディガード? ってどういうことでしょう……?」
「言葉通りの意味です、社長。ギルドの長となったあなたには、今まで以上に身の安全に気を配る必要があります。ゆえにあなたを守るための盾が必要だと、クゥ様がおっしゃってました」
それと、とテンさんが続ける。
「私のような人間に敬語は不要です、社長。どうぞ呼び捨てでテンとお呼びください」
テンさんがやはり平坦極まる口調でそう言う。
ううん、コンもしゃべり方が平坦なんだけど、きちんと感情はある。よく観察してればわかる。
けどこの人からは、まるで感情の変化が感じられなかった。
こういうの、何て言うんだ?
クールビューティってやつだろうか?
テンさん目は隠れててみえないけど、スタイルも良いし、手足がすらっとながいし、モデル体型でキレイだしな。
「はひゃぅっ♡♡」
「え?」
なんだか知らないが、テンさんが素っ頓狂な声を出した。
「……そ、そんなキレイだなんて。クールビューティだなんて、そんなそんな」
「え、なんだって?」
ぶつぶつとテンさんが何事かをつぶやいていた。
が、俺が声をかけると、
「…………。いえ、なんでもございません。それと先ほども言いましたが、敬称は不要です。テンで良いです。さんなどつけないでいいです」
テンさ……テンは先ほどと同様に、淡々と、ハキハキと話す。
……さっきのは聞き間違いか。
「……ええ、聞き間違いです」
「えっ?」「ところで社長、クゥ様より書状を預かっております」
テンがスーツの懐から、すっ……と手紙を取り出して、俺に手渡してくる。
「クゥから? なんだろう」
手紙の内容はまとめると以下のとおりだった。
・反対派の幹部たちを説得(物理)したので、社長就任の準備が整った。
・ひいては王都にある銀鳳商会の本店まで来て欲しい。
・その場で就任の手続きをする。
・その際に今月分の給金である、金貨千枚を手渡す。
とのこと。
「書状にも書いてあるとおりですが、社長には今から王都にご足労ねがいたいのです」
手紙を読み終えたタイミングで、テンが俺に言う。
「今からか?」
「ええ、もう準備はできているので、さっさと来いとのことです」
たぶんクゥのことだ。断ったら殺されそう。
それに給料もその場でくれるっていうしな。
「わかった。王都まではどうやって行くんだ?」
「馬車を用意してますのでそれで。あとクゥ様のご伝言なのですが」
「なんだ?」
「奥様やお子様たちお連れになっても構わない、だそうです」
あの腹黒カラス……。
まだ付き合ってるだけだっつってるのに、あいつの中では、もう俺とコレットは結婚してることになっているらしい。
しかしそうか、馬車を出してくれるなら、コレットやアムたちと一緒に王都へ行っても良いな。
「俺を含めると6人になるけど、そんなにたくさん馬車に乗れるのか?」
「ええ。大型の馬車2台で来てます」
「2台?」
「はい。クゥ様からこの間見せてもらった塩を回収してこい、という命令もくだされています。【どうせそんなたくさんあっても腐らせるだけやろ? うちが有効活用してやるわ】だそうです」
なんというか、あのカラスは……抜け目ないというかなんというか。
馬車を最初から2台用意してここまで来させたことで、俺に断りにくい状況を作ったな、さては。
「わかった。裏にあるんだけど、運ぶの手伝おうか?」
「いえ、結構です。こちらで運搬を行います。人手は足りてますのでお気遣いなく。社長はその間に外出の準備を整えてください」
テンがよどみなくそう言う。
そうか、まあ馬車2台で来たんだもんな。
テン以外にも誰か一緒に着いてきてるのだろう。
なら任せて良いか。
「じゃあ頼むよ」
「ええ、こちらこそ。今日からこちらでお世話になります、社長」
こうして、俺は嫁さんと獣人幼女たちと一緒に、王都へと赴くことになったのだった。
……ん?
なんか最後、テンが変なこといってなかったか?
まあ、気のせいか。
☆
テンと別れたあと、俺はコレットや獣人たちに事情を説明した。
幼女たちは「遠足だ-!!」と大喜び。
アムとコレットは「…………」と微妙な顔をしたのだが、幼女たちにせがまれて結局は折れた。
ふたりの反応が微妙だったのはなんでだろな、と思ってふと気づく。
この国には、獣人に対して差別的な意識を持つ人間が、一定数いることを。
ケモノ混じりだといって獣人を避けるやつは多い。
現にここの近くのズーミアの街では、獣人はまともな仕事に就くことができず、犯罪に手を染めて、結果奴隷に堕ちるパターンも多いらしい。
ふたりが懸念していたのは、王都のような人の多いところへ行ったら、子供たちが嫌な思いをするかも知れないということ。
だが子供たちがあまりに「行きたい」と叫びまくったので、ふたりは了承したという次第だ。
まあ、しっかり対策を打ってくことにしたので、だいじょうぶだろうけど。
俺たちが準備を整えて孤児院の外へ出ると、テンは荷(塩)を全部積み終わっていた。
「早いな」
「ええ、まあ。大人数で運んだので」
とは言うけど、その場にはテン以外に誰かがいるようには思えなかった。
「前の馬車には荷が詰んでありますので、社長とご家族の方は、後ろの馬車にお乗りください」
俺たちはテンに言われたとおりに後ろの馬車に乗る。
運転はテンが行うみたいだった。
前の馬車には、別の御者が乗ってるのだろう。
テンが運転席に座り、俺たちは馬車に乗り込む。
そのときラビが妙なことを言っていた。
ラビはテンを見て、ぎょっ、と目を剥く。
「はわわわっ、おねえさん、どうして? え、どうして? こっちにもいるのですっ?」
ラビがテンと、そして1台目の馬車とを見て、
「はわわわわわっ!! 幽霊なのですー!!」
と言って、コレットの背後に隠れてしまった。
「うちの子が失礼なこと言ってすまん」
「いえ、お気になさらず」
そんなちょっとしたトラブルがあったものの、俺たちは王都へ向けて出発することになった。
俺たちはズーミアの近くの森の中で暮らしている。
ズーミアはこの大陸の中央やや南に位置する。
一方で王都は、この大陸の中央から北へ向かったところにある。
ズーミアから王都へは直線距離で51km。
歩きだと11時間もかかるが、馬車(時速20km程度)だと3時間ほどで着く。
まあ馬を休ませないといけないので、もう少しかかるかもだが。
ともあれテンの運転する馬車に乗って、俺たちは王都へと向かった。
馬車は、ズーミアを出発してサカキ、オヴァステの街を通り過ぎ、稲荷山を越えて、ノノイ、アモリと順調に北上していき、
ついに大陸北部にある、この世界最大にして最も栄えている場所。
王都・シェアノへと到着したのだった。
☆
テンの運転する馬車に揺られて、俺たちは王都へとやってきた。
「「「でっっかーーーーーーーぅい」」」
俺たちの乗る馬車は、王都の城門前にて止まっている。
城門では入ってくる馬車をいちいちチェックしているため、結構渋滞していた。
獣人幼女たちは馬車の窓から、王都の巨大すぎる城門を見て、目をきらきらさせている。
「でかすぎるやろですー!」「うちのさんばい、くらい?」「はわわ、コンちゃん三倍以上あるのですよー」
「「「ほぁあーーーー!!」」」
と感嘆の声を上げる獣人たち。
いつもなら、幼女たちの耳やしっぽは、こういうときに元気いっぱいに動き回るだろう。
だが今は、シッポも耳も、動いてない。
というか、そもそもシッポも耳も、ない。
「……ちゃんとお薬効いてるみたいでよかったわ」
子どもたちに聞こえないくらいの小さな声で、コレットが俺にささやいてくる。
「そうだな。すごいよ、コレットの魔法薬」
そう、王都へ来る前、コレットの作った外見を変える魔法薬を、子どもたちに飲ませているのだ。
理由は簡単。
この世界において、獣人は差別の対象となっているからだ。
大事な子どもたちが嫌な思いをするのは耐えきれなかった。
本当は連れてくのをよそうかと思った。
が……。
「なーなー、コン! あの馬車、馬車じゃねーですっ!」
「わお、ちりゅーだ」
「はわわ、ちっちゃいドラゴンが馬車ひいてるですー! すごいなのですー!」
「ちりゅー、あしはやい」
「コンちゃん物知りなのですー!」
「ふふ、はかせごー」
「なーなー、アム姉ちゃん、はらへりやがりますですっ、おやつもってねーです?」
「もうちょっとで着くから我慢しなさい」
「やー! はっらへったー!」
……と、この子たちの賑やかな、そして楽しげな様子を見ていれば、連れてきて正解だったと思えた。
「……ジロくん、わたし、ほっとしたよ」
コレットが子どもたちを見ながら目を細める。
コレットも俺と同意見だったのだろう。
……俺は彼女の耳を見やる。
コレットも魔法薬を飲んで、外見をエルフに偽装していた。
ハーフエルフも獣人同様、まじりものだと差別されているのである。
あらためて思うのは、どこの世界でも差別はあるんだなと。
地球だろうと、異世界だろうと。
「…………」
コレットが、隣に座る俺に手を伸ばしてくる。
そのほっそりとした手は、洗剤やら川の冷たい水やらのせいで、ぼろぼろになっていた。
服だってそうだ。
金がなくて、ろくに服を買えなかったのだろう。彼女の着ている服もぼろぼろだ。
装飾品はひとつもない。若い彼女は、おしゃれしたい年頃だろうに。
それら全部から、彼女の苦労が滲み出ていた。でも、もうその苦労を、この子は背負わなくていい。いや、俺が背負わせない。
「コレット」
「んー? なぁに、ジロくん?」
俺はコレットの肩をだきよせる。彼女はちょっと目を見開き、安心しきったように、俺の肩に頭を乗せてくる。
「これからはおまえに、おまえたちに、二度と苦労させない。約束するよ」
俺がコレットの手に、自分の手を伸ばす。コレットが応じるように、指を絡めて、そして手をつなぐ。
真っ白で、かさついた手。
俺はこの手を、もう二度と離したくない。
子どもの時のような別れは、もう嫌だ。
「…………。よし」
決めた。
そうしよう。
恋人になって1週間ちょっと。
早すぎるかも知れない。だが違う。
俺は子どもの頃から今まで、20数年、ずっとこの人を思い続けてきたのだ。
長すぎるくらいだ。むしろ、遅すぎるくらいかも知れない。資金の目処も立った、今なら。
よし。
「きゃっ。ジロくん、どうしたの、薬指なんて触って」
俺は彼女の左手の指を、指でつまむようにして触る。
ううむ、手だけでは正確な大きさがわからないな。
「コレット、何も聞かずに目を閉じてくれ」
俺のお願いに、コレットは「……子どもたちが見てるわっ」と、
若干はずんだ声で、「んー……♡」と目を閉じて、唇を突き出してきた。
俺は彼女が見てないうちに、メジャーを複製し、すばやく彼女の、左手の薬指の大きさを測る。
最後に彼女の唇に軽くキスをして、「いいぞ」と言う。
「ジロくん、なんかするまでに変な間がなかった? なにかしてたの?」
「ひみつ」
「けちー」とコレットはちょっと頬を膨らませただけで、それ以上なにも言ってこなかったのだった。
サイズは測った。
あとは、買うだけだ。
☆
城門でのチェックを終えて、俺たちを乗せた馬車は、王都の中へと入った。
子どもたちは、城門の外にいたときよりも、さらにせわしなく首をうごかしている。
馬車はそのままクゥの待つ銀鳳商会の会館へと向かった。
建物の前に馬車が止まり、俺たちは降りる。
「「「ここもでけーーーーぇい!!」」」
幼女たちが建物を見上げて絶叫する。
確かにでかい。なにこれ国会議事堂?
ってレベルにでかくて広かった(小学生なみの感想)。
白亜の建物。
入り口には大きな銀の鳳の像がふたつ並び立っている。
巨人でも通るの? というほど大きな会館の出入り口の前に、鴉天狗のクゥがたっていた。
「遠いとこご苦労さまです、社長」
ぺこっ、とクゥが恭しく頭を下げてくる。
「それやめようぜ、なんか調子狂う」
先週のあのすごい剣幕を覚えているからな。
「せやな。んじゃお言葉に甘えることにしますわ」
そう言ってクゥが態度をころっと変える。
うん、その方がいい。
「せんせぇ、遠いとこすまんかったな。用事あるのはせんせぇの旦那さんだけだったんやけど」
クゥが俺の隣にたつコレットに話しかけてくる。
「ううん、気にしないで。むしろ招待してくれてありがと、クゥちゃん。子どもたちみんな喜んでるわ♡」
きゃっきゃっ、と幼女たちが銀の鳳の像を見てはしゃいでる。
アムはその後ろに立ち、幼女たちを見張っていた。
「いえいえ。テンもご苦労さん。塩は倉庫へ運んどいてくれな」
「承知いたしました、クゥ様」
いつの間にかいたテンが、クゥにうやうやしく頭を下げる。
テンは馬車に向かって歩くと、運転席に座った。
そして馬車を走らせる。
「………………あれ?」
一瞬、おかしな光景を目にした。
「どないしたん?」
「いや、なんか馬車のさ、運転席にテンがいたように見えたんだけど」
「いやそらおるやろ。今座ったのみたやろ?」
「いやそうじゃなくって」
おれは見たままの光景を口にする。
「2台ともの運転席に、テンが座ってなかったか?」
そう、2台あるうちの前と後ろに、テンがいたのだ。ふたごとかそんなレベルじゃない。
同じ人間が、ふたりいたのだ。
「せやな」
とあっさり肯定するクゥ。
「あの子はな、もともとは暗殺者……いや、ジロさんの世界の言葉で言うなら、忍者なんや」
塩の件のあとに、俺は自分が転生者であることを、クゥには伝えたのだ。
しかし……忍者?
「せや。あの子は鎌鼬。風に乗って音も無く近づき、その鎌で寝首をかく、ちゅー生粋の暗殺者よ」
なんと、テンも獣人だったのか。
のわりには耳とかシッポとかなかったけど。
「だから言うたやろ、あの子は忍者なんや。変装くらいお手のもんや」
「なるほど偽装しているのか」
「せや。ちょうどあんたんところの、ちっこい子らと同じでな」
この世界では獣人が差別されてるからな。
「あれ、おまえも獣人だろ? 見た目隠さないのか?」
「あはは、なにゆーてんや。ウチを見てまじりもんとか言う無礼なやつ、この世界ではひとりもおらんよ♡」
にこーっと明るい笑みを浮かべるクゥ。
こ、怖い……。
「さっ、立ち話もなんやし、中はいろか」
そう言って、クゥ主導のもと、ギルド会館へと入る俺たち一行。
アムとコレットに子どもたちの面倒を任せ、別室で待機してもらう。
俺とクゥ、そしてテンが、社長室へと連れて行かれる。
「あれ、テン。いつのまに」
「いえ、ここにいる私は分身の私です。本体は塩を運びにいっております」
とテンが答え、なるほどと納得がいった。
あのふたりいたテンは、分身だったんだな。
孤児院から塩を運び出すときも、分身して増えたから、あの大量の塩を短時間で運び込めたのだろう。
いや、やっぱりすごいな、この子。
キレイな上に仕事までできるなんて。
「あぅあぅ♡♡♡」
とテンがいきなり変な声を上げる。
「そ、そんなキレイな上に仕事できるなんて……♡♡♡」
いやんいやん、とテンが身を捩る。
「え? なんで? 俺の思ってることを……?」
そう言えば孤児院を出るときも、なんかこういうことあったな。
「あー、その子な、人の心も読めるんや」
「マジでっ。すげーな。それも忍術か?」
こくり、とうなずく。はー……便利だなぁ。
そうこうしゃべっていると、社長室に到着した。ドアを開けると……。
「ここもえらい豪華だな……」
赤い毛の長い絨毯が引かれている。
壁際には絵画やらツボやら、高そうな品がこれでもかっていうほど置いてある。
バーカウンターまでついてるし。
部屋の最奥には、これまたでっかいガラス張りの窓があって、その前にはでかい机が置いてある。
「ここ、社長室や。けど先にいうとくけど、この部屋はわたさんから」
きっ……! とクゥがにらんでくる。
「だいじょうぶだって、わかってるよ。おまえのお気に入りの部屋なんだもんな」
俺がそういうと、クゥはきょとんと首をかしげる。
「なんや、わかっとるやん。ジロさんバカなんかとおもっとったけど、存外そうでもないんやな」
「ずばずばいうなー」
なんかあの一件以来、俺に対するあたりが強くなってる感ある。
こっちの方が本来のクゥなんだろうな、となんとなく思った。
「んじゃまっ、ちゃちゃっと手続き終わらせよか。ウチもヒマやないんや。テン、飲み物だしてって」
「かしこまりました」
と返事をした瞬間には、テーブルの上に飲み物が出現していた。
見やると、すでにバーカウンターにはテンの分身がたっていた。
「ま、座ってや」
クゥがテーブルの前にあるソファを指さす。
俺は腰を下ろす。……おお、柔らかい。
「んじゃま、はじめよか。テン、契約書類」
「ここに」
呼んだ次の瞬間には、テンが必要なものをそろえてもっていた。
ううむ、有能。「はひゃぅ♡」あ、すまん、心読めるんだった。
「有能で美人なボディガードかしてやるんや。手ぇだして妊娠させたらぶちころすからな」
書類を俺の前に置きながら、ぎろっとクゥがにらんでくる。
「そんなことしないよ。だいいち、俺にはコレットがいる」
「せやったな」
雑談をしながら、俺は大量のこれらの書類にサインしていく。
内容は全然頭に入ってこない。というか、クゥが読まなくて良い、名前だけかきまくれといってきたので、そうしている。
前なら警戒しただろうが、今はもう、この子に俺を騙すうまみはないからな。信用して良いだろう。
結構……30分くらいだろうか。
それくらいかけて、書類に全部サインし終えた。
「お疲れさん。テン、確認作業」
「御意」
大量の書類の山を、テンは抱きかかえる。
バーカウンターまで移動し、彼女は分身の術を使う。
何十人ものテンが出現し、書類を1枚ずつ手に取り目を通して、また一人に戻る。
「確認終わりました」
「はやっ。すごいな分身って」
ほんとうにあっというまに、あの大量の書類に目を通してしまったのだからな。
「これでアンタはうちら商会の社長や。就職おめでとうーさん」
ぱちぱち、と手を叩くクゥ。
背後でテンも拍手してくれた。
「どうも。あんま実感ないけどね」
「まっ、おかざりやからな」
「だな。仕事も責任も背負ってないんだ。そりゃ実感もないか」
うんうん、とうなずきあう俺とクゥ。
「んじゃま、テン。社長様に給料出したって」
「どうぞ」
テンがまた、クゥに言われる前に用意を済ませていた。
大きめの革袋を、テンが俺の前に、うやうやしく差し出してくる。
「ありがとう、テン」
「いえ、仕事ですから」
ぴしゃり、と答えるテン。うーん、出来る女の態度だねえ。「はひゃぅうう♡」かわいいねぇ。
テンから給料の入った袋をもらった。
それを確認して、クゥがうなずく。
「んで、どーする? まさかと思うけど、そのまま持って帰らんよな」
「んなまさか。こんな大金持ち歩けないよ。スリにでもあったら大変だ」
「なんやちゃんとわかっとるやん。んじゃ、ほい」
ひょいっ、とクゥが俺に1枚のカードを手渡してくる。
テレフォンカードみたいだ。銀のフェニックスの絵柄が描いてある。
「それマジックキャッシュカードな。作っといたわ」
「おお、サンキュー」
俺は受け取ったマジックキャッシュカード、通称マジックカードを、革袋にぺたりと乗せる。
すると、革袋からずぉっ……っと金貨がごっそりと消えた。
「前世が地球人とは言え、あんた現地人だから説明いらんとは思うがいちおー説明しとくわ」
クゥが出されていた飲み物を口にして言う。
「そのカードには金が入るようになっている。入れ方は単純、カードに金貨を載せるだけ。で、金額を思い浮かべながら振ると、使いたい金額が出てくるっちゅーわけや」
俺はマジックカードを持って、金貨1枚と念じながら、カードを振る。
ちゃりん♪
と音がして、金貨がカード中央、銀の鳳の部分から出てきた。
「カードにはセキュリティの魔法がかかっておって、本人以外がカード振っても金貨は引き出せん。……が、なくさんといてな。再発行するのめんどうやから」
「ああ。了解」
「カード番号しっとったら送金もできるさかい、毎月の給料は自動的に振り込まれるようになってるから、今日みたいに毎回こなくてもええからな」
カード裏面には魔法文字で番号が書かれていた。
「これにて終了。おつかれさん」
「ああ、いろいろありがとな」
「別にええて、そのぶんもうけさせてもらうからな、神様?」
にんまりと笑うクゥ。
「その呼び方、俺どうにも好かないんだがな」
俺は苦笑しながら、出されていた飲み物を口にする。
「これで用は済んだわけやが、どないする? このあと。あ、帰りもちゃんとテンが送ってくことになっとるから心配せんでええよ」
そうだな……と俺は考えて、そうだ、とうなずく。
「なあ、クゥ。ちょっと欲しいものがあるんだが、それをこの街で売ってる店を紹介して欲しい」
「ん、えーよ。何がほしいん?」
俺はコレットの手の感触を思い出しながら、クゥに言った。
「指輪が欲しいんだ」
☆
クゥのギルドで用事を済ませたあと。
俺は自分の用事をすませて、それを終えてから、コレットたちのもとへ戻った。
それから、俺は孤児院のみんなとともに、王都を観光した。
王都は俺もみんなと一緒で、来るのは初めてだった。
だからテンにあちこち案内してもらった。
出店を見て回ったり、出し物小屋をのぞいたり、おもちゃ屋や服屋を見て回った。
とりあえず社長として、給料がもらえるようになったので、孤児院の子らにいろいろと買ってやった。
……と言っても、みんな貧乏暮らしが長かったせいで、あんまりものを欲しがらなかった。
とりあえず最低限、衣服類だけ買った。
テンの分身が荷物をもってくれたので、実に買い物が楽だった。
そして夕方ーー
帰りの馬車にて。
「がー……ぐぅー…………」「むにゃむにゃ、たべれぬ」「すぅー…………」
幼女たちはイスに座って、身を寄せ合うようにして眠っていた。
「……………………」
アムも疲れたのか、目を閉じている。猫耳がぺちょんと垂れていてちょっとかわいい。
「みんな寝ちゃってるわね」
くすっ、とコレットが笑う。
「あんなに、はしゃいじゃって」
「そうだな。と言ってもいつでもキャニスたちははしゃいでる感あるけど」
ううん、とコレットがニコニコしながらクビを振るう。
「今日は特別に楽しそうだった。ありがと、ジロくん♡ あなたのおかげで、あの子たちに楽しい思い出を作ってあげられたわ♡」
隣に座るコレットが、きゅっと俺のうでに抱きついてくる。
彼女の爆乳が腕にあたってぐにゃりと凹む。あいからわず柔らかい胸だった。
「それにしても、ジロくんが社長かー」
窓の外の、遠ざかる王都を見ながら、コレットが言う。社長と言われて前社長のことを思い出した。
「そう言えばさ、クゥって孤児院の出なんだよな」
「ええ、15年前の卒業生よ」
「なら、なんでクゥに借金の肩代わりとかしてもらえなかったんだ?」
年に1億2千万円もらっているくぅなら、1億円の借金くらい返せたと思うんだけど。
「あの子、わたしたちの借金を肩代わりしようとしてくれてたの。でも……断ったの、わたしが」
「それは……どうしてだ?」
コレットは窓から目線をはなし、俺を見上げながら言う。
「巣立っていった子どもに、お金ちょうだいなんて、言えるわけないでしょう?」
コレットは俺の肩に頭を乗せ、ほぅ……っと安堵の吐息を漏らす。「ジロくんのにおい、おちつく……♡」と小さくつぶやく。
「そっか。そうだよな」
社会に羽ばたいていったひな鳥に、親鳥がたかるなんてできないよな。
「…………」
「…………」
しばらく沈黙が流れる。
窓の外からは夕日が差し込んできた。
子どもたちは眠っている。
今が……そのときか。
「コレット。ちょっといいか?」
俺がそう言うと、コレットが体の位置をなおして、「どうしたの?」と俺の目を見てくる。
美しい、青空や海にもまけない、きれいな青い瞳。
金と青でまよった。けど俺は子どもの頃、先生の髪より目の方が好きだった。
だからーー
「コレット。受け取ってくれ」
俺はズボンの中から、小さな箱を取り出して、ふたを開ける。
そこの中にはーー
「指輪……?」
コレットの目が、大きく見開かれる。
箱の中には、小さな指輪が入っていた。
銀の輪に、青い小さな宝石がひとつ、アクセントとしてついている。
シンプルなデザインの指輪だ。
コレットには派手なものより、こうしたひかえめな装飾品のほうが似合うと思った。
コレット自身が派手だからな。
「コレット。これ、おまえの左手の薬指に、ピッタリ合うように作ってもらったんだ」
クゥに店を紹介してもらい、選んで、俺は一旦店を出た。
で、王都を見て回っている間、テン(の分身)に指輪を回収してもらった。
で、テンから受け取ったのだ。
「それって……」
この世界にも、左手の薬指には、結婚指輪をはめる風習がある。
「……うそ。……ほんとうに?」
コレットは意味を察してくれたのだろう。
じわり……と彼女の宝石のように美しいひとみが、涙で濡れて、さらに美しく光り輝く。
「いいの? 私みたいな、まじりもので……?」
ちょうど魔法薬が解けて、コレットの耳が元の長さに戻る。
エルフにしては短く、人間にしては長い、ハーフエルフの象徴。
「なあ、コレット。俺と約束してくれないか」
「約束……?」
うなずいて、コレットに言う。
「もう二度と、自分のことを、まじりものなんて呼ばないでくれ」
俺は指輪の入った箱をいったん脇に置いて、エルフの少女を抱き寄せる。
「前にも言ったろ? 俺はハーフエルフだとかまじりものだとか、そんなの気にしない。俺は、おまえだから好きだって」
告白したときのセリフだ。
彼女も覚えていたのか、うん……うん……とうなずいてる。
「その気持ちは恋人になってから、いや、子どもの時から今までにいたっても、変わってない」
俺は子どもの時ひとめぼれしてから、今こうして抱きしめている今のこのときまで、
彼女への思いも印象も、変わらず、大好きだったし、大好きだし、これから一生、大好きでいる自信がある。
「だからコレット。これからも俺のそばに、ずぅっといてくれ。恋人じゃなくて、本当の家族として」
俺は彼女の抱擁を解く。
隣に置いてあった箱を手に取り、中から指輪を出す。
彼女の左手を、つかむ。
嫌なら、手を拒んでくるはずだ。
だがコレットは黙って、俺にされるがママになっている。
拒絶の意思は、その美しい瞳にはなかった。
歓喜の涙と、そして最高の笑顔が、同時に青い目に浮かんでいた。
俺は彼女のほっそりとした薬指に、指輪をはめる。
コレットは自分の左手を胸に抱いて、
「……うれしい」
と小さくつぶやく。それで十分だった。
俺はコレットの腰に手を回し、彼女を抱き寄せる。
「……ジロくんのぶんの指輪は?」
「ん? あるよ。あとで自分ではめようかなって思ってる」
「だめ。貸しなさい」
コレットが先生みたいなことを言う。まあ、先生か、昔も今も。
「了解、先生」
俺は指輪をコレットに手渡す。
コレットはそれを受け取り、俺の手をつかみ、同じく薬指に指輪をはめてくる。
「ジロくん……♡」
コレットがバッ……! と俺に抱きついてきた。
甘いにおいと、蕩けそうなほどの柔らかい感触。
そして温かな彼女の身体の温度を感じながら、唇をかわした。
俺の左手にも、彼女の左手にも、同じ指輪があって、夕日に照らされて輝く。
俺たちは日が沈んで何も見えなくなるまで、いつまでも抱き合っていた。
こうして、コレットは恋人でなく、正式に俺の嫁になったのだった。
お疲れ様です!これにて2章終了となります!
3章では資金が潤沢になりましたので、孤児院の修繕やら生活の向上のために複製したり、あとは森を開拓したり、あと繁殖(意味深)したりする予定です。
恋人でなく正式な嫁となったエルフの少女とイチャイチャを増やしながら、獣人の子らとの楽しい日々を書きつつ、1章からの伏線の天竜さまも出していきたいと思います。
以上です!3章もよろしくお願いします!
よろしければまた評価ボタンを押していただけると助かります。
また、同時並行でほかの連載もやってますので、そちらも読んでくださると嬉しいです!
ではでは!




