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東の主婦が最強  作者: くりはら檸檬・蜂須賀こぐま
第13章 最後の戦い,そして
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13-6 ランスロットの真意

 「陛下……失礼ながら,その目は?」

 ランスロットは美しい眉をひそめてベルトランに尋ねた.

 ベルトランは機械の右目を手で隠した.しかし,左目の視力が完全でないので,指の間からランスロットを見る赤い光が漏れ出ている.

 「うむ……気にするな.大事ない」

 「左様ですか」

 「……東の主婦,なかなかやりよるわ.お前は奴に勝てるか?」

 「当然です」

 「お前は,昔あの女と一緒に同じパーティーに所属していたと聞いている.相違ないな」

 「はっ」

 隠しても無駄だ.ベルトランは自分の部下や対戦相手の情報を異常なまでに調べつくしているのだ.もちろん,その多くはソロモンの魔眼の力で盗聴したものであった.

 「奴が,斬れるか? 手心を加えるのではあるまいな」

 「まさか……そんなことはありません」


 ランスロットは抜身の剣を後ろに回しながら,ひざまずいて頭を下げた.


 「裏切れば,どうなっているか分かっておろうな.お主だけでなく,お主の部下も全員,しいしてくれる」

 「……陛下の偉大なお力は,十分存じ上げております」


 こうやって,ノルトランドの恐怖政治が行われているのか――二人のやり取りを見ながら,シノノメとグリシャムは思った.連帯責任と,密告と盗聴,そして処刑.これで,人間の心をがんじがらめにしているのだ.

 ベルトランの歪な支配欲を目の当たりにして二人は戦慄した.


 「ならば,やって見せよ.お前の忠誠の証にな」

 「御意」

 ランスロットは美しい宝剣を再び構え直し,立った.

 「お前に任せよう.俺はそれを見届けてやる」

 「ありがたき幸せ」


 ベルトランはゆっくりと玉座に戻り,座った.

 指でモルガンを招き,回復呪文をかけるように命じた.

 モルガンは胸から血を流しよろめきながら歩いて行った.

すでに自分の体に蓄えた呪力を失っているので,震える手でポーションを取り出して調合し始める.

 モルガンもベルトランを恐れている様子がよく分かる.些細なことで不興を買えば,彼女とて処刑されてしまうのだった.


 ランスロットがベルトランのいた場所に立っている.

 波打つ金髪に,切れ長の涼しげな眼もと.

 女性的な印象すら受ける,端正で美しい顔だった.

 骨太なベルトランとは違い,すらりとして,無駄な肉がない.

 武骨なはずの黒い甲冑に身を包んですら,絵画のように美しかった.


 「それでは,どれ,私めも助勢いたしましょうかな?」

 

 ヤルダバオートはヘラヘラと笑いながら,ランスロットに近づいて行った.

 

 状況は悪くなった.

 眼を機械に改造された魔剣の使い手,ベルトラン.

 魔弾の射手,ノルトランド最強騎士,ランスロット. 

 悪意ある人工知能,造物主デミウルゴスの化身,ヤルダバオート.

 シノノメとグリシャムの二人だけでこの三人を相手にするのはあまりにも無謀だ.


 こうならないように,南都の仲間も一生懸命頑張ってくれていたのだろうが……

 だが,やるしかない.


 シノノメは一生懸命考えていた.


 自分のアイテムの中で,何が有効か.

 全部の力を出し切らなければ,とても勝ち目はない.

 単純に考えれば,電子レンジ(フーラ・ミクロオンデ)で全員吹き飛ばしてしまいたいが,ベルトランの言う通り壁と天井に穴があいているので使えない.

 それに,攻撃を耐えきられた後に全くの無防備になってしまう.一撃で確実に全員倒せるという保証もない.

 あとは……

 ふと,右手の薬指に宿る光に目を注いだ.

 ……エクレーシアの指輪.

 プレーヤーの想像を具現化すると同時に統制する,サマエルシステムの審査を拒絶するアイテム.


 どう使えばいいのか.

 自分の想像力を具現化する,とソフィアは言っていたけれど……


 「下がれ,道化よ.我々の一騎打ちを汚すな」

 ランスロットはヤルダバオートに一喝した.

 「おお! 怖い怖い,ランスロット殿は自分の獲物にまたまたご執心ですな」

 ヤルダバオートは肩をすくめ,茶化しながら玉座に座るベルトランの傍に戻って行った.


 シノノメは少しほっとしていた.


 三人いっぺんでは,とても勝ち目がない……もちろん,この三人では,一人を倒してまた一人,と戦うのも,途方もないことだけれど……

 今は,出来ることをやるしかない.


 シノノメは慣れ親しんだいくつかの武器を取り出した.

 武器と言っても,彼女の場合は調理器具や掃除器具だ.

 刃のこぼれた中華包丁は破棄し,肉切り包丁と……皮むき器を出した.


 「相変わらず,変な武器だな」

 ランスロットが笑う.

 「だって,主婦だもの」

 シノノメは硬い表情を崩さない.

 グリシャムに少し後方から支援するように頼んで,下がってもらう.鋭い剣撃の中に巻き込まれては危険だ.


 二人とも,永劫旅団アイオーンに属していた時,セキシュウにアドバイスを受けて剣を身につけている.

 西洋剣術のランスロットと,小太刀を中心とした日本の古武術を身につけたシノノメ.

 互いに手の内をよく知っていた.

 ランスロットに相手が変わっても,シノノメ不利は変わらない.

 ともに剣あるいは武術が使え,魔法が使える.

 しかし,ランスロットの魔法は詠唱弾で撃ち出すので,射程距離が長い.

 剣にしても,ランスロットの方がリーチが長い.

 敢えてシノノメ有利な点を挙げると,バリエーションに富んだ魔法を連続して出せるところだろうか.ランスロットの魔弾にはリキャストタイムがあり,一度撃ってから二発目を撃つのに若干時間がかかる.


 「どうして……」

 シノノメは,恐怖政治に縛られていることは理解していても,それでもなおランスロットがベルトランの側に立っていることが信じられなかった.

 永劫旅団アイオーンに属していた時,セキシュウが父親だとすれば,ランスロットとアルタイルは二人の兄のような存在だった.

 アルタイルが大らかだがちょっといい加減なところのある兄だとすれば,ランスロットは常に優しく,真面目な兄.

 いつも冷静沈着な努力家で,会う人すべてがその魅力に引き寄せられてしまう,尊敬できる存在だった.


 「聞きたいことがあるのなら,剣に問え.シノノメ.来ないのなら,こちらから行くぞ」

 言葉が終わるか終らないかのうちに,ランスロットは動き始めていた.

 シノノメ張りの超高速の体移動と踏み込み.

 踏み下ろした右足は,大理石の床板を叩き割った.

 白刃が颶風となって,シノノメを襲う.


 シノノメはそれをかわして,右小手を狙って魔包丁を振った.

が,ランスロットの体はすでにそこにない.

 身長ではシノノメよりも頭一つ高いにもかかわらず,体移動が同じくらい早いのだ.ベルトランが剛剣とすれば,ランスロットは神速の剣の使い手である.

 下がりながらランスロットの剣尖はシノノメの手を狙って跳ね上げられた.逆袈裟である.

 手を引っ込めてかわすが,袖が大きく裂けた.


 二人は再び距離を取りながら,隙を狙いあう.


 「なるほど.その武器はそうやって使う物なのか」


 ランスロットは,左腕の手甲を見ながら言った.

 野菜や果物の皮のようにベロリと金属の甲冑が剥け,垂れ下がっている.

 ベルトランの対魔法装甲ほどではないにしても,ドワーフが鍛えた強靭な鎧の筈なのだ.

 やったのはシノノメの‘皮むきピーラー’だった.

 しかし,シノノメは防具をつけていない.ランスロットはただ斬ればいいが,シノノメはまず甲冑を破壊しなければ体に刃が届かないのだった.

 使い物にならなくなった手甲を外し,ランスロットは床に投げ捨てた.


 グリシャムは,密かにランスロットの足元に竹の根茎を伸ばし,さらにイバラの縛鎖――拘束呪文の詠唱を始めていた.


 「今! イバラの縛鎖!」


 ランスロットが前にした右足に体重をわずかに移し,踏み込もうとする瞬間,植物の呪文が炸裂した.

 足に植物がからみつき,鋭い竹槍とイバラの棘が彼の体を襲う.


 「ナイス! グリシャムちゃん! お好みスラッシュ!」


 併せて,シノノメはお好み焼きのコテを乱れ打ちした.切っ先は鋭く砥がれている.ランスロットのむき出しになった左腕と顔を急襲した.


 だが,ランスロットは高速の剣さばきでイバラを全て切り捨て,お好み焼きのコテをはじき飛ばしてしまった.右手だけでそれだけのことをしつつ,同時に左手で腰の銃を抜いた.

 見た目は先込め式の古式銃だが,魔法を放つことのできる強力な詠唱銃である.竜戦士の銃とも呼ばれるこの武器の所持を許されるからこそ,ノルトランド最高位の騎士は竜騎士ドラグーンと呼ばれるのだ.


 「灼熱爆炎弾フレイム・バレット!」


 足元に向かって魔弾を放つと,銃口から溢れだした劫火の奔流が竹を焼いた.

 火は根茎を伝って部屋中に広がり,大理石は粉々に砕け散った.まるで,足元からマグマが噴出したようだ.


 「きゃあ!」

 グリシャムの足元の大理石が崩れ,地割れのように床が裂けた.


 「グリシャムちゃん!」

 「シノノメさん!」


 グリシャムとシノノメの間には巨大な亀裂が走った.

 亀裂からは魔法動力のパイプが露出し,階下に垂れさがって軋む.


 「な……なんて威力なの? でも,何とかシノノメさんを援護しなくっちゃ」


 シノノメはというと,業火の赤い炎の中にあって,なぜか口元が笑っているように見える.

 

 「お掃除サイクロン!」


 シノノメは左手の薬指と小指を曲げ,回転させた.

 高速の竜巻が巻き起こり,ランスロットの炎を巻き込んだ.

 十二本の小さな炎の竜巻が,ランスロットを襲う.

 ランスロットは自分が起こした炎と同時に,足元から吹き上がる猛烈な竜巻に巻き上げられた.


 「うわっ!」


 ランスロットは天井に叩きつけられ,落下する.

 すかさずシノノメは飛び込んだ.

 

 「百万度ルーシュ!」


鋭いお玉の一撃を,ランスロットに打ち込む.だが,天井から落下して体勢を崩しているはずのランロットは見事なバランスでシノノメの攻撃を受けとめた.

 力では敵わない.ランスロットは剣で徐々にシノノメを押し潰していく.


 「シノノメ! お前に勝ち目はない! 降参しろ!」

 「勝ち目なんて,わからないよ!」

 「お前が俺を倒せたとしても,王とヤルダバオートがいるんだぞ! 勝てるはずないだろう!」

 「それでも,あなた達のやってることは,間違ってる!」

 シノノメはお玉をくるりと回転させ,ランスロットの剣を受け流した.

 一瞬,ランスロットの体が泳ぐ.

 シノノメの左膝が跳ね上がったが,ランスロットは体をひねってかわした.

 二人は再び距離を取る――剣の間合いだ.シノノメはお玉を魔法のパン切包丁に持ち替えた.


 「お前が膝蹴りとは,珍しいな」

 「はしたなくって,失礼!」


 シノノメは,ほとんど蹴りを使わない.蹴りは強力な武器だが,足場が不安定になるので使い方によっては一気に自分が危うくなるのだ.一般的な漫画やゲームと違って,マグナ・スフィアはあくまでリアルである.

 もちろん和服を着ているために足を高く上げづらいし,女の子らしくないので使わないということもあるのだが,シノノメの足技が出るということは,それだけ切羽詰っているということでもあった.

 それは,ランスロットにも悟られていた.


 「ならば!」


 ランスロットは再び間合いを詰め,エクスカリバーの白刃を走らせた.まさに,舞うという言葉が似つかわしい.美しい軌跡を描く白銀の刃は,シノノメの急所を容赦なく襲った.シノノメはお玉とパン切包丁の二刀使いで必死に防戦した.


 ……この距離は危険だ!


 「グリルオン!」

 シノノメは爆炎を発生させるとともに,大きく後ろに下がった.

 ただそのまま下がったのでは,距離を詰められて不利になる.下がりながら相手を攻撃するのは容易でない.


 「まだまだ!」

 ランスロットは爆炎を刃で切り裂き,銃を片手に飛び込んできた.リキャストタイムが過ぎたのだ.


 「雷撃弾サンダー・バレット!」

 「水仕事手袋!」

 「完全絶縁体か!」


 竜戦士の銃から放たれた雷の塊は,水玉柄のゴム手袋で弾き飛ばされた.弾き飛ばすや否や,シノノメは再び肉切り包丁を手に取った.

 ランスロットが銃撃の構えから,剣撃の構えに移行するほんのわずかな一瞬.

シノノメは神速の歩法で懐に飛び込んだ.

 ピタリ,と魔包丁の切っ先が,ランスロットの頸動脈に押し付けられた.


 「勝負あり! シノノメさん!!」

 固唾を飲んで見守っていたグリシャムの歓声が上がる.

 

 皮膚に刃が触れ,ほんの一筋血が滲んだ.


 「降参して.ランスロット」

 シノノメは,じっとランスロットの美しい碧眼を見つめた.


 「何をしておるか! ランスロット!」

 ベルトランが玉座の肘掛を殴った.


 「ランスロット様!」

 モルガンが悲鳴を上げる.


 「降参なんて,許されない」

 「どうして……?」

 「剣の王国ノルトランドで,剣を取れば勝負は生か死か」

 ランスロットは無表情のまま呟いた.


 「どうして? 心までベルトランやヤルダバオートに支配されているの? あの魔眼の力で,すべて見張られているから? ヤルダバオートが,システムをいじってひどい目に合わせるから?」


 ランスロットは,答えない.

 瞳が動き,ベルトランを見た.


 「魔眼……」

 「そうだよ.あの目で,みんなのメッセンジャーや会話を全部覗き見しているんだよ」


 「ランスロット! 不甲斐ないぞ! 死か,然らずんば勝利か! 降伏しての敗北など,我は許さぬ!」

 ベルトランが絶叫した.

 「主婦! その男の喉笛を掻き切るがいい! 次は,俺が相手をしてやろう!」


 シノノメは,包丁を持つ手に力を籠めようとした.

 だが,できない.

 もともと,シノノメは刃物で直接敵を殺すことは好まない.

 現実ではないとは言え,モンスターはともかく,人間を切り殺すのには強い抵抗があるからだ.

 そして,ランスロットは,ランスロットだった.

 深い青の眼は,昔と同じ色で優しくシノノメを見つめている.

 洗脳されているようには見えない.

 前にノルトランドの王の間で謁見した時,ベルトランの怒りを買った自分をかばってくれたのではなかっただろうか.

 ヤルダバオートに拉致された時も,かくまってくれたのは彼だった.

 自分が初心者の頃,いつも話の聞き役をしてくれたのは彼だった.


 「ランスロット……」

 シノノメは,どうしていいか分からなくなった.

 こうしている間にも,南都の仲間たちは危機に陥っているかもしれない.自分の両肩にこの大きな戦争の行方はかかっているのだ.

 それはよく分かっている.

 だが……

 ランスロットの首に包丁を突きつけたまま,長い睫毛を伏せた.

 

 「シノノメ,前に言ったことを覚えているか?」

 動かないでいるシノノメの逡巡を見透かしたかのように,ランスロットは口を開いた.

 

 「何……?」

 シノノメは,顔を上げた.


 「俺のところに,来いと言うことだ」


 シノノメは,幽閉されていた時のランスロットの言葉を思い出した.

 『俺と結婚すべきだ』

 ほとんど口づけされそうな距離まで迫った,ランスロットの顔を同時に思い出した.

 

 「えっ……!」

 シノノメは,思わず魔包丁を握る手を緩めた.


 一瞬の動揺を,ランスロットは見逃さなかった.

 武器を床に落とし,シノノメの意識をそらすのと,右手でシノノメの右手を払いのけたのは,ほぼ同時だった.

 左手でシノノメの手首を極め,そのまま右の掌で肩を打ちながら大きく体を開いた.回し受けから体かわし突きに移行する,空手の動きである.


 「あっ!」


 シノノメは床に投げ倒された.さらにランスロットは素早く体を回転させ,シノノメの右腕を完全にロックしてしまった.


 「シノノメさん!」


 「うー!」


 痛いというよりも,右手首と肩関節が完全に極められて身動き出来ない.

 シノノメの関節は軟らかい――というよりも,ペットボトルが開けられないくらい筋力がない――.頭を軸に前転すれば外れるのだが,それを熟知するランスロットの絶妙の力加減により,脱出できずに床に頬をこすりつけるしかなかった.


 「はっはっはっは! よくやった! でかしたぞランスロット!」

 ベルトランの上機嫌の笑い声が広間に響く.

 「そいつを,ここに連れてこい.最後は俺の手で殺してやる.ヤルダバオート! その魔女も連れてこい!」


 「きゃあっ!」

 ヤルダバオートは,あらかじめそう言われるのが分かっていたかのように,いつのまにかグリシャムの背後に立っていた.

「抵抗はしないでくださいね.魔女殿.あなたの首を切り取ることも,簡単なのですからな」

 ピタピタと気味悪くグリシャムの頬を撫でる.手には腕ほどもある,巨大な裁縫ばさみを持っていた.

 「くっ!」

 「それに,あなたが抵抗すれば主婦殿の首も即座にころりと落ちるでしょうな」


 シノノメは右腕を片羽締めに変えて後ろに捻りあげられ,立たされた.


 「下手に動くなよ,シノノメ」

 ランスロットは投げ捨てた剣を鞘に収め,詠唱銃の銃口をシノノメの背中に押し付ける.シノノメは両手を上げた.

 「歩け」

 銃口で背中を押され,玉座の前に連行される.


 ベルトランの傷ついた左目はすでに回復し,開いていた.モルガンの治療が功を奏し,見えるようになっているようだ.

 しかし最早,右の機械の眼を眼帯で隠さず,露出させたままにしていた.

 黒鉄色の結膜に,紅い瞳.ソロモンの魔眼はそれ自体が意志を持っているかのように,せわしなく動いていた.


 「そこに主婦を座らせろ.俺自らが成敗してくれよう」

 

 「シノノメ,そこに座れ」

 シノノメはひざまずき,硬い大理石の床の上でゆっくり正座になった.ランスロットの銃口は後ろから頭に突き付けられているので,両手を挙げたままである.

 ベルトランはゆらりと立ち上がり,再び魔剣ベーオウルフを闇の空間から取り出した.


 「これでお前も,そして素明羅スメラも終わりだな」


 ベーオウルフの巨大な刀身が,ゆっくりとシノノメの頭上に持ち上げられる.


 最後の最後まで,チャンスを探すんだ.

 ほんの少しの隙でもあれば……

 シノノメはそれでもまだあきらめず,黒い刀身を睨む.

 だが,前にはベルトランの魔剣,後ろには銃を持つランスロット.

 どこにその隙があるというのか.


 「シノノメさん!」

 グリシャムは,ヤルダバオートの拘束を振り切ってベルトランの方に走って行った.

 ベルトランの体に立ちはだかり,シノノメを守ろうとする.

 

 「邪魔をするな! 馬鹿め!」


 僅かな隙ができたと思ったのも束の間,ベルトランの右目が火を噴いた.

 赤い熱線がグリシャムの大腿を貫き,細い煙が立ち昇った.


 「ああっ!」

 激痛にグリシャムは倒れ込んだ.それでも床を這い,シノノメの体を守ろうとする.

 突きつけられる銃口にも構わず,シノノメは手を伸ばしてグリシャムの手を取った.

 「グリシャムちゃん!」

 「だめよ,私をかばったら,シノノメさん……」

 「何言ってるの!」

シノノメはグリシャムの肩を抱き,ベルトランを睨んだ.

 「ほう,面白いな.お前が反抗すれば,先にその魔女を嬲り殺すというのはどうだ.それならばお前は身動きできまい」

 魔王と化したベルトランは,悪魔の笑みを浮かべる.

 「ベルトラン,よくも! 何てひどいことを!」

 「では,そこで二人とも殺してやる.一緒に死ね」

 

 ベルトランは再び剣を大上段に構えた.剣尖から黒い竜の形のオーラが立ち昇り,その巨体をくねらせる.


 「ふん,脆いな.容易たやすすぎる」


 ベルトランは歪んだ笑みを浮かべ,ゆっくりと歩みを進めた.


 「死ね! 東の主婦,シノノメ!」

 

 黒い魔剣は不思議に優雅な軌道を描きながら,シノノメの頭へと落ちてくる.


 シノノメは,そっと目を閉じた.


 ……ごめん,みんな.

 セキシュウさん,ユグレヒトさん,カゲトラさん,にゃん丸さん.

 みんな,本当にごめんなさい.

 私,ちゃんとできなかった.


 ……と,ベルトランの動きが止まった.


 剣を下ろし,右目を押さえる.


 「何だ!? これは,何が起こっている?」


 「ど,どうなされましたか? 陛下」

 ヤルダバオートがベルトランの異常に気付き,声をかけた.

 ベルトランは明らかにうろたえていた.


 「どういうことだ,何,何だ? ……何!?」


 シノノメはいつまでたっても剣が自分に振り下ろされない事に気付き,目を開けた.


 ベルトランの様子がおかしい.

 機械の眼が規則正しく左から右への動きを繰り返している.

 何かのデータを必死で読んでいるのだ.


 「一,三,四,七,九部隊……主力部隊が,前線を離れ,本陣へ侵攻? これは,一体,何が起こっているんだ?」


 ヤルダバオートが手を叩くと,広間の空中にスクリーンができた.

 スクリーンには進撃する兵士たちが映る.

 いずれも目を爛々と光らせ,それまでの進行方向と逆の方向に向かっていた.

 歩兵,騎兵,魔獣戦車.

 NPC,プレーヤー,すべての兵士が意志を一つにして進んでいるのだ.


 『ベルトランを倒せ!』

 『独裁者を打ち倒そう!』

 『故郷に帰るために!』


 兵士たちは口々に打倒ベルトランを叫びながら進んでいる.

 時に反抗する部隊があったが,そのほとんどは懐柔されるか,あまりに少人数のためにたちまち制圧されている.

 ノルトランド正規軍は,今や巨大な奔流となって本陣を攻める,反乱軍に変わっていた.


 「おお,陛下! これは謀反の様ですぞ!」

 ヤルダバオートは,どこか面白そうに叫んだ.


 「は……反乱だと!?」

 ベルトランも叫ぶ.


 「何故だ!? 何故なのだ? そんな,馬鹿な! 全軍の兵士が,高潔な理想に燃えていたのではないのか?」


 うろたえるベルトランは,怒りのあまり玉座を叩き切った.

 骸骨を象った金属と石材の玉座は両断され,砕かれて粉々になった.


 「何故,俺の言うことが聞けぬのだ! 何故だ!」


 ベルトランは絶叫した.

 シノノメはグリシャムを支えながら立ちあがった.

 後ろには,ランスロットが銃をシノノメに突きつけたまま立っている.


 「待てよ……第一部隊……それは! ランスロット! 貴様の部隊か!? お前は,お前が俺を裏切ったのか!?」


 ランスロットは黙っていた.

 いきり立ったベルトランは,ツカツカとベルトラン――シノノメの方に歩み寄って来た.

 シノノメとグリシャムのすぐ前に立ちはだかる.まるで,巨大な壁が眼前にそびえ立ったようである.


 「ランスロット,貴様……!?」


 「ベルトラン.お前の独裁は,これで終わりだ」


 ベルトランの怒声に,ランスロットは,低く静かな声で答えた.

 シノノメの頭に突き付けられていたはずの銃口は,いつのまにかベルトランの右目にピタリとその照準を合わせていた.

 そして,温かい左手がシノノメの肩をしっかりと優しく抱いている. 


 「超重力弾グラヴィティ・バレット!」


 竜戦士の銃は火を噴き,黒い魔弾はソロモンの魔眼に叩き込まれた.


1月9日文章を一部修正しました.

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