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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第13章 最後の戦い,そして
73/334

13-12 閃光のシノノメ

 「何が,ベーオ・ウルトロンよ! こんなのインチキだよ!」

 「ヒャヒャヒャ,いいストーリーでしょう! あなた好みの,ファンタジーでしょう? 主婦殿」


 ベーオ・ウルトロン.

 魔剣ベーオ・ウルフと一体化し,竜に変化したベルトランの口から,荷電粒子――稲妻の塊が噴き出される.

 すでに,人間としての意図的な攻撃ではなかった.

 動く物に無差別に反応し,攻撃し,殺す.

 本能のままに動いていた.

 まるでこの世界に憎しみをぶつけるように.

 その憎しみこそは,ベルトランの意志なのかもしれなかった.


 シノノメは跳ねまわり,時に転がりながら攻撃をかいくぐっていた.

 甲殻に覆われた巨大な尾が,鉤爪の腕が,口が,振動する刃を持った角が彼女を追って振り回される.

 一振りごとに床が揺れ,僅かに残った柱の残骸が消し飛ぶ.


 「おい! あれだ!」

 夜空から大型爬虫類の羽音が聞こえた.

 飛竜に乗った,プレーヤーだった.

 二人組で,一人はクロスボウを構えている.

 ノルトランドの兵士の様だ.

 あわよくばレベル99討伐のおこぼれポイントをモノにしようとしてきたのだった.


 「あなたたち,近づいたら危ないよ!」

 シノノメは叫んだが,あっという間だった.


 羽音に気付いて振り向いた竜が雷撃を吐くと,飛龍ごと二人は蒸散して消えた.


 「この威力,デタラメだよ!」

 だが,シノノメは思っていた.

 ベルトランが人間であった時よりも,手強くない.

 ベルトランには優れた剣の技と,戦略があった.

 対魔法装甲の鎧や,動く鋼鉄の触手もあった.

 これなら,普通のクエストのモンスター討伐と変わらない.


 「でも……」


 問題がある.

 今もグリシャムは,植物の魔法で援護してくれる.

 竜の足回りを蔓で拘束し,時に毒性植物の花粉を顔めがけて打ち込む.

 シノノメの攻撃呪文と組み合わせて攻略しているのだが,威力が明らかに不足している.

 シノノメには一つ,一撃必殺の魔法のアイデアがある.

 だが,その方法は魔力発現に若干時間がかかる.

 それを解決する方法は,簡単だった.

 前衛職だ.

 強力な直接攻撃で,竜の手と尾,角の攻撃を釘づけにしてもらえばいい.

 その間に,魔力をため込み開放する.

 だが――前衛ができるといえば――ランスロットしかいない.

 ランスロットはベルトランを倒すために,密かに反乱の計画を立てていた.

 さっきはシノノメを守ってくれた.

 だが,あのヤルダバオートの囁き.

 ベルトランに代わり,ノルトランドの強力な王になる代わりにしてやるという……

 その後,こんな展開になってしまったため,その後どうなったのか確かめる余裕がない.

 ヤルダバオートは,シノノメを妙に自分の物にしたがっている.

 それを交換条件にしていたようだが……

 「くっ! 鍋蓋シールド!」

 ランスロットの様子を,目で窺う余裕すらない.

 竜の尾は,まるで巨大な鋼鉄の鞭だ.

 鍋蓋シールドの丸い魔方陣は,何とか防ぎとめてくれたが,MPがじわじわと下がっていく.

 このままでは,奥の手が使えなくなってしまう.


 グリシャムも,焦っていた.

 さっきからありとあらゆる植物の魔法を試している.

 覚醒剤を含む麦角アルカロイドや,幻覚を見せる芥子の花など,現実世界で取り扱ったらたちまち逮捕されてしまいそうな薬物を竜の鼻先向かってぶちまけている.

 だが,そういうレベルでない.

 もともと狂気で包まれたベルトランに,精神作用系の薬物がどこまで通用するのか.

 イバラの縛鎖は,竜が体を小揺るぎさせるとちぎれてしまう.棘が甲皮に刺さらないのだ.

 もっと強い毒性の棘を持つ植物もある.しかし,甲皮に刺さらなければ意味がない.

 毒キノコを食べさせてやりたいが,口に放り込む方法もない.しかし,これだけの巨体だと致死量になるには莫大な量が必要だ.

 絞殺しのイチジクや,吸血植物を生やすか……しかし,圧倒的なパワーで引きちぎられそうだ.

 一体どうやってこんな化け物を倒せばいいのか.

 これが通常のクエストなら,一旦死んで何度も戦略を立て直すところだ.

 だが,これは素明羅対ノルトランドの最終決戦.

 この一回で決めなければ,後はないのだ.

 前方で,敵の攻撃を引き付ける人間が要る.

 そうすれば,シノノメの魔力をバックアップする形で,何か強力な攻撃呪文が使えるかもしれない.

 そう……せめてもう一人,強力な前衛職が必要だ.

 剣士でも,拳法家でもいい.

 槍使いでも,僧兵でも.

 グリシャムの脳裏に,セキシュウの姿が浮かぶ.

 うう……セキシュウ様……現実世界でお会いしたいですう……

 駄目駄目,現実逃避は.

 でも今前衛ができる人間と言えば……ランスロットだけ.

 だが,ランスロットはヤルダバオートに危険な取引を持ちかけられていた.

 回復させる代わりに,ベルトランを倒し,シノノメをヤルダバオートに渡すという……

 なぜ,ヤルダバオートはあんなにシノノメに執着するのだろう.

 シノノメさんが,凄いプレーヤーだから?

 凄いプレーヤー.

 優しく可愛く,圧倒的なゲームの能力.

 そして不思議な力の数々.

 ……それを手に入れる?

 だが,そんなことができるはずはない.

 とにかく,奴の思い通りにはさせない!


 「ハーハハハハハハ! 皆様,お待たせいたしました!」

 緊迫の戦闘を嘲笑う様に,ヤルダバオートが爆笑した.


 「ま,まさか!」

 シノノメとグリシャムは,この究極の戦いの中で致命的とも言えるのだが――視線をその笑い声の方に向けた.

 何故か――竜――ベーオ・ウルトロンも攻撃の手を止め,そちらを見ていた.


 「ノルトランド新王,ランスロット陛下の降臨でございます!」


 ヤルダバオートが手を叩くと,天を貫く光の柱が立ち昇った.

 光の柱の中には,聖剣エクスカリバーを手に堂々と立つ,ランスロットがいた.

 

 「下らん演出はやめろ,ヤルダバオート」

 「これは,失礼しました,陛下」


 光の柱が消える.

 地上から,それに呼応するように大きな歓声が聞こえた.

 ノルトランドの兵士達だろうか.

 ヤルダバオートが――かつて,ベルトランにしていたのと同じように――恭しく頭を下げる.

 「何とおよび致しましょうか.そうですな! 英雄王は如何ですか!? これから,あの悪魔の竜を倒して英雄になられるお方なのですから!」


 ヤルダバオートの軽口には耳を貸さず,ランスロットは前に歩み出した.

 わき腹の傷は完全に治ったようだ.

 動きにはよどみがなく,シノノメと対峙した時の様に優雅で雄々しかった.


 ベルトラン――ベーオ・ウルトロンは,その頭をランスロットの方にもたげ,じっと睨んだ.

 ――まるで意識が残っているようだ――

 巨竜は,轟轟と咆哮した.


 「いくぞ,ベルトラン.いや,今はベーオ・ウルトロンか」

 ランスロットは剣を構え,竜に向かって走り出した.


 口から雷撃が放射されるが,すばやくランスロットは横に躱し,鋭い剣の一撃を足首――アキレス腱に加えた.

 血飛沫が吹き上がる.

 腱だけではなく,動脈も切断したようだ.


 「さすがでございます! 陛下!」

 ヤオダバールトが拍手する.


 竜は,シノノメやグリシャムがいるにもかかわらず,ランスロットばかりを追っていた.

 これまでシノノメに加えていた攻撃――手の鉤爪や尾,そして角の攻撃を集中させる.

 だが,ランスロットはそれらの攻撃をことごとく回避していた.

 神速のランスロットを狙うには,巨竜の攻撃は,あまりに鈍重すぎるのだ.

 竜はまるで悔しがっているように咆哮した.

 その間も足の傷からドクドクと血液が噴き出している.


 『何か……様子が変だね』

 シノノメはグリシャムとメッセンジャーで会話していた.

 『まるで,ベルトランの意識が残っているように見えます』

 『がおーっていうのが,裏切り者め,って言ってるみたい』

 『でも,ランスロットさんだけでも倒せないと思います』

 『……うん,そうなんだけど……』

 『シノノメさん,ランスロットさんって,シノノメさんの何なんですか?』

 『え? 昔のパーティーの先輩』

 『本当に,それだけ?』

 『それだけだよ!!』

 『えー? 向こうはそう思ってないんじゃないですか?』

 『し,知らないよ! でも,ヤオダバールトと組んだっていうことは……』

 『……私たちの,敵と見なすしかないですね.悪魔と契約を取り交わしたんです』

 『でも,本当にそうかな?』

 『シノノメさん,私情を挟んじゃだめですよ!』

 『私情なんて,ないよ! でも,ベルトランを倒す目的は一緒なんだから,何とか協力できないかな?』

 『……確かに.状況を打開するためにはそれしかないかも.後のことは……』

 『二人で頑張ろう!』


 心を決めたシノノメは,ベーオ・ウルトロンの足元に向かって走った.

 竜の眼がシノノメを見つける.口から雷撃の束が降り注いだ.

 シノノメは左に躱して,ランスロットのすぐそばまで近づいた.

 「シノノメ!」

 ランスロットが叫ぶ.

 「ベルトランを,倒す.手を貸せ!」


 自分が言おうとしていたことをランスロットに言われて,シノノメは狐につままれたような顔になった.

 「でも,ランスロットは……」

 竜が角をシノノメに向かって振り下ろしてきたので,シノノメは慌てて躱した.

 角の部分は元の魔剣ベーオウルフの性質を持っているらしく,床が融けるように切れた.超音波メスの様に,高速で振動しているのだ.

 実際にはおそらく,この攻撃が最大の脅威だ.口の雷は,頭の動きである程度予想することができる.

 頭突きをするように振り下ろされるこの巨大な剣は,触れるだけですべてを液状化し,切断してしまう.


 後方に,ヤオダバールトがいる.

 ランスロットの顔は,ヤオダバールトに見えない.

 「俺を信じろ」

 ランスロットは,にっこりと笑った.

 シノノメがよく知っている,見た者を一目で虜にしてしまう,美しい笑顔だ.

 

 だが,本当に信じていいのか……

 

 「俺が奴の攻撃を引き付ける.それから――魔弾は,雷撃弾サンダー・バレットでいいな!?」

 

 それも,シノノメが考えていたことと全く同じだ.

 シノノメは逡巡を振り払い,ランスロットの言葉に賭けることにした.


 「お願い!」


 シノノメは右に,ランスロットは左に移動した.

 思った通り.

 竜は常にランスロットを追う.


 ……やっぱり,ベルトランの意志が残っているんだ.

 シノノメは確信した.


 グオオオオオオン!


 咆哮したベルトランは,ランスロットに右の二本の腕の鉤爪を振った.

 ランスロットは指を二本切り落とす.

 

 ギャワワアアアアン!

 

 叫びながら,大きく体をのけぞらせた竜は,頭を振って巨大な必殺の剣――角を振り下ろした.


 「ワンパターンだぜ,ベルトラン!」

 相手の動きに合わせ,ランスロットは逆に距離を詰めていた.

 

 「一・刀・両・断!」


 新陰流で言えば,合撃打ち.

 一刀流で言えば,切り落とし.


 エクスカリバーは,竜の剣角ベーオウルフの峰をこすり落としながら,見事に角の付け根――頭蓋骨に叩き込まれていた.

 深々と突き刺さったエクスカリバーは,角ごと頭蓋骨を削ぎ落した.

 脳漿が飛び散る.

 エクスカリバー――アーサー王伝説では,アーサー王の佩刀であり,鋼鉄も断つ切れ味を誇るという.マグナ・スフィアの世界でも,その名にふさわしい威力を持っていた.


 「セキシュウに習った和風刀法だが,効いたな!」


 痛みにもだえる竜は,四本の腕でランスロットを抉り取ろうと振り回してきた.剣の残心の姿勢を狙われ,引っかけられた.

 「ぐわっ!」

 ランスロットは吹っ飛ばされ,床に転がった.

 竜はそれを追い,移動する.


 「ランスロット! グリルオン!」

 シノノメの炎が足元に立ち昇り,行く手を阻んだ.


 「行くぞ! シノノメ!」

 ランスロットは床に転がったまま叫んだ.


 「雷撃弾サンダー・バレット!」

 竜戦士の銃が火を噴く.

 雷を帯びた弾頭は,竜の腹に叩き込まれていかずちを放った.

 しかし,雷を放つ竜.

 属性からして,雷で倒すことはできない筈だ.むしろ下手をすると,エネルギーを与えることにもなりかねない.

 それを知っているかのように,竜は首をぐるりと巡らせ,口を開けた.

 ダメージが無いわけではない.

 口の奥に,徐々に光の粒が集積していく.だが,その速度は先ほどより遅い.


 「グリシャムちゃん! 力を貸してね!」

 「はい! 遠隔魔力付与!」

 グリシャムが,その魔力――MPを,シノノメに付加する.

 グリシャムの魔力を受け取り,シノノメは,両手を合わせた.

 両手が帯電し,青い光を放つ.

 「フーラ・ミクロオンデ! バージョン2!」

 両手の間に,青い電気の球ができた.

 爆発的な雷光を放ち,それはやがてバスケットボールほどの大きさになった. 雷球を中心に,大気に無数の放電が起こる.


 シノノメは光に包まれ,まさに光そのものになった.


 竜が,シノノメに気付いた.

 ランスロットの方を向いていた頭をシノノメの方に向けようとする.


 「お前は,こっちを向いていろ!」

 ランスロットは,ジャンプして首に切りつけた.体液が噴き出す.


 グワアアアア!


 竜はその巨大な鉤爪で,ランスロットを捉えた.

 ランスロットは掌を剣で貫き,鉤爪から脱出した.

 今度は,鋼鉄の鞭に匹敵する尾が襲ってくる.

 小刻みに体を移動させ,ひたすら剣を振うランスロットを中心に,白刃が作る銀光の軌跡が乱れ舞った.


 竜の注意が,エクスカリバーに注がれたその一瞬.


 シノノメは走り出した.

 走る.

 走る.

 跳ぶ.

 熾天使の様に全身を輝かせ,

 頭上に高く,輝く雷球を掲げ,

 両手に全身全霊の力を籠め,


 「えーい!!」


 莫大なエネルギーの塊を,竜の体に叩き込んだ.


 そのまま両手で竜の腹に触れ続ける.

 持てる魔力の全てを注ぎ込むように.


 「千ワット,1分!」


 竜の体が雷光に包まれる.

 そして,体内で,高圧電流とマイクロ波が激突しあった.

 甲皮が塩釜や,卵の殻の役割をしているのだ.

 ベルトランの大きな間違いだった.

 シノノメの‘電子レンジ’の魔法は,硬い物に密閉されていれば,相手の体でも構わないのだ.

 ベルトラン――今は,ベーオ・ウルトロンの体は,それそのものが電子レンジの筐体の役目を果たしていた.

 さらに,ランスロットの放った雷撃弾と自身の荷電粒子が,内部にエネルギーとして蓄積している.

 甲殻の内壁に反射し増幅したマイクロ波は,彼の内臓,血液はもとより,体のあらゆる水分子を振動させ,沸騰させていた.


 「食材は,両手で大事に抱きしめるように!」


 原理は,アイエルの変形版のフーラ・ミクロオンデと同じである.

 アイエルは電気の球を投げるようにして技を出そうとしたが,それが正しくなかった.

 シノノメの言うように,敵すらも――言ってみれば,愛する家族に出す食材の様に――抱え込むような,包み込むようなイメージで放たれる技だったのだ.


 「グギャアアアアアアアア!」


 竜は,人間とも鳥類ともつかない不気味な声で叫んだ.

 甲殻がボコボコと膨れ上がり,つなぎ目が捩じれる.

 眼窩から,鼻腔から,外耳から液体が噴き出す.

 舌が異常に膨れる.

 

 ついに,轟音と共に背中が爆発した.

 爆風は大気を揺るがせ,塔は縦に裂けた.


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