逃走の先
家へと戻った俺は、大事な事を思い出した。
不知火神社に向かう石段の麓まで来て、俺は両膝に手をついて荒い息を整えようとした。
―――走ってる時は何も考えられへんかった。
―――走り終えても、自分の荒い息がうるさくて、やっぱり何も考えられへんかった。
でも、今はそれが良いえ。
俺は息が整いきって思考がハッキリする前に、家へと向かう階段を登りだした。
境内に入って、漸く大事な事を思い出した。
倒れた蓬をビャクに任して、今はばあちゃんかリューヒのとこで診てもらってるはずやった事を。
パッと見渡した境内は、相変わらず静寂そのものや。
ビャクや蓬の素性を考えたら、表だって何かする訳ないか。
多分「裏の道場」やろな。
正面にある本殿の真裏には、小さいながらもしっかりとした道場がある。
俺と神流は幼い頃から、そこでおとんに色々と教わってきたんや。
今は利伽と、ばあちゃんにシゴかれてるけどな。
人目に付き難い言ーたら、そこしか考え付かんかった。
俺がそのまま道場へ向かおう思たら、本殿の横でビャクに会った。
ビャクはまだ、人の姿をしたままやった。
本殿の壁に背を預けて俯き加減に立ってるビャクは、こう見ると本当ただの巫女服美少女や。
ビャクは逸早く俺に気づき、笑顔になって俺の元に小走りで寄ってきた。
猫言ーより、もはや子犬やな。
「タっちゃんー! お帰りー!」
その笑顔に幾分癒されたけど、落ち着いてきた分またモヤモヤが頭の中に湧いてきて、今は兎も角一人になりたかった。
けど、蓬の様子を聞かん訳にもいかん。
「……おー……ビャク、さっきはありがとうな……」
俺の返答に、怪訝な表情になるビャク。
そんなに変な声やったかな……? それとも表情か?
「タっちゃん、どニャいしたん?」
……いや、両方か。
「何もないよ。それより蓬の様子は?」
ビャクは俺の事情を知りたいやろーけど、俺は今、その話はしたくない。
ビャクの言葉には適当に答えて、俺は即座に蓬の話題を振った。
蓬の名を聞いた瞬間、ビャクの表情が怪訝なもんから暗いもんへと変わった。
……いや、暗いと言ーよりか、何やうっとーしー者を見るような顔つきや。
「……蓬は今、禊様が診てはるニャ。容態は……あんまり良くないニャ」
何処か他人事で、何処か興味ないような呟き。
それどころか、面倒臭そうな雰囲気まである。
考えてみれば、ビャクは俺達が蓬と最初に会った時から、蓬と関わるのに反対してた節があった。
今もそうや。
その事が気になったけど、今は俺も他人の心配までしてる精神的余裕はない。
ばあちゃんが診てる言ーんやったら、大事には至らんやろ。
「そーか。それやったら、俺はちょっと部屋で休むわ。何かあったら呼んでくれるか……」
そう言ーてビャクに背を向け、自室に戻ろうと母屋の方へ歩き出した。
「ちょ、ちょっとー! タっちゃん!」
慌ててビャクが俺に声を掛けた。
「ビャク、ここでその姿しとったら、ばあちゃんに怒られんで?」
「ニャ!?」
ビャクの言葉を遮るように、俺はばあちゃんの名前を出した。
俺に駆け寄ろうとしてたビャクの動きは、その一言で止まる。
足を止めない俺にビャクがそれ以上追ってきてないのを感じながら、俺は振り返る事無くそのまま自室へと向かった。
部屋に辿り着いた俺は、そのままベッドに体を投げ出した。
今日は色々疲れたから、何やったらこのまま直ぐに寝てまいそうや。
―――コンコンコンッ
「お兄ちゃん、居てるー?」
帰って来た神流がノックもそこそこに、中の俺に声をかけてきた。
普段やったら無視するなんて有り得ん事やけど、今は……今だけは誰とも話したなかった。
ドアの外に暫くは神流の気配が留まってたけど、諦めたんか寝てると思ったんか……それか呆れたんか……。
神流の気配は遠ざかっていった。
俺は大きく安堵した。
それと同時に、強力な睡魔が襲ってきて、即座に微睡みの中へと引き込まれていった。
―――ああ……今日は見廻りやったか……。
―――嫌やな……行きたないな……。
―――でも、そうもいかんか……。
「あら―――? 龍彦チンや―――ん。いらっしゃ―――い」
次に気付いた時、俺の目の前には以前と違い、まるでビャクの様な姿で……リューヒがおった。
……あれ?なんでリューヒ?って事は、ここはフリュークス……?




