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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第13章 最後の戦い,そして
72/334

13-11 黒騎士,再び

 「おう,ご苦労様,サンキュー」


 移動要塞,ベルトランの塔,一階.

 アルタイルは猫人忍者部隊の回復係,滝夜叉からポーションを受け取って飲んでいた.


 「すぐに報告してくれるか,戦線に参加して下さいよ,アルタイルさん」

 にゃん丸は文句を言った.

 「おいおい,弓も矢もなくっちゃ何もできないぜ.休眠もしてたしな.この激闘の様子を見てくれよ」

 確かに,グウィネビアとの壮絶な戦いの後を反映して,壁のそこかしこに刀傷が残り,板張りの床は裂けてめくれていた.

 「でも,最後は無手で敵を倒したんでしょう?」

 「そう,それが,もう,最高だったよ.我ながら,ベストバウトだったね.ああ,見せたかった」

 アルタイルは嬉しそうに悔しがった.

 「馬鹿なこと言ってないで,まだシノノメさん達は上で戦っているんですよ」

 「お前たちは,合流しないのか?」

 「これからしますよ.僕らはさっきまでこの移動要塞の動力設備を壊しまくってたんですよ? 兎人の人たちが協力してくれるって言ってくれたけど,塔の中のベルトラン派の人間とは戦わなきゃいけなかったし」

 「そうです.こんなにゆっくり話ができるのは,今がやっとにゃんです!」

 猫人のくノ一,滝夜叉はアルタイルの高飛車な態度に少し怒っていた.

 「しかしまさか,こんな結果になるとはな」


 プレーヤー全員のメッセンジャーに,運営からの公式発表が届いていた.

 ノルトランドは反乱が起こり,事実上の敗北.ただし,国王ベルトランが敗北宣言をしていないため,最終決着は主婦シノノメとの戦闘の結果による……と.


 「ちょっと,にゃん丸さん,何かが起こっているぞ!」

 「どうしたんですか? ウラビミルさん?」

 

 兎人ウラビミルは,そう呼ばれて少し照れ臭そうだった.これまでノルトランドにおいて,彼らはほとんどのプレーヤーに奴隷扱いされていたため,丁寧な言葉で話しかけられるのが不慣れなのだった.


 「とにかく,こっちに出て来てください」

 にゃん丸と滝夜叉,アルタイルは促されて建物の外に出た.


 ベルトランに忠誠を誓う兵士は少数ではあったが,銃や竜で武装している.

 甲板の上には制圧され武装解除されたベルトラン派と,それを見張る反乱軍の兵士がいるのだ.

 反乱軍の兵士は,赤い布を腕に巻いている.

 だが,全員が呆然と上を向いていた.


 「一体……?」

 アルタイルは兵士たちの視線を追った.


 「何だ? あれは?」


 塔の最上階が,消失している.


 「これまでも,時々爆発音や,上から物が落ちてきてたんですけど……」

 「それは,俺も知ってるが……シノノメの奴,一体何してるんだ?」

 「何か,動いた!」

 ウラビミルが叫んだ.


 「あれは!」

 「竜だ!」

 「四本腕だぞ!」

 「頭に,長い角がある!」

 「あんな竜,見たことない!」


 プレーヤーもNPCも,口々に叫んだ.

 月明かりに照らされ,塔の最上階に屹立するその禍々しい姿.


 「メッセンジャーに何か届いたぞ!」

 「何だこれは?」


  ***


 ――お知らせ――

 

 ノルトランド王ベルトランは,不正なシステム干渉を行っていたようです.

 非民主的で悪質な政治体制も,これによるものと運営は判断しました.

 今回の最終戦闘をもって,彼のIDは一時停止させていただきます.

 尚,ベルトラン守旧派ということで活動するプレーヤーには特にペナルティはありません.

 現在,彼のアバターのコントロールが暴走し,異常な形態に変化してしまいました.

 ですが,ストーリー性を維持するため,このままゲームを継続します.


 現在のベルトラン氏は,‘暗黒竜ベーオ・ウルトロン’

 レベル99のモンスターとします.

 全身を覆う甲殻は,オリハルコン級の強度を持っています.

 口からは高荷電粒子――雷電を吐く事ができます.

 ノルトランド反乱軍を率いている,ランスロット氏が奮戦されています.

 対ベーオ・ウルトロン戦に参加したい方は,ふるってご参加ください.


 運営としては,悪魔と契約し,悪に堕ちたベルトラン王が正体を現し,竜に変化したというストーリーで継続します.

 NPCにもそのように伝わりますので,引き続きゲームをお楽しみください.


 これからも,マグナ・スフィアを宜しくお願い致します.


 ――マグナ・スフィア――


  ***


 「おお!」

 「ベルトランの野郎,チートだったのか!」

 「最低だな!」

 「それにしても,さすがランスロットさんだ!」

 「レベル99! すげえ! ランスロット,勝てるかな!?」

 「勝てるさ,このままいけば!」


 反乱軍のプレーヤーからランスロットを讃える歓声と,ベルトランを非難する声が上がった.

 一部のプレーヤーは,戦闘に参加することで得られるポイントのことを相談していた.だが,レベル99にしり込みしていた.よほどの実力が無ければ,一撃で粉砕されてしまうだろう.

 

 プレーヤーから設定を伝えられ,さらにNPCからも歓声が上がる.

 「ベルトランは,悪魔に取り付かれていたんだ!」 

 「早馬を出せ! 他のみんなに伝えよう!」

 「ランスロット様を新王に!」

 「俺たちの救世主だ!」

 「悪い竜を,無事倒してくださいますように!」


 公式発表――新展開に沸くノルトランド軍を,素明羅の忍者軍団とアルタイルは複雑な思いで眺めていた.

 「新王ランスロットは確定だな……だが,うさんくさいな.シノノメはどうなったんだ?」

 暴走したシステムの話を聞かされているアルタイルは,訝しんだ.

 彼は永劫旅団アイオーン時代からランスロットを知っている.

 「そうですね,シノノメさんのことに何も触れないなんて……まさか,もう死んでしまったとか?」

 「いや,あいつはしぶといぜ.このメッセージは,あまりにも不自然だ.何か隠蔽しようとしているな」

 「それに,これは……ベルトランは,もうこれでマグナ・スフィアにおけるすべての地位を失ったことになる.今までの設定,アイテムはすべて没収されるでしょうし」

 にゃん丸が頷いた.

 「そうですね,単に王様に戻れないっていうんじゃなくって,もうログインできない」

 滝夜叉も首を傾げる. 

 「何があったのか,だな.それは,塔の上に上がるしか真実を確かめる方法がない,っていうことか.しかし,上がれないんだろう?」

 アルタイルは塔の上を指差した.


 青い稲妻が上がる.

 竜がいかづちを吐いているようだ.

 首を折り曲げ,体を捩じって足元を見ているように見える.

 おそらく,敵が足元にいてそれを追い回しているのだ.

 時折足元から立ち上る青い炎は,シノノメの魔法であろう.


 「く……シノノメさん,大丈夫かなあ……! そうなんですよ,二階は焼けただれて,鍵が溶接されたようになってしまって扉が開けられないんです.」

 アイエルが使ったシノノメの魔法,電子レンジ(フーラミクロオンデ)の高熱によるものだった.

 さらに,最上階の床が壊れて建物が歪んでしまったので,ほとんどの扉が開閉不能になっている.正面扉は通行可能だが,これは何とか叩き壊したものである.

 「魔法職が集まって,何とか爆破しようとしてるんですけど,この建物が頑丈すぎるから!」

 滝夜叉が肉球の両手を打ち合わせて悔しがった.

 「俺の八咫烏で,上空まで近づきたいけど夜は飛べないんだよな……鳥だから」

 にゃん丸の召喚獣は鳥なので,夜間は目が見えないのだ.

 また,飛竜の多くはアルタイルたちが侵入する際に撃ち落してしまっていた.

 「あとは,外壁を上るか? 忍者ならできるんじゃねーの?」

 「いや,忍者にも限界がありますよ.こんなツルツルで,垂直の壁どうするんですか? アルタイルさんが弓矢でロープを飛ばしてください」

 「馬鹿,射程距離を無視してるぞ.それに,ここの石材には矢尻が刺さらねえ」


 移動要塞は擱座し,すでに動きを止めている.

 塔はわずかに傾いて屹立しているが,ほぼ垂直である.しかも,外壁には対魔法装甲の石板がぴったりと張られ.剃刀の入る隙間もない.

 三階,四階というが,各階の天井が極めて高く作られているので,現代建築で言えばその倍以上の高さがあるのだ.


 「じゃあ,どうしろっていうんですか!」

 「それを考えてるところだ! 俺の天馬オルフェウスで飛んで行ったとして,援護できるような武器がないし……」


 固唾を飲んで塔の頂上を見守る人々だったが,そのざわめきを打ち破る声がした.


 「おい! お前! ここに何しに来た!」


 アルタイルとにゃん丸,滝夜叉は振り向いた.

 移動要塞の最外壁――城壁の正門を固める兵士たちの声だ.

 すでに全て反乱軍の兵士である.

 ベルトラン派の兵士が万が一にも侵入してこないように警備しているのだ.


 「と,止まれ!」

 「おい!」

 「構わん! 切れ!」

 「駄目だ,槍も剣も刺さらないぞ!」

 「銃も駄目だ!」

 

 ガチャガチャと争う音.

 銃声.

 剣と槍が何か固いものにあたる音がする.

 反乱軍の兵士達を押しのけ,何か大きい黒い人影が近づいてくる.

 金属質の足音.

 現代人のプレーヤーには聞きなじみのある,低い電子音. 


 「と,止まれ!」

 「止まれって言ってるだろう!」


 その侵入者は,全く兵士たちの制止を無視していた.

 正門から一直線で,塔に近づいてくる.

 月の明かりが,侵入者を照らしだした.

 アルタイルは,入って来た‘それ’を見て目を剥いた.


 「お……お前……」

 

 ノルトランドの兵士ではなかった.

 素明羅の仲間でもない.

 NPCでもない.

 人間ですらない.


 黒くて巨大な影.

 全身が人工物で出来た,ユーラネシアにそぐわない異質で奇怪な存在.

 アメリア大陸最強最悪の,サイボーグ戦士.

 黒騎士――闇騎士ダークナイトだった.

 シノノメ救出作戦の時,オリハルコンの矢で攻撃しても突き通らなかった,超装甲をまとった機械人間である.

 全身が黒い装甲に覆われており,見た目はフルプレートの甲冑をつけた人間に似ているが,目の部分はスリットになっており,青白い機械の眼が光っている.

 アルタイルは呟く様に,尋ねた.


 「貴様……何しに来た?」


 今のアルタイルには,彼の行く手を阻むことのできる武器は何一つない.

 いや,そもそも‘これ’を止められる人間など,いるのだろうか.

 黒騎士は一瞬アルタイルの方を見た.


 「ブビュン……」

 

 低い唸り声のような電子音が聞こえる.

 彼の言葉はユーラネシアではそうとしか聞こえない.

 言葉を交わすことなど,出来ないのだ.

 

 黒騎士は歩みを進めて塔へと向かっていった.

 正門を潜ろうとして,兵士に止められるが,お構いなしだ.

 つかみかかかる兵士を引きずるようにして前に進んでいく.


 「お,おい,中は通れなくなってるぞ!」


 アルタイルは思わず叫んだ.

 すると,黒騎士は踵を返して塔の外壁へと向かった.

 兵士たちはどうすることもできず,後を追う.

 黒騎士はしばらく外壁を見つめていたが,右の拳で殴り始めた.

 技も何もない.

 やがて,彼の拳は外壁にめり込んだ.

 ゆっくり体を引き上げる.

 今度は左拳.

 何度も何度も,拳が砕けそうになるほどに打ちつけた.

 次は,右足.

 金属のつま先で,壁を蹴り続ける.

 壁につま先が刺さる.

 次は,右手.

 

 「待てよ,おい,それで登っていくつもりか……」

 アルタイルは,答えが返っていないことを承知で闇騎士に声をかけた.

 

 黒騎士は,何も答えない.

 もしかして,アメリアならば空を飛んで行けるのかもしれない.

 だが,ここユーラネシアでは彼の装備は全て無意味だった.

 言葉も喋れない.

 武器という武器は全て使えない筈だ.

 肩についているミサイルポッドらしきものも,腰についているレールガンも,全て今の彼にとってはただの重荷に過ぎないに違いない.

 そして,上に登ったとして,何ができるというのか.


 「お前,何故そこまでして……」


 兵士たちが呆然と見守る中,黒騎士は黙々と塔を登って行く.

 ひどく遅い.

 赤ん坊が這うほどの速度もない.

 塔の上から竜の咆哮が響く中,彼の四肢が外壁に打ち付けられる音が響く.

 

 「あ,アルタイルさん! あいつを行かしてしまって,いいんでしょうか?」

 にゃん丸が手裏剣を投げようとしている.

 アルタイルはそれを手で制した.

 「いや……分からない」

 「そんな!」

 「だが……行かしてやれ」

 「あいつは……何者ですか?」

 「アメリア大陸最恐最悪の戦士……」

 「ええっ! ちょっと待ってくださいよ,そんな奴!」

 「俺にもわからないが,行かせてやらなければならない気がする」


 アルタイルは,雪山の中,黒騎士がシノノメと離れる時の様子を思い出していた.

 自分が矢を向ける中,最後まで彼女に触れようとしていた黒騎士.

 その装甲に,触覚すらないかも知れないのに.

 シノノメをオルフェウスに乗せて飛び去るときの,意味の分からない悲痛な叫び.

 自分が,‘不射之射’で得た,観の眼で見るならば……

 

 「でも……」

 「あいつには……何がしたいのかさっぱり分からないが……ただ一つ,強固な意志を感じるんだ」  

 「それは?」

 「……そばにいたい……だ」

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