2.松茸
服装を清潔なものに着替え、送迎車に乗り込む。
長い足ですべるように高級車にのりこむ様子を周囲の女子達がが目にしてきゃーきゃーと小さく声をあげた。
「洋太様。お帰りなさいませ。ご自宅に直帰でよろしいですか。」
運転手の佐々木さんに問われ、さして予定もないので自宅へ向かう。
佐々木さんと世間話をしながら、窓からの景色を楽しむ。
美しい紅葉。もう秋だなぁと思う。
萩の小花も咲いており、そういえば、今日校長とお話している時のお茶うけが、おはぎであったことを思い出す。
春はぼたもち、秋はおはぎ。どちらも、一緒なのに、人間は何かにつけて甘味を楽しむ生きものだなぁ、と思う。
瑠璃宮の敷地には広大な森があり、天気の良い日は雑木林を散策する。瑠璃宮の森には、『森ねこ』がいて、数匹の猫が森の中で生活をしている。
もちろん『山猫』とは違い、誰かが飼い猫を離し繁殖してしまったものであろう。
この森は、あまり人の出入りがないので、洋太自身も『森ねこ』たちに好きに生活して頂いて良いと思っている。
いつもはつれない態度の『森ねこ』であるが、今日は私についてきて!とばかりに姿勢を正し、後ろを見ては立ち止まり洋太が自分についてきているかを確認している。
洋太はいつもと様子の違う『森ねこ』に、どうしたのかと心配になり、素直に跡をついていくことにした。
もうすぐ冬がきたら、きっとたくさんの枯れ葉で足の踏み場もなくなるに違いない。そして、微生物に分解され栄養豊富な腐葉土ができるのであろう。
自生している色鮮やかなイロハモミジや、艶やかな紫色の実を鈴なりにつけるムラサキシキブを目で楽しみがら、猫のあとをついていく。
奥に進むと『森ねこ』がぴたりと歩みを止まる。
目の前には、松林が。
若い日本原産のクロマツがたくさん並んでいる。
そういえば、松の保護のため数年前植林したと話をきく。
そしてよく見ると、そのクロマツの間を忙しなく周り、膝をついては必死に何かを探している人がいる。
「どうしましたか。何かお探しですか?」
そう、洋太が肩を叩き質問すると、振り向いたのはなんと菊を所望した少女だった。
フードが外れ藍色の髪がばさりと首筋へ落ちる。
「き、君は―――。」
そう洋太が発生している最中に少女が口を開く。
「松茸を....松茸を探しているんです。」
なんと、頬を土まみれにして何をしているのかと思ったら、なんと松茸を探していたのか。
「そ、そうか。残念だか、この松林は若いのでまだ松茸は生えないかもしれないよ。しかも、ここに生えているのはアカマツではなくクロマツだよ。」そう告げると少女は明らかに落胆した様子を見せる。
「でも、もしかしたら生えているかも。」
うら若き少女は、頬を土にこすりつけている。
一緒に洋太も探してみたが、キノコ類の姿はない。
また、キノコ狩り自体素人だけでするのは危険だ。洋太も一人でいったことはないし、何より山の所有者の許可がいるであろう。ちなみにこの山の所有者は洋太の祖父である。
肩を落とし、汗を拭う少女を見て洋太は思い出した。
そういえば、校長から松茸を頂いたんだった。
洋太は、少女を洋太所有の作業場兼ティーサロンへ誘う。シャワーも完備である。
少女は名残惜しそうに松林を振り返りながらも、洋太についてくる。
「わぁっ!国産ですかっ?」
テーブルの上には化粧箱に入った秋の味覚の王さま。つぼみが開いていない最上級の国産松茸がのっている。
少女は既に松茸の軸をつかみ、鼻先によせ、豊かな香りを楽しんでいる。
そして、そのままぱくっと、「駄目だ。流石に生食には向いていないから、俺が調理しよう。その間....えっと、失礼だか名前は?」いくまえに、止めた。
「確かにそうですね。私ったらお恥ずかしい!ちなみに藍原みちると申します。」
藍原.....藍原といえば皇族御用達の日本料理のお店を経営している歴史のある家系ではないか。しかし、あそこは3兄弟なはず。
「そうか。俺は四宮洋太だ。よろしく。ところでみちる殿、自分が泥だらけなの気付いてたかな。」
そう笑いかけると、あらっと、みちるは衣服についた土をほろう。
「シャワー室あるからいっておいで。」タオルを彼女に渡すと、「衣服も汚れてしまいました。お借りできませんか?」というので、洗い立ての質素なTシャツとジョギングパンツを渡す。普段、俺が私室で身にまとっているものだ。
少女はそれを受けとりシャワー室へ向かう。
あんなに泥だらけだと、乙女としては気になるところだろう。
彼女がシャワーを浴びている間に俺は松茸を調理する。
作った料理を他人に提供するのは、かなり久しぶりである。
敷地内には農園もあり、野菜を洗ったり、軽く調理するためのキッチンもある。
とりあえず、短時間ですませようと思い、網焼きとお吸い物を作成する。本当は米があったら、松茸ごはんにもできるけど、生憎米はきらしている。
冷蔵庫から昆布の入った水のポットを出し、鍋にいれる。そして、酒と醤油、塩をいれ、絶妙の厚さでスライスした松茸と白髪ネギを加える。
そのあと、残りの松茸を四割りにし、酒、塩をふり、焼き網で両面やく。
松茸の芳しい香りが部屋に充満する。
洗面所から物音がするから、そろそろ彼女も戻ってくるであろう。
菜箸で、焼き網から松茸を拾い、器に盛り付け、二つに切ったかぼすをそえる。
器は自作の長方形の濃緑釉の平皿で、かぼすは知り合いの農家さんから分けてもらったものだ。
「おいしいっ!!」
後ろを振り向くと、彼女がタオルを首に巻いて、ついでおいた冷えた緑茶をごくごく飲んでいる。
「え、あ、勝手に飲んじゃった。ごめん?」
......。
洋太は、身動きがとれなかった。
お茶を勢いよく飲む姿。
Tシャツの袖からは、真っ白く柔らかそうな二の腕がのびている。
ふっくらとした頬は、熱いシャワーを浴びていたためか、ほんのり赤みがさしている。
そして、彼女の白く細い首は、ゆっくりと動き―――。
洋太は、ごくりと生唾を飲み、俯きながら「大丈夫....。」と答えた。
考えてみれば、肉親以外で異性の無防備な姿をみたことはない。しかも、自分と同じ年頃の....。
(直視してはいけない光景のような気がする。)
洋太は、あまり彼女を直視しないように、皿にのった良い焼き加減の焼き松茸を提供する。
「....んぐっ。もぐ。んまいっ」
みちるは、そんな不自然な洋太の様子に気づかず、秋の味覚の王さまを堪能している。
洋太が出したおすましを2杯おかわりし、みちるはふぅーと至極幸せそうに息をはいた。
「最高。」
藍色の瞳は、柔らかく細まる。
「器も立派ですね....。これって、かなり高価ですか?」
滑らかなさわり心地の皿を撫でたり、糸ずり部分を観察したり彼女は興味しんしんである。
「この皿は俺が作ったんだ。」
彼女は、目を見開き手を上げて驚いている。明らかなオーバーアクションは瑠璃宮高校のおしとやかなお嬢様にはあまりみられないものだ。
「すごいっ!これなら、言い値で売れますよ....!ここは、私に任せてみませんか。」
みちるは、胸をはるが、かなり胡散臭い様相だ。
まるで、ペテン氏のような。
「い、いや、陶芸の先生に他者に譲らないことを条件に教えてもらってるんだ。」
そういうと、彼女は「残念......と」名残惜しそうに皿のふちを指でなぞり、落胆の表情をみせた。
「まだ松茸って、ありますか?」
彼女はそう俺にきいて、俺があるよと答えた途端、ウィンクして自分のリュックから米袋を取り出した。
彼女が流れるような作業で作った松茸ごはんは、今まで食べたものの中でいちばん美味しかった。
あまりの幸福さに、しばらく余韻を楽しんでいると、彼女はその様子を両手を組み満足げに笑っている。
洋太は、その朗らかな笑顔を眩しく思う。
心を落ち着かせ、彼女をよく観察すると、白く日焼けしない腕には火傷の跡に、指には包丁だこ。彼女がただの甘やかされたお嬢様でないことはあきらかだった。
ただ、箸を持つ姿がなめらかで、好ましく、何故だか淑やかにさえみえる。
そんなこんなで、しばらく見つめていると、藍色の瞳としっかり目が合ってしまい、は気恥ずかしさもあいまり目をそらす。
頬が熱くなる。
洋太は意外にも、異性に免疫がなかった。