人拒む暗室
緊張感を高めながら、俺とビャクは地下倉庫の入り口へと進む……。
ふと気付いたけど、昼休み半ばやーゆーのに、ここには全く人が通らへん。
どー考えてもおかしかった。
冷静な部分では、ビャクの言ー通り余計な事に首を突っ込むんは得策やない。
ビャクの証言があるんや。
ばあちゃんに相談して、何か手配なり指示なりをしてもらった方が良ーって解ってる。
けど、俺は足を止められへんかった。
それは好奇心とか、無謀とか、若気の至りに、「俺だけは危機に陥っても助かる」なんて根拠のない自信からでもない。
―――焦りや。
何か得体の知れん、急がなあかんっちゅー焦燥感に駆られてのもんやった。
地下に続く階段……ちゅーても5段くらいやけど、そこまで後数メートルって所で、俺は何かの中に侵入した。
「……ビャク!?」
自然になった小声で、俺はビャクに確認した。
「……結界……ってゆーか、呪いの類いニャ。人の侵入を拒むんやニャくて、人を遠ざける為のものニャねー」
「……そうか」
ビャクの言葉で、俺の感覚が間違ってなかったって事は確認出来た。
ゆっくりやった足取りを更に忍び足に変えて、階段までの距離を詰める。
まるで隠密行動みたいに階段を下りた。
上履きが鳴らす砂を噛む音も、今は大きい音に聞こえた。
ゆっくりとドアノブを掴む。
いつの間にか掌は汗だくや。
右にノブを回してドアを引いた。
鍵に当たる抵抗がない。
―――開いてる!
もし扉の奥に何か居ったら俺の姿なんか中から丸見えのはずや。
今更コソコソしてもしゃーないのに、俺はユックリ、ソーッと扉を開けた。
開けた瞬間まず鼻を突いたのが、埃とカビの混じった饐えた臭いってやつやった。
窓はない。
光は俺が開けた扉から射し込んでる分だけや。
その光が、舞い上がる埃の粒子をキラキラと反射してる。
中は意外に奥行と高さがあるみたいやけど、影になってもーてて光の届いてる足元周辺位しか良ーわからん。
それ以前に、外と中との明暗差で視界がブラックアウトしてもーて、全く見えへん。
「タっちゃん、目やのーて、霊気を視るんニャでー」
小さく、低く抑えられたビャクの声が耳に届いた。
ビャクの声は若干緊張感を増してる。
何か居る証拠や。
まだ「霊体を視る」って感覚に慣れてなかった俺は、ビャクの言葉で意識を集中して中に視線を向けた。
―――確かに……何か……居る……。
黒……やない、グレーの人型をした霊体が、今まで横になってたんかユックリと、ムクリと起き上がってるんが俺にも見えた。
「……誰や!?」
こんなとこに結界だか呪いだかを張り巡らせてまで居てる「何か」が、人間や無い事は解ってる。
けど、他に問いかける言葉が浮かばんかったんや。
「……あなた達こそ……誰?」
静かに、ユックリと……でも確かな威圧をもって、それは俺に問い返してきた。
標準語……か?
それよりも、はてさて、どう答えたもんやろ?
『人に名前を尋ねるなら、先ずは自分から』なんてのは人間の理屈やしな。
馬鹿正直に答えて良ーもんかどーか……。
「……ここには……誰も……来ないように……“人払いの呪い”を……施しておいたのだけれど……」
俺が答えを聞く前に、それの方が先に呟きだした。
そして漸く、俺の目も中が見えるように慣れてきた。
―――女の子やった。
そこに居るんは、神流やビャクよりも更に幼く見える女の子やったんや。
闇の中でも燃えるように光って見える紅い髪が印象的や。
直感で“幼く”と思ったけど、顔立ちは恐ろしいほどに綺麗や。
整った輪郭、スッと通った鼻筋、細く美しい眉、そして……切れ長で琥珀色の瞳を湛える双桙。
やけど、その美しい顔には表情がない。
彼女は、まるで感情の籠らん目でこっちを見てる。
小首を傾げてるんは、質問した直後やからか?
自分では感情が表情に現れてないっちゅーんに気付いてない感じやった。
「……お、俺は不知火 龍彦。人間や」
悩んだ挙げ句に、俺は自分の名前を言ー事にした。
多分そーせんと向こうも名乗らん気がしたし、何より彼女に敵意はない思たんや。
「……ふー……ん……不知火……龍彦……。私は……蓬って……言うの……」
よもぎ……変わった名前やな。
まー人間の尺度で考えてもしゃーないけど。
“よもぎ”っちゅーたら真っ先に浮かぶんは「よもぎ餅」やな。あらー旨い!
「……そっちの……ネコは……ネコ? ……少し違う……のかな? ……なんて言うの……?」
蓬はビャクの正体にも気づいてるみたいで、見た目と違う違和感にどこか訝しんでるみたいやった。
けど表情からは読み取れへん。
問い掛けられたビャクやけど、緊張を解こうとせんビャクは、一向に答える気ーないらしい。
僅かな沈黙の後、先に口を開いたんは蓬やった。
「……それで……龍彦達は……何故、此処に……きたの……?」
地下の暗室で出会った少女「蓬」。彼女は一体何者……?




