組み間違いにはご用心
「あなた、ゆうべあの女と寝たでしょ」
あたしがそういうと、彼は得意げに語っていた武勇伝をふっつりと止めた。ナイフとフォークの動きが止まって、その先端が宙に泳ぐ。彼はいかにも心外だといいたげに目を丸くして、あたしの顔をまっすぐに見た。
「そんな。僕は誠実な男だ」
コイツ、時代がかった台詞を吐きやがる。こういう演技はバツグンに上手い男なのだ。あたしはそれを無視して、コルシカ産とかいう赤ワインをぐいっとあおった。
「彼女とひとつになる気分、どんなだった?」できるだけ嫌みをこめていってみる。
「誤解だよ。どうしてそんなこと思いついたんだい?」
「あなたの顔に書いてあるの」
「まさか。『あなたの素敵な彼は、わたしが頂戴いたしました』とでも? 僕は一人の女性しか愛さない。君も知っているじゃないか」
彼の頬がわずかに引きつっている。
「昨日までは、あたしもそう思っていたわ。学校でそう習ったもの。信用したあたしのミスよ。悪いけど、あなたとはもうこれでお終いにさせて頂きます」
あたしはそう言い捨てると、手早くテーブル・ナプキンで口の端を拭った。ハンドバックを手に掴み、椅子を蹴立てて立ちあがる。こういう場合、決然と振る舞わないと情に負けてしまうのだ。だって未練がないわけじゃないもの。
「待ってくれ。昨日の晩、僕は君の部屋にいたじゃないか。そんなこと、できるはずないよ」
「できるはずのないことをやったんでしょ。あなたらしいじゃない。触らないで!」
手を握って止めようとした彼の胸を、あたしは思いきり掌で突いた。途端に彼の服にヒビが入り、音を立てて全身に広がってゆく。ああ、やっちゃった――でも、彼のせいよ。しかし、この期に及んで私の目をじっと見すえる強い意志はさすがだった。この伊達男、いままで一体どれくらい沢山の人間を騙してきたんだろう――。だが体を砕く不調和の波はあっというまに彼の全身を覆い、服も肉も彫りの深い顔も一緒くたに崩れ落ちて、あっという間に四千個のカケラに分解してしまった。
ばらばらと音たてて赤い絨毯に広がった彼のピースを無視して、あたしはつかつかと出口に向かう。後ろで彼がウェイターに「掃除機は止めてくれ!」と叫んでいるのが聞こえた。会計には彼がフラン・ジェルミナールで支払うと告げ、あたしはレストランをあとにする。
まったく人をバカにしている。一晩だけ箱を並べたからって、すぐにあんなことになるなんて。彼――ナポレオン――の頬のピースが、ひとつモナリザと入れ替わっていたのだ。
あーあ、しばらく人物画はやめよう。そういえばペンギンの二千六百ピース、ショップに入荷してた気がするな。今度はあれ、やろうかな――。