生徒会長って素晴らしいお方です
思えばこの10日もしないうちにたくさんの出来事があった。妙な選択肢とかに振り回されたり、神春さんとの突然の別れ、さらには生徒会長選挙。これらすべての原因はあのゲームにある。もちろん神春さんの転校についてはこのゲームを恨みはしたたがすべての出来事を恨んでいるわけではない。今まで退屈だった日常がこれほどまでに充実したのだし、神春さんとの出会い自体もしかしたらこのゲームが何らかの形で関わっていたのかもしれない。
あの後チラシだけでなくポスターも完成させ、すっかり暗くなってしまった帰り道にそんなことを考えていた。
これから僕の人生はどうなるのだろう。大人になってもこのゲームは僕についてくるのだろうか。あるいは1ヶ月も経てばプレイヤーも飽きて何もなかったかのようになっているかもしれない。その時は今日のことも懐かしく感じているのだろうか。
いや、そんな先のことを考えても意味がない。僕が今考えるべきは生徒会長選挙についてだけだ。心の整理を終えるとちょうど家に着いた。昨日よりもさらに長く夢葉を待たせてしまっている。恐る恐る玄関の扉を開けると案の定ふくっれつらの夢葉が座り込んでいた。
「ず、ずっと待ってたのか?」
夢葉は黙ってコクリとうなずいた。つまり夢葉は僕がいつも帰ってくる時刻ぐらいからこの時間まで2時間以上ここで待っていたことになる。連絡もせず遅くなった僕が悪いのは確かなのだが、そこまで待つのもどうなのだろう。何かをしながら待っていたのならまだしも。
「その、僕が悪かったからさ。ご飯食べて機嫌直してくれよ。」
「いや。」
今日は待たせた時間が長かっただけに怒りもいつも以上だ。こうなってしまうと夢葉も簡単な方法では許してくれない。」
「じゃあ何かして欲しい事はあるか?」
こういうときは本人に訊くのが一番である。去年に怒ったときは僕からのプレゼントが欲しいと言ってきたので3000円ぐらいのクマのぬいぐるみをプレゼントした。毎日抱き枕にしているらしいが大事にしてくれているみたいで今も新品のようにきれいな状態である。
「キス!」
正気ですか、と言いたくなるがこの妹は結構本気だ。顔を見てみても冗談を言っているような笑った顔ではなくマジの顔だ。
「それは流石に勘弁してくれ。」
だからといって兄としてこんな妹の発言をすんなり聞き入れてはやはりだめだ。僕の否定の言葉を聞いて、無表情の顔の中にも微妙に残念がっているのが窺える。
「う~ん・・・・じゃあデート。今週の日曜日にデートね。」
しばらく悩んだ末出した結論はデート。しかもその日は新田とのショッピングの約束がある日だ。
6月15日、水曜日。早速だが今日から実質的な選挙活動が始まる。いつもより30分早く登校した僕、石動、新田の3人は校門前で昨日作ったチラシを配っていた。自分の名前と顔が乗った、チラシ配りに掲示板に貼られたポスター。始めこそ照れくさかったが、すぐに慣れてしまった。とはいってもこれまではまだ登校者数の少ない序の口。本番はこれからである。
5人の女子グループがやってくるのが見えた。おそらく3年生だろう。「さあ、やるぞ」と心の中で意気ごんで近寄る。
「生徒会長候補の大庭希です。よろしくお願いします。」
石動や新田もその後に続いて「お願いします。」と言いながらチラシを差し出す。
「毎年選挙の時期なるとうるさくてうざいよねー。」
「ほんと。こんなのやっても意味ないのにね。」
女子達は横を通りすぎる時に僕たちに聞こえるようにわざと大きな声でそう言う。こうやってやっている以上、陰で何かしらの事を言われるのには腹をくくっている。だが、このように悪口を真正面から言われると流石に冷静な気持ちではいられない。もちろんここで暴れるとイメージダウンになるので無視しておくが、この男は違った。
「おい、てめぇら。大庭に謝れよ。」
ただせさえ厳つい体格に、厳つい目つきまで加わった石動はヤンキーそのものだった。気が弱い人でなくても普通の人なら完全に黙ってしまうものだった。
「あんたら2年でしょ。うちら3年、舐めてんの?」
だが向こうの親玉も負けてはいなかった。いくら年上とはいえこの石動に女子が立ち向かっていくのは賞賛に値する。
「3年だかなんだか知らねえけど、大庭に何言ったのか分かってんのか。」
「へえーじゃあもう一回言ってやるよ。うざいんだよ。」
石動が引かなければ、向こうもひかない。周りには大勢の野次馬がいる。正直、石動には僕の評判のためにも早く引いてほしかったがこうなってしまえば石動は引かないだろうし、これだけ見られてはもはや意味がない。できるだけ丸く解決してほしい。
「あなた達そこまでよ!」
群衆の奥の方から凛とした声が聞こえてきた。群衆の中をかきわけて姿を見せたのは現生徒会長で3年の梶木原玖珠音だった。彼女は成績優秀、スポーツ万能、音楽や美術をやらせてもそつなくこなし、それに加えて誰もが認める美しい美貌。去年の選挙では2位と200票差をつけるぶっちぎりの1位だった。
「今のは明らか相場さんが悪いは。彼らに謝りなさい!」
生徒会長はどこでこれを見ていたのだろうか。だが、この事件の一部始終は知っているようであり、だからこそ僕達の味方についてくれた。
「ごめん。」
この生徒会長にはいくらこの親方とはいえ逆らえないのだろう。素直に謝ってばつが悪そうに5人は校舎に入っていった。
「あなた達大丈夫?えーっと、大庭くんに石動君に新田さんだったかしら。」
こういうところも流石は生徒会長といえる。選挙に出ている人については一応把握しているのだろう。
「はい。先ほどは助けていただきありがとうございました。」
代表者である僕がまとめて礼を言う。それにしても何という発言力!僕も生徒会長になるのならこのぐらいでなくては駄目なのだろうか。なおさら生徒会長への壁が厚く感じられる。
『キーンコーンカーンコーン』
ちょうど授業5分前の予鈴が鳴った。野次馬たちは次々と校舎の中へ消えていく。
「私たちも行かなくてはいけませんね。それでは選挙頑張ってくださいね。」
にこやかに微笑んでそう言うと、彼女は走って群衆の中へ消えていった。




