その1
いつもの朝。いつものやり取りから、この物語は始まっちゃいました。
「……という訳で、我が不知火家は先祖代々……」
厳かなんやろう拝殿内に、親父の言葉だけが響き渡る……と言えば、なんや大きな神社かと思われがちやけど、実際はそんな事もない。
歴史を感じさせる古めかしさから確かに神聖な雰囲気はあるけど、響き渡る程広くもないし、天井も高くない。
子供の頃から慣れ親しんでるせいで、そんな所で正座してても緊張感なんか微塵も感じへん。
だいたい朝の決まりとはいえ、子供の頃から毎日毎日同じ様な説法を聞かされ続けたら、流石にもー飽きた。
いや、とっくの昔に飽きている。
「こら、龍彦 !ちゃんと聞ーてるんか!?」
だから俺の態度に多少だらけた雰囲気が含まれていたとしても、それは仕方の無い事や。
「あー……ちゃんと聞ーてるよー……ってゆーか、毎朝毎朝、同じ事しか言わへんやん」
「あほっ! 大事な事やから、お前には何べんも言わなあかんのや」
俺のお決まり文句に、親父は「大事な事なので二回言いました」ならぬ「何度でも言います」を返してきた。
まー、それも仕方がないこっちゃ。
正直な話、この歳になってまで聞かされたくないわ。
―――こんな“幼稚な”話なんか。
「ええか、お前はまだ見たことないかもしれんし、感じた事もないか知らんけど、この世の中には確かにおるんや。“化身”っちゅーもんがな」
「……はいはい……わかってますよー……」
実際はわかってない。
いや、信じられへん。
見た事も無いものを信じろってのは、流石に無理がある。
俺だって、そんなに意固地やない。
俺には見えへんだけで“この世の物で無い者”はいてるのかもしれへん。
でも、見えへんもんは見えへんし、知らんもんは知らん。
「なんや、その返事は! お前はこの神社の跡取りなんやから……」
しまった! 俺の言い方に、親父の説教魂が燃え出してもーた!
しかし残念やな、親父よ。
もう時間切れや。
「お兄ーちゃーん! 学校やでー!」
俺の救世主、妹の神流から、今朝の説法を終了する言葉が告げられた。
「悪いな、親父。この話はまた明日やな」
「……ったく、こいつは……」
立ち上がりながらそう言った俺に、親父はぶつくさと愚痴をこぼしてる。
流石の親父も、目に入れても痛くない程溺愛している神流からの終了宣言は無視でけへん。
「んじゃー、親父。行ってきます」
俺は親父をほっぽって拝殿を後にした。
母屋にある俺の部屋に戻りカバンを持って玄関から外に出ると、我が愛しき妹、神流が俺を待っていた。
「……もー……遅いやん」
少し待たせてもーたみたいで、神流はご機嫌斜めや。
まー実の兄がこー言うんもなんやけど、少し拗ねたような顔も神流には似合ってて可愛い。
「あー……悪い悪い……親父がしつこくてなー……」
「そんなもん、適当に聞き流しとけばえーねん。お兄ちゃんはほんまに要領悪いなー……」
俺の言い訳に、直ぐ様神流が言葉を被せてきた。
確かに要領よく“聞いたフリ”でもしとけば、長い説法に無駄な説教が追加される事はない。
俺はそれがどーにも下手で、神流はそれがひじょーに上手い。
何に対してでも、要領も愛想も良い所が親父のお気に入りな部分でもある。
「ほら、お兄ちゃん! もー行くで! 利伽姉ちゃんが待ってるし」
そんな事を考えとったら、呆けた顔にでもなってたんやろか。
神流が眉根を寄せたような怪訝な顔で、俺を下から覗き込んできた。
こーゆー仕草がナチュラルに出来るところも、神流の持つ魅力の一つなんやろなー……。
もっとも、誰がやっても似合うっちゅー訳やないんやろーけど。
「そやな。朝から小言言われるんは、親父だけで十分やな」
俺がニッと笑ってそう言うと、神流もそこは同意らしくニコッと笑ってクルッと俺に背を向けた。
中学に入学してから伸ばすようになった綺麗な黒髪は、神流の動きに会わせてフワッと舞って、朝の光を受けてキラキラと輝いていた。
俺と神流が通学途中で合流する相手とは?