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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第13章 最後の戦い,そして
75/334

13-14  シノノメの真実

 バラララララ……

 やけに軽い銃声が響く.


 「やめろ,やめろーっ!」


 魔法の銃弾ではない.

 人を殺すために最も効率的な金属の凶弾が,シノノメに向かってばらまかれた.

 もうもうと硝煙が上がる.

 いつまでも発射され続ける銃弾の雨.それだけはいかにも虚構の世界にふさわしかった.

 

 「うわぁーっ!」

 ランスロットは絶叫とともに体の支配から解放された.

 

 くすぶる硝煙の中,何かが見える.


 「シノノメ……?」

 

 シノノメが無事で立っていられるはずがない.

 あり得ないと知りながら,ランスロットは目を凝らした.

 黒い大きな物体.

 それは,シノノメではなかった.

 シノノメより,遥かに大きい.

 煙の向こうに光る,赤い光.

 人間にしてはあまりに歪なフォルム.

 ユーラネシア大陸に存在する生物で最も近いものをあえて述べるならば――

 黒い鎧を着たオークだった.


 「ば,馬鹿な……」

 ヤオダバールトが,目を見開く.

 

 「ブウン……」

 鬼――黒騎士は,背後でうずくまり,目をつぶっているシノノメに向かって,低い電子音を発した.

 シノノメは,自分を守って屹立する‘それ’に気付き,顔を上げた.

 

 「く……黒騎士さん?」


 アメリア大陸最強最悪と言われるサイボーグは,マシンピストルから放たれたすべての銃弾をその装甲で受け止めていたのだ.

 装甲には銃弾の当った小さなへこみがついていたが,すぐに元通りになった.

展性金属.さらに,装甲内のガス圧が変化し,リアクティブアーマーに似た効果があるのかもしれない.銃弾の衝撃を完全に殺していた.


 「ブ……」

 黒騎士は,ヤルダバオートとランスロットを機械の眼でじっと見つめた.

 金属の顔からは何の表情も読み取れない.黒いスリットの中に,赤い光が浮いているだけだ.しかし,シノノメにはそれが睨んでいるように感じられた.


 「どうしてここに……?」

 「ブン……」

 心配しないで,と言っているのだろうか.安心しなさい,と言っているのだろうか.シノノメの方を見た時だけ,一瞬目の光が優しい青白色に戻った.


 「な! 何故,アメリアの機械人間が,何故こんなところにいるのだ! 何のために! いつの間に!?」

 ヤルダバオートが,再び手を振った.

 ランスロットの銃が再び持ちなれた竜戦士の銃に戻る.

 「喰らえ,シノノメごと殺してしまえ!」

 ヤルダバオートに操られ,ランスロットは再びシノノメに向かって銃撃を放った.抵抗し続け,疲労した筋肉と関節がきしみを上げる.

 「ううっ!」

 ランスロットが苦痛に顔をゆがめた.もう限界なのだ.竜戦士の銃はまっすぐ黒騎士に向けられていた.

 だが,黒騎士はただじっと射線上に立ってシノノメの体を守っていた.

 

 「殺せ! 殺してしまえ!」

 ヤルダバオートの絶叫とともに,詠唱銃の爆音が響く.

 超重力弾.

 雷撃弾.

 火炎弾.

 冷凍弾.

 融解弾.

 穿孔弾.

 爆裂弾.

 黒騎士は,それら全てを自らの体で受け止めた.

 いかなる弾丸が発射されても,全て無効化してしまう.

 重力弾はわずかな凹みをつくるだけだ.

 雷撃弾と火炎弾は体内に飲み込まれた.

 着弾の衝撃で,わずかに体が後ろに揺れる.

 だが,すぐに前に進む.決して下がらない.

 絶対にシノノメを傷つけさせないという,無言の宣言だった.


 「黒騎士さん……大丈夫なの?」

 シノノメは黒騎士の背中越しに隠れながら,尋ねた.全くの無傷だ.

 銃を発射させられているランスロット本人もこの光景に驚いていたが,一番うろたえていたのはヤルダバオートだった.


 「そんな,馬鹿な! こんな馬鹿なことがあるものか! 俺の物語が!」


 「ブブン……」


 ここにいるように,と言うように地面を指差すと,黒騎士はランスロット目掛けて突進した.黒い爆風の様だ.足元の瓦礫を吹き飛ばし,一気に間合いを詰める.シノノメの縮地法並みの速さだ.


 「ビュブイウービウビピュティビビュ……」


 何を言っているのか分からない.だが,シノノメは黒騎士がこんなに速く激しく動くのを見るのは初めてだった.

 シノノメが知っている黒騎士は……

 斑鳩のカフェで,大きい体を小さくしてカフェオレを飲んでいる姿.

 箸を不器用に使い,一生懸命機械の口に食べ物を運んでいる姿.

 ノルトランドの雪山へ,たった一人で自分を迎えに来た姿.

 自分の汚れたドレスを見て,抱え上げて銀世界をずっと歩き続けた姿.

 どこか滑稽で,それでいて淋しげな後姿.


 だが,今.

 いつもは青い眼が燃えるような深紅に染まっていた.

 機械の顔なので,表情は無い.

 ……怒っている?

 でも……何故だろう.不思議に,怖くない.


 「くっそう,何でだ,何で全く効かないんだ!?」

ヤルダバオートが叫ぶ.

 「ランスロット,エクスカリバーだ! 剣で,叩き切ってしまえ!」

 ヤルダバオートが左の手を振ると,ランスロットは銃を左手に持ち替えて剣を抜いた.

 「聖剣エクスカリバー! ユーラネシア最高の剣の一つだぞ! それ,必殺技コンボも出してやる! 斬るんだ!」

 必殺技の発現モードになってもいないのに,エクスカリバーは燐光を帯びた.

 大上段に振りかぶって宙に飛び,ランスロットは黒騎士の頭めがけて切りつけた.

 「くそっ! お願いだ,避けてくれ!」

 ランスロットが苦悶の表情で黒騎士に向かって叫ぶ.

 「黒騎士さん! 危ない!」

 シノノメも思わず叫んだ.

 ランスロットの必殺技は,炎竜を一撃で殺す‘天王竜滅剣ウラヌスドラゴンデストロイヤー’.エクスカリバーの威力と合わされば,ユーラネシア最強の剣技の一つだ.数々の巨大モンスターを切り倒してきた威力を,シノノメは目の当たりにしている.

 

 先端の速度は音速を超える.

 エクスカリバーは空気を切り裂く轟音と共に,黒騎士の頭に叩き込まれた.

 白銀の閃光が炸裂する.

 だが,至高の聖剣は,風琴が鳴るような高い音とともに折れた.

 折れた刀身が空しく床に落ち,妙に涼やかな音を立てた.

 黒騎士は全くの無傷で,手の痺れをこらえるランスロットを赤い目で見つめている.


 「ば……馬鹿な……」

 ほとんど同じ感想を,ヤルダバオートとランスロットが同時に発していた.


 「……そ,そうか! それは……不撓鋼マグナタイト! マグナ・スフィア最強の鉱物による,インビクタス・アーマー……‘屈服せざる者の鎧’!! 馬鹿な,それで全身覆われた戦士など……そんな……いや,一人だけいた!」

 ヤルダバオートは,動揺して叫び続けている.顔を両手で抱え,掻きむしっていた.

 「だが貴様……何で,何でここにいるんだ!? 何故シノノメを守る!? 何故,俺が感知できないのだ!?」

 道化の衣装を引きちぎり,胸に拳を当てて悶え苦しんだ.

 「まさか,ソフィアか? ソフィアが,何かしたのか? 嘘だ,嘘だ! 俺に分からないことがあるなんて!」


 ヤルダバオートは動揺のあまり,ランスロットの精神支配を忘れていた.

 ランスロットはその間にエクスカリバーの柄を捨て,竜戦士の銃を握っていた.


 「ビュ……?」

 黒騎士はランスロットを見た.

 銃口の先が向いているのは,シノノメの方ではなかった.


 「何を言っているんだ.ヤルダバオート.お前になんか,分からないことだらけさ」

 「な,何だと!?」

 我に返ったヤルダバオートが見たのは,自らの腹部を浸食する黒い塊に,銃口を押し当てているランスロットだった.

 「俺が推理するに,この世界で可視化している‘これ’こそがお前の分身なんだろう?」

 「ば,馬鹿な! まさか,貴様,俺が王にしてやったのに……」

 「王の位なんかより,大事なものがある」

 「ランスロット! それは,駄目!」

 シノノメは,ランスロットが何をしようとしているかに気付いて叫んだ.

 

 「融解弾ディザルブ・バレット!」

 ランスロットは,シノノメに向かって微笑みながら引き金を引いた. 

 それは,シノノメが昔から知っている彼の優しい笑顔だった.


 「ランスロット!」

 シノノメは,自分のどこにこんな力が残っていたのか,と思うような速度で走り寄った.

 ランスロットの腹部から,黒い煙と溶解された黒い鉄の液体が流れ出る.

 そして,その中にはランスロット自身の体を構成するピクセルが,まるで血液の様に吹き出していた.

 ランスロットは,ゆっくりと崩れ落ちた.

 シノノメが抱きかかえる.

 「ランスロット! どうして!?」

 「……シノノメを撃つくらいなら,自分を撃つさ……」

 ランスロットは微笑んだ.

 「ランスロット!」


 「ば,馬鹿な奴だ! こんなことをすれば,こんなことをして分離アンインストールすれば,自分の脳も無事で済まないかもしれないというのに……」

 ヤルダバオートは茫然と立ちすくんで,シノノメの腕の中のランスロットを見ていた.


 「ランスロット!」

 シノノメが,何度も叫ぶ.

 頬を涙が伝う.

 「ヤルダバオートの言ってることは,予想してた……」

 「ランスロット!」

 シノノメの涙のしずくが,ランスロットの顔に落ちた.

 「泣くなよ……シノノメ」

 ランスロットはシノノメの頬に手を当て,指で涙をぬぐった.

 「俺が傍にいて,守ってやりたかった……」

 「ランスロット!」

 「……またいつか会おう,シノノメ……」

 ランスロットは,ピクセルが分解され,完全にログアウトするその瞬間まで,微笑を浮かべていた.

 その姿が消えても,シノノメにはランスロットの笑顔だけが残っている気がした.

 シノノメは,肩を震わせて嗚咽した.


 「ブブン……」

 黒騎士はそんなシノノメを,少しうなだれる様にして見つめていた.


 ランスロットを腕の中で見送った後,シノノメは立ちあがった.

 「ヤルダバオート! いや,サマエルシステム! もう,あなたを許さない!」

 右手をぐっと握りしめ,薬指にはめた‘拒絶の指輪’の感触を確かめる.

 涙をぬぐい,ヤルダバオートに詰め寄った. 


 ヤルダバオートは,後ずさりした.

 「ど,どうするというのだ?」

 「あなたを――どうやってか知らないけど,抹消する!」

 「く……お前に,何ができるというのだ?」

 「フードディスポーザーに,放り込む!」

 シノノメが右手を振ると,‘拒絶の指輪’が輝いて床に黒い穴が開いた.

 ブーン,と中から鈍い音が聞こえる.

 調理台の流しの下に取り付けられる,生ゴミの粉砕機であった.

 「ふふん,その程度か」

 ヤルダバオートは,穴の方を見て苦笑した.

 「お前は,ソフィアに真実を教えられていないのだ」

 「何ですって!」

 「俺は――この世界の造物主デミウルゴスの,ほんの一部――アルコーンの一人にすぎない.俺など消したとて,デミウルゴスには何でもないさ」

 「そんな……!?」

 「お前みたいな,夢の中で夢を見ている奴に,何ができるというんだ?」

 「夢……それは……どういうこと?」


 夢の中の夢.

 それは,ソフィアもエルフの森で自分に言っていた言葉だ.

 『あなたがやがて……夢の中の夢に気付いたとき……心豊かでありますように……』

 どういう意味なのだろう.

 ずっと心に引っかかっていた.


 「やはり,分からないのか.シノノメ.現実世界のお前は,主婦.結婚して二年目だったな」

 ヤルダバオートは,悪意のこもった笑みを浮かべた.

 

 え……?

 シノノメの動きが一瞬止まった.

 何故ヤルダバオートは,それを知っているのか.

 何故,サマエルはそれを言い出すのか.


 「何か,忘れてないか?」

 

 私の記憶の,空白.

 とても,大事な事.

 忘れてはいけないこと.

 決して,絶対に,忘れてはいけないこと.

 それは……

 

 シノノメの眼が泳ぐ.

 「ブウウウウン!」

 黒騎士が突然,シノノメに向かって走り出した.

 両手をシノノメの耳に伸ばす.

 だが,間に合わない.

 黒騎士が耳を塞ぐ寸前に,ヤルダバオートは囁いた.


 「そうだ.お前は,夫のことを覚えているのか?」


 あ……!

 ああ……!

 私は……!


 シノノメは,呆然としてその場に座り込んだ.

 黒騎士が,立ち尽くす.


 ……気づいてしまった.

 私は,好きな人の名前が思い出せない.

 大好きな,あの人の顔が思い出せない.


 「ブオオオオオン!」

 黒騎士が夜空に向かって吠えた.

 シノノメの頭を抱こうとした手を拳に変え,床に叩きつけた.


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