すべては手のひらの上で
「お兄ちゃん、だーーいすき! 」
あの犬との話を終え家に帰り「ただいま」という。すると一息つく間もなくいきなり夢葉が飛びついてきた。
あまりの突然さに夢葉の重量と勢いにたえきれず夢葉とともに床に倒れこむ。夢葉の小さなふくらみを帯びた胸が僕の顔に押し付けられてしっかりとそのやわらかさが伝わってくる。
「おい、苦しいから早くどいてくれ 」
かといって妹系ラブコメシチュエーションに欲情する僕でもない。現実の妹は確かに見た目は可愛くそれなりに大事には思うがあくまでもそれは妹としてで少なくとも恋愛感情なり一女の子としては捉えられない。むしろうざったく思うことも多い。
故に夢葉の肩付近を持って引き剥がそうとするが頑なに離れようとしない。今までもこうしてブラコンっぷりをアピールはしてきた夢葉だがここまでやるのは珍しい。なにか嫌なことでもあったのか心配になる。もちろん嫌なことがあったからといってストレス発散を僕に抱きついてしないで欲しいものだが。
「大好きだよぉ。ねぇお兄ちゃんも私のこと好きだよね 」
離れるどころか胸をもっと強く押し付けてくる。呼吸がまったくできない状態に陥りさすがにこれが後数十秒続くと命が危ない。
「は・・わ・・・・れろ 」
顔面が押しつぶされてるなか必死に「離れろ」というが上手く発音されない。
「じゃあさキスしよ。唇と唇を交わすの。ね、このぐらいいいでしょ 」
僕の願いを聞き入れてくれてやっと胸を離してくれたかと思ったが直後そんな爆弾発言を投下した。そして僕に乗りかかったまま唇をゆっくりと近づける。はじめは後20センチだったのが15センチ、10センチ、5センチ、ついに1センチにまで近づいた。
「今日のお前なんか変だぞ! どうしたんだよ!! 」
このまま妹口づけを交わすわけにはいかない。いろんな意味で危険を感じた僕は夢葉の顔を無理矢理離して正気に戻すため大声でそういいつつ夢葉の肩を揺さぶる。
「えっ? うわわぁ!! ごめんお兄ちゃん。って何で私さっきまであんなことしてたんだろ。私の願望が全部解放された、みたいな? 」
「お前の願望とんでもないな 」
「まぁ私だから当然だよ 」
夢葉がブラコンなのは相変わらずだがともかく正気に戻ったようだ。
分かったことは一つ。夢葉が自分から飛びついたりキスをしようとは思っていなかったということだ。そういえば朝の新田の告白も最初は勝手に口が動いたと言っていた。となると考えられる可能性の中で最も可能性が高いのは・・・・・・。
「あのゲームのせいか 」
「え? なんのこと? 」
「いや、なんでもない 」
こんなことができるのはあのゲームのせいとしか考えられない。しかもつい先日1回HPがつきてしまったからその代償として新しくこのシステムが追加されたとすれば合点がいく。つまり僕以外のこのゲームに関係がないような人でもその人の意思に関係なく勝手に行動させられることがあるというシステムだ。
一見するとこのゲームにも関係のない日とまで巻き込む最悪のシステムだがこのゲーム、あのプレイヤーならやりかねない。
「あのさ、もしかしたらしばらく自分の思ってもいないことを行動させられたりとか発言させられることがあるかもだから。一応忠告しておく 」
「ハァ? 何言ってるのお兄ちゃん。もしかして頭おかしくなっちゃった? いや、元からおかしいのかなぁ? 」
今回は相手が僕だったから比較的どうにかなることだったけれどもしかしたら僕が知らない間にまったく別の相手に変な言動をしてしまうかもしれない。忠告をしたところでどうにかなる話ではなかったが一応しておいた。
そして僕にはこんな忠告だけじゃなくやるべきことがある。
「ちょっと外行ってくる 」
「どこいくのよー 」
「その辺 」
僕はもう一度玄関の扉を開けて家を飛び出した。
「天童先輩、出てきてください 」
場所はいつもの天童先輩と会うあの場所。誰もいない場所でそう呼び出す。
「はぁい、希くん。今日はどんな用? 」
案の定呼びかければ天童さんは出てきてくれた。生徒でもないのに制服を着ているその格好と背の低さは健在だ。
今日天童先輩に会いに来た理由は一つ。HPが1に減ったことで追加されたあのシステムについて色々聞きだす。運がよければ、否運がよくてもあのプレイヤーならやってはくれなさそうだがこのシステムの廃止も一応交渉しようと思っている。
「今日は新しく追加されたあのシステムについてです 」
「あぁあれか。いいよ、プレイヤー様に許されている限りのことなら教えるよ。あっ、あらかじめ言っておくけどシステムの廃止は無理だよ 」
「プレイヤー様に許されている限り」ということはプレイヤーにとって僕がここに来て情報を聞き出すことは予測済みなのか。それに僕がシステムの廃止を試みようとしていることもお見通しのようだ。プレイヤーの手のひらの上で踊らされている感は否めないが仕方がない。聞ける情報だけでも聞いておくしかない。
「で、あのシステムの特徴を教えてください。一応僕意外の人間が自分の意思に反して言動をしてしまうと認識はしていますが本当にそうだったら理不尽というか・・間違っています。だってこのゲームは僕のゲームであってそれ以外の人に影響が行くのはおかしい。それにここ2回は僕に対してだからよかったものの今後僕意外の人に思いもよらない行動をしちゃってその時大変なことになりますよ 」
「うーん・・・・・・いくつか間違っているけどとりあえず今回のシステムについて二つだけ訂正させてもらうね。まず一つ目は自分の意思に反してというところ。今までの2回とも全部彼女達自身の欲望には逆らっていなかったでしょ。だからこれは意思に反するんじゃなくて心の底の意思をプレイヤー様が解き放っているだけ。正確にはその意思を知った上で無理矢理行動させているから意思に反したこともできるみたいだけどそうする気はないらしいから安心して 」
なるほど。確かに新田の告白も夢葉の抱きつきも本人曰く自分の本心であるようなことを言っていた。それならまだ安心だが。
「それで二つ目はなんですか 」
「二つ目は希君以外の人に行動をしちゃうこと。p22がばらしちゃったみたいだから言うけどこのゲームは恋愛シュミレーションゲームでそれなのになかなかイベントが発生しないあなた達を見かねてこのシステムを追加したの。だからHPがなくなったのはちょうど言い訳に都合のいいものがあったからというか故意というかなのね。つまり希君以外に対して発動しても意味がないから希君に対してしか発動しないよ 」
「そうか、ありがとう答えてくれて 」
もちろん本人の意思で、それも僕に対してしか発動しないという条件であっても実際にはその瞬間やろうとは思っていないことなのだから理不尽なことに変わりはない。けれどもこれ以上情報を教えてくれることはなそうなので今日は帰ることにした。
さて新田への告白の返事も考えないといけないなぁ。そんなことを思いつつ家へと向かった。




