4.百合根
洋太は、あの少女のことが気になって仕方がなかった。
だが、自分から何と声をかけて良いのか分からないし、いったい彼女に何を求めているのか自問自答したりもした。
身辺調査の結果、彼女は思った通り、藍原家のご子息だった。
しかし、何故彼女は存在しないことになっているのだろうか。
確かに、問題視されるであろう奇怪な行動が少々みられるが....。
洋太は考え事をしながら、スズメノカタビラやアキメヒシバなどのイネ科の雑草を引き抜く。
雨の次の日は、土が柔らかく根のはった雑草を抜くには抜群の土壌である。
そして、最近植えた植物たちの根本に培養土を落としていく。
この一連の作業がまた体力作りに貢献しており、健康づくりに最適だ。登山にいって大自然を堪能するのも素敵だが、自らのテリトリーを最適に保つのも何とも趣があるではないか。加えて、立ったりしゃがんだりの一連の動作により、大腿筋が鍛えられているような気がする。
「さ、百合を植えよう。」
昨年度摘み取ったゆりの球根をとりにいこうとすると、納戸に不審な面影がある。
ネズミか何かだろうか。
ゆっくりとすすむと、そこには―――。
「誰だっ!!」
相手は静止した。
藍色の髪がぱさりと肩におちる。
「き、君は!」
「すみませんでした....。」
目の前の少女は、深々と藍色の頭を下げる。
「しかし、百合根の.....あの、ほくほくとした...。」
恍惚とした顔で少女はよだれを垂らしている。
全然、反省しているように見えない。
「確かにそれは、鬼百合の球根だし食べられないこともないだろうが....。」ただ、食用のものではない。
「滑らかな舌触りの茶碗蒸しに、ほくほくの百合根....はぁ、たまらない。」
みちるは、うっとりと百合の球根を力強く握りしめ、明け渡す気配をみせない。
しかも、ありもしない茶碗蒸しに囚われているかのように視線を仰がせる。
ためしに、肩を揺すり現実世界への帰還を試みるが、こちらの世界にはいっこうに戻ってこない。
「そういえば、去年の年末は百合根食べられなかったな....。」と、今度は一気にクールダウンしている。
顔をしかめて、
「それも、これもバカ親父のせいだ。」と、歯ぎしりしている。
洋太は女性の歯ぎしりをはじめてみた。
「仕方がない。灰汁が強いかもしれないけど、食べる?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。」
途端に彼女は、やったーと両手をひろげ、叫び跳び跳ねる。
子どもみたいだな。
まったく喜怒哀楽が激しい。
ある意味、本当に目が離せないな。
俺は再び作業場兼ティーサロンに彼女を誘う。
「うわっ。スチームコンベクションもあるじゃないですか。しかも、業務用!ツキザキのL157機ですね!いいなぁ。いいなぁ。ローストビーフとかもかなり旨く作れるんですよね!」
スチコンを目の前にみちるは興奮を押さえきれないでいた。
「もし、アレだったら君つくる?」
そう洋太が聞くと、少女は10秒ほど思考したあと、「いえ、洋太さんの腕前もみたいので。」と辞退した。
「やっぱり、他の人に作ってもらった食事ってなんだか違うんですよね。純粋に食べることだけを楽しめるっていうか。」
確かに彼女の意見は一利ある。
「勉強になりますしね。」と、彼女がちょこんと座ったのをみて、俺は調理をはじめる。
百合根の汚れをとり、外側の燐片をはずす。そして、茶色い部分をこそげとる。
その間にお湯が沸騰したので削り節をぱっと離しいれ、一番だしをとり、氷であら熱をとる。卵をほぐし、醤油、みりん、塩とだしを合わせ、百合根とともに加える。プランターで育てている小さい三つ葉と、猫にやろうととっていたカニカマを加える。
そしてスチコンにいれる。
「あ、その機種。右側に火が入りやすいんで気をつけて下さい。」振り向くと少女は美味しいもの食べたいんでとにんまり笑う。
そんな彼女に不意打ちとばかりに、揚げた百合根に塩をかけたものを差し出す!
「い、いつの間に!」
「君が外を見ている間に。ちなみに何を見ていたんだい?」
「一瞬。烏骨鶏が見えた気がして。」
「あ、俺の買ってる烏骨鶏のキミコだよ。」
「え、本当ですが。じゃあ、さっきの卵は。」
「もちろん、キミコが今朝産んだ卵を茶碗蒸しに使っているよ。さ、冷めないうちにお食べ。」
みちるは箸で、揚げた百合根の一片をつかみ、口に運ぶ。
「うまいっ!!」
藍色の目尻は柔らかく下がり、頬と口角は上がり、表情筋が忙しそうである。
「良かった。」
ほっと肩をなでおろす。
今だかつて自分の作ったものを提供するのに、こんなに緊張したことはない。
そして、85℃で20分。スチームコンベクションがピーピーと調理完了の音をならす。湯気を被らないようにあけ、出来上がりを観察する。
良かった。スが入っていない。
彼女に早速出来立てを提供しに彼女のもとへ向かう。
いつの間にか、揚げ百合根をいれた皿は空になっている。
結構、作ったはずだが。
少女はそれ以上に腹をすかせていたらしい。
箸を握りしめ、料理を待つ様相はまるで欠食児のようである。
幼稚園のスモッグとかが、似合いそうである。
少女は、今度は小スプーンを握りしめ、一点を見つめている。もちろん、茶碗蒸しのことである。
「いただきます.....!んん。んま。洋太殿、お主できるな。」
彼女は満面の笑みで、茶碗蒸しを味わっている。
その後、もくもくとモグモグ食べ進める。
「この卵液とだしの割合。2:1くらいかな。というかキミコの玉子濃厚で美味しいよ~。百合根はさっきの料理より、灰汁を強く感じるな。でも、ホクホクして美味しい。」
食べ終わった後に感想をのべる。
「ま、やっぱり食用じゃないから苦いのかもな。」
「でも、久々に食べられてメチャクチャ幸せです。」
彼女の背中に太陽の光が差す。彼女の溢れんばかりの満面の笑みは今までみたどの笑顔より、無邪気で、ほがらかで肩の力が抜けるものであった。
「―――それは良かった。」
洋太も思わず、フッと笑みをこぼす。
ちなまに、その笑みは、正常な年頃のお嬢様がみたら鼻血をだして卒倒してしまうパンチ力がある。
「そういえば、洋太さん。顔がイケメンですね。」
「褒めても何もでないぞー。」
そう洋太が逞しい両腕をくみ、柱によりかかると、みちるは口角を片方だけ持ち上げニヤリと笑った。
「....フフ。それではキミコの卵で手を打ちましょう。」
そう彼女は洋太の瞳を真剣にみつめる。
結果、みちるはキミコの産んだ産みたての卵を手にする権利を得た。
何だか彼女に誘導されるように物事が進んでいる。
みちるが得をするように。
でも、洋太は「―――悪くない。」何故か、そう思った。
それに合わせ、もう一匹、鶏を飼おうかな?とも思う。
少女はぶつぶつ呟いている。
「今度はプリン。んー、でも卵豆腐でもいいなぁ。とりあえず、お願いします。また、作って下さい。」
欠食児を満たすのも、そう―――悪くない。