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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第17章 暴かれる闇
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17-2 船上の茶会

 「話は聞いた.お主は,一度ならず二度までも東の主婦シノノメを取り逃がしたということになるな」


 戦士之寺院フェダイーン・パゴダの広間に重々しい声が響く.

 広間の奥には袈裟をつけた長老の二人が座禅を組み,その前に聖堂騎士団の騎士たちがひざまずいている.

 広間は薄暗く,緑色の魔石がぼんやりと室内を照らしていた.


 長老に一番近い場所,最前列でかしこまっているのはダーナンだ.

 巌のダーナン.

 厚い胸板と,逞しい肩幅.

 大力とクシュティの使い手である.

 長老たちは所謂NPCなのだが,ゲーム世界のルール,規範にのっとって行動するのが正しいプレーヤーのあり方だと彼は思っている.彼はナジーム商会からすぐに引き上げ,騎士団本部の長である寺院の長老に事の次第を報告した.

 ナジーム商会が禁制のアメリアの武器を密輸していること,そしてシノノメがナジーム商会に潜入しており,あわやというところで残念ながら取り逃がしたこと,などである.

 すぐに騎士団員がナジーム商会に集結し,大捕り物が始まると思っていたダーナンは意外な展開に驚いていた.

 彼は今,シノノメ逮捕の失敗を強く批難されているのだ.


 「度重なる失態,申し訳ありません」

 ダーナンは頭を下げたまま答えた.

 「ですが,この失敗を挽回する機会をどうかお与えください.シノノメも大きな問題でありましょうが,ナジーム商会の密貿易を見逃すわけにはまいりません.シノノメがナジーム商会に潜入していたことから考えても,ナジーム商会を叩けば必ず埃が出るはずです」

 声には張りがあり朗々としている.悪を倒す正義感に燃えているのだ.

 誘拐犯シノノメの逮捕も問題ではあるが,それはあくまで疑惑にすぎない.ナジーム商会の罪は明らかなのだから,むしろ犯罪として優先順位が高いと彼は考えていた.

 

 「ならぬ」

 

 だが,長老たちはきっぱりと首を振った.


 「何故です? 奴らが法に反した行いをしているのは明らかです」

 「お主はそう言っておるが,証拠がない」

 「私が見ました.あの秘密の武器庫こそ証拠です」

 「お前の証言で一応すぐに捜索したが,何もなかったぞ」

 「馬鹿な! ラーマもバロンも見たのです!」

 「ラーマはあれからまだ寺院に来ていないし,バロンはそんなものは見ていないと言っておる」

 「嘘だ! 確かに見たはずだ!」

 ダーナンは振り返ってバロンの姿を探した.

 バロンはダーナンの左後ろに控えていたが,何のことかわからないという顔をしている.嘘をついている素振りもなかった.

 「バロン……」

 「お主には,謹慎を申し付ける.この事件から離れるが良い.以降はシンハとその他の者が追跡を引き受けるであろう」

 

 部屋の隅に控えていた細い男,シンハが一礼した.

 ダーナンと並び称される騎士団の中心人物,武術の達人である.


 「謹慎だと!? 馬鹿な! そんな馬鹿な!?」


 呆然とするダーナンを広間に置き去りにして,一同は散開していった.


    ***


 アーシュラの移動海上レストラン,‘紅い鯨亭’号はカカルドゥアの日差しを受け,軽快に波を蹴立てて走っていた.今日は外輪を使わずに,気持ちのいい風を帆いっぱいに受けて進んでいる.

 時折波しぶきが上がったが,カカルドゥアの近海は多島海で,外海ほどの荒波は立たない.気持ちの良い船足だった.

 この船はアーシュラの家でもある.

 昨夜,シノノメは甲板に降りて来るとセーブして,現実世界にログアウトして行った.

 昼前になって再びログインしてきたのだが,甲板のウッドデッキに彼女はいなかった.

 陽光の降り注ぐウッドデッキには,船主アーシュラとヴァルナたちがいた.


 「シノノメさんって,本当に変わってますね.戻って来るなり第一声が料理したい,ですから」

 クヴェラがキャビンの方を横目で見ながら言った.


 ハヌマーンとヴァルナが破壊したキャビンは再建され,立派なガラス張りの展望食堂になっている.今シノノメがいるのはそのさらに奥,厨房だった.

 クヴェラは豹人だ.青い髪と雪模様の耳を風になびかせている.目が大きくほっそりとした顎のラインに薄い唇なので,横顔は少女の様だった.

 彼は真面目に背筋を正して折り畳み式の木の椅子に座っていたが,同じテーブルについている面々の様子は違っていた.

 テーブルは円形の樫製で,普段客席用に使われているものだ.広くて丈夫な天板の中央には切れ目があり,折りたたむことも出来る.


 テーブルの上に頬杖をついて眠そうな目をしているのは,ヴァルナだ.

 「まー,あいつはいつもあんなもんだろ.ログインしたと思ったらログアウトして,またログイン.忙しい奴だなあ」


 「へっへっへ,いいじゃん.あーいうバリバリ動き回る奴,アタシは好きだね.今日はどうせ閉店にするし,シノノメに付き合おうじゃない.何だかそっちの方が面白そうだし」

 アーシュラは足を組んで背もたれに身を預け,腕組みをして豪快に笑っていた.

 

 テーブルについているもう一人の人物は巨大な体躯を小さく縮めるように椅子に腰かけ,じっと押し黙っていた.アーシュラと同じように腕組みをしているのだが,打って変わって対照的に表情は硬く暗い.男の体からすると折りたたみ椅子はあまりに小さく,今にも壊れてしまいそうだった.

 

 「おい,ダーナン.そんなに固くなるなよ.暗いぞ」


 ダーナンは岩のような顔を少し上げると,ヴァルナを睨んだ.


 「ヴァルナ,貴君のように軽佻浮薄にはなれぬ.俺はもうお役御免なのだ.捜査を外された.いまや謹慎の身だ.しかも,何故ナジーム商会の摘発に騎士団は,いや,大公は動かぬのだ.いったい何がどうなっている.くそっ!」


 ダーナンは歯ぎしりして悔しがっていた.握りしめた拳が白くなっている.

 ナジーム商会の密貿易を発見し騎士団に帰還したダーナンを待っていたのは,シノノメを二度まで取り逃がしたことに対する罰だったのだ.

 その一方で,ナジーム商会の罪は不問にされた.しかも,一緒に発見した部下も一斉に口を閉ざしたのだ.ナジーム商会の隠し部屋は無かったことにされてしまった.

 ユーラネシア時間の今朝,思い悩んだダーナンはヴァルナに連絡をとったのである.シノノメがヴァルナと一緒にいると聞いて驚愕したのだが,アーシュラ(と,一応ヴァルナ)にとりあえず事情を聴く様に説得されて同じテーブルについている.


 「そもそも,シノノメの居場所を知っていたのなら何故通報しない? 騎士団への裏切りだぞ!」

 「馬鹿だなあ.シノノメが子供を誘拐して何かメリットがあるのかよ.そんなもん,濡れ衣に決まってるだろ.誰かが仕組んだに決まってる」

 「ば,馬鹿だと? 連行してきちんと話を聞けば良いではないか」

 「上が理不尽なことを言ってきたら,そんなものは無視するんだよ」

 「そんなことを言っていたら,組織の秩序という物はどうなる?」

 「そんな風に石頭だから,物事に悩むんだよ.もっとこう,フワフワっといこうぜ」

 ヴァルナはへらへらと笑った.

 「フワッとなどできるか! お前は一体何を知っているんだ?」

 「まあまあ,そんな真剣になるなよ.おいおい話せばいいんじゃね?」

 「ぐぬぬ……!」

 「……ヴァルナ様は少しダーナン様を見習って真面目になった方がいいと思います」

 「無理」

 クヴェラがダーナンを気遣って言う言葉も,ヴァルナにはどこ吹く風であった.

 「まあ,クヴェラちゃん.そりゃ無理だわ.こいつ,逆立ちしても,生まれ変わっても無理」

 アーシュラが言うと,ヴァルナは大口を開けて笑った.


 「でも,これが何だっていうんでしょう」

 クヴェラはテーブルの上に置かれた羊皮紙を見て言った.


 つい先ほどのことだ.シノノメはじっとこの紙を穴が開くほど見つめ,一旦ログアウトしたと思ったらすぐに帰って来た.

 羊皮紙は,失踪した子供プレーヤーの一覧表だった.

 ヴァルナが密かに調査していた名簿の一部だ.プレーヤーのログインネームと,所属するパーティーの名前が書いてある.


 リニアックス.

 305.

 白金組.

 ヘビーイオン.

 メソ君ズ

 ……


 「むう,貴君が遊んでばかりいるわけでないことは分かった.秘密裏にこれだけ調査を行っていたとは……」

 「だろ? 実は綺麗なおねーさん達も皆,この情報を集めるための密偵だったってことさ」

 ヴァルナは得意げに言った.


 「ほほう……そうだったのか」

 ダーナンは右手で顎をさすり,真面目な顔で紙片を睨んだ.

 「騙されちゃだめですよ! ダーナン様! そんな筈ないでしょう? あれはただ単に女の子と遊んでいただけなんですよ.仕事なんて一割以下なんですから」

 「そ,そうなのか?」

 ダーナンは何を信じればいいか分からない,という表情で戸惑っていた.


 「ダハハ,あんた達,本当に面白いね」アーシュラは三人のやり取りを見て爆笑した.「だけど,これ,ほんとに子供らしい名前だよね.全く訳わかんない.もうちょっと普通伝説の動物の名前とか,カッコいいの選ぶけどね」

 「確かに.俺がかつて所属していたのはギガンティクス.ヴァルナは永劫旅団アイオーンだったか.アーシュラ殿は……」

 ダーナンは首をひねった.


 「アタシは基本的に一匹狼の剣闘士グラディエイターだったからね.でも,短期契約で雇われたパーティーでも,皆ドラゴン何とかとか,太陽の牙とか,もう少しましな名前だったな」


 羊皮紙が風にあおられそうになったので,アーシュラはカテラリーの入った籠を上に載せて重しにした.


 「はい,お待ちどう様!」


 バターの溶ける香ばしい香りが海風に運ばれ,四人の鼻腔をくすぐった. 

 シノノメがトレイに料理を乗せて戻ってきたのだ.後ろには犬人でアーシュラの右腕,シェリルがついてきている.彼女もトレイを持っていた.

 着物姿にエプロンをつけたシノノメが皿を並べ,マリンボーダーのTシャツを着たシェリルがカフェオレボウルをその隣に置いた.


 「プロのアーシュラさんに食べてもらうのは恥ずかしいんだけど,ブランチだから.お粗末ですが,どうぞ」

 「姐さん,あたし向こうでつまみ食いしてきたんっスけど,シノノメさん凄いっス.是非ウチにスカウトしましょう!」

 シェリルが親指を立てた.

 「いや,シェリル,姐さんは止めなって.とりあえずウルソと一緒に操船見てきてよ」

 「アイアイ,マム」


 操舵室に向かうシェリルに手を振り,シノノメも席に着いた.


 「可愛い着物ですね,シノノメさん……」

 クヴェラがちょっと不思議そうに言った.カカルドゥアにはそぐわない衣装だと思ったのだ.シノノメが着ている着物は白黒チェック柄で,下に重ね着した襦袢が透けて見えていた.

 「これ,絹芭蕉だよ.現実世界では高いから,お料理する時になんて着れないよ.それより,早く冷めないうちに食べてね」


 シノノメに勧められて料理を見たクヴェラは思わず唾を飲み込んだ.

 皿の上で湯気を立てる黄色く丸いそれは,バゲットを輪切りにして作ったフレンチトーストだった.


 「メイプルシロップと粉砂糖,ココアパウダーはお好みでどうぞ」

 「い,頂きます」


 ダーナンがシノノメを見る視線は冷たく厳しい.彼はシノノメが誘拐犯である事を依然として疑っていた.

 だが,フレンチトーストを一切れ口に含んだダーナンの顔は甘くとろけていた.

 「むうっ! むむっ! 何という美味!」

 

 「これ,美味しいね!」

 「本当に,美味しいです!」

 ヴァルナだけは何も言わずに,変わらぬ笑みを浮かべて口を動かしている.


 「卵と牛乳と砂糖だけじゃない.大人の味だよ.甘みはグラニュー糖だね.隠し味は何? バニラエッセンスが入っているよね? これ,店で出せるよ」

 アーシュラは飲み込みながら言った.

 「そう? 恥ずかしいな.これ,レストランでバイトしてた時に習ったの.ブランデーが入ってるよ」

 「卵はちゃんと紐を取って,丁寧な仕事だね」

 「でも,家で作ってもバターがこんなに香ばしくならないですよ」

 「あれ,クヴェラ,家で料理なんてするのかよ? 男のくせに」

 「お,男だって,少しくらいはします.それよりヴァルナ様,感動が薄いですよ!」

 「まー,普通に美味いけどなー」

 「もしかして味音痴ですか? 勿体ないなあ」

 「クヴェラさん,それはね,バターで焼くんじゃないんだよ.普通に植物油で焼いて,最後にバターを落とすの.そうするとバターの風味が飛ばないよ」

 「そうなんだ……」

 頷きながらクヴェラは口に運んだ.

 「うひゃ,これいいな.いつかカフェを開店したら使わせてもらおう.ミニデザートとかにしたら,絶対お客さんが喜ぶね.ティータイムはアイスクリームやフルーツを添えて,本格的なデザートにするんだ」

 アーシュラが感心しながら,メイプルシロップをかけてさらに一口食べた.


 「温かいものと冷たいもの,やさしい甘さとフランスパンのほのかな塩分.……止まらないコンボだろうな」

 ダーナンがうっとりしながら口を動かしていた.体に似合わず甘党の様だ.

 

 「アーシュラさんは,船のレストランだけじゃなくって,カフェも経営するの?」

 三人が喜ぶ様子を見ながらシノノメも自分の分を食べ始めた.


 「違う,違う,現実世界の話.今は資金集めの会社勤め.マグナ・スフィアであれこれレシピを試しながら構想を練っているんだよ.今でもシェリルと一緒に開発した人気レシピは,飲食関係のチェーンに買い取ってもらったりしてるしね.いつか自分の店を持つんだ」

 「ふーん.すごい夢だね」

 「シノノメも来てね」

 

 アーシュラがにっこり笑う.彼女の笑みは人懐っこく,何とも言えない愛嬌があるので,つられてシノノメも笑った.


 いつか……

 シノノメはふとアーシュラの経営するカフェを訪れる自分を想像した.

 そのころ,自分は外に出られるようになっているのだろうか.

 マユリとの短い会話は,シノノメの心を揺らし,その余韻はまだ続いていた.

 ……マユリの状況に比べれば,自分は恵まれている.

 マユリは外の世界に自由に出たくとも,滅菌室の中から出られないのだ.

 シノノメは怖くて出られない‘家の外’という物の違和感を以前より強く意識するようになっていた.


      ***


 「ああ,美味しかった……でも,元の話に戻りましょう.ナジーム商会で,シノノメさんは何を知ったんですか? この失踪プレーヤーの名簿を見て,何を思いついたんですか? 」


 クヴェラの言葉で我に返ったシノノメは,話し始めた.

 マユリが屋敷で偶然耳にした会話.

 マユリのこと,マユリの下に届いた謎のメッセージ.

 そして,隠し部屋に隠された大量の近代的な武器.


 「製品!? 大十,小十だと? ……それが子供だというのか?」

 シノノメのフレンチトーストで夢見心地になっていたダーナンは,目を覚ましたように一転して吼えた.

 彼も屋敷で実際に隠し部屋と大量の武器を目撃したのだ.ヴァルナの言葉のせいもあるが,シノノメの言葉に真実があると思わざるを得ない気持ちになっていた.


 「ナーガルージュナにシノノメも聞いただろ.NPCの子供をさらって殺して,アメリアに臓器を売ってる馬鹿野郎がいるんだよ」

 ヴァルナは頬杖をついたままだが,目に鋭い光を帯びていた.


 「何だそれは! そんな,そんなもの,倫理コードがあるだろう? 」

 ダーナンは興奮のあまりテーブルを叩いた.


 「ダーナン,もういい加減,気付いたらどうだ? 許されているんだよ.カカルドゥア政府にな.どこまで上が把握しているのか知らない.表向きには認可していないんだろうさ.だが,有効な経済活動,金もうけの方法だとしてお墨付きはもらっているはずだ.じゃなかったら,こんなに派手に商売できるか? ナジーム商会がなぜ密貿易を見逃されている?」

 ヴァルナは頭の後ろで腕を組み,つぶやくように言った.


 巨大な相手だからこそ,彼は身を潜めていたのだ.もっとも彼の奔放な行動そのものは性格を反映したものではあったが.


 「しかし,しかし……! いくらゲームの中とはいえ,そんな残酷な,非道なことが許されるのか? NPCとはいえ,子供が犠牲になっているのだぞ!」

 「分からないよ.剣闘士の試合だって,常に倫理コードギリギリだもん.アタシはてっとり早く儲けるために百試合ぐらいやったけどね.アメリアの戦いなんて,もっと残虐だっていうし.金もうけのために馬鹿をやる奴,カカルドゥアにはいるだろうさ」

 アーシュラはため息交じりにそう言うと,胸の前で腕を組んだ.

 「NPCなら,何をしてもいいって思うプレーヤーがいるんですね……」

 そう言うクヴェラの顔は青ざめている.

 「ていうか,ゲームの世界だからこそ何をしてもいいっていうひねくれた馬鹿がいるんだな」

 「そんなの,絶対許せないよ.みんな,どこに集められているの?」

 シノノメはひどく不機嫌になっていた.関わりあったナディヤとその子供たちの行方には,常に心を痛めている.シノノメにはNPCとプレーヤーを分けて考える概念が無い――というよりも,厳密には区別がつかないのだ.


 「南海諸島の離島に秘密の施設を作って,そこで何かしてる.通称’工房’と呼ばれているっていうことだ.そのマユリって女の子の話と合致するよな」

 ヴァルナは体を起こし,宙をにらんだ.


 「秘密の施設?」シノノメの声が裏返った.「そこに子供たちを集めて,ひどいことをしているのね.でも,小さい子たちのことは分かったけど,大きい子たちはどうなってるの?」

 「そこまではさすがに分からねーよ.何か金儲けのネタにされていることは間違いないだろーけど……」

 ヴァルナは首を振った.

 「全ては金もうけってわけ? どーなってんの,全く.金に汚いにもほどがある.楽しいマグナ・スフィアが台無しだわ」

 アーシュラが唸る.

 

 頭上には高く青い空が広がり,カモメが飛び交っている.心地よい船上の茶会で語られる会話にしては,あまりにも無残だった.


 「なるほど……ですが,それはあくまでゲーム世界の話ですよね.酷な言い方ではありますけど.確かに,倫理や道徳に反することをしてはいますが,現実世界の法律に反する行為ではありません」

 クヴェラの口調が唐突に変わっていた.童顔の彼の口から発せられるとは思えない,まるで役人か警察官を思わせる固い言いまわしだった.


 アーシュラとダーナンは違和感に眉をひそめたが,そんなクヴェラを見るヴァルナの口元には何故か小さな笑みが浮かんでいた.


 「端的に言うと,俺が何故この事件に注目して,何を探っているのかお前は知りたいんだろ?」

 「あっ……いえ,その……! もう一つの誘拐,プレーヤーの子供たちがいなくなるのはどうなっているんですか? NPCの誘拐と関係があるんですか?」

 クヴェラは,まるで自分の心を透かして見られたかのように慌てた.再び口調が元に戻る.真面目ではあるが少年らしい言葉遣いだ.

 

 「お前が気にしてる,そのそいつを解く最後の鍵が,この名簿だ.シノノメ,何を調べて帰って来たんだ? 何が分かった?」

 ヴァルナが鋭い眼でシノノメを見つめた.

 全員の眼が一斉にシノノメに注がれる.

 シノノメの眼は,風にあおられる羊皮紙に注がれていた.


 「全ては,きっとマユリちゃんの推測通りだよ」

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