13-2 邪眼のモルガン
狂気の広間――グリシャムは,一目見てそう思った.
これまでもそうだったが,壁と天井を覆う装飾は全て人間と動物の骨だ.
その間を蛇がのたくっているような金属のパイプが縦横無尽に走っている.
西に傾き始めた美しい陽光を受け,それらは不気味な鈍い光を放っていた.
部屋の奥,中央には玉座があったが,そこは空席だった.
玉座を囲んで三段ほどの低い階段があり,壇状に少し高くなっている.
壇の上では宮廷道化師,ヤルダバオートが後ろ手でうろうろしていた.彼の派手でおどけた服装は部屋の雰囲気と完全にミスマッチで,逆にグロテスクな印象を受ける.
左の壁側には,部屋とほとんど一体化している感のある,鍵盤のある機械があった.パイプオルガンに似ているが,その構造は想像もつかない.
機械の前には黒衣に包まれた一人の女性が座って,こちらに背を見せている.
機械からは蛇行する数多のパイプが張り巡らされ,魔力を規則正しく送り込み,運行を管理しているのだった.
この機械は操舵装置であるものの,実際に楽器としての機能もあるようだ.
それとも,操作に合わせて音が鳴るのか.
黒衣の女は鍵盤の上を優雅に,あるいは激しく指を走らせている.指が動く度に,狂気の広間に似合わない美しい楽の音が響き,共鳴して水晶窓がビリビリと震えた.
下の階にいるときからずっと聞こえていた音楽は,この女の操作――演奏というべきなのか――による物だったのだ.
「ベルトランがいない……」
「そうなの?」
「少なくとも,見えるところにはいないよ,シノノメさん」
シノノメはコロコロと舌を鳴らした.
「人が二人? 一人はすごく変な気配.ヤルダバオートかな.あ,寝転んだね」
シノノメの言葉通り,ヤルダバオートは大理石の床にごろりと転がっていた.
チリン,と頭飾りの鈴が音を立てる.
不意に,演奏が止まった.
「ベルトランはどこ?」
シノノメの問いに応えるように,黒衣の女が椅子から立ちあがった.
ゆっくりと二人の方――広間の入り口に向かって振り向いた.
長い黒のスカートの裾を床に引きずり,黒いショールを羽織っている.頭からは黒いベールを被っているが,ベールの下に覗く唇は血のように赤い.
顔の下半分と肘から先だけが服の外に出ているが,どちらも色が白いのを通り越して病人のように青白かった.剥き出しの両手首には,黄金の蛇の腕環がからみつき,地肌にはびっしりとボディーペインティングが施してある.インドの女性が結婚式で体に描く,ヘナと呼ばれる物によく似ていた.
黒衣の女はゆっくりと,優雅な足取りで歩み寄って来る.
そして,シノノメ達の行く手を遮るように立ちはだかった.
「ここまでよく来たな,東の主婦」
女は口を開き,ハスキーだが魅惑的な声で言った.
「私の名前は主婦じゃないよ.シノ……むぐむぐ」
グリシャムが慌ててシノノメの口を塞いだ.
「駄目よ,シノノメさん.これだけ高位の魔法使いと戦うときは,名前を取り交わすのは時として致命的なミスになるのよ.相手に操られることもあるんだから」
「うー,あなた,モルガンでしょ? ベルトランはどこに行ったの?」
「陛下は今,席を外しておられる.帰って来られる前にお前を片づけておこう」
モルガンは当然のように,シノノメの名前の呼びかけには答えなかった.
「陛下が手ずから相手をする価値など,お前たちにはない」
「そうかな?」
シノノメはまるで目が見えているかのように堂々と進み,モルガンに近づいて行った.一般的な魔法の射程距離――五メートルほどで立ち止まる.
慌ててグリシャムが後に続いた.
「ヤルダバオート,お前は手を出すな」
「分かっておりますよ,モルガン様.どうせ私めは陛下だけをお守りするつもりですからね」
ヤルダバオートは寝ころんだまま,退屈そうにあくびをして尻を掻いた.
ボリボリと音がする.
「下品! キモ男! 次はあなたの番だから!」
シノノメがヤルダバオートに向かって言うと,ヤルダバオートは身をよじってゲラゲラと笑った.
モルガンは,優雅にショールを脱いだ.
はらり,と足元に落ちると肉感的な体のラインが露わになった.
着ているのはマキシ丈の黒いキャミソールワンピースで,青白いデコルテと肩,上腕は剥き出しである.
ほっそりとした体だが,豊かな胸の谷間が濃い翳りを作っている.
しかし,顔以外で肌の見えるところには全て文様が描かれていた.そして,首にはやはり蛇型のネックレスを幾重にも巻きつけている.
「む……」
グリシャムが唸った.
「どうしたの? グリシャムちゃん」
「体に描かれている,あの文様……」
グリシャムは,あたかもシノノメの目が見えているように話しかけている.
「おそらく,全身に描かれているに違いありません.ルーン文字と,神聖文字,魔方陣を装飾的に描いたものです.彼女は常時呪文や魔方陣の準備が出来ている状態です.ということは,ほぼ無詠唱,杖やアイテムなしで魔法が使えるはずです」
「フフフ,これが分かるか,ウェスティニアの魔女.お前たちは,剣の王国ノルトランドに魔法使い志望者が僅かしかいないと思っているのだろう.そうではない.熾烈な争いの結果,上位数パーセントの術師しか生き残れないだけなのだ.そして,その頂点がこのモルガンだ.ハハハハハハ!」
モルガンが笑うと,体の装飾模様が,緑色に輝いた.
……こんなことは想定範囲内.
ノルトランドのモルガン.
ウェスティニアの魔法院とは異なる系列の魔法使い.
凍土の大地で生まれた,ドルイドやケルト,ゲルマンやスラブ系,はては中央アジアのシャーマニズムの古の伝承を引き継ぐ,太古の魔法を使うと聞いている.
人一倍研究熱心なグリシャムは,もちろん知っていた.
問題は,いつ得意の石化魔法を使って来るかだ.
グリシャムは油断なく杖を構え,同時に左手で目を覆う準備をしていた.
必殺の邪眼,‘モルガンズアイ’.
必ず目から石化の魔法は放たれるはず.
彼女の目を見てはならない.
ベールを上げるのはどのタイミングだろう.
そして,一旦石化してしまうと解除は容易でない.脳や体力が限界になって,自動ログアウトするまで効果は続くだろう.
ましてや,敵にはヤルダバオートが付いている.彫像になったまま,ユグレヒトのようにずっとマグナ・スフィアに幽閉され続けるのかもしれない.
杖を握る手に汗がにじむ.
モルガンの紅い口元には余裕の笑みが浮かんでいる.
自分の圧倒的な力に自信を持っているのだ.
魔法使い同士の戦いは,基本的に遠隔戦闘だ.そして,呪文の詠唱が早い方が有利である.シノノメの武器術や体術の届かない距離から,技を出し合う展開になる.
グリシャムはいつでも詠唱が始められるように,唾を飲み込んだ.
「フハハハハ!」
モルガンが両手を一振りすると,右の掌の上には炎が,左の掌には緑色の雷が現れた.
「ククク.ロキの炎に,トールの雷.どうやってくれてやろうか」
モルガンを包む魔法の‘制空権’が膨れ上がる.触れるだけで火傷をしてしまいそうなオーラに包まれているのが分かった.
「うわー」
黙っていたシノノメが突然声を上げた.
「ど,どうしたの,シノノメさん?」
「全身に呪文を書くって,耳なし芳一みたいだね!」
「な,何!?」
モルガンの声が裏返った.
「だって,そうじゃない? 私ね,今までずっと考えていて,やっと思い出したの.何の話だったかなーって」
「ははは,でも,顔には描いてないみたいですから」
「ありゃ,やっぱり女の子だね.でも,平家の亡霊が迎えに来たら,首が取られちゃうね」
「き,貴様……愚弄するか!?」
「多分,目から石化の魔法の力が出るんだろうけど,きっとエクステとマスカラで目力バッチリになってるんでしょ?」
「おのれぇ!」
モルガンは怒りに肩をふるわせ始めた.
感情に連動するのか,体の紋章が緑,青,赤,と様々な色で明滅する.
「あなた,顔だけは綺麗に見せたいんでしょ? だって,誰か好きな人がいるもんね? それも,片想いの恋」
「え?」
流石のグリシャムも心底驚いていた.緊迫したこの戦闘の状況で,シノノメは一体何を言い出すのか.
「だって,廊下でも聞いていたけど,曲目がみんな切ない恋の歌なんだもの.ミュージカルのレ・ミゼラブルの,‘夢やぶれて’とか,‘On my Own’だったよ.それから,さっきはオペラの椿姫だった」
シノノメは鼻歌で,曲を再現して見せた.
「すごく上手だったね.グリシャムちゃん,この人は本当に現実世界で音楽家の人かもしれないよ」
シノノメは布団叩きを脇に挟み,無邪気にパチパチと手を叩いた.
「シ,シノノメさん……オペラって……」
「シドニーのオペラハウスで,彼と二人で聞いたことがあるの……えへへ」
シノノメは少し照れた.
「こ,このリア充め! いや,そういう事を聞きたいという意味では……」
「みんな,相手の事を想っているけど,届かないとか,うまくいかないとか,愛して下さいっていう曲ばっかりだよ」
「そういう選曲なんじゃ……」
「ううん,音色に情感がこもっていたもの.きっと自分の気持ちを乗せているんだよ」
シノノメは首を振った.
「何を言っている……私は……この移動要塞の稼働システムを操作しているだけだ……」
すっかり戦闘態勢だったモルガンは,気勢を殺がれて立ちすくんでいる.
どことなく,苛立っているように見えた.シノノメの言ったことの中に,何らかの真実があるのかもしれなかった.
「そうかなー?」
「くっ! ……ええい,いつまで無駄話をしているつもりか!」
モルガンは両手の炎と雷を握りつぶした.
両腕やデコルテの文様が光り,体の中心部,顔の方へと逆流して行く.彼女の肌の上を光る魚が上へ上へと遡上して行くようだ.魔力が両眼に集まろうとしていた.一気に決着をつけるつもりだ.
「あなたが好きなのは,ベルトラン?」
全く空気を読まないシノノメが質問する.
「うるさい,黙れ!」
モルガンは憤り,ついに顔を覆う黒いベールに両手をかけた.
「あ,分かった.ランスロットだ!」
その一言で,モルガンの指先がほんの数秒止まった.
だが,それは,シノノメが縮地法――超高速の体移動で接近するには,十分な時間だった.
「わが目を見よ……」
そこまで言った時,すでにシノノメはモルガンの顔に息がかかるほどの距離に接近していた.
モルガンは,アイラインの引かれた目を大きく見開いた.
「東の主婦シノノメ! 石になれ!」
ありったけの魔力を込めた視線をシノノメの目に叩きこんだ.
しかし,シノノメの目は焦点が合っていない.
モルガンは,自分の姿がシノノメの瞳の中に空しく映り込んでいるのを見た.
「しまった! こやつ……!」
石化魔法の入り口が閉ざされている!
目が見えていなかったことに,モルガンが気付いた時には遅かった.
魔法使いが苦手とする,近接戦闘に持ち込まれてしまったのだ.
「えーい! おふとんジャポネーゼ!」
シノノメは思い切り布団叩きでモルガンの顔を叩いた.
「ぎゃあっ!」
モルガンは次の瞬間――人間の形に切り抜かれた敷布団になっていた.
全面に魔法の模様がある――魔法柄の布団である.
平面的になったモルガンは立っていることができず,力なく床に倒れた.
シノノメはその上に飛び乗り,テキパキと床に広げる.
「布団クリーナー! エイポップ!」
シノノメの手に,魚のエイに似た三角形の白い生き物が現れた.大きな一つ目が付いており,きょろきょろあたりを見回している.白いエイは布団を見つけると,口の部分でぴたりと張り付いた.
「紫外線除菌,ふとん叩き,そして,ダニとハウスダスト吸引を一気にやります! 光クリーン! ふとんケアコントロール!!」
シノノメは召喚獣エイポップを布団――モルガンに押し当てながら動かし,ふとん掃除を始めた.
白いエイはウイーン,ダダダと低い音を立て,モルガンをフカフカに仕上げていく.
「天日干しより,効果的なんだよ」
『うわっ! や,やめろ! やめろ! 貴様!』
モルガンは抵抗したが,ふにゃふにゃと布団が動くだけだ.
布団の模様――魔法の呪文が掃除機に全て吸い取られていく.
文様や魔方陣がゾロゾロと連なって,ドジョウやウナギのように,ずるずるとエイの口に飲みこまれていった.大量のエサを見つけたエイの目は,とても嬉しそうだった.彼にとって魔法の呪文はごちそうなのだ.
モルガンが蓄積した魔力が吸い込まれていくのと同時に、シノノメのMPゲージはみるみる一杯になっていくのだった.
「ふーん,フンフン,フーふふん,ふーん,フンフン,フーふふん,」
シノノメはさっきの続きと言わんばかりに,オペラ‘椿姫’の曲‘神様,力をお与えくださいまし’を鼻歌で歌っている.映画プリティ・ウーマンのラストシーンで流れる曲でもある.シノノメの楽しい思い出の曲らしく,やたらと上機嫌であった.
全ての紋章を吸い取ると,モルガン布団は白くて清潔,フカフカになってしまった.
彼女が着ていた黒いワンピースの部分まで白くなっている.
「うわー! いい手触り!」
『ふわああぁ! ちょっと,やめてよ! やめてったら!』
シノノメが布団に頬ずりすると,モルガンは嫌がった.いつの間にか口調まで柔らかくなっていた.
「ランスロットが来たら,上に寝てもらおうね」
『嫌! それだけはやめて! もう,そんなことになったら恥ずかしくて死んじゃう!』
布団がフルフルと首を振って嫌がる.
ノルトランドの最強邪眼魔女は,すっかり純真フワフワ乙女になってしまったのだ.
「それでは,畳んでしまっておきましょう.グリシャムちゃん,手伝って!」
「あ! はい!」
しばらく呆気にとられていたグリシャムは,あわてて駆け寄った.
布団を三つに折りたたむ.
「どこか,しまうところ無いかな?」
「あの,パイプオルガンの様な機械の下がいいと思います」
『あそこは嫌よ! 暗くて怖いもの!』
「贅沢言っちゃ駄目だよ.だって,この部屋には押入れがないんだもの」
グリシャムが誘導して,二人は布団を運んだ.シノノメの目はまだよく見えていないようだ.
「よいしょ,よいしょ」
「敷布団だから結構重いですね」
「元が重いのかも」
『やだ! 駄目よ! 体重の事は言わないで!』
「シノノメさん,どうしてモルガンがランスロットを好きって分かったんですか?」
『きゃー,やめて!』
「女の勘……っていうか,ノルトランドの男の人でカッコいい人なんてそんなにいないでしょ.みんな何だか屈折してる人ばっかりだし,ベルトランはオジサンでしょ? こんなプライドの高そうな子が好きになりそうな人って,ランスロットくらいしかいないよ」
「うーん,確かに,そりゃそうね」
グリシャムはモードレットやパーシヴァルを思い浮かべた.
『恥ずかしいから,もうどこかに片づけて!』
布団は嫌々をしている.
「はいはーい」
二人はオルガンのような機械の下に,モルガン布団をムギュッと押しこんだ.
「これがホントの‘敵を片づけた’だね!」
「ははは……」
戦いが始まる前にガチガチに緊張していたグリシャムは,すっかり拍子抜けしてしまった.
だが,シノノメはこの部屋に入る前からこうするつもりだったに違いない.
確信していたのだ.
目が見えない状態の自分なら,モルガンの邪眼の効果がないと.
だからこそ,回復を待たずに正面突破を選んだのだ.
だが,彼女の場合は全て計算してやったことではない.
これはユグレヒトの言葉だが,直観力が優れているのだ.
論理ではなく,瞬間的に正しい道を選び取ることができる.
真実を見極める目とでもいうのだろうか.
それもまた,シノノメの強さの一つだ.
ただ,往々にしてそれが優しさや想いによって左右されてしまう弱さも持ち合わせている.
しなやかな強さ.
グリシャムは改めてシノノメに感動していた.
何者であれ……シノノメさんは,素晴らしい友達だ.
モフモフ大好きなシノノメが,布団の感触を確かめて楽しんでいるのを見ながら,そう思った.
まだ視覚の回復は十分でないようだ.
ならば,次もまた……逆に,行けるかもしれない.
「ギャハハハハハハ!」
グリシャムの感慨を打ち消すように,けたたましい笑い声が広間に響いた.
「いやあ,愉快,愉快! 東の主婦殿の発想は,とんでもないですな!」
いつの間にかヤルダバオートが床から起き上がり,拍手していた.
巨大な眼球をぐりぐりと回し,歓喜この上なしという表情である.
「やはり,ノルトランドの四天王や魔女程度では,あなたには敵いませんねぇ! どいつもこいつも,鬱屈した感情の持ち主ばかり.ゲームと身の回りの世界しか知らない,了見の狭い奴ばかり.住んでいる世界が狭すぎる! だから何も思いつかない! 発想もありきたりで,ちっとも面白くない」
ヤルダバオートはふざけた言い回しで,歌うように叫んだ.
自分の味方が倒されても,毛ほどにも感じていない様である.
「だからこそ,是非是非あなたが欲しかったのですよ! 今からでも,私たちの下に来ませんか?」
「何言ってるの! このキモ男! 口の中にゴキブリ入れるような変態のところには行かないよ! 人を拉致しておいて!」
シノノメがプリプリ怒りながら即答した.
「来いっていうのは,ノルトランドのことですか?」
「おお,黒から緑色になった魔女殿ですな!」
まるで旧知のようにヤルダバオートはグリシャムに話しかけた.
「……何故あなたがそれを知っているの? いずれにせよ,私たちはノルトランドには与しません!」
「おお! 何と,つれないお返事! ですが,ノルトランドではなく,あくまで我々の下にお二人を是非お迎えしたいのですよ.グリシャム殿,あなたは我々の理想に,あんなに共鳴して下さっていたではありませんか! 」
ヤルダバオートは,胸の前で両手を合わせて悲嘆にくれる真似をした.
「私は,あなたなんて知りません!」
「ククク! 東の主婦殿の弱点を教えて下さったではありませんか!」
「な……何ですって……」
グリシャムの顔は蒼白になった.
シノノメがグリシャムの方を見て,首を傾げた.
「いたいけな兎人を薬の実験台にしてねぇ……」
「あれは,騙されただけ……あなた,何を知ってるの?」
「あなたが,エフナル村で行ったすべてを知っていますよ.ククク,騙された……と仰せですか? 本当に,そうなのですかねえ? あなたくらいの知識があれば,起こりうることは予想していたのではないですか?」
ヤルダバオートは薄笑いを浮かべた.
「違う! 違う! 黙りなさい! あなた達,何者!?」
グリシャムは声を振り絞って叫んだ.
「これは失敬! 私としたことが,自己紹介を忘れておりましたな!」
ヤルダバオートは足を交差させ,片手を胸の前に,もう片方の手を腰の後ろに回して仰々しくお辞儀をした.
舞台役者,あるいは道化がステージで行う挨拶だ.
「私めは,宮廷道化師,ヤルダバオート.我が真の主の名は,造物主――デミウルゴス――と申します」
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