13-4 休眠協定
もう幾度剣を斬り結んだだろうか.
南都ではセキシュウとランスロットが死闘を繰り広げていた.
ランスロットの剣は,妖精が鍛えたというエクスカリバーである.
アーサー王伝説では,アーサー王自らが持っていたという伝説の剣だが,マグナ・スフィアの世界では彼の佩刀だった.
対するセキシュウは,胴田貫正国.
装飾のほとんどない剛刀だ.
鋭い踏み込みとともに圧刃の西洋剣が捻り打ちされると思えば,一寸の見切りでかわした後に日本刀の白刃が鎧の隙間めがけて高速で走りぬける.
二人の荒々しい剣風に巻き込まれては命を落とすと,ノルトランド・素明羅の両軍が遠巻きにして見守っていた.
二人の剣技はほぼ互角である.
ふと剣風が止み,再び距離を取って心法の勝負となる.
目付,歩み,わずかな体移動での駆け引きが再び始まった.
「どうした,ランスロット.魔弾を使わないのか?」
セキシュウが尋ねた.
「それでは勝負がすぐにつく.それでは互いに,面白くないだろう?」
「余裕だな」
「そう言うお前は息が上がって見えるぞ.爺さん」
「年寄りは労わるものだ」
セキシュウがニヤリと笑う.
「労わる余裕などない」
ランスロットも微笑を返した.
***
「ふむ……激闘ですな」
南都の全権委任官,布都主将軍はモニター――といっても,水晶玉が壁に映し出した映像だが――を見て唸った.
布都主はユグレヒトとともに,本陣近くの情報統合本部に身を潜めていた.
これ見よがしな本陣は飾りもの,敵を騙すための囮である.
作りの丈夫な商館の広間を急ごしらえで改造し,戦場の情報を全てここに集約して指示を出していた.
「凄まじい剣技だ.武人の血が騒ぐわい」
オペレーターを受け持っている魔法使い達も,モニターに釘づけである.
魔法職といえど見とれる美技の応酬だ.
「すごい……」
「瞬きする暇もないね……」
誰かが呟くように感嘆の言葉を漏らすと,また誰かがそれに応じる.
しかし,ユグレヒトは何も言わずにじっと見守っていた.
「どうされたか? ユグレヒト殿.これぞ戦ですのう.集団戦闘だの,戦車だの愚の骨頂ですな」
中世の戦闘を見慣れているNPCの彼としては普通の光景なのかもしれない.
だが,ユグレヒトは内心疑問に思っていた.
副官のフレイドは,何故全軍突入を指示しないのだろう?
大将のランスロットが一人でノコノコ戦いにやって来るのも異様だが,絶好のチャンスである.
南都は地形に救われ,大きな川が天然の堀になっているため,多方向から戦端を開くのは難しい.
地下を掘って侵入用のトンネルを作れば,各所から水が湧いて出る.
空軍が撃退された今,どうしても門と橋がある場所から攻めて行かざるを得ないのは確かだ.
それにしても.
大将が直接攻撃に参加して,敵の最強戦士を封じ込めているのだ.
脇を突いて突入していけばいい.
土壁にはランスロットが穴を開けてしまった.穴から突入部隊を送ってもいいし,自分なら瓦解した門の上を使って火攻めを選ぶかもしれない.
なぜこんなにダラダラと戦っているのか?
電撃作戦をモットーとする,ランスロット部隊の攻めではない.
「もしかして……これは」
俺へのメッセージか.
何かを待っているのか.
ノルトランドは,高度な言論統制と情報管理が強いられている.
密告が奨励され,政治批判も許されない.
フレイドは,自分がここにいることを当然察している筈だ.
フレイドは,俺が何かの行動を起こすことを期待している.
それは,一体何だ?
交戦状態となった場合,友人登録していてもメッセンジャーで会話することはできない.
それに,できて事情を聞いたとしても,その内容はモルガンやヤルダバオートに知られてしまう.
おい,お前どうした,などと敵の事情が聞ける筈がない.
「ユグレヒトさん! ただいま帰りました!」
空席になっていた机に,猫人の巫女がログインしてきた.
「おかえり,環君,ご苦労様.ログインとログアウトを繰り返すのは面倒でしょう.」
「それは大丈夫です.パソコンを枕元に置いて,起きたり寝たりして頑張っていますから! 現実の世界で,運営側の公式サイトに,メッセージが出ました.それと,テレビ中継の予定が発表されていました.もうすぐ,皆さんのメッセンジャーにも,連絡が来る筈です」
プレーヤーがゲームの中にいる最中に,戦争の全展開を把握することは難しい.特に,敵の情報はゲームの公正性を保つために遮断されている.
仲間同士の連絡網のみが戦況を知る情報源だ.
ユグレヒトは情報をより多く集めるため,ノ―ダメージの環に何度かログイン・ログアウトを繰り返させていた.
環は現実世界に戻るとパソコンのアプリ‘マグナ・ビジョン’にログインして分かる範囲の情報を集め,再度ログアウトし,またゲームにログインして戻って来ているのだ.
なぜこんな面倒なことをするかというと,アプリとVRMMOマシン,共通同一のアカウントでしか登録認可されないからである.マグナ・スフィアではアプリにログインしたままVRMMOマシンに同時ログインすることができない.
これは,ゲームの公平性を保つ意味もあるが,ログインする人間の数を極力減らしてサーバへの負担を減らす目的でもあるのだった.
「素明羅時間十六時二十分,プレーヤー戦開始:ベルトラン対,シノノメ・グリシャム! 決定です!」
「おおっ!」
布都主を含め,部屋にいた全員が歓喜の声を上げた.
「ついにやりおった! 流石は主婦殿!」
「ということは,モルガンや側近の騎士達,そしてヤルダバオートを退けたということか?」
「アイエルさんは,凄まじい激戦を制してモードレットを倒した後にゲームオーバーでログアウトしてました.アルタイルさんはグウィネビアを倒したらしいんですが,向こうにいた時には中継が終わっていたので,それしか分かりませんでした」
「至急連絡をとってみてくれ,環君」
「はい」
環がすぐにメッセンジャーの会話モードでアルタイルに呼びかけた.
「アルタイルさんは移動要塞の第一階層で休憩中だそうです」
「アルタイルさんらしいね.連絡をくれたらいいのに……」
環の隣に座っていた陰陽師,クズハがクスクス笑いながら言った.
「チームワークとか考えてなさそうな人だったからね……アルタイルさんによると,アイエルさんとグリシャムさんがシノノメさんについて行ったそうです.パーシヴァルとグウィネビアは倒したとのこと」
「なるほど.じゃあ,塔の外ではまだ,にゃん丸さん達が踏ん張ってくれているんだな」
「六郎さんより入電.‘もう限界だ.昼飯食いたい’だそうです」
「昼飯?」
環とクズハは思わず噴き出した.
「こんな時に昼飯とは,豪気ですな.流石は忍者部隊の副長だ」
感心する布都主をよそに,ユグレヒトの表情は冴えない.
「どうかしたかな? ユグレヒト殿」
「……もう,こんな時間なんですね.思ったより時間がかかってしまった」
ユグレヒトはため息をつき,立ちあがった.
作戦地図の全景を眺め,唸った.
「は? どういうことですかな,ユグレヒト殿」
「布都主将軍,ご存知ですか? 我々の活動限界の事を?」
「あ……ああっ!」
「一日最大アクセス――いや,活動時間は八時間――いや,マグナ・スフィア時間だと十六時間.その間,一度――」
「そうでしたな,外つ国人――プレーヤーの方々は休眠する! 確か,過酷なクエストを行えば行うほど,活動持続時間が少なくなって,休眠の回数が増える! まさか,シノノメ殿とグリシャム殿は!」
「本来,そろそろ限界のメッセージが表示される――休眠が必要になる筈です.あと数時間早く,アルタイルさんと一緒にベルトランと対峙できる計算だったんですが,少々読みが甘かった」
「しかし,ベルトランも休眠が必要になるのでは?」
「奴のことです,誰かに現場を任せて,自分は十分休息を確保してからログイン――この世界にやって来ている筈です」
「確か,戦闘中に休眠した場合は繭みたいなものでくるまれて,敵の攻撃も効かなくなりますな? だが,目が覚めた直後は隙だらけになる」
「その通りです.グリシャムと交代で守り合えればいいんですが,多分二人には――特にグリシャムにそんな余裕があるとは思えない」
「うぬ……,そなたのことだ.何か策は?」
ユグレヒトはもう一度席に座りなおすと,腕組みして考え込んだ.
「その場しのぎにしか過ぎないかもしれませんが……グリシャムに与えた策なら一つあります」
「おお!? 流石ですな. それは?」
「うーむ……布都主さんに説明するのは非常に難しいのですが……休眠時間を引き延ばす方法を,彼女に提案しました.彼女もできるかどうかわからないとは言っていましたが……」
「問題は,シノノメ殿ですか?」
「そうです.シノノメさんは内々で相談もできなかったので……」
ユグレヒトは眉間を押さえてため息をついた.
「しかし,そうなると,それはもうシノノメ殿にお任して御武運を祈るしかありますまい.ユグレヒト殿,少なくとも,前線の兵士には休戦交渉するべきだ.ノルトランドも休眠時間が来ているプレーヤーは多い筈ですぞ」
今や素明羅の重要な軍師となったユグレヒトは沈思黙考した.
ランスロット部隊の不可解な軍事行動……もしかして,これを見越して戦闘を引き延ばすつもりか?
ダメージの蓄積を避け,交代で休息を取るのも有効な戦略だ.
それによって,より長時間戦う事が出来るだろう.
だが,短期決戦こそ最も有効な策である筈だ.
考えろ,考えろ……
「今,白虎門付近で話ができそうなのは……シュウユさんが倒れた今,カゲトラさんか?」
「カゲトラさんは,人語が今話せません!」
カゲトラは虎に変身したままなので,人の言葉が話せない.
一番頼りになるセキシュウは激闘の最中である.話のできようはずがない.
「あのー」
考え込むユグレヒトに,申し訳なさそうにクズハが話しかけて来た.
集中を削がれてしまい,思わず睨んでしまう.
クズハは少し怯えた.
長い黒髪と切れ長の眼を持つ和風美人の陰陽師だが,必死でそれどころではないのだった.
「あ,いや,すみません,何ですか?」
「主婦ギルドの団長,ミーアさんから妙なメッセージが入ってます」
「ミーアさん?」
「さっきガウェインを倒していた人です.斑鳩の街で,カフェを経営してます」
「ああ……あの人が何か?」
ユグレヒトはモニターで監視していた映像を思い出した.不死人ガウェインを素手で締め落としてしまった強者である.
「えー,『シノちゃんから頼まれたボルシチができた.魔法の鍋に入れて増やしたから,五千人分はあるよ』だそうです」
「な,何だそりゃ?」
「シノちゃんはシノノメさんの事ですね」
「いや……そういう事じゃ……何でそんな物を? 」
「さあ……戦災難民用の炊き出しでしょうか?」
素明羅はやっぱり平和ボケ,軍事国家のノルトランドとは全然ノリが違う.
ユグレヒトは頭を抱えてため息をついた.
今はそんな場合ではない.
だが,何か引っかかる.
……昼飯?
……シノノメがなぜ?
シノノメの行動は,論理的ではない.
とても直感的だ.しかし,いつも本質を突く.
何かがある.
「それで,もう一つ.シノノメさんから……えー,多分ユグレヒトさんにだと思いますが……伝言だそうです」
「シノノメさんから?」
「『ユーグレナさんなら使いどころを知っている筈だから,使ってください,よろしく』とのことです」
「ボ,ボルシチの?」
相変わらず名前を覚えてくれないシノノメだ.
ユーグレナはミドリムシである.
だが,そんなことより……
ボルシチ.ロシア料理.
北方文化のノルトランドの名物.
伝統料理.
赤カブが入った,煮こみスープ.
各家庭にそれぞれのレシピがあり,親しまれているとか……
シノノメは,一体何を考えているんだ?
「他には何か言ってなかったのか?」
「すみません,もう一度聞いてみますね.ミーアさん? ……え,はい,はい?」
クズハが眉をひそめて,困ったような顔になっている.
「どうした? クズハさん」
「えー……『ケンシンみたいにしたらいい』って言ってたそうです……ミーアさんもよく分からないみたいなんですけど」
「剣心? 昔の漫画か? 映画か?」
「さあ……何でしょう? 検診? 献身?」
クズハも首を傾げた.
『私,歴女じゃないので!』 だったけ.
シノノメは歴史音痴らしいのだが……
ユグレヒトは考え込んだ.
待てよ.
もしかして……謙信……上杉謙信か?
ユグレヒトはモニターをもう一度見た.
セキシュウとランスロットがにらみ合っている.
その向こう側に,良く見知った男が立っている.
ランスロットの副官である彼は,二人の闘いをじっと見守って……いない.
「クズハさん! 右隅の,敵の副将,フレイドをアップに出来ますか?」
「了解,近くの式神を差し向けます」
クズハが目をつぶって念じると,広間の壁に別ウインドウが開いて画像が映し出された.
フレイドの顔がアップになる.
疲れきった顔だ.
ノルトランドは戦士の突入時に,魔法職をいちいちつけない.部隊に帰還しなければ,回復はできないのだ.
フレイドの目は,自分の上官の闘いを注視せず,せわしなく動いて何かを探していた.
何かを待っている顔だ.
そうか……!
もしかして.
この不可解なランスロット軍の行動は……
シノノメの意図は……
ユグレヒトは椅子から勢いよく立ち上がった.
「みなさん,まだ俺は陰陽師にジョブチェンジして日が浅い.手伝ってください!」
***
白虎門の広場で,フレイドは自分の上官とセキシュウの激闘を見守っていた.回復用のポーションを飲んだが,ダメージは十分回復できていない.本来は本隊に戻って,魔法職に治癒魔法をかけてもらわなければならない状態である.
「くそ,あいつ,何やってるんだ.早くしろ.ガウェインの事以外,ここまでは,予定通りなんだ」
フレイドは呟いた.
ふと南都の中心街に目をやると,規則正しい方形を維持したまま,八羽のカラスが飛んできた.
「お,来たか?」
四羽のカラスは宙で羽ばたき,広場の上に巨大な正方形を形作った.
残りの四羽は城門を越え,南都攻略軍の先鋒部隊の方に向かっていく.
カアアアアアアア……
それぞれ四羽のカラス達が大声で同時に鳴くと,囲まれた空間が歪んで映像が浮かび上がった.まるで,空中に映画のスクリーンが出来たようである.
ノルトランドの騎士達,素明羅の戦士,プレーヤーとNPCが一斉に空を見た.
『このカラスたちは,素明羅の式神です.みなさん,暫らく戦闘の手を止めて話を聞いて下さい』
映像に映し出されたのは,ユグレヒトだった.
黒い和服に身を包んでいるが,ノルトランドの誰もがその顔を知っていた.
一瞬群衆がどよめく.
西留久宇土砦攻略の失態および国家転覆罪で死刑に処された,高位の神祇官.
国王ベルトランの名の下に,大陸全土にそう発表されたはずである.
ノルトランド軍からは,裏切り者,という罵声が飛んだ.
しかし,その声は決して多くなかった.
大方の兵士は死んだはずの男が生きていることに驚いていた.
……自分たちの政府は,嘘の発表をしていた.
独裁国家の常,今更ではあるがその事実は重い.
『私は,ユグレヒト.元ノルトランドの神祇官です.ユーラネシア全土で処刑されたと発表されていますが,実際には,東の主婦シノノメさん達に命を助けられ,現在素明羅に身を寄せています』
「はあ,やっと出て来たか.あいつめ」
フレイドは,胸をなでおろした.
セキシュウとランスロットは油断なく相手を探りながら,二歩間合いを外し――下手をすると相手の攻撃を誘ってしまうのだ――,剣を納めてユグレヒトの映像に耳目を傾けた.
『情報統制国家のノルトランドでは,知らされていないと思います.現在,東の主婦シノノメさんはベルトランと対決中です.ノルトランド軍の本丸は,陥落寸前です』
もちろん陥落寸前は嘘の綱渡り状態なのだが,ユグレヒトはゆさぶりをかけるためにそう言った.人は,不安を感じる情報をより信じる.特に,少ない情報しか与えられていないノルトランドの状況では.
「嘘だ!」
「ノルトランドは負けない!」
ノルトランドの兵士が声を張り上げる.
「おおお!」
「シュッフさーん!」
「主婦さん最高!」
対照的に,前線を守る素明羅の兵士達は歓声を上げた.
『嘘ではありません.』
カラスが見聞きした物は,作戦本部のユグレヒトに伝わる――といっても,まだジョブチェンジして間もなく,スキルが未熟なユグレヒトは,先輩陰陽師の女性達の力を借りてできることである.
一応の双方向通信,言ってみれば巨大なテレビ電話であった.
ユグレヒトは,城外の式神の目から送られる情報で,自分の言葉に反発する発言が多いのは魔獣の戦車部隊であることを見取っていた.
つまりは,ランスロットとフレイド直属でない部隊である.
『ノルトランドの四天王も,素明羅の戦士の前に倒れました.ガウェイン卿の身柄はこちらで拘束しています』
「だが,国王に主婦なんかが勝てるはずがない!」
「そうだ! ベルトラン様は無敵だ!」
映像に向かって拳を振り上げるノルトランドの兵士がいる.
とはいえ,多くの兵士は動揺し,その叫びはどこか自信無げである.
『私が提案したいのは,現時点での一時休戦です.というのは,現在こちらの時間で八時間が経過しようとしています.ログアウトしない限り,プレーヤーの多くは休眠状態になるでしょう.どちらもまともに戦争は続けられません.正々堂々とゲームの続行をするために,三十分後に,一斉に一時間休戦しませんか? 全権は各々素明羅セキシュウ,ノルトランドはランスロット氏として,契約を取り交わし,破棄した場合にはノルトランドは撤退,素明羅は南都を明け渡すという条件ではいかがでしょうか』
両軍の兵士たちはざわついた.
ノルトランドは圧倒的兵力なのだから,これを機に叩き潰してしまえ……という意見も出ていた.
しかし,プレーヤーの視線からすると自分たちが休眠――つまりは一時停止している間に,戦闘の決着がついてしまうのも納得がいかないところではある.しかも,これだけの大人数となるとその気持ちはますます強かった.
勝つにしろ負けるにしろ,その決定的瞬間には居合わせたいものだ.
「いいだろう.その条件,飲もうじゃないか」
先に手を挙げたのはランスロットだった.
「こちらとしても,異存はない」
セキシュウもうなずく.
やはり……
ランスロットの反応を見て,ユグレヒトは心の中で頷いていた.
自分の推論は,おそらく正しい.
「では,ノルトランド軍は一旦白虎門の外まで兵を引こう.そこで休眠する.その代り,条件がある」
初めから考えていたように,立て板に水でランスロットは話し続けた.
「ガウェイン卿をこちらに返して頂きたい」
『……』
ユグレヒトは一瞬考え込んだ.
不死身のガウェインをもう一度倒すのは並大抵のことではない.
しかし,ランスロットとフレイドの様子を見て彼は次の展開――自分がすべきことを確信していた.
『いいでしょう.では,お返しします.セキシュウさん,ランスロットと一時休戦の契約を行ってください』
そう言うと,ユグレヒトは映像を一時止めた.
「ガウェインを,返しましょう」
「何ですと! あんな奴返してしまったら,また大変なことになりますぞ! カゲトラ殿とミーアさんが必死の思いで倒したのに!」
フツヌシが色めいた.
「いや……そうはならないでしょう.どうか俺を信じてください」
「何か考えがあるのですか?」
「クズハさん,門の近くに飛竜を一匹用意するように言って下さい.できれば,脚が遅い奴がいいな」
「は?」
クズハは不思議な注文に首を傾げたが,門近くの陰陽師仲間に連絡してユグレヒトの言うとおりにした.
***
セキシュウとランスロットはメッセンジャーの項目‘公文書契約’を立ち上げ,それにサインした.これはログが半永久的に残り,その内容は運営システム‘サマエル’が了承する.契約に反した場合には大きなペナルティが課せられる.
これで,しばらくの間休戦となった.
NPCの目から見れば不思議な休眠現象だが,プレーヤーから見ればただの一時停止である.この場合,要は昼食のための休憩だ.
脳は糖分――炭水化物のみを栄養素とする.しかも,消費エネルギーがきわめて大きい臓器である.
血中の糖分濃度が低下すると,脳の視床下部にある空腹中枢が反応する.これをVRMMOマシンが感知し,休息を勧告するのだ.休息すれば,ゲームへの再ログイン・再スタートは再び可能になる.もちろん,一日当たりの総ログイン時間内の限りではあるが.
ランスロットの騎士団,黒竜隊は集合して隊列を作った.
騎馬を無くした騎兵隊の隊長,ルドルフも解放されて戻って来た.
「面目ない,申し訳ありません……ランスロット様」
「言うな.それより,次だ」
「はっ!」
土壁の切れ目,南都の街の奥から,荷車に乗せられた巨大な石のブロックが運ばれてきた.
ガウェインであった.
石のブロックから首だけを突き出し,美しい顔を歪ませて周囲に呪詛の言葉を吐き散らかしている.
再生能力と危険な手足を封じ込めるため,気を失っている間にウェスティニアの土の魔女クマリが粘土で体を覆い,炎の魔女ヴァネッサがそれを焼いて,天然のコンクリート詰めにしてしまったのだ.
「畜生,貴様ら,殺してやる,殺してやる,殺してやる!」
「おう,ガウェイン.不細工な格好になったな」
「うるさい,ランスロット! 黙れ! 殺すぞ!」
「お前は聞いたか? ベルトラン閣下のところに,シノノメ――東の主婦が攻め込んだらしい.モードレットも,グウィネビアも,パーシヴァルも倒されたそうだ」
「くう! 道すがら,こいつら雑兵たちに散々聞かされたよ! 僕がついていれば,こんなくだらない結果にはならなかったんだ! 無能な奴らめ! みんな,殺してやる,殺してやる!」
ガウェインは‘殺してやる’を繰り返していた.
狂気に中てられた素明羅の兵士たちが顔をしかめる.
「まあ,そういきり立つな.これからプレーヤーの多くは休眠に入る.俺はログイン時間が遅かったから,まだもう少し時間がある.この後ここの現場はフレイドに任せて,閣下を助けに行こうと思うんだが,お前はどうする?」
「ランスロット! お前は裏切りを疑われているのを忘れるなよ!」
「覚えているよ.お前は俺のお目付け役だろう? だから,どうするか聞いたんだ.ベルトラン閣下がシノノメに負けるとは思わんが,ここはもう大勢が決まった.魔法障壁を失った南都はほどなくして落ちるだろう.まあ,お前が俺のお目付け役をほったらかしにして,ここで殺しまくりたいなら勝手にすればいい」
ガウェインはしばらく迷っていた.
こうしていると,ただの子供のようにも見える.
「陛下が,危ないんだろうか……」
「まあ,危なくはないにしても,行ったら喜ばれるかもしれんな.それと,向こうでシノノメを倒したらこの戦いの一番の手柄だろうな」
「一番の手柄……僕は行く! 陛下のところに,急いで行く.早く自由にしろ! ランスロット」
「分かったよ」
ランスロットは銃を構え,石のブロックに向けて魔弾を放った.
ウェスティニアの魔女が必死で作り上げた土の牢は容易く砕け散り,細かい破片となった.
ガウェインは自由になった体を動かし,威嚇する山猫のように辺りを見回した.
素明羅の兵士たちがたじろぎ,遠巻きにする.
「あっ! それをよこせ!」
「ひい!」
土壁の端に,飛竜がつながれていた.
戦闘用でなく,南都と他の都市をつなぐ郵便用の痩せた飛竜だ.
ガウェインは手綱を奪い,背中に飛び乗った.
番をしていた素明羅の兵士は,ガウェインの剣幕に恐れをなしてあわてて逃げた.
「飛べ!」
飛竜の手綱を引っ張り,ガウェインは空に舞い上がった.
「おい,ランスロット! お前も後から必ず来いよ!」
「分かった.お前の部隊は,俺が預かるぞ」
「好きにしろ! 僕は急ぐんだ!」
ガウェインは飛竜の腹を蹴り,本陣を目指して一直線に飛んでいった.
「やれやれ,単純な奴だ」
見送りながら,ランスロットがため息をついた.
「もうすぐ,約束の三十分になるぞ」
セキシュウが言う.
「分かった.では,兵を引こう」
ランスロットは右手を挙げた.
ランスロットは部下たちを先に行かせ,自分が最後に壊れた白虎門をくぐった.
去り際に,もう一度南都市内を振り返る.
広場の上空には,スクリーンの中に映っているユグレヒトがじっと彼を見ていた.
「ユグレヒト君,ガウェインを開放してくれて感謝する.しかし,まさか,飛竜まで準備しているとは思わなかったよ」
『これで,良かったんですよね?』
ランスロットは無言のまま,黒いマントを翻して門を出て行った.
ユグレヒトは悩みながらその後ろ姿を見送った.




