表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第13章 最後の戦い,そして
69/334

13-8 ノルトランドの黄昏

 いよいよ日が沈み,広間には魔石の明かりがともった.

 壊れた天井からは,煌々と月の光が差し込んでいる.


 ベルトランの右顔面から,黒煙が上がっている.

 本来は周囲の物を巻き込んで破壊する超重力の弾丸だったが,命中する直前にベルトランはレーザーで迎撃したのだった.

 しかしそれでも尚,少なくはないダメージを受けたベルトランは,右顔面を手で覆い,シノノメ達に背を向けてもがき苦しんでいた.


 「陛下! 大丈夫ですか?」

 ヤルダバオートがベルトランの背中をさすっている.

 「ぐううう……」

 ベルトランは返事が出ない.体を捩じり,苦悶の声を上げるのみである.命を失っていないまでも,戦闘不能なのは明らかだった.


 シノノメは,眼の前の光景に,大きな目を瞬かせた.

 ベルトランが膝をつき,床に手足をついて呻いている.

 自分の頭の上には,先程爆音を上げた,竜戦士の銃が見える.

 銃口からは,まだ煙が立ち上っている.

 そして,自分の肩を抱く,逞しい腕.

 甲冑に覆われていないのは,自分がその部分を破壊したからだ.


 「ら,ランスロット……」

 「大丈夫か? シノノメ?」

ランスロットは後ろからシノノメにその端正な顔を寄せ,囁いた.

 

 「これは,どういう事?」

 「見ての通りだ.俺たちは,ずっと奴の盗聴の秘密を探ってたんだ.だから,お前にも言っただろう? 俺のところに来いと」


 またまた『結婚すべきだ』の言葉を思い出したシノノメは,赤くなった.


 「じゃあ,じゃあ,もともとこうする気だったの?」

 「ノルトランドがおかしくなってから,ずっとその機会を探ってた.おっと,シノノメ,そいつにあんまり近づくなよ.ヤルダバオートがプレーヤーを機能停止に出来る影響範囲は,約七メートルだ」


 「チィ! そんなことまで見てたのか……」

 ヤルダバオートは,はさみを振り回しながら地団太踏んだ.だが,あくまでふざけているようで,本当に悔しがっているようには見えなかった.


 「今,反乱をおこしているのは,ランスロットの仲間の人たち?」

 「ああ……だが,まさかNPCまで協力してくれるとは思っていなかったが」


 ヤルダバオートが作り出した空中スクリーンは,反乱軍の映像を映し続けていた.


 『家に帰って,ボルシチを食べよう』

 『家の食卓に帰ろう』

 『東の主婦にもらったご飯は美味しかった.でも,家で食べる食事はもっと美味い』

 『家族のところに,帰ろう!』


 そう叫んで行進しているのは,NPC達だ.

 人間の兵士達の間には,ウサギや猫の耳を生やした獣人達も混じっている.

 戦闘に向かない動物の獣人達は,ノルトランドでは最下層として虐げられてきたのだった.

 それが今では,どの顔も希望と使命感に燃え,生き生きと輝いていた.


 「フフ,あんなNPC達は,俺も見た事がないよ.お前,何かしたのか?」

 ランスロットは零れるような笑みを見せ,シノノメに尋ねた。


 「べ,別に! 仲間にボルシチを作ってもらって,配ってもらっただけだよ.みんな,だって,もともと兵隊じゃないんだもの.きっと,お家に帰りたくなったんだよ」

 「そういうことか……」


 中世の社会段階である,ノルトランドに近代軍隊の概念を持ち込んだことは,ベルトランの失敗だった.

 まだ兵農分離が進んでいないにもかかわらず,無理やり徴兵を進めて軍隊を増強したのである.

 戦国時代に織田信長,あるいは同時期のヨーロッパが画期的だったのは,専門の戦闘職能集団を編成したことだ.

 農民兵は収穫の季節になると,浮足立つ.それまでの戦国大名たちが悩んでいたのはこの点だった.

 常に軍事訓練を行い,軍事行動を専門とする,そしてそれによって収入を得る職業軍人を作ったことによって,スムースで一貫した軍事作戦が可能となったのだ.

 要は,ノルトランド軍は急ごしらえの寄せ集めだった.

 十分な経済発展を行ってから侵略軍を編成していれば,こんなことにはならなかったのかもしれない.

 だが,征服戦争を急ぐベルトランにそんな計画はなかった.


 ドン,とどこかで大きな爆発音がする.操舵室の問題だけではない.機関に何か問題が出ているらしい.少しずつ要塞の高度は低くなり,傾き始めていた.

 反乱は,いよいよ本陣,移動要塞の内部に及び始めていた.


 北の軍事大国ノルトランドと,文化の国素明羅スメラの巨大戦闘は,誰もが想像し得なかったノルトランドの内部分裂で終焉を迎えようとしていた.


 「あ,兎人の人たちや,にゃん丸さん達の仕業かな?」


 シノノメ達には確かめることはできなかったが,現在起こっている機関の損傷は,兎人とにゃん丸たち忍者軍団の奮戦によるものだった.

 シノノメに共闘を約束したウラビミルは,油まみれになって機関の調整や力仕事をさせられていた仲間に声をかけ,一斉に蜂起したのだった.

 本陣の救援に戻った近衛部隊は内部分裂を起こし,攻め返って来た反乱軍と合流して大混乱に陥っていたのである.


 「ラ……ランスロット様,私は……」

 いよいよ操縦が不可能になり始めたことを察し,モルガンがオルガンから離れて立ち上がった.

 「モルガン,ベルトランの側につくならばお前も敵だが……」

 「いいえ,私はランスロット様の下に!」

 モルガンは首を振った.

 「だろうな.お前たち魔法職も,大変だっただろう」

 「そうではありません……私は……」

 モルガンは,ベールの下で頬を染めた.

 ランスロットのシノノメへの態度に引っかかるものはある.

 だが,今まで様々な枷のせいで自由にできなかった,自分の気持ちに素直になりたいのだ.

 

 「ぐ……食卓だと!? 家族だと? 何を下らないこと言っているのだ?」


 モルガンが継ごうとする言葉を遮るように,ゆっくりとベルトランは立ち上がった.


 「まだ動けるのか……」

 ランスロットが慌てて銃を構える.


 「馬鹿者どもめ! 何故だ! 何故俺の理想が分からんのだ!」


 そう言うベルトランの右顔面は,完全に黒い金属質の物体に置き換わっていた.さらに,彼の静脈に沿って黒い線が浮き出始めていた.血管の中からナノマシンによる浸食が始まっているのだった.


 「サイボーグだとでもいうのか? このユーラネシアで? 貴様,ヤルダバオート! どこまでシステムに干渉すれば気が済むんだ?」

ランスロットは,まだヤルダバオートの正体がサマエル・システムであることを知らない.

 「ヒヒヒ,陛下の強靭な体は,これしきの攻撃で倒れることなどないのです.私は,ほんの少し力をお貸ししたまで」傍に控えたヤルダバオートが笑った.

 「そうですな,どこまでか……それは,陛下の力の限界が見えるときまでです」


 「どいつもこいつも,俺を裏切りおって……」


 歪な金属の眼球は,ベルトランの左の視線と関係なく周囲を見回す.今のベルトランには,ヤルダバオートとランスロットの会話など聞こえていなかった.

 ヤルダバオートを除く最も近い位置にいた,モルガンを視界に捉えた.


 「ひ! 陛下! ……ラン……!」


 魔剣ベーオウルフを,ベルトランは振った.すでにその速度は音速を超え,衝撃波が生じている.ランスロットに目を撃たれる前よりも,戦闘力が増したかもしれない.

 モルガンは胴を真っ二つにされ,ログアウトした.

 彼女の唇は最後にランスロットの名を呼ぼうとしていた様だった.


 「ひどい! あなた,一体どこまで自分の部下に滅茶苦茶するの!? モルガンはもう勝敗とは関係ないじゃない!」

 シノノメが叫んだ.


 半人半金属の異様な姿となったベルトランは振り向いた.

 「部下,だと? おれに部下などいるものか.すべては,所有物と同じだ.俺の下にいる限り,俺の好きな様にするのだ! 勝敗だと? 俺がいる限り,ノルトランドは不滅だ.俺こそが,ノルトランドだ!」

 ランスロットを見た.

 「貴様……裏切り者め! お前の処刑から開始する.全軍を俺の力で捩じり伏せる!」


 「……そんなことができると,本当に思っているのか? ベルトラン? お前は,やりすぎたんだ.現代社会に生きる俺たちが,こんな非民主的な政治体制で満足すると本気で思っていたのか? そして,中世社会のユーロネシアの住民が,こんな極端で近代的な軍政についていけると思ったのか?」


 「うるさい! 全ては,王の意のままに!」

 ベルトランは再び剣を構え,吠えた.


 「狂ってやがる……しかし……」

 対魔法装甲の鎧には,魔弾は届かない.顔面を狙うしかないが,異形となったベルトランにどこまで通用するかは不明確だ.このベルトランを倒すのは,容易でない.ランスロットの額に,汗が浮いた.


 「ベーオウルフ,形態変化!」

 ベルトランが叫ぶと,剣の刀身で波紋が再び渦を巻き始めた.すべてを飲み込み粉砕する振動剣である.


 「死ね! 裏切り者!」

 獣じみた速度で,ベルトランはランスロットに飛びかかった.

 「くっ!」

 かわすことができない.

 無謀と知りつつ,ランスロットはエクスカリバーでベーオウルフを受け止めた.

 「死ね! 死ね! 死ね!」

 ベルトランが叫ぶたびに,エクスカリバーの刃が浸食されていく.

 「く,くそ!」

 竜戦士の銃を使いたいが,ベルトランの剛剣は片手では受け止めきれないのだ.


 「ランスロット!」

 シノノメが慌てて援護に駆けつけようとするのと,それはほぼ同時に起こった.

 「ぐわああああ!」

 ベルトランの甲冑の形が,変化したのである.

 脇と肩から,金属質の黒い牙――硬質の触手とでも呼ぶべきか――が突き出していた.マンモスの牙並みの大きさと,鋭さを持っている.

 黒い牙は,ランスロットの鎧を突き抜け,わき腹をえぐっていた.


 「ランスロット!」

 半ば悲鳴に近い,シノノメの声が響く.

 黒い触手はズルズルと動き,ランスロットを襤褸切れの様に床に投げ捨てた.

 シノノメとグリシャムは慌てて駆け寄った.

 グリシャムは回復魔法を開始した.

 だが,傷は深い.

 シノノメはランスロットの頭を膝に乗せ、水筒に入ったポーションを飲ませた.

 少し呼吸が楽そうになったが,円形にえぐられた裂創――ピクセル状ではあるが――は塞がらない.すぐ動けるようにはとても見えなかった.

 「シノノメ……俺は……」

 「しゃべっちゃダメ!」

 シノノメは,ランスロットの口を優しく手でふさいだ.彼女の眼は怒りに燃えている.


 「次は,貴様の番だ!」

 赤黒い軟体動物のような姿になったベルトランは,絶叫した.

 「サマエル! ベルトランをこんなにしたのは,あなた!?」

 「おや,私の名前はヤルダバオートですがね.これは,陛下の心の形.誰にも負けない,すべてを自分の支配下に置きたいという欲望の姿ですよ!」

 ヤルダバオートは,へらへらと笑った.

 「許せない!」


 「どう許せないというのだ!? 主婦だと? 下らんな! そんなもの,働いていないのと同じだろう!? この世界に,何の影響も及ぼさない.あってもなくても同じ,どうでもいいそんな存在だ」

 ベルトランは爆笑した.

 ヤルダバオートと,ベルトラン.二人の感情がシンクロしているように見える.

 「俺は,この世界で偉大な仕事を残すんだ! この世界を変えて,現実世界を変えるんだ.そうすれば,俺を見下げた奴もすべて俺を仰ぎ見るようになるんだ! 滅びろ,滅びろ! 俺はこの世界を変える.閉塞した世界の主であるこの俺が,この世界を変えてみせる!」

 ベルトランはベーオウルフを振り回した.爆風が渦を巻き,広間の天井や壁に,もう何個目かの巨大な穴が口を開けた.


 「あなたは……世界を本当に変えたいんじゃない!」

 シノノメはランスロットをそっと床に寝かせ立ち上がった.


 「自分が現実の世界でうまくいかないから,みんなを見返したいだけ!」

 右半身みぎはんみですっくと立ち,ベルトランの眼を見据えた.

 破れた和服が,変わる.

 茶色に白の水玉模様の,洗濯できる丈夫な着物.

 シフォン地の兵児帯が’変わり帯’に結ばれ,背中側の結び目が金魚の尻尾のように広がった.一見愛らしいが,ほどけにくく素早く動ける結び方だ.

 そして,動きを邪魔しないエプロンドレスをまとう.


 「グリシャムちゃん! 後方支援! できれば,ランスロットを助けて!」

 「はい! シノノメさんは!?」


 「ベルトランを,やっつける!」


 シノノメはひるまず前を睨み,開いた右手をベルトランにかざした.

 薬指の指輪――‘拒絶の指輪’が,青く鋭く光った.

 グリシャムはシノノメの後方で杖を構える.

 その後ろには,ランスロットが横たわっている.


 「馬鹿め! やってみろ!」

 ベルトランはベーオウルフを担ぎ上げ,シノノメに向かって走った.

 走るだけで壊れかけた広間の床に,大きな振動が響き渡る.

 四本の硬鉄の牙は,ウネウネとその形を変えながら宿主とともに迫る.

 床を,天井をその爪先が削り取り,シノノメに襲いかかった.


 「死ね! 東の主婦シノノメ! 細切れにしてやる!」

 ベルトランが叫んだ.

 悪魔の刃が,牙がまさにシノノメに触れる――その時,シノノメは叫んだ.


 「あなたの悪意を,拒絶する!」

 

 拒絶の指輪は青く美しく光り輝き,シノノメを包んだ.


1月13日部分的に修正しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ