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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第16章 憂愁の眠り姫
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16-1 プロローグ; 仮面の世界

 玄関のチャイムが鳴る。


 「おかえりなさい」


 彼が帰って来た。

 この前変な夢――顔がヤオダバールトの怪物が来る夢を見てから、少し怖い。

 でも、あんなことが現実にある筈がない。

 トントンと足音を立てて階段を上がってくる。

 独特のリズム。間違いなくあの人の足音だ。


 「ただいま」


 いつもの声だ。

 お鍋の火を止めながら、彼の顔を見る。

 だが――最近思う。見ているときは、いつもの顔だと思う。

 けれど――覚えられない。

 思い出すことができない。

 仮面を被っているような――マジックで黒く塗りつぶされてしまったような……

 もしかしたら同じくらいの高さの帽子掛けが、同じ声で喋ったとしても区別がつかないのかもしれない。

 こんなのおかしい。

 けど、そんなことは言えない。

 疲れた声の夫は服を脱いでハンガーにかけ、食卓に座る。

 唯は鍋つかみのミトンを両手にはめて、土鍋を食卓に運んだ。

 熱いので要注意だ。

 熊の形の鍋敷きに載せて、箸と取り皿を並べる。 


 「ああ、鍋か。温まっていいね。頂きます」

 「うん、頂きます」


 私も向かいの席に着いた。

 もう一度彼の顔を見つめる。

 彼は優しくいつもの笑顔を浮かべる――けれど、どうしてこの顔を忘れてしまうんだろう。


 「どうした?」

 「え?」

 「いや、顔をやけにじっと見ているから」

 「……ううん、何でもないよ。学会どうだった? 早く終わって良かったね。二週間くらいかかるって言ってたのに」

 「災害援助の方が早く片づいたんだ。学会も最終日はあまり良い演題がなかったよ」

 「そうなんだ……じゃあ,食べよう」


 お玉で具材をよそい、夫に手渡した。

 ふうふうと息を吹きかけてから食べ始める。


 「美味しいよ」

 「そう、良かった……たくさん食べてね。……あの、ねえ、もうすぐクリスマスだね」

 「あ、ああ……そうだな」

 彼は箸を止めて私の顔を見た。

 クリスマスなんて忘れるくらい忙しいのだろうか。

 「今年は当直? 下の若い先生がやってくれるの?」

 「多分そうかな。まだ病院の予定が出てないよ」

 「そう……」

 「今年は、どうする?」

 「外食か、家で食べるかってこと?」

 彼は箸を止めたままだ。

 でも、私には去年のクリスマスの記憶がない。

 こんな大事なことを忘れるなんて、ひどいと思う。どうだったなんて、とても聞けない。

 「……どこか、外に出てレストランに行くのはどうだい?」

 「外……?」

 ‘外’という言葉が凄く特別に聞こえる。

 何故だろう、それを聞くと得体のしれない怖さが私の胸の奥から湧いてくるのだ。旅行だって大好きだったのに、今では家の外に出ることすら怖いなんて。

 彼はじっと私の返事を待っている。

 「……外は、怖いもの」

 「そうか……」

 少し残念そうに聞こえる。

 きっといつか大丈夫になると思う。でも、いつかいつかと先延ばしにしているだけなのかもしれない。

 「ひょっとして、怒った?」

 「……いや、そんなことはないよ」

 それは私を安心させるための嘘なのかもしれない。

 「私、ごちそう作るね。デザートも作るよ」

 「そうか、ありがとう」

 そう言って優しく笑う。


 ……大好きなあなた。

 きっといつか、あなたの名前と顔を思い出せれば、きっと。

 ……きっと勇気が出るはず。

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