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園芸王子と乞食少女  作者: こんにゃくザウルス
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3.藍原みちるの理由

 

 

彼女は、奇跡の舌を持っていた。 

何百年も続く、有名な日本料理屋でみちるは生を受けた。四兄弟のうち、末っ子として生まれたみちるは、兄たちとは違いかなり自由に育てられた。 

父母よりも、祖父母に可愛がられた。 


みちるは、美味しいご飯が大好きだし、繊細な腕を持つ調理場の皆を尊敬していた。

たまご一つ、彼らの手にかかるとまるで宝物のようにキラキラと輝くのだ。 

小さい頃は、祖父の背中を追って調理場に入り様子を伺っていた、みちるも、いつしか自然に調理場にたつようになっていた。 

 

どんな遊びよりも、料理は楽しかった。 

どんな玩具よりも、調理器具が手に馴染んだ。  

祖父のがさついた太く固い指には、出汁の香りがしみついていれる。

  

「みちる。みちるの舌は奇跡の舌だ。その研ぎ清まされた感覚を忘れるな。」 

祖父がみちるの藍色の髪を優しく撫でる。


いつしか、才能は開花し、みちるはまだ幼いながらも大人のこなれた舌を満足させ、頬を落ちさせるような料理を作れるようになっていた。 

 

桜の季節。来年度からは、高校生になる。 

そんな時のこと。みちるに、縁談が持ち上がった。お相手は誰もが知る有名なデパートの御曹司だった。   


この縁談は、藍原家のためになると父はみちるに言い聞かせたが、みちるにはどうしても理解できなかった。  


(いけすかない。)

御曹司とやらも、その両親もこちらを馬鹿にしていることがヒシヒシ伝わったし、有名デパートと提携し、父は何をしようとしているのだろうと思った。 


御曹司から、「火傷するから、調理場にたたないほうがいいよ。」と言われた時は手足をもがれた気がしたし、父が藍原家の名を持ち出し、金儲けのためにセンスと出来の悪いお菓子を大量生産しようと目論んでいるのに嫌気がさした。   

欲を出した父。


「お父様。私、従いませんから。」 

と申した所、破談にしたいのであれば、お前を死んだことにすると断言された。 


みちるは胸が締め付けられるような苦しい気持ちを味わう。  

母はただただ、父の言葉に従うばかりだ。 

頼みの綱の祖父はもういない。 


この家はもう斜陽気味かもしれない。 

祖父の代までは自ら調理場にでて料理を振る舞っていた。しかし、今の父は手は出さないが口を出す傍迷惑な経営者で、兄達も緩慢な舌を持ち、その姿にただただならえである。 

いくら腕の良い調理人といえど、仕事が遣りづらくなれば、たちまち店を去るであろう。 

今は祖父の知古の畜産農家が父と取引してくれている。かなり融通してくれていたりもいるが、父の魅力からではない。祖父が大切にしていたお店だからである。あちらだって代替わりして、縁がなくなればすぐにうちと取引は辞めるであろう。 

父はそれに薄々気付き、この縁談を頼みの綱にしたのかもしれない。 

 


それ以降、父はみちるが意見を変えるのを待っているみたいだが、みちるは意地でも意見を変えなかった。  

 

藍原家の名で、まずいものを出すなんて、先祖代々や顧客を蔑ろにする行為である。 


いつか、手のひらを返した時のためか学費は出してもらえているみたいだが、生活費は出してもらえない。 

それ以降みちるは食い扶持を何とか自分だけの力だけで稼いでいる。 

ただ、学業の合間でするアルバイトの稼ぎではとてもじゃないけど、空腹は満たす所まで至らなかった。 

  

美味しいものは食べたい。 

しかし、お金はない。 

どんどん守銭奴になり、意地汚くなる自分。


だけど、みちるはそんな状態になり、初めて「生きてる」感じがしたのである。そして、意見をかえることはこれからもない。 

何故なら父に従うことは、代々丁寧に料理をしてきた藍原家の名を傷つけることになるからである。 


自分のためにも、藍原家のためにもならない縁談は引き受けない。

 

物が極端に少ない1Kの部屋に、年季の入った鍋がぽつり。

 


「みちるちゃん、これやっから。」 

近所の畑を耕しているおばあちゃんは、お米や野菜を分けてくれるし、新鮮な野草も美味しい。畜産農家で働けば、売れない部位をもらえ、たんぱく源には困らない。  


おばあちゃんから手渡された白菜の入った袋には、新聞紙に分厚く包まれたふかした薩摩芋がはいっていた。  

甘くて、ホクホクして温かい。 

みちるの頬は堪えきれない涙で濡れる。



 

世の中、案外優しい。   

極限まで腹を空かせた状態で食べるごはんの旨いこと。 

また、空腹は精神を研ぎ清ませる効果でもあるのだろうか、ありきたりの夜空が、朝がすべてがキラキラ輝いてみえた。  

そして、今日も朝を無事迎えられたことに感謝をする。  



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